外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

文字の大きさ
9 / 100

第9話:メイド長との出会い

しおりを挟む
空色のドレスを身に纏い、私はアシュレイ公爵にエスコートされて庭園へと足を踏み出した。
朝の光が降り注ぐ庭は、手入れの行き届いた楽園のようだった。色とりどりの花が咲き乱れる花壇。幾何学模様に刈り込まれた美しい植木。中央には清らかな水を湛えた噴水があり、水しぶきが陽光を浴びて虹色にきらめいていた。
「すごい……綺麗……」
思わず感嘆の声が漏れた。実家の庭もそれなりに広かったが、手入れが行き届いているのは母と姉が好む薔薇園だけで、他の場所は雑草が生い茂っていた。こんなにも完璧に管理された庭を見るのは初めてだった。
「気に入ったか」
隣を歩くアシュレイ公爵が、穏やかな声で尋ねる。
「はい。とても」
私が頷くと、彼は嬉しそうに目を細めた。
「この庭の花は、君の好きなように植え替えさせてもいい。君が望むなら、どんな珍しい花でも取り寄させよう」
「そ、そんな、とんでもないです!」
私は慌てて首を横に振った。彼の申し出は、一つ一つが私の想像をはるかに超えてくる。
私たちはゆっくりと、石畳の小道を歩いた。彼は私の歩幅に合わせて、とてもゆっくりと歩いてくれる。その細やかな気遣いが、私の胸を温かくした。
少し離れた後ろからは、メイド長のマーサが静かについてきていた。彼女はアシュレイ公爵の護衛も兼ねているのだろうか。その背筋は常にまっすぐに伸び、その視線は鋭く周囲を警戒しているように見えた。
けれど、その視線の一部が、私にも向けられていることに、私は気づいていた。それは、品定めをするような、どこか冷ややかな視線だった。
彼女が私を訝しむのも当然だろう。
突然現れた、どこの馬の骨とも分からない小娘。しかも、あの『氷の公爵』が、常軌を逸したと言ってもいいほどの執着を見せている。何か特別な力で主君を誑かしているのではないか、と疑われても仕方がない。
マーサの無言の圧力に、私の心は少しずつ縮こまっていく。アシュレイ公爵の隣にいる喜びと、場違いな自分への罪悪感。二つの感情が、私の心の中でせめぎ合っていた。
私たちは、庭園の奥にあるガラス張りの温室(グリーンハウス)の前で足を止めた。
「ここは、私の母が愛した場所だ」
アシュレイ公爵が、どこか懐かしむような目で温室を見つめながら言った。
「母は植物を育てるのが好きでね。私が幼い頃は、よくここで一緒に過ごした」
彼の口から、初めて彼の家族の話が出た。私は少し緊張しながら、耳を傾ける。
「公爵様のお母様は……」
「十年前に亡くなった。病だった」
彼の声には、深い哀しみが滲んでいた。その横顔は、普段の威厳ある公爵の貌ではなく、ただ母親を亡くした一人の青年のものに見えた。
「……そうだったのですね」
かける言葉が見つからず、私はただそう相槌を打つことしかできなかった。
彼が私をここに連れてきてくれたのは、彼にとって特別な場所を、私にも見せたかったからなのだろうか。そう思うと、胸の奥が少しだけきゅんとなる。
その時だった。
「アシュレイ様」
背後から、マーサの静かな声がした。
「そろそろお時間です。騎士団長がお待ちかねです」
アシュレイ公爵は少し残念そうに眉を寄せたが、すぐに頷いた。
「……ああ、そうだったな」
彼は私に向き直ると、申し訳なさそうな顔をした。
「すまない、リナリア。少し仕事が残っていてね。これ以上、君に付き合ってやることができない」
「いえ、とんでもないです! 私こそ、公爵様のお時間を奪ってしまって……」
「君と過ごす時間は、私にとって何よりも優先すべきものだ。だが、今日はどうしても外せない用件でな」
彼はそう言うと、私の手を優しく取った。
「マーサ」
「はっ」
「私が戻るまで、リナ-リアのことを頼む。彼女が何不自由なく過ごせるよう、最大限の配慮をしろ。もし彼女の髪一本でも傷つけるようなことがあれば、どうなるか分かっているな」
最後の一言は、ぞっとするほど冷たく、低い声だった。それはメイド長であるマーサに向けられた言葉であると同時に、この屋敷の全ての使用人に対する絶対的な命令だった。
マーサは顔色一つ変えず、深く頭を下げた。
「御意」
アシュレイ公爵は、名残惜しそうに私の手を離すと、屋敷の方へと戻っていった。
残されたのは、私とマーサの二人だけだった。気まずい沈黙が、私たちの間に流れる。花の甘い香りも、鳥のさえずりも、今はどこか遠くに感じられた。
先に口を開いたのは、マーサだった。
「リナリア様」
その声は、アシュレイ公爵の前で見せる従順な響きとは違い、どこか硬質的で、探るような色合いを帯びていた。
「失礼ながら、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「は、はい。なんでしょうか」
「リナリア様は、アシュレイ様とどのようなご関係で?」
まっすぐな、あまりにも率直な質問だった。私は返答に窮する。
どのような関係か、と聞かれても、私自身が一番分かっていないのだ。昨日まで、私は虐げられるだけの伯爵令嬢だった。それが今日、突然公爵様に見初められ、『運命』だと言われ、ここにいる。
「それは……私にも、よく……」
私がしどろもどろに答えると、マーサはふっと息を吐いた。それは呆れとも、溜息ともつかない、複雑な響きを持っていた。
「アシュレイ様は、これまでどんな女性にも興味をお示しになりませんでした。王家から縁談の話がいくつも持ち込まれても、全てお断りになってこられたのです」
彼女は淡々と事実を述べる。
「そのアシュレイ様が、あなた様にだけは特別なご様子。我々使用人も、正直なところ戸惑っております」
「申し訳、ありません……」
謝るしかない私に、マーサは静かに続けた。
「謝罪は必要ありません。ただ、一つだけ申し上げます」
彼女の目が、私をまっすぐに捉えた。その瞳には、長年アシュレイ公爵に仕えてきた者だけが持つ、深い忠誠心と、主君を案じる強い想いが宿っていた。
「もし、あなたがアシュレイ様に害をなす存在であるならば、私はこの身に代えても、あなたを排除いたします」
それは、紛れもない警告だった。
「ですが、もし、あなたがアシュレイ様の御心を癒し、あの方の孤独を埋めることのできる唯一の存在であるのならば……私は、あなた様を生涯の主としてお仕えしましょう」
その言葉は、私の胸に深く突き刺さった。
彼女は、私という存在をただ訝しんでいるだけではなかった。主君の幸せを、心の底から願っているのだ。そして、私がその鍵を握る存在なのかもしれないと、一縷の望みを託し、今は様子を見ている。
私は、ただ誑かしているだけの小娘ではない。
この人の期待に、そして何より、アシュレイ公爵の想いに、応えなければならない。
まだ、私に何ができるのかは分からないけれど。
「……はい」
私はマーサの目をまっすぐに見つめ返し、小さく、しかしはっきりと頷いた。
私のその返事を見て、マーサの厳しい表情が、ほんの少しだけ和らいだように見えたのは、気のせいだっただろうか。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜

たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。 だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。 契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。 農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。 そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。 戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

精霊の森に追放された私ですが、森の主【巨大モフモフ熊の精霊王】に気に入られました

腐ったバナナ
恋愛
王都で「魔力欠損の無能者」と蔑まれ、元婚約者と妹の裏切りにより、魔物が出る精霊の森に追放された伯爵令嬢リサ。絶望の中、極寒の森で命を落としかけたリサを救ったのは、人間を食らうと恐れられる森の主、巨大なモフモフの熊だった。 実はその熊こそ、冷酷な精霊王バルト。長年の孤独と魔力の淀みで冷え切っていた彼は、リサの体から放たれる特殊な「癒やしの匂い」と微かな温もりに依存し、リサを「最高のストーブ兼抱き枕」として溺愛し始める。

地味令嬢の私ですが、王太子に見初められたので、元婚約者様からの復縁はお断りします

有賀冬馬
恋愛
子爵令嬢の私は、いつだって日陰者。 唯一の光だった公爵子息ヴィルヘルム様の婚約者という立場も、あっけなく捨てられた。「君のようなつまらない娘は、公爵家の妻にふさわしくない」と。 もう二度と恋なんてしない。 そう思っていた私の前に現れたのは、傷を負った一人の青年。 彼を献身的に看病したことから、私の運命は大きく動き出す。 彼は、この国の王太子だったのだ。 「君の優しさに心を奪われた。君を私だけのものにしたい」と、彼は私を強く守ると誓ってくれた。 一方、私を捨てた元婚約者は、新しい婚約者に振り回され、全てを失う。 私に助けを求めてきた彼に、私は……

『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。 そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。 ──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。 恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。 ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。 この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。 まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、 そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。 お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。 ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。 妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。 ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。 ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。 「だいすきって気持ちは、  きっと一番すてきなまほうなの──!」 風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。 これは、リリアナの庭で育つ、 小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。

銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~

川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。 そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。 それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。 村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。 ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。 すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。 村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。 そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。

【悲報】氷の悪女と蔑まれた辺境令嬢のわたくし、冷徹公爵様に何故かロックオンされました!?~今さら溺愛されても困ります……って、あれ?

放浪人
恋愛
「氷の悪女」――かつて社交界でそう蔑まれ、身に覚えのない罪で北の辺境に追いやられた令嬢エレオノーラ・フォン・ヴァインベルク。凍えるような孤独と絶望に三年間耐え忍んできた彼女の前に、ある日突然現れたのは、帝国一冷徹と名高いアレクシス・フォン・シュヴァルツェンベルク公爵だった。 彼の目的は、荒廃したヴァインベルク領の視察。エレオノーラは、公爵の鋭く冷たい視線と不可解なまでの執拗な関わりに、「新たな不幸の始まりか」と身を硬くする。しかし、領地再建のために共に過ごすうち、彼の不器用な優しさや、時折見せる温かい眼差しに、エレオノーラの凍てついた心は少しずつ溶かされていく。 「お前は、誰よりも強く、優しい心を持っている」――彼の言葉は、偽りの悪評に傷ついてきたエレオノーラにとって、戸惑いと共に、かつてない温もりをもたらすものだった。「迷惑千万!」と思っていたはずの公爵の存在が、いつしか「心地よいかも…」と感じられるように。 過去のトラウマ、卑劣な罠、そして立ちはだかる身分と悪評の壁。数々の困難に見舞われながらも、アレクシス公爵の揺るぎない庇護と真っ直ぐな愛情に支えられ、エレオノーラは真の自分を取り戻し、やがて二人は互いにとってかけがえのない存在となっていく。 これは、不遇な辺境令嬢が、冷徹公爵の不器用でひたむきな「ロックオン(溺愛)」によって心の氷を溶かし、真実の愛と幸福を掴む、ちょっぴりじれったくて、とびきり甘い逆転ラブストーリー。

天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!

灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ? 天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?

処理中です...