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第五十三話 領地の発展
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父との密約を交わした翌日、俺は一つの口実を設けてヴァルハイトの本邸を後にした。
「ロヴェルトの地で、収穫した作物の販路拡大について問題が発生しました。一度領地へ戻り、直接指揮を執る必要があります」
もちろん、それは建前だ。本当の目的は、父との共犯関係が兄たちに悟られる前に安全な俺自身の拠点へと戻ること。そして、来るべき動乱に備え俺の「国」をさらに強固なものにすることだった。
父は何も言わず、俺の申し出を許可した。彼の計画において、俺は王都にいるべき駒だ。だが、俺が時折こうして彼の想定外の動きを見せることこそが、俺がただの駒ではないという無言の牽制になることを、彼も理解していたのだろう。
数日後、俺とセラはロヴェルトの地へと帰還した。
村の入り口で俺たちが見たのは、俺が旅立つ前とは比較にならないほど活気に満ち溢れた光景だった。
畑は見渡す限り緑の葉で覆われ、黄金色の実りを予感させている。村の中心には俺が設計図を残した巨大な風車が建設され、その羽根が力強く風を受けて回っていた。風車の動力で動く臼が収穫された豆を挽き、香ばしい匂いを村中に漂わせている。
道行く村人たちの顔には、もはや以前のような諦観の色はなかった。彼らは汗を流しながらも、その目は未来への希望で輝いていた。俺の姿を認めると、彼らは作業の手を止め、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「領主様! お帰りなさいませ!」
「お待ちしておりました! ご覧ください、この芋を! こんなに大きく育ちましたぞ!」
老人も若者も、子供たちさえもが俺の周りに集まり、口々に村の発展ぶりを報告してくる。その熱気と、俺に向けられる純粋な信頼の眼差しに、俺の胸は熱くなった。
(……父上。あんたは、この光景を見てもまだ俺を駒だと言えるか)
村長はもういない。彼が父の密偵だったという事実は、消えない棘となって俺の心に突き刺さっている。だが、目の前にいるこの村人たちの笑顔は本物だ。これは俺自身の手で、俺自身の力で築き上げた偽りのない絆だった。
俺は彼らの歓声に応えながら、静かに誓った。
この場所だけは、父の思惑にも「黄昏の蛇」の陰謀にも決して好きにはさせない。このロヴェルトの地こそが、俺が全てを懸けて守り抜く俺の王国なのだと。
その夜、領主の館で俺は村の代表者たちと今後の計画について話し合っていた。
「塩土芋と浄土豆の収穫量は、予想を遥かに上回っている。だが、問題はここからだ」
俺は広げた地図を指差した。
「この作物はまだ帝国ではほとんど知られていない。その価値を認めさせ、安定した販路を確保しなければ、この豊作もただの宝の持ち腐れとなる」
代表者の一人が不安げに口を開いた。
「ですが領主様。我々のような辺境の村の産物を、王都の商人たちがまともに相手にしてくれるでしょうか。ヴァルハイト家の名を出せば、門前払いを食らうのが関の山では……」
「その通りだ。だからヴァルハイトの名は使わない」
俺は不敵な笑みを浮かべた。
「俺たちは新たなブランドを作り出す。『ロヴェルトの恵み』という名で、この作物を売り出すんだ」
俺の計画はこうだった。
まず、収穫した芋と豆の一部を保存食に加工する。芋は乾燥させて粉にし、長期保存可能なパンや菓子の原料とする。豆は炒って、香りの良い飲み物の原料とする。歴史書の知識によれば、これらは貴族の間の新たな嗜好品として数年後に大流行するはずだった。俺は、その流行を先取りする。
そして、その販路として王都の正規の商人ギルドではなく、新興の野心的な若手商人をターゲットにする。俺はセラを通してすでに何人かの候補に目星をつけていた。彼らは古い慣習に縛られず、新しい商品に飛びつくはずだ。
「だが、それだけでは足りん。俺たちの最大の武器は、この土地そのものだ」
俺は、ロヴェルトの地のもう一つの可能性について語り始めた。
「この痩せた土地と、一年中吹き続ける強い風。これは見方を変えれば最高の利点となる。この地は帝国で最も『馬』を育てるのに適した土地だ」
村人たちが、きょとんとした顔で俺を見る。
「帝国の軍馬は主に緑豊かな中央平原で育てられている。だが、その馬たちは贅沢な飼料に慣れ、体力が続かないという欠点がある。しかし、このロヴェルトの厳しい環境で浄土豆を飼料として育った馬はどうだ? 驚異的な持久力と頑強さを持つ、最強の軍馬が生まれるはずだ」
それは歴史書にさえ記されていなかった、俺自身の着想だった。ロヴェルトの地の特性と未来知識を組み合わせた、俺だけのオリジナルな計画。
「我々は食料だけでなく、帝国最強の軍馬の産地としてもこのロヴェルトの名を轟かせる。そうなれば、もはや誰もこの地を不毛の地などと侮れなくなる」
俺の語る壮大なビジョンに、村人たちは息を呑んでいた。彼らの目にはもはや自分たちの村が、ただの辺境の寂れた村ではなく、帝国の未来を左右する可能性を秘めた重要な拠点として映り始めていた。
「……領主様」
村長亡き後、村のまとめ役となっていた屈強な男が、感極まったように口を開いた。
「我々はどこまでもお供します。この命、あなた様のために」
その言葉に、他の者たちも力強く頷いた。
彼らの信頼はもはや揺るぎないものとなっていた。
会議を終え、俺は一人、建設されたばかりの風車の頂上に登っていた。眼下には月明かりに照らされた俺の王国が静かに広がっている。
畑の緑、村の灯り、そしてそこに生きる人々の息遣い。その全てが愛おしかった。
父は俺にヴァルハイトの闇を見せつけた。だが、そのおかげで俺は自分が本当に守りたいものが何なのかをはっきりと自覚することができた。
王都での陰謀渦巻く戦い。それは俺にとって過酷なものになるだろう。だが、俺には帰る場所がある。このロヴェEルトの地がある限り、俺は決して折れない。
「見ていてくれ、村長」
俺は夜空の星に向かって静かに語りかけた。
「あんたが俺を裏切ったのか、それとも父に脅されていたのか。真実はもう分からない。だが、俺はあんたが見たかったであろう、この村の未来を必ず実現させてみせる」
強い夜風が俺の髪を揺らす。それはまるで俺の決意に応えるかのような、力強い風だった。
俺の戦いは、ここから新たな力を得てさらに加速していく。
「ロヴェルトの地で、収穫した作物の販路拡大について問題が発生しました。一度領地へ戻り、直接指揮を執る必要があります」
もちろん、それは建前だ。本当の目的は、父との共犯関係が兄たちに悟られる前に安全な俺自身の拠点へと戻ること。そして、来るべき動乱に備え俺の「国」をさらに強固なものにすることだった。
父は何も言わず、俺の申し出を許可した。彼の計画において、俺は王都にいるべき駒だ。だが、俺が時折こうして彼の想定外の動きを見せることこそが、俺がただの駒ではないという無言の牽制になることを、彼も理解していたのだろう。
数日後、俺とセラはロヴェルトの地へと帰還した。
村の入り口で俺たちが見たのは、俺が旅立つ前とは比較にならないほど活気に満ち溢れた光景だった。
畑は見渡す限り緑の葉で覆われ、黄金色の実りを予感させている。村の中心には俺が設計図を残した巨大な風車が建設され、その羽根が力強く風を受けて回っていた。風車の動力で動く臼が収穫された豆を挽き、香ばしい匂いを村中に漂わせている。
道行く村人たちの顔には、もはや以前のような諦観の色はなかった。彼らは汗を流しながらも、その目は未来への希望で輝いていた。俺の姿を認めると、彼らは作業の手を止め、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「領主様! お帰りなさいませ!」
「お待ちしておりました! ご覧ください、この芋を! こんなに大きく育ちましたぞ!」
老人も若者も、子供たちさえもが俺の周りに集まり、口々に村の発展ぶりを報告してくる。その熱気と、俺に向けられる純粋な信頼の眼差しに、俺の胸は熱くなった。
(……父上。あんたは、この光景を見てもまだ俺を駒だと言えるか)
村長はもういない。彼が父の密偵だったという事実は、消えない棘となって俺の心に突き刺さっている。だが、目の前にいるこの村人たちの笑顔は本物だ。これは俺自身の手で、俺自身の力で築き上げた偽りのない絆だった。
俺は彼らの歓声に応えながら、静かに誓った。
この場所だけは、父の思惑にも「黄昏の蛇」の陰謀にも決して好きにはさせない。このロヴェルトの地こそが、俺が全てを懸けて守り抜く俺の王国なのだと。
その夜、領主の館で俺は村の代表者たちと今後の計画について話し合っていた。
「塩土芋と浄土豆の収穫量は、予想を遥かに上回っている。だが、問題はここからだ」
俺は広げた地図を指差した。
「この作物はまだ帝国ではほとんど知られていない。その価値を認めさせ、安定した販路を確保しなければ、この豊作もただの宝の持ち腐れとなる」
代表者の一人が不安げに口を開いた。
「ですが領主様。我々のような辺境の村の産物を、王都の商人たちがまともに相手にしてくれるでしょうか。ヴァルハイト家の名を出せば、門前払いを食らうのが関の山では……」
「その通りだ。だからヴァルハイトの名は使わない」
俺は不敵な笑みを浮かべた。
「俺たちは新たなブランドを作り出す。『ロヴェルトの恵み』という名で、この作物を売り出すんだ」
俺の計画はこうだった。
まず、収穫した芋と豆の一部を保存食に加工する。芋は乾燥させて粉にし、長期保存可能なパンや菓子の原料とする。豆は炒って、香りの良い飲み物の原料とする。歴史書の知識によれば、これらは貴族の間の新たな嗜好品として数年後に大流行するはずだった。俺は、その流行を先取りする。
そして、その販路として王都の正規の商人ギルドではなく、新興の野心的な若手商人をターゲットにする。俺はセラを通してすでに何人かの候補に目星をつけていた。彼らは古い慣習に縛られず、新しい商品に飛びつくはずだ。
「だが、それだけでは足りん。俺たちの最大の武器は、この土地そのものだ」
俺は、ロヴェルトの地のもう一つの可能性について語り始めた。
「この痩せた土地と、一年中吹き続ける強い風。これは見方を変えれば最高の利点となる。この地は帝国で最も『馬』を育てるのに適した土地だ」
村人たちが、きょとんとした顔で俺を見る。
「帝国の軍馬は主に緑豊かな中央平原で育てられている。だが、その馬たちは贅沢な飼料に慣れ、体力が続かないという欠点がある。しかし、このロヴェルトの厳しい環境で浄土豆を飼料として育った馬はどうだ? 驚異的な持久力と頑強さを持つ、最強の軍馬が生まれるはずだ」
それは歴史書にさえ記されていなかった、俺自身の着想だった。ロヴェルトの地の特性と未来知識を組み合わせた、俺だけのオリジナルな計画。
「我々は食料だけでなく、帝国最強の軍馬の産地としてもこのロヴェルトの名を轟かせる。そうなれば、もはや誰もこの地を不毛の地などと侮れなくなる」
俺の語る壮大なビジョンに、村人たちは息を呑んでいた。彼らの目にはもはや自分たちの村が、ただの辺境の寂れた村ではなく、帝国の未来を左右する可能性を秘めた重要な拠点として映り始めていた。
「……領主様」
村長亡き後、村のまとめ役となっていた屈強な男が、感極まったように口を開いた。
「我々はどこまでもお供します。この命、あなた様のために」
その言葉に、他の者たちも力強く頷いた。
彼らの信頼はもはや揺るぎないものとなっていた。
会議を終え、俺は一人、建設されたばかりの風車の頂上に登っていた。眼下には月明かりに照らされた俺の王国が静かに広がっている。
畑の緑、村の灯り、そしてそこに生きる人々の息遣い。その全てが愛おしかった。
父は俺にヴァルハイトの闇を見せつけた。だが、そのおかげで俺は自分が本当に守りたいものが何なのかをはっきりと自覚することができた。
王都での陰謀渦巻く戦い。それは俺にとって過酷なものになるだろう。だが、俺には帰る場所がある。このロヴェEルトの地がある限り、俺は決して折れない。
「見ていてくれ、村長」
俺は夜空の星に向かって静かに語りかけた。
「あんたが俺を裏切ったのか、それとも父に脅されていたのか。真実はもう分からない。だが、俺はあんたが見たかったであろう、この村の未来を必ず実現させてみせる」
強い夜風が俺の髪を揺らす。それはまるで俺の決意に応えるかのような、力強い風だった。
俺の戦いは、ここから新たな力を得てさらに加速していく。
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