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第31話:伝説の聖剣『エクシード』
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芽生えた自信は、私の世界を少しずつ、しかし確実に変えていった。
空の青さ、花の香り、鳥のさえずり。公爵邸に来てからずっとそこにあったはずのものが、以前よりもずっと鮮やかに、私の五感を満たしていく。心が満たされるというのは、こういうことなのかもしれない。
アシュレイ様の呪いは、私の力が黄金色の輝きを帯びるようになってから、目に見えて浄化の速度を上げていた。彼の表情は日に日に柔らかくなり、その瞳に宿る光は、かつての『氷の公爵』の面影をほとんど感じさせないほどに温かい。
「君を見ていると、飽きないな」
あの日も、サンルームで二人きりの時間を過ごしながら、彼は唐突にそんなことを言った。
「え?」
「ここに来たばかりの頃の君は、まるで怯えた小動物のようだった。だが、今の君は違う。花がゆっくりと蕾をほころばせるように、日に日に美しく、強くなっていく。その変化を見ているのが、私の何よりの楽しみだ」
彼のあまりにも真っ直ぐな言葉に、私はどう返していいか分からず、ただ頬を染めることしかできなかった。そんな私の反応を見て、彼はまた楽しそうに笑う。
この穏やかで、甘やかな日々。この幸せが、私の新しい日常だった。
国王陛下から届けられた、あの壊れた聖剣のことさえなければ。
その日の午後、アシュレイ様は私を書斎に呼んだ。いつものお茶の時間とは違う、少しだけ真剣な雰囲気が彼の全身から漂っている。
「リナリア。君に、見せておきたいものがある」
彼はそう言うと、私を伴って、あの日王宮の使者たちと会見した応接室へと向かった。
壮麗な応接室の中央、大きなテーブルの上には、あの桐の箱が静かに置かれていた。数日ぶりに見るそれは、この部屋の華やかな雰囲気とは不釣り合いな、重苦しい存在感を放っている。
アシュレイ様はその箱の前に立つと、私の顔をまっすぐに見た。
「驚かせてしまったら、すまない。だが、君には知っておいてもらわなければならない」
彼はそう前置きすると、ゆっくりと桐の箱の蓋を開けた。
現れたのは、百年の時を経て深い眠りについている、伝説の残骸だった。
真ん中から折れ、輝きを失った刀身。無数の刃こぼれとひび割れ。それはもはや剣というよりも、ただの古い鉄の塊にしか見えなかった。
けれど、なぜだろう。
私はその壊れた剣から、目が離せなかった。
その奥底に、まるで眠れる竜のように、巨大で、そして神聖な力が、今もなお息づいているのを感じる。それは、これまで私が触れてきたどんなものとも違う、圧倒的な存在感だった。
「これが、聖剣『エクシード』……」
私の呟きに、アシュレイ様は静かに頷いた。
「国王陛下からの勅命、君も聞いただろう。この聖剣を修復し、君の力を証明せよ、と」
「はい……」
私の声は、不安で少しだけ震えた。いくら自信が芽生えたとはいえ、相手は国を救ったとされる伝説の武具だ。私のような者に、本当にそれができるのだろうか。
そんな私の不安を見透かしたように、アシュレイ様は私の肩に優しく手を置いた。
「リナリア。これは、単なる国王からの命令ではない。……私と君の、戦いだ」
「戦い……?」
「そうだ。君も薄々気づいているだろう。君を、そして私を快く思わない者たちが、宮廷には数多くいる。彼らは、君のその類稀なる力を恐れ、そして利用しようと画策している。今回の勅命も、その一環だ」
彼の声は、静かだったが、その奥には鋼のような強い意志が秘められていた。
「彼らの狙いは、君を政治の道具にすることだ。もし君が聖剣を修復できれば、君を王家の管理下に置き、その力を意のままに操ろうとするだろう。もし失敗すれば、君を『公爵を誑かした偽りの力を持つ娘』として断罪し、私を失脚させるための格好の材料にするつもりだ」
その言葉に、私は息をのんだ。私が考えていたよりもずっと、状況は深刻で、悪意に満ちていた。
「だが、私はそうはさせない」
アシュレイ様の瞳が、怜悧な光を宿した。それは、戦場を駆け抜けてきた覇者の瞳だった。
「私は、この勅命を逆手に取る。リナリア、君がこの聖剣エクシードを修復した瞬間、君はもはや誰にも利用されることのない、絶対的な存在となるのだ」
彼は、私の両肩を掴み、私と視線を合わせた。
「百年もの間、誰も成し得なかった奇跡。それを君が成し遂げれば、人々は君を『聖女』と呼び、崇めるだろう。君の言葉は、国王の言葉と同じ重みを持つことになる。そうなれば、もはや第二王子も、君の姉も、宮廷の小賢しい貴族たちも、誰一人として君に手出しはできなくなる」
それは、想像もしたことのない未来だった。
「私は、君を誰からも蔑まれることのない、太陽の下を堂々と歩ける存在にしたい。誰にも脅かされることのない、安らかな日々を君に贈りたい。そのための、これは最初の戦いだ。そして、その戦いの切り札は、君なのだ、リナリア」
彼の言葉の一つ一つが、私の胸に深く、熱く刻み込まれていく。
彼は、ただ私を守るだけではない。私が、私自身の力で立ち、誰にも屈することなく生きていける道を、作ろうとしてくれている。
そのあまりにも深く、そして大きな愛情に、私の胸は震えた。
もう、不安はなかった。
この人のために、そして、私自身の未来のために、私は戦わなければならない。
「……はい」
私は、アシュレイ様の瞳をまっすぐに見つめ返し、はっきりと頷いた。
「私、やります。アシュレイ様が、私を信じてくださるのなら」
「ああ。信じている。君なら、必ずできる」
彼は、私の決意を見て、力強く微笑んだ。
私は、改めて壊れた聖剣へと向き直った。
もう、それはただの鉄塊には見えなかった。私たちが未来を掴むための、乗り越えるべき試練。そして、百年の孤独の中で、救いを待ち続けている、気高い魂の宿る器。
私は、ゆっくりと一歩、また一歩と聖剣に近づいた。
アシュレイ様が、固唾をのんで見守っている気配がする。
私は、覚悟を決めた。
そして、その折れた刀身に、そっと、自分の指先を伸ばした。
ひんやりとした、金属の感触。
その指先が、聖剣に触れるか、触れないか。
その、刹那だった。
空の青さ、花の香り、鳥のさえずり。公爵邸に来てからずっとそこにあったはずのものが、以前よりもずっと鮮やかに、私の五感を満たしていく。心が満たされるというのは、こういうことなのかもしれない。
アシュレイ様の呪いは、私の力が黄金色の輝きを帯びるようになってから、目に見えて浄化の速度を上げていた。彼の表情は日に日に柔らかくなり、その瞳に宿る光は、かつての『氷の公爵』の面影をほとんど感じさせないほどに温かい。
「君を見ていると、飽きないな」
あの日も、サンルームで二人きりの時間を過ごしながら、彼は唐突にそんなことを言った。
「え?」
「ここに来たばかりの頃の君は、まるで怯えた小動物のようだった。だが、今の君は違う。花がゆっくりと蕾をほころばせるように、日に日に美しく、強くなっていく。その変化を見ているのが、私の何よりの楽しみだ」
彼のあまりにも真っ直ぐな言葉に、私はどう返していいか分からず、ただ頬を染めることしかできなかった。そんな私の反応を見て、彼はまた楽しそうに笑う。
この穏やかで、甘やかな日々。この幸せが、私の新しい日常だった。
国王陛下から届けられた、あの壊れた聖剣のことさえなければ。
その日の午後、アシュレイ様は私を書斎に呼んだ。いつものお茶の時間とは違う、少しだけ真剣な雰囲気が彼の全身から漂っている。
「リナリア。君に、見せておきたいものがある」
彼はそう言うと、私を伴って、あの日王宮の使者たちと会見した応接室へと向かった。
壮麗な応接室の中央、大きなテーブルの上には、あの桐の箱が静かに置かれていた。数日ぶりに見るそれは、この部屋の華やかな雰囲気とは不釣り合いな、重苦しい存在感を放っている。
アシュレイ様はその箱の前に立つと、私の顔をまっすぐに見た。
「驚かせてしまったら、すまない。だが、君には知っておいてもらわなければならない」
彼はそう前置きすると、ゆっくりと桐の箱の蓋を開けた。
現れたのは、百年の時を経て深い眠りについている、伝説の残骸だった。
真ん中から折れ、輝きを失った刀身。無数の刃こぼれとひび割れ。それはもはや剣というよりも、ただの古い鉄の塊にしか見えなかった。
けれど、なぜだろう。
私はその壊れた剣から、目が離せなかった。
その奥底に、まるで眠れる竜のように、巨大で、そして神聖な力が、今もなお息づいているのを感じる。それは、これまで私が触れてきたどんなものとも違う、圧倒的な存在感だった。
「これが、聖剣『エクシード』……」
私の呟きに、アシュレイ様は静かに頷いた。
「国王陛下からの勅命、君も聞いただろう。この聖剣を修復し、君の力を証明せよ、と」
「はい……」
私の声は、不安で少しだけ震えた。いくら自信が芽生えたとはいえ、相手は国を救ったとされる伝説の武具だ。私のような者に、本当にそれができるのだろうか。
そんな私の不安を見透かしたように、アシュレイ様は私の肩に優しく手を置いた。
「リナリア。これは、単なる国王からの命令ではない。……私と君の、戦いだ」
「戦い……?」
「そうだ。君も薄々気づいているだろう。君を、そして私を快く思わない者たちが、宮廷には数多くいる。彼らは、君のその類稀なる力を恐れ、そして利用しようと画策している。今回の勅命も、その一環だ」
彼の声は、静かだったが、その奥には鋼のような強い意志が秘められていた。
「彼らの狙いは、君を政治の道具にすることだ。もし君が聖剣を修復できれば、君を王家の管理下に置き、その力を意のままに操ろうとするだろう。もし失敗すれば、君を『公爵を誑かした偽りの力を持つ娘』として断罪し、私を失脚させるための格好の材料にするつもりだ」
その言葉に、私は息をのんだ。私が考えていたよりもずっと、状況は深刻で、悪意に満ちていた。
「だが、私はそうはさせない」
アシュレイ様の瞳が、怜悧な光を宿した。それは、戦場を駆け抜けてきた覇者の瞳だった。
「私は、この勅命を逆手に取る。リナリア、君がこの聖剣エクシードを修復した瞬間、君はもはや誰にも利用されることのない、絶対的な存在となるのだ」
彼は、私の両肩を掴み、私と視線を合わせた。
「百年もの間、誰も成し得なかった奇跡。それを君が成し遂げれば、人々は君を『聖女』と呼び、崇めるだろう。君の言葉は、国王の言葉と同じ重みを持つことになる。そうなれば、もはや第二王子も、君の姉も、宮廷の小賢しい貴族たちも、誰一人として君に手出しはできなくなる」
それは、想像もしたことのない未来だった。
「私は、君を誰からも蔑まれることのない、太陽の下を堂々と歩ける存在にしたい。誰にも脅かされることのない、安らかな日々を君に贈りたい。そのための、これは最初の戦いだ。そして、その戦いの切り札は、君なのだ、リナリア」
彼の言葉の一つ一つが、私の胸に深く、熱く刻み込まれていく。
彼は、ただ私を守るだけではない。私が、私自身の力で立ち、誰にも屈することなく生きていける道を、作ろうとしてくれている。
そのあまりにも深く、そして大きな愛情に、私の胸は震えた。
もう、不安はなかった。
この人のために、そして、私自身の未来のために、私は戦わなければならない。
「……はい」
私は、アシュレイ様の瞳をまっすぐに見つめ返し、はっきりと頷いた。
「私、やります。アシュレイ様が、私を信じてくださるのなら」
「ああ。信じている。君なら、必ずできる」
彼は、私の決意を見て、力強く微笑んだ。
私は、改めて壊れた聖剣へと向き直った。
もう、それはただの鉄塊には見えなかった。私たちが未来を掴むための、乗り越えるべき試練。そして、百年の孤独の中で、救いを待ち続けている、気高い魂の宿る器。
私は、ゆっくりと一歩、また一歩と聖剣に近づいた。
アシュレイ様が、固唾をのんで見守っている気配がする。
私は、覚悟を決めた。
そして、その折れた刀身に、そっと、自分の指先を伸ばした。
ひんやりとした、金属の感触。
その指先が、聖剣に触れるか、触れないか。
その、刹那だった。
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