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第五十五話 尋問
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村の外れにある古い地下貯蔵庫。ひんやりとした湿った空気が、松明の頼りない光を揺らめかせる。その薄暗がりの中、三人の黒尽くめの男たちが荒縄で柱に固く縛り付けられていた。彼らは先ほどの襲撃部隊の生き残り。俺がセラに命じて、わざと生け捕りにさせた者たちだ。
意識を取り戻した彼らは自分たちが置かれた状況を理解し、その目に絶望と、そして俺たちに対する憎悪の色を浮かべていた。
「……貴様ら、何者だ」
リーダー格と思われる顔に傷のある男が、低い声で唸った。
「こんな辺境の村に、お前たちのような手練れがいるはずがない。一体、何の目的で……」
俺は男の前にゆっくりと進み出た。そしてフードを目深に被り、声色を変えて答える。俺の正体は、まだ明かすわけにはいかない。
「質問をするのはこちらの方だ」
俺の声は、地下の空間に冷たく響いた。
「お前たちは『黄昏の蛇』の手先だな。誰の命令でこの村を襲った? 目的は何だ?」
俺の口から出た『黄昏の蛇』という言葉に、男たちの顔色が変わった。
傷の男は唾を吐き捨てるように言った。
「……知ったことか。俺たちは金で雇われただけだ。依頼人のことなど何も知らん」
「そうだそうだ! 俺たちを殺したければ殺せ! だが、俺たちの口から情報を引き出せると思うなよ!」
仲間の一人も虚勢を張って叫んだ。
彼らはプロだ。尋問に対する訓練も受けているのだろう。通常の拷問では簡単に口を割るとは思えなかった。
「……そうか」
俺は静かに頷いた。
「ならば、仕方ないな。セラ」
俺が合図すると、背後に控えていたセラが音もなく一歩前に出た。その手には、先ほどまでなかった奇妙な形状の小さなナイフが握られている。
「アレン様。どちらの男から?」
「まずは一番威勢のいい、そこの男からだ」
俺が指差すと、セラは虚勢を張っていた男の前に立った。男はセラの感情のない紫の瞳に見据えられ、ゴクリと喉を鳴らす。
「な、何をする気だ……! 殺すなら一思いに……!」
「殺しはしませんよ」
セラは初めて口を開いた。その声は鈴の音のように美しいが、一切の温度を感じさせない。
「ただ、少しだけ、あなたの『指』をお借りするだけです」
セラはそう言うと、男の指先にナイフの切っ先をそっと当てた。そして、まるで熟練の職人が木を彫るかのように、ゆっくりと正確に、その爪を一枚ずつ剥がし始めた。
「ぎ……ぎゃあああああああああっ!」
地下貯蔵庫に男の絶叫が木霊した。それは死の恐怖とはまた違う、神経を直接焼かれるような耐え難い苦痛から来る叫びだった。
残された二人の男たちは、その凄惨な光景を目の当たりにし、顔を真っ青にして震え上がった。
俺は傷の男の前に再び立つと、静かに問いかけた。
「さて。もう一度聞こうか。お前たちの依頼主は誰だ?」
「ひっ……!」
男は仲間が味わっている地獄を、次は自分が味わうのだと悟り、その全身から血の気が引いていく。
「し、知らん! 本当に俺たちは何も……!」
「そうか」
俺は再びセラに合図を送る。セラは最初の男の指の爪を全て剥がし終えると、今度はその足首にナイフを当てアキレス腱をゆっくりと断ち切った。
「ああああああああああああああああああ!」
新たな絶叫が地下に響き渡る。
俺は、その地獄絵図を表情一つ変えずに見つめていた。
これは俺が選んだ道だ。悪役として破滅の運命に抗うと決めた時から、このような血塗られた道を歩む覚悟はできていた。感傷も慈悲もない。あるのは目的を達成するための、冷徹な計算だけだ。
「……次はお前の番だ」
俺が傷の男に告げた、その時だった。
「わ、分かった! 話す! 話すから、やめてくれ!」
三人目の、一番若い男がついに心を折った。彼は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら必死に叫んでいた。
俺はセラに目配せし、尋問を中断させた。そして、若い男の前に立つ。
「洗いざらい全て話せ。もし一つでも嘘をついたり、何かを隠したりすれば……どうなるか、分かるな?」
「は、はい! 全て話します!」
若い男は堰を切ったように喋り始めた。
彼らに仕事を依頼したのは、王都の闇ギルド『黒曜石の牙』。そのギルドマスターから直接命令が下されたこと。
目的は、この村の特産品の生産を妨害し倉庫を焼き払うこと。可能であれば、領主である俺を暗殺することも含まれていたこと。
そして彼が最後に口にした情報は、俺の予想を遥かに超える衝撃的なものだった。
「……そ、それにギルドマスターはこうも言っていました。この仕事が終われば、次はもっと大きなヤマが待っている、と……」
「大きなヤマ?」
「は、はい……! 王都で近々行われる『建国記念祭』の夜……」
男は恐怖に震えながら言葉を続けた。
「聖女リリアーナ様を、誘拐するのだ、と……!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の全身に電流が走った。
リリアーナの誘拐。
それは俺の頭の中にある「歴史書」に、明確に記されている極めて重要な事件だった。
歴史書によれば、この事件こそがヴァルハイト家が断罪される直接的な引き金となるのだ。誘拐された聖女を救出したカイウス王子は民衆から絶大な支持を得る。そして、その裏で誘拐に関与していたと「される」ヴァルハイト家は、帝国全体の敵として断罪される。
「……いつだ。その祭りは」
俺の声は自分でも驚くほど、低く冷たくなっていた。
「……あと、ひと月もありません……」
時間がない。
俺がロヴェルトの地で足踏みをしている間に、歴史は俺の知らないところで着実に破滅へと向かって進んでいたのだ。
「黄昏の蛇」の狙いは、二重、三重に張り巡されていた。俺の領地への襲撃は単なる妨害工作ではない。俺をこの地に釘付けにし、王都で進む本命の計画から俺の注意を逸らすための陽動でもあったのだ。
俺は捕虜たちに一瞥もくれず、セラに向かって言った。
「……セラ。こいつらの始末は任せる。口封じを徹底しろ。俺たちは夜が明け次第、王都へ戻るぞ。全速力でだ」
「承知いたしました」
セラは静かに頷いた。その瞳には、これから始まるであろうさらに過酷な戦いへの覚悟が宿っていた。
俺は一人、地下貯蔵庫の階段を駆け上がった。
外に出ると東の空がわずかに白み始めていた。夜明けだ。
だが、俺の心は深い闇に包まれていた。
歴史の強制力。それは俺が思っていたよりも遥かに強く、そして狡猾だった。俺が小さな流れを変えても、本流は定められた破滅という河口へと容赦なく流れ込もうとする。
リリアーナが危ない。
その事実が、俺の胸をこれまで感じたことのない焦燥感で満たしていた。
彼女を救わなければならない。それは俺自身の破滅を回避するためだ。
だが、それだけではない。俺の心の奥底に、それとは違う別の感情が芽生え始めていることに、俺は気づかないふりをしていた。
あの真っ直ぐすぎる翡翠色の瞳。俺の仮面の下にある真実を見ようとしてくれた唯一の少女。彼女が陰謀の犠牲になることだけは、許せなかった。
俺は夜明け前の冷たい空気の中で、固く、固く拳を握りしめた。
「……させるか。お前たちの、思い通りには」
俺の戦いは今、俺個人の生存闘争から、運命そのものとの本格的な戦争へと、その様相を変えようとしていた。
意識を取り戻した彼らは自分たちが置かれた状況を理解し、その目に絶望と、そして俺たちに対する憎悪の色を浮かべていた。
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「こんな辺境の村に、お前たちのような手練れがいるはずがない。一体、何の目的で……」
俺は男の前にゆっくりと進み出た。そしてフードを目深に被り、声色を変えて答える。俺の正体は、まだ明かすわけにはいかない。
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「お前たちは『黄昏の蛇』の手先だな。誰の命令でこの村を襲った? 目的は何だ?」
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傷の男は唾を吐き捨てるように言った。
「……知ったことか。俺たちは金で雇われただけだ。依頼人のことなど何も知らん」
「そうだそうだ! 俺たちを殺したければ殺せ! だが、俺たちの口から情報を引き出せると思うなよ!」
仲間の一人も虚勢を張って叫んだ。
彼らはプロだ。尋問に対する訓練も受けているのだろう。通常の拷問では簡単に口を割るとは思えなかった。
「……そうか」
俺は静かに頷いた。
「ならば、仕方ないな。セラ」
俺が合図すると、背後に控えていたセラが音もなく一歩前に出た。その手には、先ほどまでなかった奇妙な形状の小さなナイフが握られている。
「アレン様。どちらの男から?」
「まずは一番威勢のいい、そこの男からだ」
俺が指差すと、セラは虚勢を張っていた男の前に立った。男はセラの感情のない紫の瞳に見据えられ、ゴクリと喉を鳴らす。
「な、何をする気だ……! 殺すなら一思いに……!」
「殺しはしませんよ」
セラは初めて口を開いた。その声は鈴の音のように美しいが、一切の温度を感じさせない。
「ただ、少しだけ、あなたの『指』をお借りするだけです」
セラはそう言うと、男の指先にナイフの切っ先をそっと当てた。そして、まるで熟練の職人が木を彫るかのように、ゆっくりと正確に、その爪を一枚ずつ剥がし始めた。
「ぎ……ぎゃあああああああああっ!」
地下貯蔵庫に男の絶叫が木霊した。それは死の恐怖とはまた違う、神経を直接焼かれるような耐え難い苦痛から来る叫びだった。
残された二人の男たちは、その凄惨な光景を目の当たりにし、顔を真っ青にして震え上がった。
俺は傷の男の前に再び立つと、静かに問いかけた。
「さて。もう一度聞こうか。お前たちの依頼主は誰だ?」
「ひっ……!」
男は仲間が味わっている地獄を、次は自分が味わうのだと悟り、その全身から血の気が引いていく。
「し、知らん! 本当に俺たちは何も……!」
「そうか」
俺は再びセラに合図を送る。セラは最初の男の指の爪を全て剥がし終えると、今度はその足首にナイフを当てアキレス腱をゆっくりと断ち切った。
「ああああああああああああああああああ!」
新たな絶叫が地下に響き渡る。
俺は、その地獄絵図を表情一つ変えずに見つめていた。
これは俺が選んだ道だ。悪役として破滅の運命に抗うと決めた時から、このような血塗られた道を歩む覚悟はできていた。感傷も慈悲もない。あるのは目的を達成するための、冷徹な計算だけだ。
「……次はお前の番だ」
俺が傷の男に告げた、その時だった。
「わ、分かった! 話す! 話すから、やめてくれ!」
三人目の、一番若い男がついに心を折った。彼は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら必死に叫んでいた。
俺はセラに目配せし、尋問を中断させた。そして、若い男の前に立つ。
「洗いざらい全て話せ。もし一つでも嘘をついたり、何かを隠したりすれば……どうなるか、分かるな?」
「は、はい! 全て話します!」
若い男は堰を切ったように喋り始めた。
彼らに仕事を依頼したのは、王都の闇ギルド『黒曜石の牙』。そのギルドマスターから直接命令が下されたこと。
目的は、この村の特産品の生産を妨害し倉庫を焼き払うこと。可能であれば、領主である俺を暗殺することも含まれていたこと。
そして彼が最後に口にした情報は、俺の予想を遥かに超える衝撃的なものだった。
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その言葉を聞いた瞬間、俺の全身に電流が走った。
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歴史書によれば、この事件こそがヴァルハイト家が断罪される直接的な引き金となるのだ。誘拐された聖女を救出したカイウス王子は民衆から絶大な支持を得る。そして、その裏で誘拐に関与していたと「される」ヴァルハイト家は、帝国全体の敵として断罪される。
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俺は捕虜たちに一瞥もくれず、セラに向かって言った。
「……セラ。こいつらの始末は任せる。口封じを徹底しろ。俺たちは夜が明け次第、王都へ戻るぞ。全速力でだ」
「承知いたしました」
セラは静かに頷いた。その瞳には、これから始まるであろうさらに過酷な戦いへの覚悟が宿っていた。
俺は一人、地下貯蔵庫の階段を駆け上がった。
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だが、俺の心は深い闇に包まれていた。
歴史の強制力。それは俺が思っていたよりも遥かに強く、そして狡猾だった。俺が小さな流れを変えても、本流は定められた破滅という河口へと容赦なく流れ込もうとする。
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だが、それだけではない。俺の心の奥底に、それとは違う別の感情が芽生え始めていることに、俺は気づかないふりをしていた。
あの真っ直ぐすぎる翡翠色の瞳。俺の仮面の下にある真実を見ようとしてくれた唯一の少女。彼女が陰謀の犠牲になることだけは、許せなかった。
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