破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第六十三話 幹部との死闘

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「リリアーナ!」
地下聖堂の扉を蹴破り、カイウスが雪崩れ込んできた。その背後からはレオナールをはじめとする精鋭騎士たちが、剣を構えて続く。彼らの目に映ったのは、祭壇の前で無事に佇むリリアーナと、その足元に転がる意識不明の賊たちの姿だった。
「無事か、リリアーナ!」
カイウスはリリアーナの元へと駆け寄り、その肩を強く掴んだ。彼の蒼い瞳には安堵と、そして目の前の状況を理解できないという困惑が浮かんでいる。
「カイウス様……!」
リリアーナは彼の顔を見て、ようやく安堵の涙を零した。
「一体、何があったんだ。こいつらは……?」
カイウスが足元の賊たちを見下ろした、その時だった。
「――見事な登場だな、王子殿下。だが、少しばかり遅かったようだ」
地下聖堂の最も奥、祭壇の背後に広がる深い闇の中から拍手をしながら、一人の男がゆっくりと姿を現した。
その男はこれまでの雑兵たちとは明らかに違う、異質な空気を纏っていた。黒曜石のような漆黒の鎧に身を包み、その背には巨大な両手剣を背負っている。顔は髑髏を模した禍々しい兜で覆われ、その隙間から覗く両目だけが獣のように赤く爛々と輝いていた。
「貴様がこいつらの頭か!」
カイウスはリリアーナを背後にかばい、男に向かって剣を構えた。
「いかにも」と男は兜の下でくぐもった笑い声を上げた。「俺は『黄昏の蛇』が実行部隊『黒曜石の牙』を率いる者。名はヴォルグ。せいぜい、覚えておくがいい。お前たちの墓標に、刻んでやる」
ヴォルグと名乗る男の登場に、騎士たちが一斉に緊張を高める。その全身から放たれる圧倒的なプレッシャーは、これまでのどの敵とも比較にならなかった。
「仲間を倒したのは、貴様か、王子?」
「……そうだとしたら、どうだというのだ」
カイウスは咄嗟に嘘をついた。謎の協力者「クロウ」の存在を、ここで明かすわけにはいかない。
「ふん。まあ、どちらでもいい。どうせ貴様ら全員、ここで死ぬのだからな」
ヴォルグはそう言うと、背負っていた両手剣をまるで小枝のように軽々と抜き放った。その刀身は不気味な紫色の魔力を帯びて、禍々しく揺らめいている。
「リリアーナを連れてここから脱出しろ!」
カイウスは背後のレオナールに叫んだ。
「ここは俺が食い止める!」
「しかし、カイウス様!」
「命令だ!」
その王子としての絶対的な覚悟に、レオナールは一瞬躊躇ったがすぐに頷いた。彼は他の騎士たちと共にリリアーナを護衛し、退路を確保すべく動き出す。
だが、ヴォルグがそれを許すはずがなかった。
「逃がさん!」
ヴォルグの巨体が幻影のように揺らめいた。次の瞬間、彼はすでに退路を塞ぐように騎士団の前に立ちはだかっていた。
「なっ……速い!」
騎士の一人が驚愕の声を上げる。ヴォルグは、その騎士に向かって巨大な両手剣を横薙ぎに振るった。
凄まじい風圧と共に紫色の斬撃が飛ぶ。騎士は咄嗟に盾で防御するが、その盾は紙のようにあっさりと切り裂かれ、騎士の体は壁まで吹き飛ばされて意識を失った。
「ひるむな! 陣形を組め!」
レオナールが叫び、騎士たちがヴォルグを囲むように展開する。だが、その連携はヴォルグの圧倒的な個の力の前に無力だった。
ヴォルグはまるで死の舞踏を踊るかのように騎士たちの包囲網の中を駆け巡った。両手剣が唸りを上げるたびに一人、また一人と、屈強な騎士たちが血飛沫を上げて倒れていく。それはもはや戦闘ではなく、一方的な虐殺だった。
「くそっ……!」
カイウスは仲間たちが次々と倒れていくのを、ただ見ていることしかできなかった。ヴォルグの強さは規格外だ。オーガ・リーダーさえも霞んで見えるほどの絶望的なまでの実力差。
(このままでは、全滅する……!)
カイウスが己の無力さに唇を噛み締めた、その時。
「――ヒーローの危機に駆けつけるのが、お約束というものだろう?」
地下聖堂の天井、その最も深い闇の中からあの不気味な声が響き渡った。
全員がはっと天井を見上げる。
そこに漆黒のマントをはためかせ、カラスの仮面をつけた男、「クロウ」が逆さまにぶら下がるようにしてその姿を現していた。
「……貴様は!」
カイウスが驚愕に目を見開く。
ヴォルグもまた、突然現れた闖入者に初めて警戒の色を浮かべた。
「……何者だ、貴様。俺の気配察知を完全にすり抜けるとは」
「ただのお節介焼きさ」
クロウ(俺)はそう言うと、天井からふわりと飛び降り、カイウスとヴォルグの間に音もなく着地した。
そしてカイウスに向かって、芝居がかった仕草で肩をすくめてみせる。
「やれやれ。少し目を離した隙に随分と追い詰められているじゃないか、王子殿下。君一人では荷が重かったようだ」
「……黙れ」
カイウスは苦々しげに呟いた。だが、その瞳には絶望の淵に現れた協力者への、かすかな安堵の色が浮かんでいた。
ヴォルグは俺とカイウスを交互に見比べ、兜の下で愉快そうに笑った。
「なるほどな。王子に付き従う、影の番犬か。面白い。二人まとめてこの剣の錆にしてやろう」
ヴォルグは両手剣を構え直した。その全身から放たれる殺気がさらに密度を増す。
俺はカイウスに背を向けたまま、静かに言った。
「王子殿下。奴の相手は俺が引き受ける。君は残った者たちをまとめ、聖女様を連れてここから脱出しろ。これは君にしかできん役目だ」
「だが……!」
「案ずるな。俺は死なんよ」
俺は仮面の奥で静かに笑った。
「それに、君がここにいては足手-といだ」
その挑発的な言葉にカイウスは一瞬カッとなったが、すぐに俺の真意を理解した。俺は彼を、そしてリリアーナをこの場から逃がそうとしているのだ。
「……分かった。だが、必ず生きて戻れ、クロウ。君にはまだ聞きたいことが山ほどある」
「善処しよう」
カイウスは残った数名の騎士たちとレオナールに合図を送った。彼らは負傷した仲間を担ぎ、リリアーナを護衛しながら地下聖堂の入り口へと後退を始める。
ヴォルグはそれを見逃そうと追撃しようとするが、その目の前に俺が壁のように立ちはだかった。
「お前の相手は俺だと言ったはずだ」
「面白い。ならば、まずは貴様から八つ裂きにしてくれる!」
ヴォルグの巨体が再び幻影のように揺らめいた。紫色の斬撃が嵐となって俺に襲いかかる。
だが、俺はその猛攻をまるで柳に風と受け流すように、最小限の動きでいなし続けた。俺の体は影そのものと化し、彼の剣はことごとく空を切る。
「なっ……!?」
ヴォルグの動きに初めて焦りの色が見えた。
カイウスはその後退の最中、俺とヴォルグの常軌を逸した戦いを信じられないという目で見つめていた。
クロウの動きは人間業ではなかった。それはまるで実体のない影そのものが、舞い踊っているかのようだった。
やて、カイウスたちは地下聖до-を脱出し、その姿は階段の闇へと消えていった。
地下聖堂には俺とヴォルグ、二人だけが残された。
「……さて」
俺はヴォルグから距離を取ると、初めて腰に下げていた一本の剣をゆっくりと抜き放った。それは何の変哲もない、ただの鉄の剣だ。
「ここからは第二幕と行こうか」
俺の言葉に、ヴォルグは兜の下でギリ、と歯噛みする音がした。
「……貴様、一体、何者だ」
「俺か? 俺は……」
俺は剣を構えた。そして仮面の奥で、冷たく、そして静かにその名を告げた。
「お前たち『蛇』を、狩る者だ」
二つの影が再び激突する。
聖女救出劇は今、帝国の闇の根幹を揺るがす死闘の序曲へと、その様相を変えようとしていた。
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