破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第二十二話 悪役、演じます

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入学式の開始を告げる鐘の音が、中庭の険悪な空気を霧散させた。俺は憎悪に燃えるカイウスの視線を背中に感じながら、何事もなかったかのように大講堂へと足を向けた。周囲の生徒たちは、モーセの前の紅海のように俺の進む道を開ける。その視線に宿るのは、恐怖、嫌悪、そしてほんの少しの好奇心。
「アレン様」
背後から、セラが静かに声をかけてきた。
「あの二人、カイウス王子と聖女リリアーナ。歴史書に記された、アレン様を断罪する中心人物ですね」
「ああ、そうだ」
俺は歩みを止めずに答えた。
「最高の形で、第一印象を最悪にできた。これ以上ない滑り出しだ」
俺の言葉に、セラは何も答えなかった。だが、俺の孤独な戦いを、彼女だけは理解してくれている。それだけで十分だった。

大講堂は、天井の高い荘厳な空間だった。ステンドグラスから差し込む光が、床の大理石に複雑な模様を描いている。新入生たちは家柄ごとに定められた席に着席し、静かに式の開始を待っていた。ヴァルハイト家の席は、当然ながら最前列に近い、公爵家としての席次が用意されていた。
俺が席に着くと、周囲の貴族の子息たちが息を呑む気配がした。偶然にも、俺の数席先にはカイウスとリリアーナの姿がある。カイウスは俺を睨みつけ、リリアーナは傷ついたような瞳でこちらを見ていた。俺はそんな彼らを無視し、尊大な態度で深く椅子に腰掛け、腕を組んだ。
やがて、学園長による形式的な祝辞が始まった。退屈な話に、俺は隠そうともせず大きなあくびをする。その度に、周囲から非難がましい視線が突き刺さるが、俺は意にも介さない。
そして、新入生代表として壇上に上がったのは、やはりカイウスだった。
「我々新入生一同は、この栄誉ある王立魔法学園の生徒としての誇りを胸に、帝国の未来を担うべく、日々研鑽に励むことを誓います!」
希望に満ちた、力強い声。その演説は多くの生徒たちの心を打ち、講堂は万雷の拍手に包まれた。カイウスは、生まれながらの王者の風格を備えていた。人々を惹きつけ、導くカリスマ。歴史書が彼を英雄として描いたのも、当然のことだろう。
俺は、その感動的な光景の中で、一人だけ拍手もせず、つまらなそうに爪を眺めていた。その態度は当然、カイウスの目に留まった。彼は壇上から一瞬、俺に鋭い視線を送ったが、すぐに表情を取り繕い、優雅な一礼と共に席へと戻った。
俺の悪役ムーブは、着実に彼らの心に俺という存在を「敵」として刻み込んでいた。

入学式の後、新入生たちは各クラスへと案内された。俺が割り振られたのは、最も成績優秀な生徒が集められるAクラス。そして、運命の悪戯か、あるいは必然か。カイウスとリリアーナも、同じクラスだった。
教室に入ると、生徒たちは思い思いの席に着き、新たな学友たちと談笑を始めている。だが、俺が教室に足を踏み入れた瞬間、その和やかな空気は一変した。全ての会話が止まり、視線が俺に集中する。俺はそんな彼らを睥睨し、一番後ろの窓際の席へと向かった。俺が通る道筋の生徒たちは、まるで汚物でも避けるかのように慌てて椅子を引く。
やがて、担任の教師が入ってきて、最初のホームルームが始まった。最初の議題は、自己紹介だった。
生徒たちが一人ずつ立ち上がり、家名と名前、そして抱負などを語っていく。カイウスは「皆と共に、より良い帝国を作るために学びたい」と爽やかに語り、女子生徒たちからため息が漏れた。リリアーナは「皆様と助け合い、慈愛の心を学んでいきたいです」と微笑み、その場が聖なる光で満たされたかのような錯覚さえ覚えた。
そして、俺の番が来た。
教室中の視線が、再び俺に突き刺さる。俺はゆっくりと立ち上がり、面倒くさそうに口を開いた。
「ヴァルハイト家のアレンだ」
たった、それだけ。俺はすぐに席に座ろうとした。
「え、えーっと……アレン君。何か、学園生活での抱負などはないかね?」
担任の初老の教師が、恐る恐る尋ねてきた。
俺は心底からうんざりしたという表情で、彼を見返した。
「抱負? 無いな。俺はただ、家の命令でここに来ただけだ。くだらん馴れ合いに付き合うつもりはない。貴様らも、俺に話しかけるな。時間の無駄だ」
その言葉は、教室の空気を完全に凍りつかせた。希望に満ちていた新入生たちの顔から表情が消え、ただただ呆然と俺を見つめている。教師も言葉を失い、青ざめた顔で立ち尽くしていた。
俺はそんな彼らの反応に満足し、窓の外へと視線を向けた。これでいい。これで、俺に近づいてくる物好きはいなくなるだろう。

だが、一人だけ、諦めない人間がいた。
その日の授業が全て終わり、生徒たちが寮へと帰っていく放課後。俺が一人で廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。
「お待ちください、ヴァルハイト様」
振り返ると、そこに立っていたのはリリアーナだった。彼女は意を決したように、まっすぐな瞳で俺を見つめている。
俺は足を止め、壁に寄りかかった。
「聖女様が、俺のような悪党に何の用だ? 説教なら聞く気はないぞ」
「説教ではありません」
リリアーナは静かに首を振った。
「ただ、お伺いしたかったのです。中庭でのことも、先ほどの教室でのことも……あなたがなさることは、あまりにも悲しい。何か、深い理由があるのではないのですか?」
彼女の翡翠色の瞳は、俺の仮面の下にある本質を見抜こうとしているかのようだった。その純粋さが、俺の計画にとっては最も厄介な障害となり得る。ここで、徹底的に突き放さなければならない。
俺は、心の底から冷え切った、侮蔑に満ちた笑みを浮かべた。
「理由、か。ああ、あるとも。実に単純な理由だ」
俺は彼女に一歩近づき、その耳元で囁いた。
「俺は、お前のような人間が心底嫌いなんだよ、聖女様」
「……え?」
リリアーナの体が、小さく震えた。
「その目だ。全てを理解したような、哀れな子羊を救済してやろうという、その傲慢な善人の目が、反吐が出るほど嫌いだ。お前は、俺のような悪人がいることで、自分の聖女としての価値を確認しているに過ぎん。お前のその慈愛は、お前自身の自己満足のためだろうが」
それは、彼女が最も大切にしている信念そのものを、汚泥で塗りつぶすような言葉だった。リリアーナの顔から、急速に血の気が引いていく。その翡翠色の瞳が、信じられないというように大きく見開かれ、やがて傷ついたように潤んでいく。
「そん、な……私は、ただ……」
「偽善者は黙れ」
俺は最後の一撃を、冷酷に突き刺した。
「俺に関わるな。次にその目で俺を見たら、その綺麗な顔に傷がつくことになるかもしれんぞ」
俺は彼女の横を通り過ぎ、そのまま歩き去った。背後で、リリアーナが小さく息を呑む気配がしたが、俺は振り返らなかった。
廊下の角を曲がったところで、カイウスが腕を組んで立っていた。彼は、俺とリリアーナのやり取りを、全て聞いていたのだろう。その蒼い瞳は、もはや怒りを通り越し、静かな殺意にも似た光を宿していた。
「……貴様だけは、絶対に許さない」
カイウスは、地を這うような低い声で呟いた。
俺は彼の横を通り過ぎながら、肩をすくめてみせた。
「光栄だな、王子殿下。せいぜい、俺に構って退屈させないでくれよ」
その日一日で、俺は王立魔法学園における「最も嫌われるべき生徒」という地位を、完璧に確立した。

ヴァルハハイト家が王都に構える屋敷の一室。そこが、俺の学園生活の拠点だった。
分厚いカーテンが引かれた部屋に戻ると、セラが静かに出迎えてくれた。俺は窮屈な制服の上着を脱ぎ捨て、ソファに深く身を沈める。完璧に演じきったとはいえ、一日中悪意に晒され続けるのは、精神をすり減らす作業だ。
「……お疲れ様でございます、アレン様」
セラが、熱い紅茶を差し出してくれた。その香りが、張り詰めていた神経をわずかに和らげてくれる。
「ああ」
俺は紅茶を一口含み、息をついた。
「どうだった、今日一日は」
「完璧でございました」
セラの声には、わずかな賞賛の色が滲んでいた。
「これで学園のほぼ全員が、アレン様を唾棄すべき悪党だと認識したことでしょう。歴史書の記述とも、寸分の狂いもありません」
「そうか。……なら、上出来だ」
俺はカップを置き、窓の外に広がる王都の夜景を見つめた。無数の灯りが、まるで宝石箱のようにきらめいている。
あの光の下で、俺の知らないところで、歴史は着々と破滅へと向かって進んでいる。
だが、俺はもう傍観者ではない。この物語に介入し、結末を書き換えるための役者だ。
たとえ、その役が悪役であったとしても。
「セラ。明日からは、お前にも動いてもらう。学園の内部、教師たちの派閥、有力貴族の子息たちの素行。探るべきことは山ほどある」
「御心のままに」
セラは静かに頷く。俺の孤独な戦いを、唯一理解してくれる共犯者。彼女がいる限り、俺はまだ戦える。
俺は再び紅茶を手に取った。その温かさだけが、悪役の仮面の下にある、俺の唯一の人間性を保たせてくれているような気がした。
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