破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第五十四話 黄昏の襲撃

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ロヴェルトの地で、俺は束の間の穏やかな日々を過ごしていた。村人たちと共に汗を流し、未来への計画を語り合う。それは王都での神経をすり減らすような日々とは対極にある、確かな手応えのある毎日だった。
『ロヴェルトの恵み』と名付けた特産品の開発は順調に進んでいた。セラが王都から連れてきた、腕はいいが世渡り下手で埋もれていた職人たちが、俺の提供したレシピを元に塩土芋の粉を使った焼き菓子や、浄土豆を焙煎した香ばしい飲み物(後の世でコーヒーと呼ばれるものだ)の試作品を次々と完成させていく。その味は、俺の舌を唸らせるには十分な出来栄えだった。
王都の若手商人との交渉も、セラを通して順調に進んでいる。彼らはこの未知の商品の将来性に賭けることに強い興味を示していた。
全てが順風満帆に進んでいるかのように見えた。
だが、俺は知っていた。光が強ければその影もまた濃くなるということを。このロヴェルトの地の急速な発展が、招かれざる客を呼び寄せるであろうことを。
その予感は、秋も深まったある夜、現実のものとなった。

その夜、村は静まり返っていた。収穫を終えた村人たちは一日の疲れを癒すように深い眠りについている。月は雲に隠れ、風車の回る音だけが不気味に夜のしじまに響いていた。
俺は領主の館の自室でまだ机に向かっていた。王都の情勢と父の計画の進捗について、セラがもたらした報告書を読み返していたのだ。
その時だった。
部屋の隅の闇が不自然に揺らめいた。音もなく現れたのは、夜襲用の黒い戦闘服に身を包んだセラだった。その手には抜身の短剣が二本、逆手に握られている。
「……来ました」
セラの静かな声には、獣が獲物を見つけた時のような鋭い緊張感がこもっていた。
俺は読んでいた報告書を静かに置いた。
「数は?」
「二十、といったところでしょうか。いずれも手練れのようです。気配を殺す術に長けています」
「目的は?」
「おそらく、あれでしょう」
セラが顎で示した先には、村の中心に新設されたレンガ造りの頑丈な倉庫があった。そこには収穫されたばかりの塩土芋と浄土豆、そして開発中の特産品の試作品が厳重に保管されている。この村の未来そのものが、そこに詰まっている。
「……『黄昏の蛇』か、あるいは俺たちの動きを快く思わない、どこかの貴族の手先か」
どちらにせよ、やることは変わらない。
俺はゆっくりと立ち上がった。その瞳には炎のような怒りと、氷のような冷静さが同居していた。
「よくも、俺の庭を荒らしてくれたな」
俺の静かな声が部屋に響く。
「セラ。計画通り、迎撃を開始する」
「――御心のままに」

数時間前、俺は村の自警団の若者たちを集め、こう命じていた。
「今夜、村に盗賊が入るかもしれん。だが、お前たちは絶対に手を出すな。家の戸締りを固くし、何が起きても朝まで決して外に出てはならない。これは領主としての絶対命令だ」
若者たちは俺の真剣な表情にただならぬものを感じ取り、戸惑いながらも頷いた。
そして今、村の外れ、森との境界線に黒尽くめの男たちが十数人、その姿を現していた。彼らの動きには一切の無駄がなく、統率が取れている。ただの盗賊団ではない。専門的な訓練を受けたプロの破壊工作部隊だった。
彼らの狙いは、やはり村の中心にある倉庫だった。彼らはまるで闇に溶け込むかのように、音もなく家々の間をすり抜けていく。村が不気味なほど静まり返っていることに、彼らは何の疑問も抱かなかっただろう。辺境の貧しい村など赤子の手をひねるようなものだと、高を括っていたに違いない。
やがて彼らは倉庫の分厚い扉の前にたどり着いた。リーダー格の男が、手慣れた様子で錠前に特殊な道具を差し込み、解錠を試みる。
だが、その瞬間。
男の背後、地面に広がる影がまるで生き物のように蠢いた。そして、音もなく突き出された数本の黒い杭が男の心臓を、喉を、そして眉間を正確に貫いた。
男は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。
「なっ!?」
仲間たちはリーダーの突然の死に驚愕の声を上げた。
「敵襲! どこだ! どこから……!」
彼らがパニックに陥り、周囲を警戒した、その時。
彼らの頭上、倉庫の屋根の闇から一つの影が舞い降りた。月光を背に銀色の髪を靡かせ、その両手には血に濡れた短剣をきらめかせている。
セラだった。
彼女は着地の衝撃を完全に殺し、そのまま最も近くにいた男の懐へと滑り込む。そして流れるような動きで男の首筋を深々と切り裂いた。
噴き出す血飛沫。二人目の犠牲者が、声もなく倒れる。
「くそっ! 上だ! あの女だ!」
残った男たちがようやく敵の姿を捉え、一斉にセラへと襲いかかった。だが、彼らの剣がセラに届くことはなかった。
セラの体はまるで霞のように揺らめき、彼らの攻撃を全て紙一重で回避する。そしてすれ違いざまに一人、また一人と、その喉元や心臓を的確に切り裂いていく。
それはもはや戦闘ではなかった。一方的な虐殺だった。暗殺者として育てられた彼女の実戦能力は、並の兵士や傭兵など赤子同然にあしらえるほどに隔絶していた。

俺はその光景を、倉庫から少し離れた風車の頂上から冷たい目で見下ろしていた。
セラの強さは信頼している。だが、敵はまだ十数人残っている。万が一ということもある。
俺は風車の羽根が作り出す広大な影に意識を集中させた。
「――踊れ、俺の影」
俺の命令に応じ、地面の影が蠢き始める。
倉庫の前でセラと交戦している襲撃者たち。彼らの足元に広がる影が、無数の触手となって伸び、その足首に絡みついた。
「うわっ!?」
「足が! 動かん!」
突然動きをGEO封じられた彼らは絶好の的だった。セラの短剣が闇夜に銀色の軌跡を描き、次々と命を刈り取っていく。
もはや勝敗は決した。
襲撃者たちは戦意を完全に喪失し、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始める。
だが、俺はそれを許さなかった。
「一人も逃がすな」
俺は逃げる彼らの前方の地面に、巨大な影の壁を出現させた。絶望した彼らが踵を返した先には、死神のように静かに佇むセラがいる。
それは完璧な包囲網だった。

やがて悲鳴と断末魔が止み、村には再び静寂が戻った。
残ったのは、月明かりに照らされた二十の亡骸だけだった。
俺は風車から降り、セラの元へと歩み寄った。彼女の戦闘服は返り血で濡れていたが、その呼吸一つ乱れていない。
「……終わりました、アレン様」
「ああ。ご苦労だったな、セラ」
俺は転がっている死体の一つを検分した。その腕には蛇が己の尾を喰らう、あの紋章の刺青が微かに残っていた。
やはり「黄昏の蛇」。
奴らは俺がロヴェルトの地にいることを突き止め、その発展を妨害するために実行部隊を送り込んできたのだ。
だが、奴らの計算違いはただ一つ。
このロヴェルトの地が、もはやただの辺境の村ではなく、影の王たる俺の絶対的な支配領域(テリトリー)であったということだ。
「さて、と」
俺は立ち上がり、セラに言った。
「仕事の第二ラウンドだ。こいつらの口をこじ開けてやろうじゃないか」
俺の言葉に、セラは静かに頷いた。
そう、襲撃者たちはまだ全員死んではいない。
俺はわざと急所を外し、意識を失わせただけの者を数名、生かしておいたのだ。
彼らにはこれから、ヴァルハイト家の人間がどれほど冷酷で容赦のない尋問を行うのか、その身をもって味わってもらうことになる。
俺は捕虜を引きずるセラと共に、村の外れにある古い地下貯蔵庫の冷たい闇の中へと消えていった。
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