外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第74話:甘く、危険なダンスレッスン

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パーティーのためのドレスや宝飾品の準備が、着々と進む一方。
私には、もう一つ、乗り越えなければならない、大きな課題が残されていた。
それは、ダンスだった。
建国記念パーティーのような格式高い夜会では、ダンスを踊ることは、貴族としての必須の教養であり、重要なコミュニケーションの場でもあった。
しかし、私は、領地の祭りでアシュレイ様にリードされるままに踊った、あの素朴なフォークダンスしか経験がない。宮廷で踊られる、複雑で優雅なワルツのステップなど、一つも知らなかったのだ。
そのことを、アシュレイ様に正直に打ち明けると、彼は「そうだろうと思った」と、少しも驚かずに微笑んだ。
そして、私を、公爵邸の最も大きなボールルームへと連れて行った。
床は鏡のように磨き上げられ、天井からは巨大なシャンデリアがいくつも吊り下がっている、夜会を開くための大広間。そのあまりの広さに、私はただ圧倒される。
「ここで、私が直々に、君にダンスを教えよう」
アシュレイ様は、さも当然のように言った。
「ええっ!? アシュレイ様が、直々に、ですか!?」
私は、驚いて聞き返した。
「ダンスの教師を雇ってもいいが、その方が早いだろう。それに……」
彼は、悪戯っぽく、片目をつぶってみせた。
「君の、初めてのダンスの相手は、他の誰にも譲りたくないからな」
そのあまりにも甘い言葉に、私の顔は、レッスンが始まる前から、真っ赤に染まってしまった。

こうして、私とアシュレイ様の、二人きりの秘密のダンスレッスンが始まった。
彼は、まず、オーケストラが演奏するための譜面台に、一つの魔法具を置いた。それは、音を記録し、再生することができる、高価な魔導オルゴールだった。
彼がそれを起動させると、ボールルーム全体に、優雅で、流れるようなワルツのメロディーが響き渡った。
「さあ、リナリア」
彼は、私の前に立つと、完璧な貴公子の作法で、そっと手を差し伸べた。
「私の手を、取ってくれるかな」
その声と、仕草。それは、まるで物語のワンシーンのようで、私の心臓は、大きく、そして甘く、跳ね上がった。
私は、おずおずと、その大きな手に、自分の手を重ねる。
彼の手が、私の手を優しく握り、そしてもう片方の手が、私の腰に、そっと回された。
「……っ!」
突然、彼の逞しい腕の中に、完全に抱き寄せられる形になり、私は息をのんだ。彼の身体が、すぐ目の前にある。彼の胸の鼓動、その呼吸、そして、彼から漂う、清廉で、少しだけ甘い香り。その全てが、私の五感を、どうしようもなく刺激する。
「力を、抜いて」
私の耳元で、彼の低い声が囁いた。
「私に、身を委ねるんだ。君の身体の動きを、私に預けてくれ」
その声は、まるで催眠術のように、私の身体の緊張を、ゆっくりと解きほぐしていく。
私は、こくりと頷き、彼の胸に、そっと額を預けた。
「……そうだ。上手だ」
彼は、満足そうに言うと、音楽のリズムに合わせて、ゆっくりと、最初のステップを踏み出した。
一、二、三。一、二、三。
ワルツの、基本的なステップ。
最初は、ぎこちなく、彼の足を踏んでしまいそうになることもあった。けれど、彼のリードは、あまりにも完璧だった。彼は、私の次の動きを、全て予測しているかのように、優しく、そして的確に、私を導いてくれる。
まるで、彼と私が、一つの身体になったかのようだった。
私たちは、言葉もなく、ただ音楽に身を委ね、広いボールルームを、ゆっくりと、くるり、くるりと回り続けた。
重なり合う、手と手。
腰に回された、力強い腕。
触れ合う、身体の温もり。
その全てが、私にとって、甘く、そして少しだけ危険な、未知の感覚だった。
私の心は、もはや正常ではいられなかった。喜びと、恥ずかしさと、そして、彼にもっと触れていたいという、抗いがたい欲望が、ごちゃ混ぜになって、私の頭の中を、ぐるぐると駆け巡る。
顔が、熱い。
きっと、今の私は、熟れた果実のように、真っ赤になっているに違いない。
「……どうした。顔が、赤いぞ」
私の心を、完全に見透かしたように、アシュレイ様が、意地悪く囁いた。
「な、なんでもありません!」
私が、しどろもどろに答えると、彼は、楽しそうに喉の奥で笑った。
「君は、本当に、愛らしいな」
その言葉は、もはや毒だった。私の理性を、完全に麻痺させる、甘い、甘い毒。
私は、もう何も考えることができなかった。
ただ、この時間が、永遠に続けばいいのに、と。
心の底から、そう願っていた。

どれくらいの時間、そうしていただろうか。
曲が、終わりを告げる最後のフレーズを奏で始めた。
アシュレイ様は、私の身体を、ゆっくりと、ディップさせるように、大きく傾けた。私の背中が、床すれすれまで倒れ、彼の腕一本だけで支えられる形になる。
私の髪が、さらりと床に流れ、彼の顔が、すぐ真上から、私を覗き込んでいた。
逆さまに見える、彼の顔。
シャンデリアの光を浴びて、きらきらと輝く、銀色の髪。
そして、その奥で、燃えるような、深い情熱の色を宿した、紫の瞳。
その瞳は、もはや、私の心を通り越し、私の魂そのものを、射抜いているかのようだった。
音楽が、完全に、止まった。
ボールルームには、静寂だけが残される。
聞こえるのは、私たち二人の、少しだけ乱れた呼吸の音と、そして、今にも張り裂けそうなくらいに、大きく、大きく、鳴り響く、私の心臓の音だけ。
彼は、何も言わなかった。
ただ、その瞳で、私に何かを、訴えかけている。
そして、ゆっくりと、本当に、ゆっくりと、その顔を、私の唇に、近づけてきて――
甘く、危険なダンスレッスンの終わりは、もう、すぐそこまで、迫っていた。
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