破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第十五話 信頼の獲得

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翌朝、俺は宣言通り村の中心広場に村人たちを集めた。しかし、そこに集まったのは、昨日と同じく生気のない瞳をした者たちばかりだった。彼らはこれから始まる強制労働に、ただ黙って耐えることを決めたかのように、俯き、沈黙している。
「今日から、この村の再生を始める」
俺は集まった彼らを見渡し、静かに告げた。
「まずは、水路の整備と畑の開墾だ。西の丘の麓、あそこの土地を全て畑に変える。水は北の川から引く。作業はきついが、やらねばならん」
俺が指差した先を見て、村人たちの間に絶望のため息が漏れた。そこは、特に岩が多く、固く乾ききった土地だ。開墾など、正気の沙汰とは思えなかったのだろう。
「……さあ、始めろ」
俺の命令に、村人たちは重い足取りで動き出した。鍬や鋤を手に取るが、その動きは緩慢で、どこか投げやりだ。どうせ無駄だ。どうせ失敗する。そんな心の声が、彼らの全身から聞こえてくるようだった。
若い男たちは舌打ちをしながら石を運び、老人たちは腰をさすりながら形だけ鍬を振るう。作業は一向に進まなかった。
俺は、その様子をしばらく黙って見ていた。隣に立つセラが、「私がやりますか?」と目で問いかけてくる。彼女がやれば、脅しと恐怖で村人たちを無理やり動かすことはできるだろう。だが、それでは意味がない。
俺は首を横に振った。そして、羽織っていたヴァルハイト家の紋章入りの上着を脱ぎ、セラに預けた。さらに、貴族らしいシャツの袖を腕までまくり上げる。
「アレン様……?」
セラの戸惑う声を背に、俺は無造作に置かれていた一本の鍬を手に取った。そして、誰よりも先に、固くひび割れた大地へと向かう。
村人たちが、驚いたように俺の動きを見ていた。貴族の坊ちゃんが、一体何の真似事をするつもりだと、その目が語っている。
俺はそんな視線を無視し、両足でしっかりと地面を踏みしめた。そして、腰を落とし、体重を乗せて、渾身の力で鍬を大地に振り下ろした。
ガキンッ!
硬い金属音と共に、腕に強烈な衝撃が走る。鍬の刃は、大地に跳ね返され、ほんの数センチしか食い込まなかった。想像を絶する固さだった。
「……っ!」
歯を食いしばる。手のひらに、早くも豆が潰れるような痛みが走った。
村人たちの中から、くすくすと失笑が漏れた。
「見たことか。坊ちゃんには無理なんだよ」
「すぐに音を上げて、俺たちを罵るのがオチさ」
俺は聞こえてくる嘲笑に耳を貸さず、もう一度、さらに強く鍬を振り下ろした。二度、三度、十度。ただ無心に、目の前の固い大地を打ち続けた。
やがて、俺の額からは玉のような汗が流れ落ち、呼吸は荒くなった。貴族育ちのひ弱な体は、すぐに悲鳴を上げる。だが、俺は手を止めなかった。処刑台の恐怖に比べれば、この程度の痛みなど、存在しないにも等しい。
俺が狂ったように土を打ち続ける姿に、いつしか村人たちの嘲笑は消えていた。彼らはただ、呆然と、信じられないものを見るような目で、俺の姿を見つめていた。
セラも、何も言わずに俺の隣に来ると、同じように鍬を手に取った。彼女が振り下ろす一撃は、俺とは比べ物にならないほど正確で、力強い。だが、彼女は決して俺より前に出ようとはしなかった。ただ黙々と、俺の隣で土を耕し続ける。

昼になっても、俺は手を休めなかった。
そして午後になると、俺は鍬を置き、次なる作業場へと向かった。村の北側を流れる、枯れかけた古い水路だ。そこは、何年も放置されたせいでヘドロが溜まり、淀んだ水が悪臭を放っていた。村人たちが、最も嫌がる仕事場だ。
俺は躊躇なく、その膝まで浸かるヘドロの中へと足を踏み入れた。ぬるりとした泥が、足を絡め取ろうとする。強烈な悪臭に、思わずえずきそうになった。
「ここを綺麗にする。水が流れなければ、畑は作れん」
俺はそう言うと、手にした鋤で、底に溜まった重い泥を掻き出し始めた。全身が泥にまみれ、髪にも顔にもヘドロが飛び散る。もはや、俺の姿に貴族の面影など欠片もなかった。
その光景に、ついに村人たちの間に動揺が走った。
「おい……領主様が……」
「なんてこった。本気でやるつもりなのか……」
彼らが戸惑い、立ち尽くしていると、村長の老人が、覚悟を決めたように震える足で水路に一歩踏み出した。
「……何をしている、お前たち! 領主様にだけ、泥仕事をさせておく気か!」
老人の檄が飛ぶ。それを合図に、若い男が一人、また一人と、意を決したように水路へと入ってきた。彼らは無言のまま、俺の隣で泥を掻き出し始めた。
それは、信頼ではなかった。だが、確かに彼らの心に巣食っていた厚い氷が、少しだけ溶け始めた瞬間だった。

その日の作業は、日が暮れるまで続いた。作業を終えた俺は、もはや立っているのもやっとの状態だった。全身は泥と汗にまみれ、手のひらの皮は剥けて血が滲んでいる。
だが、その日の夜。村人たちは、さらに信じがたい光景を目にすることになる。
俺が、セラと共に、たった一頭の馬を連れて村を出て行ったのだ。
「見たか。やっぱり逃げ出したんだ」
「俺たちにだけきつい仕事をさせて、自分はもうこりごりなんだろう」
「ヴァルハイトの人間なんて、所詮そんなものさ」
一日で芽生えかけた小さな希望は、再び絶望と不信に変わった。

しかし、三日後。
村人たちが、再び投げやりな気持ちで作業を始めようとしていた、その朝。地平線の向こうから、見慣れた二つの人影が現れた。
アレンとセラだった。
そして村人たちは、我が目を疑った。彼らが連れている痩せた馬の背には、溢れんばかりに積み上げられた麻袋。その中身が、見慣れない形の芋と豆であることに、すぐに気づいた。
俺は、村の中央で呆然と立ち尽くす彼らの前に馬を止め、疲労の滲む声で言った。
「待たせたな。これが、お前たちが植える種だ」
俺はこの三日間、休むことなく馬を走らせ、歴史書の知識を頼りに、この作物を試験的に栽培しているという隣町の商人の元まで行ってきたのだ。貯えのほとんど全てをはたいて、この村の未来を、文字通り買い付けてきた。
俺が馬からよろめきながら降りる。その姿は、三日間の無理がたたって、以前にも増して憔悴しきっていた。
その俺の前に、村長の老人が進み出た。彼は、種芋の入った麻袋にそっと触れると、次の瞬間、その場に膝から崩れ落ちた。そして、乾いた大地に額をこすりつけるように、深く、深く頭を下げた。
「……領主、様……」
老人の声は、涙で震えていた。
「我々を……我々を、お許しください。我々は、あなたのことを何も分かっておりませんでした……!」
その姿を見て、他の村人たちも、堰を切ったように次々とその場に膝をつき、頭を下げ始めた。
「申し訳ありません!」
「どうか、我々にもう一度、チャンスを!」
彼らの目から、長年こびりついていた猜疑心と無気力は、完全に消え去っていた。代わりに宿っているのは、目の前の少年に対する、絶対的な信頼と、そして自分たちの手で未来を切り拓くのだという、熱い決意の光だった。
俺は、そんな彼らを見下ろした。全身は疲労で限界だったが、心は満たされていた。
俺は悪役の仮面をほんの少しだけ緩め、静かに、しかし力強く告げた。
「顔を上げろ」
村人たちが、おそるおそる顔を上げる。
「お前たちは、俺の民だ。俺がお前たちを見捨てることなど、決してない」
その言葉が、ロヴェルトの地に響き渡った。
それは、領主と領民が、初めて本当の意味で一つになった瞬間だった。
この日を境に、ロヴェルトの地の再生は、驚異的な速度で進み始めることになる。
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