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第六十四話 聖女救出
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カイウスたちが地下聖堂を脱出したのを確認し、俺は目の前の強敵ヴォルグへと全意識を集中させた。地下には俺と彼、そして意識を失った賊たちしかいない。ここからは誰に気兼ねすることもなく、俺の持つ力の全てを解放できる。
「蛇を狩る者だと? 笑わせるな!」
ヴォルグは俺の言葉に激昂し、再び両手剣を構え直した。その刀身から放たれる紫色の瘴気が、洞窟の空気を震わせる。
「貴様のような正体不明の輩に、我らが『蛇』の崇高な目的が汚されてたまるか!」
彼は地面を蹴り、直線的だが神速の突きを繰り出してきた。その切っ先は寸分の狂いもなく俺の心臓を狙っている。
俺は、その一撃を手にしていた鉄の剣で受け流そうとはしなかった。そんなことをすれば、剣ごと両断されるのが関の山だ。
俺は突きの軌道を最小限の動きで見切り、半身になって回避する。そしてすれ違いざまに、ヴォルグの鎧の隙間、脇腹へと短剣を突き立てようとした。
だが、その攻撃はガキンという硬い金属音と共に阻まれた。彼の鎧の下には、さらに別の金属製の防具が仕込まれているらしい。
「甘い!」
ヴォルグは体勢を崩しながらも力任せに両手剣を振り回し、俺を薙ぎ払おうとする。俺は後方へ大きく跳躍し、距離を取った。
(……厄介な相手だ)
彼の戦闘能力は、カイウスなど比較にならない。純粋な剣技、速度、パワー、そして経験。その全てにおいて、俺がこれまで戦ってきたどの相手よりも格が違った。
正攻法での斬り合いは明らかに分が悪い。
ならば、俺の土俵で戦うまでだ。
俺は自らの足元の影に意識を沈めた。そして、地下聖堂全体に広がる闇を俺の領域(テリトリー)として認識し、掌握する。
「――踊れ、亡者ども」
俺が呟くと、聖堂の床に転がっていた賊たちの影が、まるで生き物のように蠢き始めた。そして影は実体化し、賊たちと全く同じ姿をした十数体の「影人形」となって立ち上がった。その目は虚ろで、手には影で作られた黒い剣が握られている。
「なっ……! 貴様、ネクロマンサーか!?」
ヴォルグは死んだはずの仲間たちが起き上がるという、おぞましい光景に初めて動揺の声を上げた。
「さあな。好きに呼ぶがいい」
俺は影人形たちに一斉攻撃を命じた。
意思を持たない影の兵士たちは、痛みも恐怖も感じない。ただ俺の命令に従い、ヴォルグへと無秩序に襲いかかっていく。
「雑魚が何匹集まろうと、この俺の敵ではないわ!」
ヴォルグは雄叫びを上げ、両手剣を嵐のように振り回した。影人形たちはその一撃で紙くずのように切り裂かれ、闇の粒子となって消えていく。だが、すぐに別の影人形がその死角から襲いかかる。
ヴォルグは数の暴力に少しずつ動きを制限され、苛立ちを募らせていた。
その隙を、俺は見逃さない。
俺は影人形たちの猛攻に紛れ、「影潜」でヴォルグの背後の影へと移動する。そして彼の注意が完全に影人形たちへと向いた瞬間、音もなく姿を現した。
狙うは彼の兜と鎧の隙間、無防備な首筋。
俺の短剣が、闇夜を切り裂く流星のようにその一点へと突き進む。
だが、その切っ先がヴォルグの肌に届く寸前、彼はまるで背中に目がついているかのように鋭く振り返った。そして両手剣の柄で、俺の短剣を弾き飛ばす。
「……!」
俺は咄嗟に後方へ跳んだ。ヴォルグの赤い両目が、兜の奥で俺を睨みつけていた。
「……ようやく尻尾を現したな、ネズミめ。お前の狙いが最初から俺の背後であることなど、お見通しだ」
彼は影人形の攻撃を受けながらも、その意識の半分は常に俺の気配を探っていたのだ。歴戦の猛者ならではの恐るべき戦闘勘。
俺の奇襲は、完全に読まれていた。
「終わりだ」
ヴォルグは、俺が体勢を立て直すよりも早く次の一手を打った。彼は両手剣を地面に突き立て、その全身からこれまでとは比較にならないほどの禍々しい紫色の魔力を解放した。
「我が身を喰らえ、呪われし蛇よ! 『オーバードライブ』!」
彼の絶叫と共に紫色の魔力は渦を巻き、彼の体を包み込む。鎧の隙間から黒い蒸気が噴き出し、その巨体はさらに一回り大きく膨れ上がった。彼の力、速度、そして狂気が、限界を超えて増幅されていく。
(……まずい)
俺の本能が警鐘を鳴らしていた。今の彼は、触れれば死ぬ歩く災害そのものだ。
ヴォルグはもはや影人形など意にも介さず、一直線に俺へと突進してきた。その速度は、もはや目で追うことさえ困難な領域に達している。
俺は咄嗟に「影の倉庫」から、ありったけの鉄製の武具――賊たちが持っていた剣や鎧――を彼の進路上にばら撒いた。即席のバリケードだ。
だが、ヴォルグは止まらない。彼は鉄の障害物をまるで紙くずのように蹴散らし、突き破り、その勢いを一切殺すことなく俺へと迫る。
万策尽きたか。
俺が自らの死を覚悟した、その時だった。
「――聖なる光よ、彼の者を縛したまえ!」
地下聖堂の入り口から、凛とした清らかな声が響き渡った。
次の瞬間、天から降り注ぐかのように、眩いばかりの黄金色の光の鎖がヴォルグの巨体に絡みついた。
「グォッ!?」
ヴォルグは、その神聖な力に動きを封じられ、苦悶の声を上げる。
俺は驚きと共に入り口を振り返った。
そこに立っていたのは、カイウスの制止を振り切り一人で戻ってきた、聖女リリアーナの姿だった。その手は胸の前で組まれ、全身から慈愛に満ちた、しかし何者にも屈しない強い魔力の光が放たれていた。
「リリアーナ!?」
階段の途中から、カイウスの慌てた声が聞こえる。
「……あなたは、一人ではない」
リリアーナは俺の仮面を見つめ、静かに、しかし力強く言った。
「あなたの戦いに、私の光もどうか共に」
彼女の登場は完全に計算外だった。だが、その光が俺に唯一の勝機をもたらしてくれたこともまた事実だった。
俺は一瞬の躊躇いの後、決断した。
俺は光の鎖にもがき、動きが鈍っているヴォルグの懐へと、最後の気力を振り絞って踏み込んだ。
そして全ての魔力を、右腕に持つ鉄の剣へと注ぎ込む。
俺の影魔法と、リリアーナの聖なる光。そして俺がこれまで培ってきた全ての技術。その全てを、この一撃に。
俺の剣は、もはやただの鉄塊ではなかった。闇を凝縮したかのような、漆黒の刃と化していた。
「……終わりだ、ヴォルグ」
俺の漆黒の剣が、ヴォルグの鎧の最も硬い部分である胸当てを豆腐のように貫いた。
「……馬鹿な……」
ヴォルグは信じられないというように、自らの胸に突き刺さった剣を見下ろした。兜の奥で赤い光がゆっくりと消えていく。
「……我が蛇は……不滅なり……」
その言葉を最後に、彼の巨体はゆっくりと後方へと倒れ込み、二度と動かなくなった。
地下聖堂に再び静寂が戻った。
俺は激しい消耗でその場に膝をついた。仮面の奥で、荒い呼吸を繰り返す。
リリアーナが駆け寄ってくる気配がした。
だが、俺は彼女が俺に触れる前に最後の力を振り絞り、その場から姿を消した。
俺の体は影の中へと溶けていく。
「待って……クロウ……!」
リリアーナの悲痛な声が遠ざかっていく。
聖女は救出された。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
俺の正体不明の協力者としての存在が、カイウスだけでなくリリアーナにも決定的な形で知られてしまったのだから。
「蛇を狩る者だと? 笑わせるな!」
ヴォルグは俺の言葉に激昂し、再び両手剣を構え直した。その刀身から放たれる紫色の瘴気が、洞窟の空気を震わせる。
「貴様のような正体不明の輩に、我らが『蛇』の崇高な目的が汚されてたまるか!」
彼は地面を蹴り、直線的だが神速の突きを繰り出してきた。その切っ先は寸分の狂いもなく俺の心臓を狙っている。
俺は、その一撃を手にしていた鉄の剣で受け流そうとはしなかった。そんなことをすれば、剣ごと両断されるのが関の山だ。
俺は突きの軌道を最小限の動きで見切り、半身になって回避する。そしてすれ違いざまに、ヴォルグの鎧の隙間、脇腹へと短剣を突き立てようとした。
だが、その攻撃はガキンという硬い金属音と共に阻まれた。彼の鎧の下には、さらに別の金属製の防具が仕込まれているらしい。
「甘い!」
ヴォルグは体勢を崩しながらも力任せに両手剣を振り回し、俺を薙ぎ払おうとする。俺は後方へ大きく跳躍し、距離を取った。
(……厄介な相手だ)
彼の戦闘能力は、カイウスなど比較にならない。純粋な剣技、速度、パワー、そして経験。その全てにおいて、俺がこれまで戦ってきたどの相手よりも格が違った。
正攻法での斬り合いは明らかに分が悪い。
ならば、俺の土俵で戦うまでだ。
俺は自らの足元の影に意識を沈めた。そして、地下聖堂全体に広がる闇を俺の領域(テリトリー)として認識し、掌握する。
「――踊れ、亡者ども」
俺が呟くと、聖堂の床に転がっていた賊たちの影が、まるで生き物のように蠢き始めた。そして影は実体化し、賊たちと全く同じ姿をした十数体の「影人形」となって立ち上がった。その目は虚ろで、手には影で作られた黒い剣が握られている。
「なっ……! 貴様、ネクロマンサーか!?」
ヴォルグは死んだはずの仲間たちが起き上がるという、おぞましい光景に初めて動揺の声を上げた。
「さあな。好きに呼ぶがいい」
俺は影人形たちに一斉攻撃を命じた。
意思を持たない影の兵士たちは、痛みも恐怖も感じない。ただ俺の命令に従い、ヴォルグへと無秩序に襲いかかっていく。
「雑魚が何匹集まろうと、この俺の敵ではないわ!」
ヴォルグは雄叫びを上げ、両手剣を嵐のように振り回した。影人形たちはその一撃で紙くずのように切り裂かれ、闇の粒子となって消えていく。だが、すぐに別の影人形がその死角から襲いかかる。
ヴォルグは数の暴力に少しずつ動きを制限され、苛立ちを募らせていた。
その隙を、俺は見逃さない。
俺は影人形たちの猛攻に紛れ、「影潜」でヴォルグの背後の影へと移動する。そして彼の注意が完全に影人形たちへと向いた瞬間、音もなく姿を現した。
狙うは彼の兜と鎧の隙間、無防備な首筋。
俺の短剣が、闇夜を切り裂く流星のようにその一点へと突き進む。
だが、その切っ先がヴォルグの肌に届く寸前、彼はまるで背中に目がついているかのように鋭く振り返った。そして両手剣の柄で、俺の短剣を弾き飛ばす。
「……!」
俺は咄嗟に後方へ跳んだ。ヴォルグの赤い両目が、兜の奥で俺を睨みつけていた。
「……ようやく尻尾を現したな、ネズミめ。お前の狙いが最初から俺の背後であることなど、お見通しだ」
彼は影人形の攻撃を受けながらも、その意識の半分は常に俺の気配を探っていたのだ。歴戦の猛者ならではの恐るべき戦闘勘。
俺の奇襲は、完全に読まれていた。
「終わりだ」
ヴォルグは、俺が体勢を立て直すよりも早く次の一手を打った。彼は両手剣を地面に突き立て、その全身からこれまでとは比較にならないほどの禍々しい紫色の魔力を解放した。
「我が身を喰らえ、呪われし蛇よ! 『オーバードライブ』!」
彼の絶叫と共に紫色の魔力は渦を巻き、彼の体を包み込む。鎧の隙間から黒い蒸気が噴き出し、その巨体はさらに一回り大きく膨れ上がった。彼の力、速度、そして狂気が、限界を超えて増幅されていく。
(……まずい)
俺の本能が警鐘を鳴らしていた。今の彼は、触れれば死ぬ歩く災害そのものだ。
ヴォルグはもはや影人形など意にも介さず、一直線に俺へと突進してきた。その速度は、もはや目で追うことさえ困難な領域に達している。
俺は咄嗟に「影の倉庫」から、ありったけの鉄製の武具――賊たちが持っていた剣や鎧――を彼の進路上にばら撒いた。即席のバリケードだ。
だが、ヴォルグは止まらない。彼は鉄の障害物をまるで紙くずのように蹴散らし、突き破り、その勢いを一切殺すことなく俺へと迫る。
万策尽きたか。
俺が自らの死を覚悟した、その時だった。
「――聖なる光よ、彼の者を縛したまえ!」
地下聖堂の入り口から、凛とした清らかな声が響き渡った。
次の瞬間、天から降り注ぐかのように、眩いばかりの黄金色の光の鎖がヴォルグの巨体に絡みついた。
「グォッ!?」
ヴォルグは、その神聖な力に動きを封じられ、苦悶の声を上げる。
俺は驚きと共に入り口を振り返った。
そこに立っていたのは、カイウスの制止を振り切り一人で戻ってきた、聖女リリアーナの姿だった。その手は胸の前で組まれ、全身から慈愛に満ちた、しかし何者にも屈しない強い魔力の光が放たれていた。
「リリアーナ!?」
階段の途中から、カイウスの慌てた声が聞こえる。
「……あなたは、一人ではない」
リリアーナは俺の仮面を見つめ、静かに、しかし力強く言った。
「あなたの戦いに、私の光もどうか共に」
彼女の登場は完全に計算外だった。だが、その光が俺に唯一の勝機をもたらしてくれたこともまた事実だった。
俺は一瞬の躊躇いの後、決断した。
俺は光の鎖にもがき、動きが鈍っているヴォルグの懐へと、最後の気力を振り絞って踏み込んだ。
そして全ての魔力を、右腕に持つ鉄の剣へと注ぎ込む。
俺の影魔法と、リリアーナの聖なる光。そして俺がこれまで培ってきた全ての技術。その全てを、この一撃に。
俺の剣は、もはやただの鉄塊ではなかった。闇を凝縮したかのような、漆黒の刃と化していた。
「……終わりだ、ヴォルグ」
俺の漆黒の剣が、ヴォルグの鎧の最も硬い部分である胸当てを豆腐のように貫いた。
「……馬鹿な……」
ヴォルグは信じられないというように、自らの胸に突き刺さった剣を見下ろした。兜の奥で赤い光がゆっくりと消えていく。
「……我が蛇は……不滅なり……」
その言葉を最後に、彼の巨体はゆっくりと後方へと倒れ込み、二度と動かなくなった。
地下聖堂に再び静寂が戻った。
俺は激しい消耗でその場に膝をついた。仮面の奥で、荒い呼吸を繰り返す。
リリアーナが駆け寄ってくる気配がした。
だが、俺は彼女が俺に触れる前に最後の力を振り絞り、その場から姿を消した。
俺の体は影の中へと溶けていく。
「待って……クロウ……!」
リリアーナの悲痛な声が遠ざかっていく。
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