外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第32話:聖剣との対話

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私の指先が、聖剣エクシードの冷たい刀身に触れた、その瞬間。
私の脳内に、直接、声が響いた。
それは、男の声でも女の声でもなく、老人の声でも若者の声でもなかった。いくつもの声が重なり合ったような、荘厳で、古く、そしてどこまでも澄み切った響き。まるで、教会のステンドグラスを通り抜けてくる光が、音になったかのような声だった。

――ようやく、来たか。

その声は、私の心に直接語りかけてきていた。驚きのあまり、私は思わず聖剣から手を離しそうになる。
「リナリア!?」
私の様子がおかしいことに気づいたアシュレイ様が、心配そうに私の名を呼んだ。
「だ、大丈夫です……。今、声が……」
「声?」
アシュレイ様は怪訝な顔で、聖剣と私を交互に見る。彼には、何も聞こえていないようだった。
これは、私にしか聞こえない声なのだ。
私はもう一度、意を決して聖剣に触れた。すると、再びあの声が、今度はさらに鮮明に、私の意識の中に響き渡る。

――恐れることはない、我が主よ。我は、永きに渡り、そなたの訪れを待ち続けていた。

我が主。
その言葉に、私は戸惑いを隠せない。
「……あなたは、誰なのですか?」
私は、声に出すのではなく、心の中で問いかけた。すると、声はすぐにそれに答えた。

――我はエクシード。この剣に宿りし、古の意思そのもの。かつて英雄王と共に闇を祓い、この地に光をもたらした力の顕現なり。

聖剣の、意思。
物語の中では読んだことがあった。伝説級の武具には、自らの意思が宿ることがあると。それが今、目の前で起こっている。
「なぜ、私を『主』と呼ぶのですか? 私は、ただの……」
出来損ないの伯爵令嬢です、と言いかけて、私は口をつぐんだ。もう、自分を卑下するのはやめようと、決めたばかりだった。

――そなたは、ただの人間ではない。その魂に、『修復』の理そのものを宿した、特別な存在。万物を創造せし原初の光に、最も近しい魂を持つ者よ。

原初の光。そんな大それたことを言われても、私には全く実感が湧かなかった。

――我は百年の間、この砕け散った身体の中で、ただ待ち続けていた。再び、この世界に光をもたらす資格を持つ、新たな主の訪れを。多くの者が我に触れた。王族、賢者、高名な鍛冶師。だが、誰一人として、我の声を聞くことはできなかった。彼らの魂は、我と語らうには、あまりにも俗世に汚れすぎていたのだ。

聖剣の言葉には、深い孤独と、諦念の色が滲んでいた。百年もの間、誰にも理解されず、ただ壊れた姿のまま、ここに在り続けたのか。その途方もない時間の長さを思うと、私の胸は締め付けられるようだった。

――だが、そなたは違う。そなたの魂は、まるで生まれたての星のように、清らかで、一点の曇りもない。そして何より、そなたは、我と同じものを見ている。

「同じ、もの……?」

――そう。破壊され、打ち捨てられ、その価値を誰にも理解されぬことの、哀しみを。そなたは、知っている。だからこそ、そなたの力は、ただ壊れたものを元に戻すだけではない。その存在が持つ本来の輝きと誇りを、取り戻させることができるのだ。

その言葉は、私の心の奥底にある、誰にも打ち明けたことのない傷に、優しく触れるようだった。
そうだ。私は知っている。
壊れたティーカップがゴミ箱に捨てられる時の、虚しさを。
美しい音色を奏でなくなったオルゴールが、忘れ去られる寂しさを。
そして、自分自身が「出来損ない」と蔑まれ、その存在価値を否定され続ける、深い絶望を。
この聖剣も、同じだったのだ。
百年もの間、ただの「壊れた剣」として、その本来の力を誰にも理解されず、ここに打ち捨てられていた。

――我が主よ。よくぞ、我を見つけてくれた。

聖剣の声は、深い感謝と、そして歓喜に打ち震えていた。
その温かい感情が、私の心にも直接伝わってくる。気づけば、私の頬には一筋の涙が伝っていた。
「……エクシード」
私は、心の中でその名を呼んだ。
「私は、あなたを元に戻したい。あなたの、本来の輝きを、取り戻してあげたい。私に、力を貸してくれますか?」

――無論だ、我が主。そなたに、我が力の全てを捧げよう。さあ、そなたの魂の光を、我に注ぎ込むがいい。我らは、今ここで一つとなり、新たな伝説を紡ぎ始めるのだ。

その言葉を最後に、聖剣の意思との対話は途切れた。
しかし、私の心の中には、確かな繋がりと、温かい共感が残っていた。
私はもう、一人ではない。この気高い魂が、私と共にいてくれる。
私はゆっくりと顔を上げた。
心配そうに私を見守っていたアシュレイ様が、私の表情の変化に気づいて、はっと息をのむ。
「リナリア……?」
私の瞳には、もう先ほどまでの不安や戸惑いはなかった。そこにあったのは、これから起こる奇跡への、揺るぎない確信と、静かで強い決意の光だけだった。
私は、アシュレイ様に向かって、力強く微笑んだ。
「アシュレイ様。見ていてください」
私は、聖剣の折れた刀身に、もう一度、両手をそっと重ねた。
そして、目を閉じる。
私の魂の奥底で、エクシードの意思が、歓喜の声を上げるのが聞こえた。
さあ、始めよう。
百年の時を超えた、奇跡の修復を。
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