破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

文字の大きさ
30 / 100

第三十話 変異種との遭遇

しおりを挟む
カイウスたちが通路の闇に消えた後、俺はしばらくその場に留まり、魔力の回復に努めていた。大量の影を同時に操作したことで、体は鉛のように重い。だが、休んでいる時間的余裕はなかった。
このダンジョンのどこかに、このスタンピードを仕組んだ黒幕、あるいはその手掛かりが残っているはずだ。カイウスという獲物を逃した今、奴らは証拠隠滅に動くかもしれない。その前に、尻尾を掴まなければならない。
俺は残った最後の回復薬を呷ると、カイウスたちが逃げた方向とは逆、ダンジョンの最深部である五階層へと続く階段を、静かに下り始めた。
階段を下りるにつれて、空気はさらに重く、邪悪なものへと変わっていった。四階層までとは比較にならない、濃密な魔力の瘴気。それは、死と腐敗を連想させる不快な匂いを伴っていた。普通の人間なら、この空気を吸うだけで精神に異常をきたすだろう。
やがて、俺は広大な空間へとたどり着いた。五階層。そこは、巨大な地下空洞だった。天井には鍾乳石が牙のように垂れ下がり、地面には不気味な形をした水晶が、自ら鈍い紫色の光を放っている。
そして、その広間の中心に、奴はいた。
「……オーガ、か」
俺は岩陰から、その巨体を見据えて息を呑んだ。
身の丈は五メートルを優に超えるだろう。醜く膨れ上がった筋肉は、まるで不格好な鎧のようだ。その手には、人間ほどの大きさもある巨大な鉄の棍棒が握られている。
だが、異常なのはその大きさだけではなかった。本来、緑色のはずのその肌は、病的なまでにどす黒く変色し、血管が不気味に浮き出ている。その両目は、理性の光など欠片もない、ただ純粋な破壊衝動だけで赤黒く濁っていた。
そして、最も異様なのは、その胸の中心に埋め込まれた、黒い水晶だった。それは、この空間に漂う邪悪な魔力の発生源であり、オーガの心臓のように不規則な脈動を繰り返している。
異常変異種(オーガ・リーダー)。
スタンピードの原因。歴史書に記されていた元凶が、目の前にいた。
だが、歴史書には書かれていなかった事実。このオーガは、明らかに何者かの手によって「作られた」存在だった。胸の水晶は、魔力を強制的に増幅させ、同時に理性を破壊する呪いの魔道具だろう。奴は、このダンジョンの王として君臨しているのではなく、黒幕の操り人形として、ここで苦痛の雄叫びを上げさせられていたのだ。
オーガは、周囲に転がるゴブリンやバットの死骸を、無差別に棍棒で叩き潰していた。その動きは暴力的だが、どこか苦しげだ。
俺は冷静に、奴の戦力を分析する。あの巨体とパワー。まともに戦えば、今の俺では勝ち目はない。影魔法による奇襲も、あの分厚い皮膚と筋肉に通じるかどうか。
どうするべきか。一度学園に戻り、騎士団の出動を要請するのが最も安全な手だ。だが、それでは黒幕に証拠を隠滅する時間を与えてしまう。
(せめて、あの胸の水晶だけでも破壊できれば……)
俺が岩陰で策を練っている、その時だった。
背後、今俺が下りてきた階段の方から、複数の足音が聞こえてきた。
「……まさか」
俺は咄嗟に、近くの水晶が作り出す深い影の中へと身を沈めた。「影潜」。完全に気配を消し、闇と同化する。
そして、俺の目の前に現れたのは、信じがたい光景だった。
カイウス・フォン・グランツ。そして、リリアーナ・フォン・シルフィード。さらには、満身創痍のはずの仲間たちが、再びこの深層へと戻ってきたのだ。
「……やはり、この階層が一番魔力の淀みが酷い。原因は、この奥だ」
カイウスは剣を構え、警戒しながらゆっくりと進んでくる。その顔には、疲労の色は濃いが、王子としての強い責任感が浮かんでいた。
「カイウス様、無茶です! 教師の方々の到着を待つべきです!」
仲間の一人が、悲痛な声で訴える。
「それでは手遅れになるかもしれない」とカイウスは首を横に振った。「この異常事態の原因を突き止め、可能ならば排除する。それが、この国の未来を担う者の責務だ。それに……」
彼は、先ほどの広場を振り返った。
「我々を助けてくれた、あの謎の力。あれが何だったのかは分からない。だが、その助けがあったからこそ、我々は今ここにいる。その恩に報いるためにも、ここで逃げ出すわけにはいかない」
その言葉に、リリアーナも強く頷いた。
「私も、カイウス様と共に行きます。私の光が、まだ必要とされるかもしれませんから」
(……どこまでもお人好しで、馬鹿正直な連中だ)
俺は影の中で、深くため息をついた。彼らの正義感と責任感は、賞賛に値する。だが、それは時として、命取りの愚行となることを、彼らはまだ知らない。
そして、彼らはついに、広間の中心にいるオーガ・リーダーの姿を視界に捉えた。
「な……なんだ、あれは……!」
「オーガ……? いや、違う! あんな化け物、見たことがないぞ!」
生徒たちの顔から、血の気が引いていく。初級ダンジョンにいるはずのない、規格外の脅威。その存在が、彼らの闘志を根こそぎ奪い去ろうとしていた。
グルルルル……。
オーガ・リーダーもまた、新たな侵入者に気づいた。その濁った両目が、カイウスたちを捉え、その口から低いうなり声が漏れる。胸の黒い水晶の脈動が、急速に速まっていく。
「……来るぞ! 全員、構えろ!」
カイウスが絶叫した、その瞬間だった。
「グオオオオオオッ!」
オーガ・リーダーは、大地を揺るがすほどの咆哮を上げると、巨体に見合わぬ俊敏さでカイウスたちへと突進を開始した。その手には、巨大な鉄の棍棒。一撃でも食らえば、人間の体など肉塊と化すだろう。
「散開しろ! 魔法で動きを止めろ!」
カイウスは的確な指示を飛ばす。生徒たちは恐怖に震えながらも、王子の声に導かれ、それぞれ魔法の詠唱を開始した。
氷の矢が、風の刃が、オーガの巨体へと殺到する。だが、それらは分厚い皮膚に弾かれ、傷一つ付けることができない。
「くそっ、魔法が効かない!」
「リリアーナ! 聖なる光を!」
リリアーナが、必死の形相で聖属性の魔法を放つ。浄化の光がオーガを包むが、オーガの胸の水晶が邪悪な光を放ち、それをかき消してしまった。聖属性の魔法でさえ、あの呪いの魔道具には相性が悪いらしい。
絶望的な戦いが始まった。カイウスは、持ち前の剣技でオーガの猛攻を必死に凌いでいるが、その一撃はあまりにも重い。剣で受け流すたびに、彼の腕は痺れ、体勢が大きく崩れる。
仲間たちの援護も、ほとんど意味をなしていない。彼らは、オーガの圧倒的なプレッシャーの前に、ただ逃げ惑うことしかできなかった。
(……時間の問題だな)
俺は影の中から、その一方的な蹂躙を冷静に見つめていた。
このままでは、五分ももたずにカイウスたちは全滅するだろう。
俺の脳裏を、再び損得勘定が駆け巡る。
ここで彼らを見殺しにすれば、俺の未来は安泰になるかもしれない。
だが、それでは黒幕の思う壺だ。そして何より、この事件の真相が闇に葬られてしまう。それは、俺の生存戦略において、最も避けるべき事態だった。
「……仕方ない」
俺は、影の中で静かに呟いた。
「歴史の主役には、もう少しだけ、格好良くいてもらわなければ困る」
俺は、再び意識を集中させた。俺の足元の影が、蠢き始める。
助けるのではない。これは、俺の目的を達成するための、必要経費だ。
悪役は、舞台裏から、ヒーローの危機をそっと演出してやることにした。
そのことに、まだ誰も気づいてはいない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?

さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。 僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。 そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに…… パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。 全身ケガだらけでもう助からないだろう…… 諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!? 頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。 気づけば全魔法がレベル100!? そろそろ反撃開始してもいいですか? 内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!

学生学園長の悪役貴族に転生したので破滅フラグ回避がてらに好き勝手に学校を魔改造にしまくったら生徒たちから好かれまくった

竜頭蛇
ファンタジー
俺はある日、何の予兆もなくゲームの悪役貴族──マウント・ボンボンに転生した。 やがて主人公に成敗されて死ぬ破滅エンドになることを思い出した俺は破滅を避けるために自分の学園長兼学生という立場をフル活用することを決意する。 それからやりたい放題しつつ、主人公のヘイトを避けているといつ間にかヒロインと学生たちからの好感度が上がり、グレートティーチャーと化していた。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

処理中です...