破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第六話 忌み属性の烙印

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俺の十歳の誕生日から二週間後。延期されていた魔法適性の儀が、帝都の大神殿で執り行われることになった。
当日、俺はヴァルハイト家の豪奢な紋章が刻まれた馬車に揺られていた。同乗しているのは父ジークフリートと、二人の兄。馬車の中は息が詰まるような沈黙に支配されていた。父は腕を組み、目を閉じて瞑想しているかのように微動だにしない。だがその全身から放たれる威圧感は、俺の呼吸を浅くさせるには十分だった。
「アレン。万が一にも、ヴァルハイトの名を汚すような結果を持ち帰ることは許さん。分かっているな」
大神殿を目前にして、父が重々しく口を開いた。その声は地を這うように低く、有無を言わせぬ響きを持っていた。
「……はい、父上」
「前回、儀式の当日に倒れた失態は不問にしてやる。だが、次はない」
隣に座る次兄ベルトルトが、鼻で笑う気配がした。
「ご心配には及びませんよ、父上。この出来損ないに期待するだけ無駄というものです。どうせ火か土の平凡な属性が一つ、それも人より劣る魔力で発現するのが関の山でしょう」
「ベルトルト。口を慎め」
父は兄を諌めたが、その言葉に本気の怒りはこもっていなかった。事実上、ベルトルトの意見に同意しているようなものだ。
俺は何も答えず、ただ窓の外を流れる景色を眺めていた。これから俺を待つのは、侮蔑と嘲笑の嵐だ。分かっている。だが、今の俺の心は不思議なほどに凪いでいた。恐怖はない。あるのは、壮大な計画の第一歩を踏み出すことへの、冷たい高揚感だけだった。
お望み通り、家の名に泥を塗ってやりますよ、父上。そして兄上。あんたたちが俺を出来損ないだと笑えば笑うほど、俺の計画はうまくいくのだから。

大神殿は、天を突くような白亜の柱と、ステンドグラスから差し込む荘厳な光に満ちていた。帝国中の貴族たちが一堂に会し、ざわめきが巨大な空間に反響している。皆、我が子の才能が開花する瞬間を見届けようと、期待と不安の入り混じった表情を浮かべていた。
俺たちヴァルハハイト家が所定の席に着くと、周囲の貴族たちが一斉にこちらに視線を向け、そして慌てて逸らした。その視線に宿るのは、恐怖と、隠しきれない敵意。ヴァルハハイト家は、それほどまでに帝国で恐れられ、そして嫌われていた。
儀式は厳かに始まった。祭壇に立つ白衣の神官長が、子供たちの名前を一人ずつ呼び上げていく。呼ばれた者は祭壇に上がり、中央に置かれた鑑定用の水晶玉に手をかざす。
「アプフェル伯爵家ご子息、ゲルハルト様!」
呼ばれた少年が緊張した面持ちで水晶に触れる。すると、水晶は燃えるような赤い光を放った。
「おお……火の属性! それも、これほどの輝きは上質ですぞ!」
神官長の言葉に、アプフェル伯爵が満足げに頷く。会場からは賞賛の拍手が起こった。
その後も次々と子供たちが診断を受けていく。澄んだ青い光を放つ水の属性。鮮やかな緑の風の属性。中には、眩い黄金色の光を放つ、希少な光属性を発現させた者もいた。そのたびに、会場は祝福と羨望の声に包まれる。
俺はその光景を、どこか冷めた心地で眺めていた。彼らは今、自分の未来が輝かしいものであると信じて疑わないだろう。だが、俺は知っている。彼らの中には、数年後に家の没落を経験する者もいれば、政争に巻き込まれて命を落とす者もいるのだ。
「ヴァルハイト公爵家ご子息、アレン様!」
ついに、俺の名前が呼ばれた。
その瞬間、それまでざわついていた会場が水を打ったように静まり返った。全ての視線が、俺一人に集中する。好奇、敵意、そして侮蔑。様々な感情が渦巻く視線の奔流が、俺に突き刺さった。
背後から、父の「行け」という無言の圧力を感じる。俺はゆっくりと立ち上がり、長いバージンロードを歩くように、一人で祭壇へと向かった。一歩進むごとに、貴族たちの囁き声が聞こえてくる。
「あれがヴァルハイトの三男か」
「兄たちに比べて、ずいぶんと頼りない見た目だな」
「出来損ないという噂は本当らしい」
聞こえないふりをして、俺は歩き続けた。悪役の仮面を被る上で、これ以上の舞台はない。
祭壇に上がると、神官長がどこか緊張した面持ちで俺に言った。
「さあ、アレン様。その水晶に、手を」
俺は言われるがまま、目の前にある透明な水晶玉にそっと右手をかざした。ひんやりとした感触が手のひらに伝わる。
会場中の誰もが固唾を飲んで見守る中、水晶は沈黙を続けた。赤も、青も、緑も、どんな色の光も灯らない。
会場がざわつき始める。
「どうした? 何も起こらんぞ」
「魔力がないのか?」
父の席から、舌打ちの音が聞こえたような気がした。ベルトルトの嘲笑う気配も感じる。
俺は冷静だった。歴史書の記述通りなら、こうなるはずだ。
そして、数秒の沈黙の後。水晶に、ようやく変化が訪れた。
それは、光ではなかった。
水晶の中心に、墨を垂らしたような黒い点が現れた。それは瞬く間に広がり、水晶全体を鈍い、光を飲み込むような黒灰色に染め上げた。それは輝きとは無縁の、ただそこにあるだけの、虚無の色だった。
神官長が、その異様な光景に目を見開いた。彼は何度も古文書と水晶を見比べ、信じられないといった表情で声を震わせた。
「こ、これは……なんということだ……」
会場のざわめきが最高潮に達する。父が立ち上がり、低い声で神官長に問うた。
「何なのだ、それは。早く結果を言え」
「は、はい! ヴァルハイト公爵様! 誠に申し上げにくいのですが……」
神官長は一度ごくりと喉を鳴らし、そして叫ぶように宣告した。
「アレン様の属性は、【影】! 【影】の単一属性でございます!」
その言葉が響き渡った瞬間、会場の空気は凍りついた。
一瞬の沈黙。
そして、次の瞬間。誰かが、くすりと笑ったのを皮切りに、それは伝染していった。最初はひそやかな失笑だったものが、やがてあからさまな嘲笑の波となって、会場全体に広がっていく。
「影だと? そんな属性、聞いたこともない」
「忌み属性というやつか。呪われた子供だ」
「ヴァルハイトも地に落ちたものだ。出来損ないどころか、呪物とはな」
「まさに帝国の毒に相応しい、不吉な属性だ!」
侮蔑と嘲笑が、嵐のように俺に降り注ぐ。俺は、帝国中の貴族たちの前で、公式に「無能」で「不吉」な存在であるという烙印を押されたのだ。
俺はゆっくりと、父と兄たちが座る席に視線を向けた。
父ジークフリートの顔は、怒りを通り越して、能面のように無表情になっていた。だが、そのこめかみに浮かぶ青筋が、内心の激しい怒りを物語っている。
次兄ベルトルトは、もはや隠そうともせず、腹を抱えて笑っていた。その目は「だから言っただろう」と雄弁に語っていた。
長兄ゲオルグは、無言だった。だが、その視線はもはや俺を人間として見ていなかった。まるで、足元に転がる汚物でも見るかのような、完全な侮蔑の色を浮かべていた。
家族からの、完全な拒絶。
以前の俺なら、この場で泣き崩れていただろう。
だが、今の俺は違った。
俺は彼らの反応を冷静に観察しながら、内心でほくそ笑んでいた。
(完璧だ)
これ以上ないほど、完璧な結果だ。
これで、俺を警戒する者はいなくなるだろう。誰も、影属性というゴミのような力を持つ、ヴァルハイト家の出来損ないが、何かを企んでいるなどとは夢にも思うまい。
俺は自由に動ける。誰の目も気にすることなく、影の中で力を蓄え、破滅の未来を覆すための準備を進めることができる。
「おい、いつまで突っ立っている、この恥晒しめが! さっさと席に戻れ!」
父の怒声が飛んできた。
俺はそれにびくりと肩を震わせる演技をしながら、わざと俯いて、とぼとぼと祭壇を降りた。その背中には、無数の嘲笑が突き刺さる。
だが、その屈辱に満ちた道のりの途中、俺は誰にも気づかれぬよう、ほんのわずかに唇の端を吊り上げた。
孤独な戦いが、今、始まった。
この嘲笑を、十年後には賞賛に変えてやる。いや、賞賛などいらない。ただ、俺は生き延びる。大切なものを守り抜き、この理不尽な運命を覆してみせる。
そのための第一歩が、今日、完璧な形で踏み出されたのだ。
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