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第34話:王宮の衝撃
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聖剣エクシードが放った黄金色の光の柱は、ほんの束の間、王都の空を真昼のように照らし出した。
その不可解な現象は、多くの王都の民に目撃されていた。人々は何事かと空を見上げ、畏れと好奇の入り混じった声で囁き合った。光がアイゼンベルク公爵邸の方角から放たれたことに気づいた者は、まだ少数だった。
王宮もまた、その謎の光に騒然となっていた。
玉座の間では、国王アルフォンス三世が、宰相や近衛騎士団長といった側近たちを集め、緊急の協議を開いていた。
「今の光は、一体何だ! 魔法省の報告では、大規模魔術の兆候はなかったとのこと。では、あれは天変地異の類か!」
壮年の国王が、苛立ちを隠さずに問い詰める。側近たちは顔を見合わせるばかりで、誰も明確な答えを出すことができない。
その重苦しい空気を破ったのは、謁見の間の扉を慌ただしく開けて入ってきた、一人の伝令兵だった。
「申し上げます! アイゼンベルク公爵閣下より、緊急の使者がお見えになりました!」
「アシュレイからだと?」
国王は眉をひそめた。あの光と、公爵からの使者。二つの事象が、彼の頭の中で結びつこうとしていた。
「通せ!」
国王の許しを得て、玉座の間に入ってきたのは、アイゼンベルク家の紋章をつけた騎士だった。彼は一切の動揺を見せず、完璧な作法で国王の前に跪いた。
「我が主、アシュレイ・フォン・アイゼンベルク公爵より、国王陛下へご報告申し上げます」
その声は、静かだったが、玉座の間の隅々まで響き渡るほどに明瞭だった。
「本日、ただ今をもちまして、我が国に伝わる伝説の聖剣『エクシード』は、百年ぶりに、その完全なる姿を取り戻しました、と」
しん、と玉座の間が静まり返った。
誰もが、自分の耳を疑った。今、この騎士は何と言ったのか。
聖剣が、復活した? あの、百年もの間、誰にも直すことのできなかった、ただの折れた鉄塊が?
「……戯言を申すな」
最初に沈黙を破ったのは、宰相だった。
「聖剣は、王家の宝物庫の奥深くで厳重に保管されているはず。なぜ、それが公爵邸にあり、そして修復されたなどという……」
「数日前、陛下ご自身の勅命により、聖剣は我が主君の元へとお預けになりました。お忘れかな、宰相閣下」
騎士は、顔色一つ変えずに言い返した。
その言葉に、国王ははっと息をのんだ。
そうだ。自分が、命令したのだ。あの、公爵が連れてきたという、不思議な力を持つ娘の力を試すために。
まさか。
いや、しかし。
国王の脳裏に、先ほど空を貫いた黄金色の光の柱が、鮮やかに蘇った。あれこそが、奇跡の顕現だったというのか。
「……して、それはまことか」
国王の声は、自分でも驚くほどにかすれていた。
「我が主君の言葉に、偽りはございません。ご所望とあらば、いつでもご覧に入れよ、とのことにございます」
騎士のその言葉には、絶対的な自信が満ち溢れていた。
玉座の間は、もはや静寂ではなかった。ざわめきが、波のように広がっていく。
「馬鹿な……」「ありえん」「あの娘一人で、一体どうやって……」「もし本当なら、まさに神の御業だ」
廷臣たちの囁き声が、渦を巻く。
国王アルフォンス三世は、そのざわめきを、まるで遠い世界の音のように聞いていた。彼の心は、驚愕と、そして未知なる力への畏怖に支配されていた。
アイゼンベルク公爵アシュレイ。ただでさえ、王国最強の武力と広大な領地を持つ、王家にとって油断ならぬ存在。その彼が、今や、国家レベルの奇跡を起こす『聖女』を、その手中に収めたのだ。
これは、もはや単なる噂や貴族間の駆け引きではない。国のパワーバランスそのものを揺るがしかねない、重大な事態だった。
国王は、ごくりと喉を鳴らした。
為政者としての冷静な判断が、恐怖に支配されそうな心を叱咤する。
まず、事実を確認せねばならない。そして、その『聖女』リナリア・エルフィールドという娘が、何者なのか。その力を、王家としてどう扱うべきなのか。それを、この目で見極めなければならない。
国王は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。その動き一つで、騒がしかった玉座の間は、再び静寂を取り戻す。
「……アイゼンベルク公爵に伝えよ」
国王の声は、威厳に満ちていた。
「聖剣復活の儀、見事である、と。して、その奇跡を成した娘、リナリア・エルフィールド、並びに公爵本人に、明日、正式な謁見を許す。聖剣を携え、ただちに参内せよ、と」
それは、紛れもない国王命令だった。
「御意」
騎士は深く頭を下げると、静かに玉座の間を辞去していった。
その報せが、公爵邸にもたらされたのは、それから間もなくのことだった。
応接室で、聖剣を前に呆然としていた私は、国王からの謁見命令を聞いて、びくりと身体を震わせた。
王宮へ。国王陛下に、お会いする。
その事実が、急に現実味を帯びて私の肩に重くのしかかってきた。芽生え始めた自信が、途端に萎んでしまいそうになる。
そんな私の不安を、隣に立つアシュレイ様は、全てお見通しだった。
彼は、私の手を優しく握ると、穏やかな声で言った。
「リナリア。全て、私の筋書き通りに進んでいる。何も、恐れることはない」
「ですが、私……王様の前で、ちゃんとできるかどうか……」
「君は、何もする必要はない。ただ、私の隣にいて、ありのままの君でいればいい。君が成し遂げたこの奇跡が、何よりも雄弁に全てを語ってくれる」
彼はそう言うと、生まれ変わった聖剣エクシードを、そっとその手に取った。
聖剣は、まるで彼の手に収まるのを待っていたかのように、しっくりと馴染んでいる。その姿は、まるで百年の時を超えて、新たな英雄王が誕生したかのようだった。
「さあ、行こうか、リナリア」
アシュレイ様は、私に向き直ると、どこまでも優しい笑みを浮かべた。
「君が、君自身の本当の価値を、世界に示す時だ。私が、君をエスコートしよう」
彼のその言葉と、自信に満ちた笑顔は、私の心の中にあった最後の不安の影を、綺麗に拭い去ってくれた。
そうだ。私は、もう一人ではない。
この人が、隣にいてくれる。
「……はい、アシュレイ様」
私は、胸を張り、彼の目をまっすぐに見つめ返して、力強く頷いた。
これから始まるのは、私の人生で最も重要な一日になるだろう。
それは、少しだけ怖くて、けれどそれ以上に、私の胸を高鳴らせる、新たな舞台の幕開けだった。
その不可解な現象は、多くの王都の民に目撃されていた。人々は何事かと空を見上げ、畏れと好奇の入り混じった声で囁き合った。光がアイゼンベルク公爵邸の方角から放たれたことに気づいた者は、まだ少数だった。
王宮もまた、その謎の光に騒然となっていた。
玉座の間では、国王アルフォンス三世が、宰相や近衛騎士団長といった側近たちを集め、緊急の協議を開いていた。
「今の光は、一体何だ! 魔法省の報告では、大規模魔術の兆候はなかったとのこと。では、あれは天変地異の類か!」
壮年の国王が、苛立ちを隠さずに問い詰める。側近たちは顔を見合わせるばかりで、誰も明確な答えを出すことができない。
その重苦しい空気を破ったのは、謁見の間の扉を慌ただしく開けて入ってきた、一人の伝令兵だった。
「申し上げます! アイゼンベルク公爵閣下より、緊急の使者がお見えになりました!」
「アシュレイからだと?」
国王は眉をひそめた。あの光と、公爵からの使者。二つの事象が、彼の頭の中で結びつこうとしていた。
「通せ!」
国王の許しを得て、玉座の間に入ってきたのは、アイゼンベルク家の紋章をつけた騎士だった。彼は一切の動揺を見せず、完璧な作法で国王の前に跪いた。
「我が主、アシュレイ・フォン・アイゼンベルク公爵より、国王陛下へご報告申し上げます」
その声は、静かだったが、玉座の間の隅々まで響き渡るほどに明瞭だった。
「本日、ただ今をもちまして、我が国に伝わる伝説の聖剣『エクシード』は、百年ぶりに、その完全なる姿を取り戻しました、と」
しん、と玉座の間が静まり返った。
誰もが、自分の耳を疑った。今、この騎士は何と言ったのか。
聖剣が、復活した? あの、百年もの間、誰にも直すことのできなかった、ただの折れた鉄塊が?
「……戯言を申すな」
最初に沈黙を破ったのは、宰相だった。
「聖剣は、王家の宝物庫の奥深くで厳重に保管されているはず。なぜ、それが公爵邸にあり、そして修復されたなどという……」
「数日前、陛下ご自身の勅命により、聖剣は我が主君の元へとお預けになりました。お忘れかな、宰相閣下」
騎士は、顔色一つ変えずに言い返した。
その言葉に、国王ははっと息をのんだ。
そうだ。自分が、命令したのだ。あの、公爵が連れてきたという、不思議な力を持つ娘の力を試すために。
まさか。
いや、しかし。
国王の脳裏に、先ほど空を貫いた黄金色の光の柱が、鮮やかに蘇った。あれこそが、奇跡の顕現だったというのか。
「……して、それはまことか」
国王の声は、自分でも驚くほどにかすれていた。
「我が主君の言葉に、偽りはございません。ご所望とあらば、いつでもご覧に入れよ、とのことにございます」
騎士のその言葉には、絶対的な自信が満ち溢れていた。
玉座の間は、もはや静寂ではなかった。ざわめきが、波のように広がっていく。
「馬鹿な……」「ありえん」「あの娘一人で、一体どうやって……」「もし本当なら、まさに神の御業だ」
廷臣たちの囁き声が、渦を巻く。
国王アルフォンス三世は、そのざわめきを、まるで遠い世界の音のように聞いていた。彼の心は、驚愕と、そして未知なる力への畏怖に支配されていた。
アイゼンベルク公爵アシュレイ。ただでさえ、王国最強の武力と広大な領地を持つ、王家にとって油断ならぬ存在。その彼が、今や、国家レベルの奇跡を起こす『聖女』を、その手中に収めたのだ。
これは、もはや単なる噂や貴族間の駆け引きではない。国のパワーバランスそのものを揺るがしかねない、重大な事態だった。
国王は、ごくりと喉を鳴らした。
為政者としての冷静な判断が、恐怖に支配されそうな心を叱咤する。
まず、事実を確認せねばならない。そして、その『聖女』リナリア・エルフィールドという娘が、何者なのか。その力を、王家としてどう扱うべきなのか。それを、この目で見極めなければならない。
国王は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。その動き一つで、騒がしかった玉座の間は、再び静寂を取り戻す。
「……アイゼンベルク公爵に伝えよ」
国王の声は、威厳に満ちていた。
「聖剣復活の儀、見事である、と。して、その奇跡を成した娘、リナリア・エルフィールド、並びに公爵本人に、明日、正式な謁見を許す。聖剣を携え、ただちに参内せよ、と」
それは、紛れもない国王命令だった。
「御意」
騎士は深く頭を下げると、静かに玉座の間を辞去していった。
その報せが、公爵邸にもたらされたのは、それから間もなくのことだった。
応接室で、聖剣を前に呆然としていた私は、国王からの謁見命令を聞いて、びくりと身体を震わせた。
王宮へ。国王陛下に、お会いする。
その事実が、急に現実味を帯びて私の肩に重くのしかかってきた。芽生え始めた自信が、途端に萎んでしまいそうになる。
そんな私の不安を、隣に立つアシュレイ様は、全てお見通しだった。
彼は、私の手を優しく握ると、穏やかな声で言った。
「リナリア。全て、私の筋書き通りに進んでいる。何も、恐れることはない」
「ですが、私……王様の前で、ちゃんとできるかどうか……」
「君は、何もする必要はない。ただ、私の隣にいて、ありのままの君でいればいい。君が成し遂げたこの奇跡が、何よりも雄弁に全てを語ってくれる」
彼はそう言うと、生まれ変わった聖剣エクシードを、そっとその手に取った。
聖剣は、まるで彼の手に収まるのを待っていたかのように、しっくりと馴染んでいる。その姿は、まるで百年の時を超えて、新たな英雄王が誕生したかのようだった。
「さあ、行こうか、リナリア」
アシュレイ様は、私に向き直ると、どこまでも優しい笑みを浮かべた。
「君が、君自身の本当の価値を、世界に示す時だ。私が、君をエスコートしよう」
彼のその言葉と、自信に満ちた笑顔は、私の心の中にあった最後の不安の影を、綺麗に拭い去ってくれた。
そうだ。私は、もう一人ではない。
この人が、隣にいてくれる。
「……はい、アシュレイ様」
私は、胸を張り、彼の目をまっすぐに見つめ返して、力強く頷いた。
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