破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

文字の大きさ
60 / 100

第五十九話 騎士団の誤算

しおりを挟む
王都の夜は聖女誘拐という未曾有の事件によって、かつてないほどの混乱と緊張に包まれていた。城壁の門は固く閉ざされ、帝国騎士団の兵士たちが松明を手に街路を駆け巡る。だが、彼らの捜索活動は暗礁に乗り上げていた。
カイウス・フォン・グランツは王宮の作戦司令室で、広げられた王都の地図を睨みつけながら焦燥に顔を歪めていた。
「まだ、リリアーナの居場所が掴めんのか!」
彼の怒声に、居並ぶ騎士団の幹部たちが身を縮こませる。
「はっ……申し訳ございません! しかし、情報が錯綜しておりまして……!」
側近の一人が震える声で報告する。
「東の港からは、聖女様らしき人物を乗せた船が出航したとの目撃情報が!」
「いえ、西の廃墟街で不審な集団を見たという者もおります!」
「南の商業ギルドの地下倉庫が怪しいという密告も……!」
次から次へともたらされる情報はどれも信憑性があるように見えて、その実、互いに矛盾していた。カイウスはこれが犯人グループによる巧妙な情報操作であることに気づき始めていたが、万が一の可能性を無視することもできず、貴重な戦力を各地に分散させざるを得なかった。
「くそっ……! 奴らは我々を弄んでいるのか!」
カイウスは拳で机を強く叩きつけた。彼の正義感とリリアーナを救えなかったという自責の念が、その冷静な判断力を少しずつ蝕んでいく。彼は敵が仕掛けた巨大な迷路の中で出口を見失い、ただ時間を浪費していた。

その頃、俺は王都の屋根の上、月明かりが作り出す深い影の中にいた。
俺の影分身は未だに犯人グループの一人にマーキングを続け、彼らのアジトである教会跡の地下の様子をリアルタイムで俺に送り届けている。
地下の広間ではリリアーナが祭壇のような場所に鎖で繋がれていた。彼女は意識を失っているようだが、目立った外傷はない。周囲では「黒曜石の牙」の構成員たちが作戦の成功を祝って酒盛りを始めていた。
「傑作だな! 王子様御一行は、今頃王都中を駆けずり回っていることだろうよ!」
「これも全て、我らが『蛇』の計画通りというわけだ!」
彼らの下品な笑い声が地下に響き渡る。
俺は、その光景を冷たい目で見つめていた。
(……泳がせるのは、ここまでで十分か)
アジトの場所は確定した。リリアーナの身の安全も今のところは確保されている。これ以上カイウスを無駄足させれば、彼の焦りが暴発し予測不能な行動に出るかもしれない。それでは俺の脚本に狂いが生じる。
そろそろ迷子の王子様を、正しい舞台へと導いてやる時間だ。
俺は屋根の上から静かに立ち上がった。そして闇に溶けるように、カイウスたちが司令室を構える王宮の方角へと音もなく滑空を始めた。

王宮の庭園、その最も警備が手薄になるであろう裏手の木陰。俺はそこに息を殺して潜んでいた。俺の周囲には何人もの近衛騎士が巡回しているが、彼らが俺の気配に気づくことはない。
俺は作戦司令室の窓から漏れる灯りを見つめていた。カイウスはまだあの部屋で苛立ちを募らせているはずだ。
どうやって彼に正しい情報を伝えるか。
俺自身が姿を現すのは論外だ。正体不明の協力者として情報を与えても、疑り深い彼はすぐには信じないだろう。もっと劇的で、彼の心を揺さぶり信じざるを得ないような演出が必要だ。
俺は懐から一枚の羊皮紙と小さな短剣を取り出した。そして羊皮紙に、セラから仕入れた「黒曜石の牙」の内部でしか使われない隠語をいくつか混ぜながら、簡潔にアジトの場所を記す。
『聖女は、西の廃墟区画、古い教会跡の地下にあり』
そしてその羊皮紙を、短剣の切っ先で、作戦司令室の窓枠へと突き刺すように投げつけた。
ヒュン、という鋭い風切り音。
短剣は寸分の狂いもなく、開け放たれた窓の木枠に深々と突き刺さった。羊皮紙が夜風にはためく。
「な、何だ!?」
室内にいた騎士たちが突然の出来事に驚き、一斉に窓辺へと駆け寄る。
カイウスもまた信じられないという表情で、窓枠に突き刺さった短剣を見つめていた。
「……何者だ!」
彼は窓から身を乗り出し、暗い庭園に向かって叫んだ。
俺はすでにその場にはいなかった。短剣を投げた直後、「影潜」で地面の影と同化し完全に気配を消していたのだ。
騎士たちが庭園へとなだれ込んでくるが、彼らが俺を見つけることは永遠にないだろう。

カイウスは部下が窓枠から引き抜いた短剣と、そこに添えられていた羊皮紙を食い入るように見つめていた。
短剣は見たこともない、黒曜石を思わせるような不気味な黒光りを放つ特殊な金属で作られていた。そして羊皮紙に書かれた文字。それは明らかに自分たちを挑発するような、しかし無視できない信憑性を帯びた情報だった。
「……罠、でしょうか」
レオナールが警戒した声で進言する。
「ああ、罠かもしれん」
カイウスは静かに頷いた。
「だが、この短剣……そしてこの文面。これは犯人グループの内部、あるいはそれに極めて近い者からの情報である可能性が高い。奴らの内部で仲間割れでも起きたか……あるいは……」
カイウスの脳裏に、あのダンジョンでの不可解な出来事が鮮やかに蘇った。
あの時もそうだった。絶体絶命の危機に、どこからともなく見えざる助けが現れた。
(また、お前なのか……?)
彼は暗い庭園の闇に向かって、心の中で問いかけた。
アレン・ヴァルハイト。あの底知れない少年の影が、再び彼の脳裏をよぎる。だが、彼がこんな真似をする理由がどうしても見当たらなかった。
「……カイウス様、いかがなさいますか」
カイウスは迷いを振り払うように顔を上げた。
「……行くぞ」
彼の声には確固たる決意が宿っていた。
「たとえ罠であろうと、そこに僅かでもリリアーナがいる可能性があるのなら我々は進むまでだ。精鋭部隊を再編成しろ! 目標は、西の廃墟区画、教会跡だ!」
カイウスの号令に、騎士たちが力強く応える。
こうして敵の術中にハマり、出口のない迷路を彷徨っていた騎士団は、ようやく正しい道筋へと導かれた。
だが、彼らはまだ知らない。自分たちが、見えざる脚本家の手のひらの上で踊らされているに過ぎないということを。
俺は王宮から遠く離れた教会の屋根の上で、再び月を見上げていた。
さて、王子様御一行が到着するまであと一時間といったところか。
それまでにこちらも準備を整えなければならない。
ヒーローが登場する舞台には、それに相応しい「悪役」が必要なのだから。
俺は静かに笑みを浮かべ、夜の闇へとその身を沈めていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?

さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。 僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。 そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに…… パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。 全身ケガだらけでもう助からないだろう…… 諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!? 頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。 気づけば全魔法がレベル100!? そろそろ反撃開始してもいいですか? 内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!

学生学園長の悪役貴族に転生したので破滅フラグ回避がてらに好き勝手に学校を魔改造にしまくったら生徒たちから好かれまくった

竜頭蛇
ファンタジー
俺はある日、何の予兆もなくゲームの悪役貴族──マウント・ボンボンに転生した。 やがて主人公に成敗されて死ぬ破滅エンドになることを思い出した俺は破滅を避けるために自分の学園長兼学生という立場をフル活用することを決意する。 それからやりたい放題しつつ、主人公のヘイトを避けているといつ間にかヒロインと学生たちからの好感度が上がり、グレートティーチャーと化していた。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

処理中です...