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第91話:アシュレイ対魔術師
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虚無の球体がアシュレイの背中に着弾したその瞬間。
地下聖堂の全てが音のない闇に包まれた。光さえも飲み込む絶対的な『無』が全てを支配する。
「アシュレイ様!」
私の悲痛な絶叫だけが、その静寂を切り裂いた。
(終わった……)
ゾルディアスは心の中で勝利を確信した。
虚無の球体。それはあらゆる存在をその根源から消滅させる禁断の古代魔術。いかにアシュレイが王国最強の騎士であろうと、あれをまともに喰らって無事でいられるはずがない。
聖女はもはや無防備。あとはその身柄を確保するだけだ。
彼は歪んだ笑みを浮かべ、杖を下ろそうとした。
しかし、次の瞬間。
彼は自らの目を疑った。
闇の中心、虚無の球体が着弾したはずの場所で。
一つの小さな、しかし決して消えることのない淡い『光』が灯っていたのだ。
それはアシュレイの身体から放たれる闘気の光だった。
「……なっ!?」
ゾルディアスが驚愕の声を上げる。
「馬鹿な! なぜ消滅しない!? 虚無の球体が効かぬというのか!?」
闇がゆっくりと晴れていく。
そして、その中心に立つアシュレイの姿が再び現れた。
彼は確かに立っていた。
その漆黒の軍服は所々が消滅し、肌が剥き出しになっている。全身からは無数の切り傷によって血が流れていた。
しかし、その瞳は死んでいなかった。
それどころか、その紫の瞳は先ほどまでとは比べ物にならないほどの、凄まじく燃えるような光を宿していた。
それは怒り。
自らの唯一つの愛する者を傷つけられそうになったことへの、純粋で絶対的な怒りの炎だった。
「……貴様」
アシュレイの唇から、地獄の底から響いてくるかのような低い低い声が漏れた。
「今、リナリアに何をしようとした……?」
その声の圧力だけで、地下聖堂の空気がビリビリと震える。
ゾルディアスは本能的な恐怖に、思わず一歩後ずさった。
(こ、この男……! まさかあの虚無の魔力を、その身一つで耐えきったというのか……!?)
それは人間の成せる技ではなかった。彼の身体を構成する魔力と生命力が、常軌を逸しているとしか考えられない。
「……面白い。面白いぞ、アシュレイ・フォン・アイゼンベルク!」
恐怖を狂気じみた好奇心が上回った。
「その娘がいるだけで貴様はこれほどの力を発揮するというのか! ますますその娘が欲しくなったわ!」
ゾルディアスは再び杖を構え、その魔力を最大限にまで高めていく。
「ならば見せてやろう! 我が魔術の神髄を!」
アシュレイもまた魔剣『夜天』を静かに構え直した。彼の全身から放たれる闘気はもはや黄金色のオーラとなり、彼の身体を神々しいまでに輝かせている。
二人の人間を超越した存在が、今、再び激突しようとしていた。
「『千の闇槍よ、我が敵を貫け!』」
ゾルディアスが叫ぶと、彼の周囲の空間から無数の漆黒の槍が生まれ出た。そして、その全てがアシュレイに向かって殺到する。
アシュレイはそれに対して一歩も引かなかった。
彼は魔剣をただ一閃した。
「――『夜天・円舞』」
黒い剣閃が円を描く。
その円の内側に触れた全ての闇の槍は、まるで幻であったかのように音もなく霧散していった。
「なにぃ!?」
「貴様のその児戯のような魔術では、私の剣には届かん」
アシュレイは冷たく言い放つと、今度は自らその間合いを詰めていく。
ゾルディアスは慌てて次なる魔術を詠唱する。
「『古のゴーレムよ、目覚めよ!』」
地下聖堂の壁や床が轟音と共に盛り上がり、巨大な石の巨人を二体作り出した。ゴーレムはその巨大な拳をアシュレイに向かって振り下ろす。
しかし、アシュレイの動きはその巨体では捉えることなどできなかった。
彼は振り下ろされる拳をまるで踊るかのように優雅に躱すと、その腕の上を駆け上がりゴーレムの頭上へと躍り出た。
「――『夜天・流星』」
彼の身体が高速で回転し、黒い竜巻となって二体のゴーレムを同時に貫いた。
凄まじい斬撃によって、ゴーレムはその巨体を支えることができず、ガラガラとただの石くれの山へと崩れ落ちていった。
「ぐっ……!」
ゾルディアスは舌打ちをしながら、さらに後方へと距離を取る。
近接戦闘では勝ち目がない。ならばと、彼は最後の切り札を切ることにした。
それは彼自身がアシュレイにかけたあの呪い。その力を最大限に増幅させ、暴走させる禁断の秘術だった。
「アシュレイよ! 貴様のその魂に刻まれた、我が呪いを思い出させてやろう!」
ゾルディアスは自らの胸を杖の先端で突き刺した。
「ぐはっ……!」
彼自身の血を贄として。
彼は邪悪な古代の詠唱を始めた。
「『凍てつきし魂の枷よ、今こそその主を喰らい尽くせ!』」
その詠唱に呼応するように。
アシュレイの身体の奥深く、彼の魂に長年巣食っていた呪いの紋様が、どす黒い光を放ち始めた。
「……っ!?」
アシュレイの動きがぴたりと止まった。
彼の身体を内側から突き破るかのような激痛。
それはこれまで経験したどんな発作とも比べ物にならないほどの、絶対的な苦痛だった。
「ぐ……あ……あああああっ!」
アシュレイはついにその場に膝をつき、苦悶の声を上げた。
彼の身体から黄金色の闘気のオーラが急速に消えていく。代わりに、どす黒い呪いの瘴気が彼の全身を覆い尽くそうとしていた。
「ははははっ! どうだ、アシュレイ! さしもの貴様も己の内なる闇には勝てまい!」
ゾルディアスは高らかに勝利の笑いを上げた。
「アシュレイ様!」
私は心核の修復を続けながらも、悲痛な叫び声を上げた。
彼の苦しむ姿に私の心は張り裂けそうだった。
しかし私は動けない。
あと少し。あと少しで心核は完全に修復される。
それまでの時間稼ぎ。
アシュレイ様は、そのために己の身を犠牲にしているのだ。
(……嫌)
私の目から涙が溢れ出した。
(嫌だ……! あなたがいなくなってしまうなんて……!)
その強い強い想いが。
私の聖女としての力を、さらなる未知の領域へと押し上げようとしていた。
アシュレイと魔術師のハイレベルな戦闘。
その結末は、誰もが予想しえなかった新たな奇跡の、ほんの序章に過ぎなかった。
地下聖堂の全てが音のない闇に包まれた。光さえも飲み込む絶対的な『無』が全てを支配する。
「アシュレイ様!」
私の悲痛な絶叫だけが、その静寂を切り裂いた。
(終わった……)
ゾルディアスは心の中で勝利を確信した。
虚無の球体。それはあらゆる存在をその根源から消滅させる禁断の古代魔術。いかにアシュレイが王国最強の騎士であろうと、あれをまともに喰らって無事でいられるはずがない。
聖女はもはや無防備。あとはその身柄を確保するだけだ。
彼は歪んだ笑みを浮かべ、杖を下ろそうとした。
しかし、次の瞬間。
彼は自らの目を疑った。
闇の中心、虚無の球体が着弾したはずの場所で。
一つの小さな、しかし決して消えることのない淡い『光』が灯っていたのだ。
それはアシュレイの身体から放たれる闘気の光だった。
「……なっ!?」
ゾルディアスが驚愕の声を上げる。
「馬鹿な! なぜ消滅しない!? 虚無の球体が効かぬというのか!?」
闇がゆっくりと晴れていく。
そして、その中心に立つアシュレイの姿が再び現れた。
彼は確かに立っていた。
その漆黒の軍服は所々が消滅し、肌が剥き出しになっている。全身からは無数の切り傷によって血が流れていた。
しかし、その瞳は死んでいなかった。
それどころか、その紫の瞳は先ほどまでとは比べ物にならないほどの、凄まじく燃えるような光を宿していた。
それは怒り。
自らの唯一つの愛する者を傷つけられそうになったことへの、純粋で絶対的な怒りの炎だった。
「……貴様」
アシュレイの唇から、地獄の底から響いてくるかのような低い低い声が漏れた。
「今、リナリアに何をしようとした……?」
その声の圧力だけで、地下聖堂の空気がビリビリと震える。
ゾルディアスは本能的な恐怖に、思わず一歩後ずさった。
(こ、この男……! まさかあの虚無の魔力を、その身一つで耐えきったというのか……!?)
それは人間の成せる技ではなかった。彼の身体を構成する魔力と生命力が、常軌を逸しているとしか考えられない。
「……面白い。面白いぞ、アシュレイ・フォン・アイゼンベルク!」
恐怖を狂気じみた好奇心が上回った。
「その娘がいるだけで貴様はこれほどの力を発揮するというのか! ますますその娘が欲しくなったわ!」
ゾルディアスは再び杖を構え、その魔力を最大限にまで高めていく。
「ならば見せてやろう! 我が魔術の神髄を!」
アシュレイもまた魔剣『夜天』を静かに構え直した。彼の全身から放たれる闘気はもはや黄金色のオーラとなり、彼の身体を神々しいまでに輝かせている。
二人の人間を超越した存在が、今、再び激突しようとしていた。
「『千の闇槍よ、我が敵を貫け!』」
ゾルディアスが叫ぶと、彼の周囲の空間から無数の漆黒の槍が生まれ出た。そして、その全てがアシュレイに向かって殺到する。
アシュレイはそれに対して一歩も引かなかった。
彼は魔剣をただ一閃した。
「――『夜天・円舞』」
黒い剣閃が円を描く。
その円の内側に触れた全ての闇の槍は、まるで幻であったかのように音もなく霧散していった。
「なにぃ!?」
「貴様のその児戯のような魔術では、私の剣には届かん」
アシュレイは冷たく言い放つと、今度は自らその間合いを詰めていく。
ゾルディアスは慌てて次なる魔術を詠唱する。
「『古のゴーレムよ、目覚めよ!』」
地下聖堂の壁や床が轟音と共に盛り上がり、巨大な石の巨人を二体作り出した。ゴーレムはその巨大な拳をアシュレイに向かって振り下ろす。
しかし、アシュレイの動きはその巨体では捉えることなどできなかった。
彼は振り下ろされる拳をまるで踊るかのように優雅に躱すと、その腕の上を駆け上がりゴーレムの頭上へと躍り出た。
「――『夜天・流星』」
彼の身体が高速で回転し、黒い竜巻となって二体のゴーレムを同時に貫いた。
凄まじい斬撃によって、ゴーレムはその巨体を支えることができず、ガラガラとただの石くれの山へと崩れ落ちていった。
「ぐっ……!」
ゾルディアスは舌打ちをしながら、さらに後方へと距離を取る。
近接戦闘では勝ち目がない。ならばと、彼は最後の切り札を切ることにした。
それは彼自身がアシュレイにかけたあの呪い。その力を最大限に増幅させ、暴走させる禁断の秘術だった。
「アシュレイよ! 貴様のその魂に刻まれた、我が呪いを思い出させてやろう!」
ゾルディアスは自らの胸を杖の先端で突き刺した。
「ぐはっ……!」
彼自身の血を贄として。
彼は邪悪な古代の詠唱を始めた。
「『凍てつきし魂の枷よ、今こそその主を喰らい尽くせ!』」
その詠唱に呼応するように。
アシュレイの身体の奥深く、彼の魂に長年巣食っていた呪いの紋様が、どす黒い光を放ち始めた。
「……っ!?」
アシュレイの動きがぴたりと止まった。
彼の身体を内側から突き破るかのような激痛。
それはこれまで経験したどんな発作とも比べ物にならないほどの、絶対的な苦痛だった。
「ぐ……あ……あああああっ!」
アシュレイはついにその場に膝をつき、苦悶の声を上げた。
彼の身体から黄金色の闘気のオーラが急速に消えていく。代わりに、どす黒い呪いの瘴気が彼の全身を覆い尽くそうとしていた。
「ははははっ! どうだ、アシュレイ! さしもの貴様も己の内なる闇には勝てまい!」
ゾルディアスは高らかに勝利の笑いを上げた。
「アシュレイ様!」
私は心核の修復を続けながらも、悲痛な叫び声を上げた。
彼の苦しむ姿に私の心は張り裂けそうだった。
しかし私は動けない。
あと少し。あと少しで心核は完全に修復される。
それまでの時間稼ぎ。
アシュレイ様は、そのために己の身を犠牲にしているのだ。
(……嫌)
私の目から涙が溢れ出した。
(嫌だ……! あなたがいなくなってしまうなんて……!)
その強い強い想いが。
私の聖女としての力を、さらなる未知の領域へと押し上げようとしていた。
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