破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第六十話 仮面の協力者「クロウ」

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カイウス率いる騎士団が偽情報に翻弄され、王都中を駆けずり回っている頃。俺はアジトである教会跡を見下ろせる最も高い建物の屋根に潜んでいた。
カイウスを正しい場所へ導くための矢はすでに放った。だが、彼らがここにたどり着くまでにはまだ時間がかかる。その間に俺がやるべきことはもう一つあった。
それは、俺自身の変身だ。
俺は「影の倉庫」からあらかじめ用意しておいた一揃いの衣装を取り出した。光を吸い込むような漆黒のマント。顔の全てを覆い隠す、カラスの嘴を模した不気味な黒い仮面。そして声色を変えるための小さな魔道具。
これらを身に着ければ、俺がアレン・フォン・ヴァルハイトであると見抜ける者はまずいないだろう。
俺はカイウスの前に現れる「謎の協力者」という新たな役を演じる必要があった。
なぜならカイウスだけでは、この蛇の巣穴を完全に攻略することはできないと俺は判断していたからだ。アジトの内部構造、罠の配置、そして敵の戦力。それらを完全に把握しているのは、影分身を通して全てを見通している俺だけだ。俺が直接介入し彼らを導かなければ、リリアーナを救出できても多大な犠牲者が出ることになるだろう。
それは俺の望む結末ではない。
「……さて」
俺は仮面を装着しマントを翻した。声帯に当てた魔道具を起動させると、俺の声は本来のそれよりも一段低い、不気味に響くものへと変わった。
「役者は、揃ったか」
俺はこれから演じる新たなペルソナに、ふさわしい名を考えた。闇に生き、影を操り、不吉を告げる存在。
「……クロウ」
カラス。悪くない響きだ。

俺が変身を終え、アジト周辺の地理を最終確認していると、遠くから複数の馬蹄の音が聞こえてきた。カイウスの騎士団がついにこの廃墟区画へとたどり着いたのだ。
彼らは教会跡を遠巻きに包囲するように、慎重に陣形を組んでいく。その動きはさすがに帝国の精鋭だけあって、洗練されていた。
カイウスは馬上で静かに教会を見据えている。その顔には罠かもしれないという警戒心と、リリアーナを救い出すという強い決意が複雑に交じり合っていた。
彼が部隊に突入の合図を出そうとした、その時だった。
俺はカイウスの目の前、教会の尖塔の頂上に音もなくその姿を現した。
月光を背に漆黒のマントをはためかせる、カラスの仮面をつけた謎の男。そのあまりに唐突で幻想的な登場に、騎士たちは息を呑み一斉に剣を抜いた。
「な、何者だ!」
カイウスが鋭く叫ぶ。
俺は尖塔からふわりと飛び降りた。マントが翼のように広がり、俺の体は重力を無視するかのようにゆっくりと、そして音もなくカイウスの目の前に着地した。
「……落ち着け、王子殿下。俺は敵ではない」
変声の魔道具を通した俺の声は、夜の空気に不気味に響いた。
カイウスは剣の切っ先を俺に向けたまま警戒を解かない。
「名を名乗れ。何の目的で我々の前に現れた」
「名はクロウ。ただのお節介焼きさ」
俺は肩をすくめてみせた。
「君たちがこのまま何も考えずに突入すれば、半数は死ぬだろう。だから忠告しに来てやった」
「……何だと?」
「この教会は罠だらけだ。入り口には魔力感知式の爆破罠。地下へ続く通路には無数の落とし穴と毒矢の仕掛け。そして地下の広間で聖女様を人質にしているのは、ただのゴロツキではない。闇ギルド『黒曜石の牙』の選りすぐりの手練れたちだ」
俺が淀みなく語る内部情報に、カイウスと彼の隣にいたレオナールの顔色が変わった。それは外部の人間には到底知り得ない、あまりにも正確な情報だったからだ。
「……なぜ、君がそこまで知っている」
「言っただろう。俺は、お節介焼きなんだ。君たちの知らないところで、少しだけこの事件の裏を探らせてもらったのさ」
俺はカイウスの蒼い瞳を、仮面の奥からじっと見つめた。
「信じるか信じないか、それは君次第だ、王子殿下。だが、聖女様の命は君のその判断一つにかかっている」
その言葉はカイウスの心を大きく揺さぶった。
目の前の男はあまりにも胡散臭い。だが、彼がもたらした情報は無視するにはあまりにも具体的で信憑性が高かった。そして何よりカイウスには、このクロウと名乗る男の佇まいにどこか既視感を覚えていた。あのダンジョンで感じた、見えざる協力者の気配。それに酷似している。
長い、張り詰めた沈黙の後。
カイウスはゆっくりと剣を下ろした。
「……分かった。君を信じよう」
その決断に、周囲の騎士たちがざわめく。
「カイウス様! なりすましの罠かもしれませんぞ!」
「そうだとしても、構わん」
カイウスは部下たちを制した。
「この男の言葉が真実なら、我々だけで突入するのは無謀だ。だが、彼の助けがあれば勝機はある」
彼は再び俺に向き直った。
「クロウ、と言ったか。君の目的は何だ? 見返りに何を望む?」
「見返りなど、何もいらんさ」
俺は首を横に振った。
「俺もこの国に巣食う『蛇』を快く思わない者の一人だ。目的は君たちと同じだよ。聖女様を救出し、悪党どもに鉄槌を下す。ただ、それだけだ」
その言葉にカイウスの瞳の警戒の色が、わずかに和らいだ。
「……いいだろう。クロウ。君の力を借りる。我々と共に戦ってくれるか」
「ああ。喜んで協力させてもらおう」
俺は芝居がかった仕草で深く一礼した。
こうして歴史書には決して記されることのない、奇妙で異色の共同戦線がこの王都の片隅で静かに結成された。
帝国の光を象徴する王子と、帝国の闇から生まれた謎の協力者。
水と油のように相容れないはずの二人が、ただ一つの目的のために今、手を取り合おうとしていた。
俺は仮面の奥で冷たい笑みを浮かべていた。
(さあ、始めようか、カイウス。お前は光の舞台で、俺は影の舞台裏で。二人で最高の救出劇を演じようじゃないか)
物語は俺の脚本通りに、クライマックスへと向かって加速していく。
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