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第1話 ありえない合格通知
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「兄ちゃん、明日の弁当、唐揚げがいい」
「はいはい。もう寝ないと朝起きれないぞ」
妹の頭を優しく撫でて部屋の電気を消す。俺、相葉祐樹はごく平凡な高校生だ。成績は中の上。運動は中の下。特に秀でた才能もなく、将来の夢も漠然としている。しいて言えば、料理が少し得意なくらいか。これも共働きの両親に代わって、幼い妹の世話をしてきた結果に過ぎない。
いつものように夕食の片付けを終える。リビングのテーブルには、いくつかの高校のパンフレットが散らばっていた。どれも家から通える範囲の、俺の成績でまあ合格できるだろうというレベルの公立高校だ。ここに進学して、可もなく不可もない三年間を送る。俺の未来なんて、そんなものだろうと思っていた。その日までは。
ポストの中に、それを見つけたのは偶然だった。他の郵便物とは明らかに違う。厚手で高級な和紙を使った、純白の封筒。中央には、獅子の横顔をかたどった金の箔押しが鈍く輝いていた。宛名は、流麗な筆文字で『相葉 祐樹 様』と書かれている。差出人を見て、俺は思わず目を疑った。
『私立 獅子王院学園』
日本に住む学生で、この名を知らない者はいない。政財界のトップリーダーから、世界的なアーティスト、果てはオリンピックの金メダリストまで。あらゆる分野の頂点を極める人材を輩出する、超名門中の名門校。全寮制の男子校で、その偏差値は天文学的数字だと聞く。テレビの中の雲の上の存在。俺のような凡人が関わることなど、天地がひっくり返ってもあり得ない世界だ。
「……なんだこれ」
何かのダイレクトメールか。あるいは手の込んだ詐欺か。俺は封筒を裏返し、恐る恐る金のシールを剥がした。中から出てきたのは、これまた分厚く、格式高い書面だった。
『合格通知書』
その三文字が、目に飛び込んできた瞬間に思考が停止する。続けて書かれた文章を、何度も何度も読み返した。
『貴殿は、本校の令和〇年度入学試験において、優秀な成績を収められました。よって、ここに合格を許可します』
そこには、学園長の署名と立派な印章まで押されている。
「は……?」
意味が分からない。俺は獅子王院学園なんて受験した覚えがない。そもそも、願書すら出したことがないのだ。これは悪質なイタズラか、それとも何かの間違いか。同姓同名の誰かへの郵便物が、誤って我が家に届いたとしか考えられなかった。
リビングに戻り、テーブルの蛍光灯の下で改めて通知書を眺める。しかし、そこに記された氏名、住所、生年月日は、間違いなく俺、相葉祐樹のものだった。頭が混乱する。もしこれが本物なら、一体どういうことなんだ。
「ただいまー」
「祐樹、おかえり」
両親が帰ってきた。俺は慌てて合格通知をテーブルの下に隠そうとするが、間に合わなかった。
「あら、祐樹。それは何のお手紙?」
母さんが俺の手元を覗き込む。父さんも興味深そうにこちらを見ていた。隠し通せる雰囲気ではない。俺は観念して、その通知書をテーブルの上に置いた。
「え……獅子王院学園? 合格通知書!?」
母さんの驚きの声がリビングに響く。父さんも目を丸くして、通知書を食い入るように見つめている。
「祐樹、お前、いつの間にこんなすごい学校を……」
「いや、俺は受けてないんだけど……」
「またまた、照れちゃって。すごいじゃないか!」
両親は完全に有頂天だった。近所に自慢しに行く勢いで喜び、俺の肩をバンバン叩く。妹も「お兄ちゃん、すごーい!」と目をキラキラさせて抱きついてきた。違うんだ。これは何かの間違いなんだ。そう言おうとしても、家族の満面の笑みを前にすると、喉まで出かかった言葉が引っ込んでしまう。
その夜、俺は自室のベッドで寝付けずにいた。机のライトに照らされた合格通知をぼんやりと眺める。もし、これが間違いだと分かったら。両親や妹は、どれだけがっかりするだろうか。そう考えると、胸が締め付けられるように痛んだ。
通知書に同封されていた入学案内に目を通す。そこには、信じられない一文があった。
『なお、相葉祐樹殿は、入学金及び三ヶ年の授業料を全額免除する、特待生としてお迎えいたします』
学費全額免除。獅子王院の学費は、一般家庭には到底払えない額だと聞く。それがタダ。ますます現実味がなかった。
ふと、あることを思い出す。先月、進路指導の一環で受けさせられた全国模試。その受験番号を控えた紙を探し出し、合格通知に書かれた番号と見比べてみた。
「……同じだ」
鳥肌が立った。受験番号が一致している。これはどういうことだ。あの模試の結果が、獅子王院の入学試験を兼ねていたとでもいうのか。そんな馬鹿な話があるはずない。だが、目の前には動かぬ証拠がある。
何かのシステムエラー。それ以外に考えられなかった。本来なら、とてつもない天才が受け取るはずだった合格通知が、何かの手違いで俺の元へ届いてしまったのだ。明日、学園に電話して、間違いではないかと問い合わせるべきだろう。それが、一番誠実な対応のはずだ。
でも、もし。
心の隅で、小さな囁き声が聞こえた。
もし、これが間違いじゃなかったら?
もし、これが奇跡的に俺に与えられたチャンスだとしたら?
平凡な毎日。代わり映えのしない日常。そんな自分の人生が、この一枚の紙で変わるかもしれない。テレビで見た、きらびやかな制服に身を包んだエリートたち。彼らが学ぶ壮麗な校舎。俺が、あの場所に行けるかもしれない。
翌朝、俺は家族に「獅子王院学園に行く」と告げた。
間違いかもしれないという不安は、心の奥底に無理やり押し込めた。両親は涙を流して喜び、すぐに親戚中に電話をかけ始めた。妹は「お兄ちゃん、獅子王院の制服、絶対似合うよ!」と無邪気に笑う。もう後戻りはできない。俺はこの巨大な嘘、あるいは奇跡の船に乗るしかなかった。
入学までの日々は、あっという間に過ぎていった。採寸して作られた新品の制服は、黒を基調としたブレザーで、金の刺繍が施されている。まるで自分が自分じゃないみたいだ。中学の友人たちは、俺の合格を我がことのように驚き、そして祝福してくれた。
「相葉が獅子王院とか、マジかよ!」
「すげーな! 俺たちの誇りだぜ!」
皆の期待が、ずしりと肩にのしかかる。
そして、入学式当日。
俺は大きな荷物を抱え、目の前にそびえ立つ巨大な門を見上げていた。レンガ造りの重厚な門には、金のプレートで『私立 獅子王院学園』と刻まれている。その先には、まるでヨーロッパの古城のような壮麗な校舎が広がっていた。
胸が高鳴る。本当に俺が、今日からここで生活するのか。
門をくぐると、同じ制服に身を包んだ新入生たちがいた。誰もが自信に満ち溢れた顔をしている。そして何より、全員が信じられないくらいのイケメンだった。ファッション雑誌から抜け出してきたモデルのような端正な顔立ちのヤツ。爽やかな笑顔が眩しいスポーツマンタイプのヤツ。物静かで知的な雰囲気を漂わせるヤツ。
場違い感が半端じゃない。俺のような凡人がいていい場所ではない。今からでも引き返すべきか。そんな弱気が顔を出し始めた時だった。
「君、新入生?」
背後から、澄んだ声がした。振り返ると、そこに一人の生徒が立っていた。陽の光を反射して銀色に輝く髪。彫刻のように整った顔立ちに、涼しげな紫色の瞳。同じ一年生のはずなのに、彼だけが放つオーラは別格だった。完璧という言葉は、彼のためにあるのだろう。
「あ、はい。そうです」
「そう。俺は橘玲。よろしく」
橘玲と名乗った彼は、そう言って小さく微笑んだ。その笑顔に、俺は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受ける。男の俺でさえこうなのだ。女子が見たら卒倒するに違いない。
これが獅子王院学園。これから始まる俺の高校生活。
不安と期待が入り混じった、不思議な高揚感が全身を駆け巡っていた。この学園で、一体何が俺を待っているのだろうか。
「はいはい。もう寝ないと朝起きれないぞ」
妹の頭を優しく撫でて部屋の電気を消す。俺、相葉祐樹はごく平凡な高校生だ。成績は中の上。運動は中の下。特に秀でた才能もなく、将来の夢も漠然としている。しいて言えば、料理が少し得意なくらいか。これも共働きの両親に代わって、幼い妹の世話をしてきた結果に過ぎない。
いつものように夕食の片付けを終える。リビングのテーブルには、いくつかの高校のパンフレットが散らばっていた。どれも家から通える範囲の、俺の成績でまあ合格できるだろうというレベルの公立高校だ。ここに進学して、可もなく不可もない三年間を送る。俺の未来なんて、そんなものだろうと思っていた。その日までは。
ポストの中に、それを見つけたのは偶然だった。他の郵便物とは明らかに違う。厚手で高級な和紙を使った、純白の封筒。中央には、獅子の横顔をかたどった金の箔押しが鈍く輝いていた。宛名は、流麗な筆文字で『相葉 祐樹 様』と書かれている。差出人を見て、俺は思わず目を疑った。
『私立 獅子王院学園』
日本に住む学生で、この名を知らない者はいない。政財界のトップリーダーから、世界的なアーティスト、果てはオリンピックの金メダリストまで。あらゆる分野の頂点を極める人材を輩出する、超名門中の名門校。全寮制の男子校で、その偏差値は天文学的数字だと聞く。テレビの中の雲の上の存在。俺のような凡人が関わることなど、天地がひっくり返ってもあり得ない世界だ。
「……なんだこれ」
何かのダイレクトメールか。あるいは手の込んだ詐欺か。俺は封筒を裏返し、恐る恐る金のシールを剥がした。中から出てきたのは、これまた分厚く、格式高い書面だった。
『合格通知書』
その三文字が、目に飛び込んできた瞬間に思考が停止する。続けて書かれた文章を、何度も何度も読み返した。
『貴殿は、本校の令和〇年度入学試験において、優秀な成績を収められました。よって、ここに合格を許可します』
そこには、学園長の署名と立派な印章まで押されている。
「は……?」
意味が分からない。俺は獅子王院学園なんて受験した覚えがない。そもそも、願書すら出したことがないのだ。これは悪質なイタズラか、それとも何かの間違いか。同姓同名の誰かへの郵便物が、誤って我が家に届いたとしか考えられなかった。
リビングに戻り、テーブルの蛍光灯の下で改めて通知書を眺める。しかし、そこに記された氏名、住所、生年月日は、間違いなく俺、相葉祐樹のものだった。頭が混乱する。もしこれが本物なら、一体どういうことなんだ。
「ただいまー」
「祐樹、おかえり」
両親が帰ってきた。俺は慌てて合格通知をテーブルの下に隠そうとするが、間に合わなかった。
「あら、祐樹。それは何のお手紙?」
母さんが俺の手元を覗き込む。父さんも興味深そうにこちらを見ていた。隠し通せる雰囲気ではない。俺は観念して、その通知書をテーブルの上に置いた。
「え……獅子王院学園? 合格通知書!?」
母さんの驚きの声がリビングに響く。父さんも目を丸くして、通知書を食い入るように見つめている。
「祐樹、お前、いつの間にこんなすごい学校を……」
「いや、俺は受けてないんだけど……」
「またまた、照れちゃって。すごいじゃないか!」
両親は完全に有頂天だった。近所に自慢しに行く勢いで喜び、俺の肩をバンバン叩く。妹も「お兄ちゃん、すごーい!」と目をキラキラさせて抱きついてきた。違うんだ。これは何かの間違いなんだ。そう言おうとしても、家族の満面の笑みを前にすると、喉まで出かかった言葉が引っ込んでしまう。
その夜、俺は自室のベッドで寝付けずにいた。机のライトに照らされた合格通知をぼんやりと眺める。もし、これが間違いだと分かったら。両親や妹は、どれだけがっかりするだろうか。そう考えると、胸が締め付けられるように痛んだ。
通知書に同封されていた入学案内に目を通す。そこには、信じられない一文があった。
『なお、相葉祐樹殿は、入学金及び三ヶ年の授業料を全額免除する、特待生としてお迎えいたします』
学費全額免除。獅子王院の学費は、一般家庭には到底払えない額だと聞く。それがタダ。ますます現実味がなかった。
ふと、あることを思い出す。先月、進路指導の一環で受けさせられた全国模試。その受験番号を控えた紙を探し出し、合格通知に書かれた番号と見比べてみた。
「……同じだ」
鳥肌が立った。受験番号が一致している。これはどういうことだ。あの模試の結果が、獅子王院の入学試験を兼ねていたとでもいうのか。そんな馬鹿な話があるはずない。だが、目の前には動かぬ証拠がある。
何かのシステムエラー。それ以外に考えられなかった。本来なら、とてつもない天才が受け取るはずだった合格通知が、何かの手違いで俺の元へ届いてしまったのだ。明日、学園に電話して、間違いではないかと問い合わせるべきだろう。それが、一番誠実な対応のはずだ。
でも、もし。
心の隅で、小さな囁き声が聞こえた。
もし、これが間違いじゃなかったら?
もし、これが奇跡的に俺に与えられたチャンスだとしたら?
平凡な毎日。代わり映えのしない日常。そんな自分の人生が、この一枚の紙で変わるかもしれない。テレビで見た、きらびやかな制服に身を包んだエリートたち。彼らが学ぶ壮麗な校舎。俺が、あの場所に行けるかもしれない。
翌朝、俺は家族に「獅子王院学園に行く」と告げた。
間違いかもしれないという不安は、心の奥底に無理やり押し込めた。両親は涙を流して喜び、すぐに親戚中に電話をかけ始めた。妹は「お兄ちゃん、獅子王院の制服、絶対似合うよ!」と無邪気に笑う。もう後戻りはできない。俺はこの巨大な嘘、あるいは奇跡の船に乗るしかなかった。
入学までの日々は、あっという間に過ぎていった。採寸して作られた新品の制服は、黒を基調としたブレザーで、金の刺繍が施されている。まるで自分が自分じゃないみたいだ。中学の友人たちは、俺の合格を我がことのように驚き、そして祝福してくれた。
「相葉が獅子王院とか、マジかよ!」
「すげーな! 俺たちの誇りだぜ!」
皆の期待が、ずしりと肩にのしかかる。
そして、入学式当日。
俺は大きな荷物を抱え、目の前にそびえ立つ巨大な門を見上げていた。レンガ造りの重厚な門には、金のプレートで『私立 獅子王院学園』と刻まれている。その先には、まるでヨーロッパの古城のような壮麗な校舎が広がっていた。
胸が高鳴る。本当に俺が、今日からここで生活するのか。
門をくぐると、同じ制服に身を包んだ新入生たちがいた。誰もが自信に満ち溢れた顔をしている。そして何より、全員が信じられないくらいのイケメンだった。ファッション雑誌から抜け出してきたモデルのような端正な顔立ちのヤツ。爽やかな笑顔が眩しいスポーツマンタイプのヤツ。物静かで知的な雰囲気を漂わせるヤツ。
場違い感が半端じゃない。俺のような凡人がいていい場所ではない。今からでも引き返すべきか。そんな弱気が顔を出し始めた時だった。
「君、新入生?」
背後から、澄んだ声がした。振り返ると、そこに一人の生徒が立っていた。陽の光を反射して銀色に輝く髪。彫刻のように整った顔立ちに、涼しげな紫色の瞳。同じ一年生のはずなのに、彼だけが放つオーラは別格だった。完璧という言葉は、彼のためにあるのだろう。
「あ、はい。そうです」
「そう。俺は橘玲。よろしく」
橘玲と名乗った彼は、そう言って小さく微笑んだ。その笑顔に、俺は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受ける。男の俺でさえこうなのだ。女子が見たら卒倒するに違いない。
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