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第六十一話 共同戦線
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「では、作戦を説明する」
クロウと名乗る俺の声が、廃墟区画の静寂に響いた。カイウスと彼の信頼する側近レオナール、そして選抜された十数名の精鋭騎士たちが、俺を半信半疑といった表情で取り囲んでいる。
「君たちが正面から突入すれば必ず罠に気づかれ、連中は聖女様を人質に取るだろう。それは最悪の展開だ」
俺は地面に木の枝で教会の簡易的な見取り図を描きながら、説明を続けた。
「だから、君たちには陽動に徹してもらう。教会の正面入り口で派手に音を立て、いかにも大軍で攻め寄せたかのように見せかけるんだ。敵の注意を完全に地上へと引きつけろ」
「陽動だと? では、救出は誰が?」
カイウスが鋭い視線で問い詰める。
「俺がやる」
俺は見取り図の、教会から少し離れた一点を指差した。そこは古い井戸の跡だった。
「この井戸は地下水道に繋がっている。そして、その水道は奴らのアジトである地下聖堂のちょうど真下を通っている。俺はそこから一人で潜入し、奴らが陽動に気を取られている隙に聖女様を確保する」
そのあまりに大胆で無謀な作戦内容に、騎士たちが息を呑んだ。
「ま、待て! たった一人で潜入するなど、自殺行為だ!」
レオナールが思わず声を上げる。
「案ずるな。俺の得意分野は、こういう隠密行動なんでね」
俺は仮面の奥で笑みを浮かべた。影魔法の真価を知らない彼らにとっては、無謀にしか聞こえないだろう。だが、俺にとってはこれ以上なく確実な方法だった。
「君たちの役目は、俺が聖女様を連れて脱出するまでのわずかな時間を稼ぐこと。それができれば、後は内部から俺が奴らを攪乱し君たちが突入する合図を送る。そうすれば犠牲を最小限に抑え、連中を一網打尽にできるはずだ」
カイウスはしばらくの間、黙って俺の描いた見取り図と俺の顔を交互に見つめていた。その蒼い瞳の中で、激しい思考の葛藤が渦巻いているのが見て取れた。
正体不明の仮面の男に、作戦の要である救出任務を、それもリリアーナの命が懸かった任務を託していいものか。王子として、そして一人の男として、その決断はあまりにも重い。
だが、彼には選択肢がなかった。この男の言う通り力任せに突入すれば、リリアーナの命が危険に晒される。このクロウという男の、底知れない実力と情報網に賭けるしか道はなかった。
「……分かった」
やがてカイウスは覚悟を決めたように顔を上げた。
「君の作戦に乗ろう。我々は全力で陽動に徹する。だが、もし聖女様の身に何かあれば……その時は、俺が君を地の果てまで追い詰めて殺す。いいな」
その言葉には、王子としての絶対的な覚悟が込められていた。
「ああ。それで構わんさ」
俺は軽く肩をすくめてみせた。
こうして、異色の共同戦線による聖女救出作戦の火蓋が切って落とされた。
作戦開始はそれから十分後。
カイウス率いる騎士団は教会の正面入り口へと移動し、それぞれが魔法の詠唱を開始した。
「全隊、放て!」
カイウスの号令と共に、十数発の光の矢(ライトアロー)が教会の古びた扉や壁に叩きつけられた。轟音と共に、木片や石屑が派手に飛び散る。
「敵襲だ! 敵襲! 騎士団が来たぞ!」
教会の中から慌てたような声が響き渡る。「黒曜石の牙」の構成員たちが武器を手に、次々と地上へと駆け上がってくるのが見えた。
陽動は成功だ。
その喧騒の中、俺は一人、作戦通りに古い井戸の前に立っていた。錆び付いた鉄の蓋を音もなく持ち上げる。下からは淀んだ水の匂いが立ち上ってきた。
俺は躊躇なく、その暗い穴の中へと身を投じた。
壁を伝って数メートル下ると、そこは腰まで浸かる冷たい下水が流れる地下水道だった。俺は「影の倉庫」から小型の防水魔導ランタンを取り出し、周囲を照らす。
俺の脳内には影分身が事前に調査した、この地下迷宮の完全な地図がインプットされている。俺は迷うことなくアジトへと続く最短ルートを進み始めた。
時折、頭上から戦闘の音が微かに響いてくる。カイウスたちが地上の敵と交戦を始めたのだろう。彼らが稼いでくれる時間が、俺の生命線だった。
地下水道を進むこと約十五分。
俺は目的地の真上にたどり着いた。天井を見上げると石で巧みに塞がれた、古い点検口のようなものが見える。ここがアジトへと通じる隠し通路だ。
俺は足元の水影に身を沈め、「影の延長」で天井の点検口を内側から静かに押し上げた。石の蓋がわずかにずれる。その隙間から中の様子を窺った。
そこは地下聖堂の裏手にある小さな備品倉庫のようだった。人の気配はない。敵のほとんどは地上の陽動に気を取られているのだろう。
俺は影の体を液体のように変化させ、そのわずかな隙間から音もなく倉庫の中へと侵入した。
アジトへの潜入は成功した。
俺は壁の影と同化し、倉庫の扉の隙間から地下聖堂の様子を窺う。
そこではリリアーナが祭壇に繋がれたまま、不安げに地上からの戦闘音を聞いていた。彼女の周囲にはリーダー格と思われる屈強な男と、数名の護衛だけが残っている。
「ちっ、騎士団の奴ら、思ったよりしつこいな!」
リーダー格の男が忌々しげに舌打ちをする。
「だが、まあいい。どうせこの地下聖堂の場所までは突き止められまい。王子様御一行が疲れ果てた頃に聖女様を連れて、別のルートからとんずらさせてもらうさ」
その言葉を聞き、俺は計画の最終段階へと移行することを決意した。
俺は影の中から小さな石ころを取り出すと、それを聖堂の入り口とは反対側の暗い通路の奥へと投げ込んだ。
カラン、コロン……。
静かな地下聖堂に石の転がる音が響き渡る。
「ん? 何だ、今の音は?」
リーダー格の男が警戒したように通路の奥を睨んだ。
「おい、お前たち、見てこい。ネズミ一匹でも、逃がすなよ」
男の命令に、護衛の数名がしぶしぶといった様子で通路の奥へと入っていく。
敵の戦力が分散された。
残るはリーダー格の男と、リリアーナのすぐ側にいる二人の護衛だけ。
俺は静かに息を吸い込んだ。
これから始まるのは救出劇ではない。一方的な、影による狩りだ。
俺は倉庫の影の中から静かに滑り出した。
その存在に、まだ誰も気づいてはいない。
クロウと名乗る俺の声が、廃墟区画の静寂に響いた。カイウスと彼の信頼する側近レオナール、そして選抜された十数名の精鋭騎士たちが、俺を半信半疑といった表情で取り囲んでいる。
「君たちが正面から突入すれば必ず罠に気づかれ、連中は聖女様を人質に取るだろう。それは最悪の展開だ」
俺は地面に木の枝で教会の簡易的な見取り図を描きながら、説明を続けた。
「だから、君たちには陽動に徹してもらう。教会の正面入り口で派手に音を立て、いかにも大軍で攻め寄せたかのように見せかけるんだ。敵の注意を完全に地上へと引きつけろ」
「陽動だと? では、救出は誰が?」
カイウスが鋭い視線で問い詰める。
「俺がやる」
俺は見取り図の、教会から少し離れた一点を指差した。そこは古い井戸の跡だった。
「この井戸は地下水道に繋がっている。そして、その水道は奴らのアジトである地下聖堂のちょうど真下を通っている。俺はそこから一人で潜入し、奴らが陽動に気を取られている隙に聖女様を確保する」
そのあまりに大胆で無謀な作戦内容に、騎士たちが息を呑んだ。
「ま、待て! たった一人で潜入するなど、自殺行為だ!」
レオナールが思わず声を上げる。
「案ずるな。俺の得意分野は、こういう隠密行動なんでね」
俺は仮面の奥で笑みを浮かべた。影魔法の真価を知らない彼らにとっては、無謀にしか聞こえないだろう。だが、俺にとってはこれ以上なく確実な方法だった。
「君たちの役目は、俺が聖女様を連れて脱出するまでのわずかな時間を稼ぐこと。それができれば、後は内部から俺が奴らを攪乱し君たちが突入する合図を送る。そうすれば犠牲を最小限に抑え、連中を一網打尽にできるはずだ」
カイウスはしばらくの間、黙って俺の描いた見取り図と俺の顔を交互に見つめていた。その蒼い瞳の中で、激しい思考の葛藤が渦巻いているのが見て取れた。
正体不明の仮面の男に、作戦の要である救出任務を、それもリリアーナの命が懸かった任務を託していいものか。王子として、そして一人の男として、その決断はあまりにも重い。
だが、彼には選択肢がなかった。この男の言う通り力任せに突入すれば、リリアーナの命が危険に晒される。このクロウという男の、底知れない実力と情報網に賭けるしか道はなかった。
「……分かった」
やがてカイウスは覚悟を決めたように顔を上げた。
「君の作戦に乗ろう。我々は全力で陽動に徹する。だが、もし聖女様の身に何かあれば……その時は、俺が君を地の果てまで追い詰めて殺す。いいな」
その言葉には、王子としての絶対的な覚悟が込められていた。
「ああ。それで構わんさ」
俺は軽く肩をすくめてみせた。
こうして、異色の共同戦線による聖女救出作戦の火蓋が切って落とされた。
作戦開始はそれから十分後。
カイウス率いる騎士団は教会の正面入り口へと移動し、それぞれが魔法の詠唱を開始した。
「全隊、放て!」
カイウスの号令と共に、十数発の光の矢(ライトアロー)が教会の古びた扉や壁に叩きつけられた。轟音と共に、木片や石屑が派手に飛び散る。
「敵襲だ! 敵襲! 騎士団が来たぞ!」
教会の中から慌てたような声が響き渡る。「黒曜石の牙」の構成員たちが武器を手に、次々と地上へと駆け上がってくるのが見えた。
陽動は成功だ。
その喧騒の中、俺は一人、作戦通りに古い井戸の前に立っていた。錆び付いた鉄の蓋を音もなく持ち上げる。下からは淀んだ水の匂いが立ち上ってきた。
俺は躊躇なく、その暗い穴の中へと身を投じた。
壁を伝って数メートル下ると、そこは腰まで浸かる冷たい下水が流れる地下水道だった。俺は「影の倉庫」から小型の防水魔導ランタンを取り出し、周囲を照らす。
俺の脳内には影分身が事前に調査した、この地下迷宮の完全な地図がインプットされている。俺は迷うことなくアジトへと続く最短ルートを進み始めた。
時折、頭上から戦闘の音が微かに響いてくる。カイウスたちが地上の敵と交戦を始めたのだろう。彼らが稼いでくれる時間が、俺の生命線だった。
地下水道を進むこと約十五分。
俺は目的地の真上にたどり着いた。天井を見上げると石で巧みに塞がれた、古い点検口のようなものが見える。ここがアジトへと通じる隠し通路だ。
俺は足元の水影に身を沈め、「影の延長」で天井の点検口を内側から静かに押し上げた。石の蓋がわずかにずれる。その隙間から中の様子を窺った。
そこは地下聖堂の裏手にある小さな備品倉庫のようだった。人の気配はない。敵のほとんどは地上の陽動に気を取られているのだろう。
俺は影の体を液体のように変化させ、そのわずかな隙間から音もなく倉庫の中へと侵入した。
アジトへの潜入は成功した。
俺は壁の影と同化し、倉庫の扉の隙間から地下聖堂の様子を窺う。
そこではリリアーナが祭壇に繋がれたまま、不安げに地上からの戦闘音を聞いていた。彼女の周囲にはリーダー格と思われる屈強な男と、数名の護衛だけが残っている。
「ちっ、騎士団の奴ら、思ったよりしつこいな!」
リーダー格の男が忌々しげに舌打ちをする。
「だが、まあいい。どうせこの地下聖堂の場所までは突き止められまい。王子様御一行が疲れ果てた頃に聖女様を連れて、別のルートからとんずらさせてもらうさ」
その言葉を聞き、俺は計画の最終段階へと移行することを決意した。
俺は影の中から小さな石ころを取り出すと、それを聖堂の入り口とは反対側の暗い通路の奥へと投げ込んだ。
カラン、コロン……。
静かな地下聖堂に石の転がる音が響き渡る。
「ん? 何だ、今の音は?」
リーダー格の男が警戒したように通路の奥を睨んだ。
「おい、お前たち、見てこい。ネズミ一匹でも、逃がすなよ」
男の命令に、護衛の数名がしぶしぶといった様子で通路の奥へと入っていく。
敵の戦力が分散された。
残るはリーダー格の男と、リリアーナのすぐ側にいる二人の護衛だけ。
俺は静かに息を吸い込んだ。
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