破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第十四話 村人との対立

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ロヴェルトの地に到着して三日後。俺は村で唯一、集会所として使われているらしい古びた小屋にいた。中には、村の主だった者たちが十数人。痩せこけてはいるが、その目にはまだ僅かながら意思の光が残っている者たち。村長と思われる白髪の老人が、代表として俺の前に座っていた。
俺の背後には、いつものようにセラが影のように控えている。彼女の存在そのものが、村人たちにとっては得体の知れない圧力となっているようだった。
「さて、皆を集めてもらったのは他でもない」
俺は単刀直入に切り出した。子供が大人の真似事をしているように見られないよう、声には意識して威厳を込める。
「俺がこの地の新しい領主、アレン・フォン・ヴァルハイトだ。今日ここに来たのは、お前たちに新しい仕事を与え、この村を立て直すためだ」
俺の言葉に、村人たちの間にさざ波のような動揺が広がった。彼らは互いに顔を見合わせ、その目に浮かぶのは希望ではなく、深い猜疑心だった。
村長の老人が、乾いた声で口を開いた。
「……新しい領主様。我々のような者にご挨拶いただき、恐悦至極に存じます。ですが、仕事と申されましても、この土地にはもはや何もございません。鉱山は枯れ、畑は作物を育まず、残っているのは飢えと病だけです」
その声には、長年領主から搾取され続けてきた者特有の、諦めと皮肉が滲んでいた。
「分かっている。だから、新しい農法を教える」
俺は懐から取り出した羊皮紙を、机の上に広げた。そこには、俺が記憶を頼りに描いた二つの作物の簡単なスケッチと、栽培方法の要点が記されている。
「これは『塩土芋(ソルトポテト)』と『浄土豆(クリンビーン)』。お前たちがこれまで作ってきた麦や野菜とは違う。このロヴェルトの痩せた塩害のある土地でこそ、よく育つ作物だ」
村人たちが、訝しげに羊皮紙を覗き込む。そこに描かれた見慣れない植物の絵に、彼らの不信感はさらに深まったようだった。
「そんな都合のいい作物が、あるものですか」
若い男が一人、吐き捨てるように言った。
「そうだ。どうせ我々をこき使うための、新しい口実だろう」
「ヴァルハイトの人間が、我々の暮らしを良くしてくれるはずがない」
一度誰かが口火を切ると、堰を切ったように不満の声が上がり始めた。それは、ヴァルハイト家という名が、彼らにとってどれほどの恐怖と不信の対象であるかを物語っていた。
村長の老人が、騒ぎを制するように手を上げた。そして、厳しい目で俺を見据える。
「領主様。我々は、もう騙されませぬ。先代の領主様も、その前の領主様も、皆同じようなことを仰った。『新しいやり方を試す』『お前たちの暮らしを豊かにしてやる』と。そしてその度に、我々からなけなしの食料と労働力を奪い、失敗すれば全てを我々のせいにして去っていきました」
その言葉には、何度も裏切られてきた者の、血を吐くような重みがあった。
「我々には、新しいことに挑戦する体力も気力も残っておりません。どうか、我々をそっとしておいていただきたい。このまま静かに、ここで朽ち果てるのを許していただきたいのです」
それは、懇願の形をとった、完全な拒絶だった。
俺は彼らの反応を、冷静に観察していた。全て、想定通りの展開だ。いきなり現れた十三歳の悪徳貴族の息子を、彼らが信じるはずもない。
権力で無理やり従わせるのは簡単だ。だが、それでは意味がない。彼らの心が死んだままでは、本当の意味で領地を復興させることなどできはしない。
俺は立ち上がり、ゆっくりと村人たちを見回した。
「お前たちの言うことは分かった。信じられないのも無理はないだろう。ヴァルハイト家が、お前たちにしてきた仕打ちを考えれば当然だ」
俺の意外な言葉に、村人たちが少しだけ目を見開く。
「だが」と俺は続けた。その声は、先ほどまでの威厳とは違う、氷のような冷たさを帯びていた。
「お前たちに、俺の提案を拒否する権利があるとでも思っているのか?」
小屋の中の空気が、一瞬で凍りついた。村人たちの顔に、恐怖の色が浮かぶ。これこそが、彼らが知っている「ヴァルハイト」の顔だ。
「このまま何もしなければ、お前たちは今年の冬を越せずに飢え死にする。違うか?」
誰も答えられない。俺の言葉は、彼らが目を背けてきた厳しい現実そのものだったからだ。
「俺の提案に乗れば、助かる可能性がある。もちろん、失敗するかもしれん。俺がお前たちを騙しているのかもしれない。だが、どちらにせよ、お前たちに残された道は死か、あるいはそれに近い地獄だけだ」
俺は村長の前に歩み寄り、その皺だらけの顔をまっすぐに見据えた。
「死を待つだけの現状維持か、あるいは万に一つの可能性に賭けるか。選ばせてやる。だが、よく考えるがいい。お前たちには、失うものなどもう何もないはずだ」
それは、脅迫であり、同時に真理でもあった。彼らは絶望の淵に立たされており、俺が差し出したのは、蜘蛛の糸かもしれないし、ただの罠かもしれない一本の綱だ。だが、それ以外に彼らが掴めるものは、何一つない。
村長は、俺の目をしばらく見つめていた。その瞳の中で、長年の諦観と、孫や子供たちを死なせたくないという最後の責任感が、激しく揺れ動いているのが見て取れた。
やがて、彼は深く、深くため息をついた。そして、まるで呪いの言葉を吐き出すかのように、かすれた声で言った。
「……分かり、ました。領主様の、仰る通りにいたしましょう」
それは、希望に満ちた承諾ではなかった。ただ、他に選択肢がないことを認めただけの、力ない降伏宣言だった。
他の村人たちも、俯き、沈黙することでそれに同意した。彼らの顔に浮かぶのは、新たな領主への期待ではなく、これから始まる新たな苦役への絶望だけだった。
俺はそんな彼らの様子に満足げに頷くと、踵を返した。
「明日から作業を始める。準備しておけ」
その言葉だけを残し、俺とセラは集会所を後にした。
背中に突き刺さる、冷たく重い視線の数々。信頼など、まだ欠片も得られていない。むしろ、憎悪と不信はさらに深まっただろう。
だが、それでいい。
信頼は、言葉で得るものではない。行動と、そして結果で示すものだ。
俺は荒れ果てた村を見渡した。
「見ていろ。お前たちが絶望したこの土地を、俺が黄金の土地に変えてみせる」
その決意を胸に、俺は明日からの戦いに備え、歩き出した。
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