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第92話:守るための盾
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「ははははっ! 苦しめ! 藻掻け! そして、己の魂が、完全に凍てつく様を、その絶望の中で、見届けるがいい!」
ゾルディアスは、高らかに笑いながら、さらに呪詛の力を強めていく。
アシュレイ様の身体は、もはや彼の意思とは関係なく、激しく痙攣していた。その白い肌には、霜が降りたかのように、不気味な氷の紋様が浮かび上がり、彼の呼気は、白い霧となって、空中に散っていく。
呪いが、彼の生命力そのものを、根こそぎ奪い去ろうとしていた。
「アシュレイ様!」
私の悲痛な叫びだけが、地下聖C聖堂に虚しく響く。
私は、心核の修復に、全霊力を注ぎながらも、その意識の半分は、瀕死の彼に、釘付けになっていた。
お願い、死なないで。
私を、一人にしないで。
その祈りが、私の黄金色の光を、さらに、さらに強く輝かせていく。
(……あと、もう少し……)
心核の、最後の亀裂が、今、塞がろうとしていた。あと数秒。いや、ほんの一瞬。それさえ、耐え抜いてくれれば。
その、私の必死の願いを、ゾルディアスは、見逃さなかった。
「……ちぃ。まだ、あの娘の力が、残っておったか」
彼は、忌々しげに舌打ちをすると、最後の、そして最も邪悪な一手を、打つことにした。
彼は、アシュレイに苦痛を与えるのを、一旦、中断した。そして、その全ての魔力を、再び、一本の、凝縮された呪詛の矢へと、練り上げていく。
ただし、今度のそれは、以前のものとは、比べ物にならない。
彼自身の、生命力の一部さえも、削り取って練り上げた、必殺の、一撃。
そして、その狙いは、アシュレイ様ではなかった。
「……聖女よ。貴様のその光、ここで、完全に消し去ってくれるわ!」
ゾルディアスの、狂気に満ちた叫びと共に。
杖の先端から、凝縮された、純粋な『死』そのもののような、漆黒の光の矢が、放たれた。
それは、虚無の球体のような、消滅の魔術ではない。
触れたものの、魂そのものを、根源から腐敗させ、汚染し、永遠の苦しみを与えるという、最も残忍で、そして最もおぞましい、呪詛の極致。
その矢は、光速に近い速度で、完全に無防備な、私へと、迫ってきた。
「……!」
アシュレイ様は、呪いの激痛に苛まれながらも、その最後の力を振り絞り、顔を上げた。
そして、私へと迫る、死の矢を、その瞳に捉えた。
彼の思考は、一瞬にして、クリアになった。
(……間に合わない)
今から、剣を振るうことも、魔法障壁を張ることも、間に合わない。
そして、リナリアは、動けない。
選択肢は、一つしか、残されていなかった。
彼は、笑った。
その顔には、もはや苦痛の色はなかった。
ただ、ひたすらに、愛する者を守ることができるという、至上の喜びに満ちた、穏やかな、そして完璧な笑みだった。
彼は、最後の力を振り絞り、その傷だらけの身体を、まるで弾丸のように、躍らせた。
私の、目の前へと。
そして、その広い背中で、私を、完全に、覆い隠すように、立ちはだかった。
守るための、盾となるために。
「アシュレイ様……!?」
私の、驚愕の声。
そして、彼の、どこまでも優しい、囁き声。
「……愛している、リナリア」
それが、彼の、最後の言葉だった。
次の瞬間。
漆黒の呪詛の矢が、彼の背中の、その中心に、音もなく、深々と、突き刺さった。
ドクン、と。
彼の身体が、大きく、一度だけ、跳ねた。
そして、まるで糸が切れたかのように、その巨体は、ゆっくりと、私の腕の中へと、崩れ落ちてきた。
「……あ……ああ……」
私の腕の中に、彼の重みが、ずしりとかかる。
彼の顔は、私の肩にうずめられ、その表情を見ることはできない。
ただ、彼の身体から、急速に、生命の温もりが、失われていくのだけが、痛いほどに、伝わってきた。
その、瞬間だった。
カァン、という、澄み切った、高い音が、地下聖堂に響き渡った。
王都の心核が、完全に、修復された音だった。
荒れ狂っていた魔力の奔流は、完全に、その静けさを取り戻し、心核は、再び、清らかな青い光を、放ち始めた。
王都の空を覆っていた、不気味な暗雲は、その魔力の源を失い、まるで悪夢が晴れるかのように、急速に、消え去っていく。
街には、再び、太陽の光が、降り注ぎ始めた。
魔物の群れは、その邪悪な力を支えていた瘴気が消えたことで、恐慌状態に陥り、騎士団によって、次々と、殲滅されていった。
王都の危機は、去ったのだ。
私の、聖女としての、使命は、果たされた。
しかし。
その代償は、あまりにも、あまりにも、大きすぎた。
「ははは……はーははははっ!」
ゾルディアスの、甲高い、狂ったような笑い声が、響き渡る。
「やったぞ! やってやったわ! アシュレイ・フォン・アイゼンベルクを、この私が、討ち取ったぞ!」
彼は、勝利の悦に、酔いしれていた。
「聖女よ! 貴様の光も、もはやこれまで! これで、貴様は、我らのものだ!」
彼は、勝ち誇ったように、私に、近づいてくる。
しかし、私は、もはや、彼の姿など、目に入っていなかった。
私の世界の全ては、今、この腕の中に、あった。
動かなくなった、彼の身体。
失われていく、彼の温もり。
「……いや」
私の唇から、か細い、信じられないという、拒絶の言葉が、漏れた。
「いやだ……。アシュレイ様……。嘘、ですよね……?」
私は、彼の身体を揺さぶる。
しかし、彼は、答えない。
「目を開けてください……。アシュレイ様……。私を、一人にしないで……」
私の目から、大粒の涙が、止めどなく、溢れ出した。
その涙が、彼の、血に濡れた頬に、ぽつり、ぽつりと、落ちていく。
その時だった。
私の腕の中で、彼の身体が、ぴくりと、一度だけ、痙攣した。
そして、彼の内側から、これまでとは比べ物にならないほどの、おぞましい、どす黒い呪いの瘴気が、まるで火山が噴火するかのように、一気に、噴き出した。
ゾルディアスは、高らかに笑いながら、さらに呪詛の力を強めていく。
アシュレイ様の身体は、もはや彼の意思とは関係なく、激しく痙攣していた。その白い肌には、霜が降りたかのように、不気味な氷の紋様が浮かび上がり、彼の呼気は、白い霧となって、空中に散っていく。
呪いが、彼の生命力そのものを、根こそぎ奪い去ろうとしていた。
「アシュレイ様!」
私の悲痛な叫びだけが、地下聖C聖堂に虚しく響く。
私は、心核の修復に、全霊力を注ぎながらも、その意識の半分は、瀕死の彼に、釘付けになっていた。
お願い、死なないで。
私を、一人にしないで。
その祈りが、私の黄金色の光を、さらに、さらに強く輝かせていく。
(……あと、もう少し……)
心核の、最後の亀裂が、今、塞がろうとしていた。あと数秒。いや、ほんの一瞬。それさえ、耐え抜いてくれれば。
その、私の必死の願いを、ゾルディアスは、見逃さなかった。
「……ちぃ。まだ、あの娘の力が、残っておったか」
彼は、忌々しげに舌打ちをすると、最後の、そして最も邪悪な一手を、打つことにした。
彼は、アシュレイに苦痛を与えるのを、一旦、中断した。そして、その全ての魔力を、再び、一本の、凝縮された呪詛の矢へと、練り上げていく。
ただし、今度のそれは、以前のものとは、比べ物にならない。
彼自身の、生命力の一部さえも、削り取って練り上げた、必殺の、一撃。
そして、その狙いは、アシュレイ様ではなかった。
「……聖女よ。貴様のその光、ここで、完全に消し去ってくれるわ!」
ゾルディアスの、狂気に満ちた叫びと共に。
杖の先端から、凝縮された、純粋な『死』そのもののような、漆黒の光の矢が、放たれた。
それは、虚無の球体のような、消滅の魔術ではない。
触れたものの、魂そのものを、根源から腐敗させ、汚染し、永遠の苦しみを与えるという、最も残忍で、そして最もおぞましい、呪詛の極致。
その矢は、光速に近い速度で、完全に無防備な、私へと、迫ってきた。
「……!」
アシュレイ様は、呪いの激痛に苛まれながらも、その最後の力を振り絞り、顔を上げた。
そして、私へと迫る、死の矢を、その瞳に捉えた。
彼の思考は、一瞬にして、クリアになった。
(……間に合わない)
今から、剣を振るうことも、魔法障壁を張ることも、間に合わない。
そして、リナリアは、動けない。
選択肢は、一つしか、残されていなかった。
彼は、笑った。
その顔には、もはや苦痛の色はなかった。
ただ、ひたすらに、愛する者を守ることができるという、至上の喜びに満ちた、穏やかな、そして完璧な笑みだった。
彼は、最後の力を振り絞り、その傷だらけの身体を、まるで弾丸のように、躍らせた。
私の、目の前へと。
そして、その広い背中で、私を、完全に、覆い隠すように、立ちはだかった。
守るための、盾となるために。
「アシュレイ様……!?」
私の、驚愕の声。
そして、彼の、どこまでも優しい、囁き声。
「……愛している、リナリア」
それが、彼の、最後の言葉だった。
次の瞬間。
漆黒の呪詛の矢が、彼の背中の、その中心に、音もなく、深々と、突き刺さった。
ドクン、と。
彼の身体が、大きく、一度だけ、跳ねた。
そして、まるで糸が切れたかのように、その巨体は、ゆっくりと、私の腕の中へと、崩れ落ちてきた。
「……あ……ああ……」
私の腕の中に、彼の重みが、ずしりとかかる。
彼の顔は、私の肩にうずめられ、その表情を見ることはできない。
ただ、彼の身体から、急速に、生命の温もりが、失われていくのだけが、痛いほどに、伝わってきた。
その、瞬間だった。
カァン、という、澄み切った、高い音が、地下聖堂に響き渡った。
王都の心核が、完全に、修復された音だった。
荒れ狂っていた魔力の奔流は、完全に、その静けさを取り戻し、心核は、再び、清らかな青い光を、放ち始めた。
王都の空を覆っていた、不気味な暗雲は、その魔力の源を失い、まるで悪夢が晴れるかのように、急速に、消え去っていく。
街には、再び、太陽の光が、降り注ぎ始めた。
魔物の群れは、その邪悪な力を支えていた瘴気が消えたことで、恐慌状態に陥り、騎士団によって、次々と、殲滅されていった。
王都の危機は、去ったのだ。
私の、聖女としての、使命は、果たされた。
しかし。
その代償は、あまりにも、あまりにも、大きすぎた。
「ははは……はーははははっ!」
ゾルディアスの、甲高い、狂ったような笑い声が、響き渡る。
「やったぞ! やってやったわ! アシュレイ・フォン・アイゼンベルクを、この私が、討ち取ったぞ!」
彼は、勝利の悦に、酔いしれていた。
「聖女よ! 貴様の光も、もはやこれまで! これで、貴様は、我らのものだ!」
彼は、勝ち誇ったように、私に、近づいてくる。
しかし、私は、もはや、彼の姿など、目に入っていなかった。
私の世界の全ては、今、この腕の中に、あった。
動かなくなった、彼の身体。
失われていく、彼の温もり。
「……いや」
私の唇から、か細い、信じられないという、拒絶の言葉が、漏れた。
「いやだ……。アシュレイ様……。嘘、ですよね……?」
私は、彼の身体を揺さぶる。
しかし、彼は、答えない。
「目を開けてください……。アシュレイ様……。私を、一人にしないで……」
私の目から、大粒の涙が、止めどなく、溢れ出した。
その涙が、彼の、血に濡れた頬に、ぽつり、ぽつりと、落ちていく。
その時だった。
私の腕の中で、彼の身体が、ぴくりと、一度だけ、痙攣した。
そして、彼の内側から、これまでとは比べ物にならないほどの、おぞましい、どす黒い呪いの瘴気が、まるで火山が噴火するかのように、一気に、噴き出した。
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