破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

文字の大きさ
67 / 100

第六十六話 残された謎

しおりを挟む
聖女誘拐事件の顛末は、王都を駆け巡る一大ニュースとなった。
公式発表はこうだった。『第一王子カイウス殿下率いる帝国騎士団の迅速かつ果敢な活躍により、聖女リリアーナ様は無事救出。誘拐を企てた反社会的ギルド『黒曜石の牙』は壊滅し、首謀者は討ち取られた』と。
カイウスの名声はこの一件で天を突く勢いとなった。民衆は若き英雄の誕生に熱狂し、その姿に帝国の輝かしい未来を夢見た。
その裏側で、謎の協力者「クロウ」の存在が語られることは決してなかった。カイウスは王家と騎士団の上層部にだけ彼の存在を極秘に報告したが、その正体は誰も掴むことができず、事件は公式記録上「カイウス王子の単独の功績」として処理された。

学園に戻った俺は、再び完璧な「無能な悪役」へと戻っていた。
事件について友人たちが興奮気味に語り合うのを、俺はつまらなそうに耳をほじりながら聞いている。
「カイウス様は本当にすごいよな! まるで物語の英雄だ!」
「聖女様もお怪我がなくて本当に良かったわ……」
そんな会話の中心で、当事者であるカイウスとリリアーナはどこか浮かない表情をしていた。
カイウスは手に入れた名声とは裏腹に、自身の未熟さを痛感していた。あの「クロウ」という男がいなければ自分たちは全滅していたかもしれない。その事実が彼のプライドに重くのしかかっていた。彼は以前にも増して訓練に打ち込むようになり、その眼差しには見えざる好敵手への静かな闘志が燃えていた。
そしてリリアーナ。彼女の変化はさらに顕著だった。
彼女は事件以来、以前にも増して俺のことを遠巻きに観察するようになった。だが、その瞳に宿るのはもはや単なる疑念や好奇心ではない。もっと深く複雑な感情が渦巻いていた。
彼女の心の中では、二つの相反するイメージが激しくぶつかり合っていたのだ。
一人はアレン・フォン・ヴァルハイト。冷酷で傲慢で、人の心を平気で踏みにじる最低の悪党。
もう一人は「クロウ」。圧倒的な実力を持ちながら決して表舞台には立たず、影の中から命懸けで自分を救ってくれた謎の守護者。
この二人が同一人物であるはずがない。だが、彼女の魂は二人の間に存在する奇妙な「繋がり」を確かに感じ取っていたのだ。クロウが最後に放った、あの闇を凝縮したかのような剣技。それはアレンが持つ「忌み属性」の影魔法とどこか似ていた気がする。そしてクロウの声。変声魔道具で変えられてはいたが、その響きの奥にある何かがアレンのそれと重なって聞こえた。
彼女は誰にも言えない秘密のパズルを、たった一人で解こうとしていた。

その日の放課後、俺がいつものように図書館で本を読んでいると、リリアーナが意を決したように俺のテーブルの前に立った。
俺は顔を上げず、本に視線を落としたまま冷たく言った。
「……また来たのか、聖女様。俺の顔を見ないと一日が始まらないとでも?」
「……お話があります」
彼女の声は硬かった。
俺は面倒くさそうに本を閉じ、椅子に深くもたれかかった。
「手短に頼む。お前の説教を聞いているほど俺は暇じゃない」
リリアーナは俺の挑発的な態度にも怯まず、まっすぐに俺の目を見据えた。
「……クロウという方を、ご存知ですか」
その名を聞いた瞬間、俺の心の奥がわずかに緊張した。だが、表情には一切出さない。
俺は心底から馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「クロウ? カラスのことか? 知らんな。鳥の生態にまで興味はないんでね」
「とぼけないでください!」
リリアーナは珍しく声を荒げた。
「彼は私を救ってくれた恩人です。そして……私は彼の戦い方をこの目で見ました」
彼女は一歩俺に近づいた。
「彼の使う力は影を操る、とても特殊なものでした。それはあなたの持つ『影魔法』と何か関係があるのではないですか?」
核心を突く質問。だが、俺は動じない。
俺は大げさに肩をすくめてみせた。
「はっ。なるほどな。俺と同じ忌み属性の影魔法使いがいたと。それでそいつが聖女様を助けたから、俺にも何か関係があるんじゃないかとそう言いたいわけか。随分と短絡的な思考回路だな、聖女様は」
俺は立ち上がり、彼女の耳元で囁いた。
「いいか。影魔法使いなんてものは、帝国のどこを探したって俺一人だ。もし他にいるとすれば、それは帝国の法を無視して禁忌の魔法を研究している危険な闇の魔法使いだろうさ」
俺はわざと「クロウ」を危険人物であるかのように印象操作する。
「そんな正体不明の男に聖女様が感謝なさるとはな。奴があの賊たちと同じ裏社会の人間だという可能性は考えないのか? 目的は聖女様を救うことではなく、ただの仲間割れだったのかもしれんぞ」
「……!」
俺の言葉はリリアーナの純粋な心を巧みに揺さぶった。彼女はクロウが絶対的な善の存在であると信じて疑っていなかったからだ。
「そんな……はずは……」
「いずれにせよ、俺には関係のないことだ。俺は事件の間、この学園の図書館で退屈な本を読んでいただけだ。それとも俺がその時間に抜け出したとでもいう証拠でもあるのか?」
俺には完璧なアリバイがある。学園の複数の教師や生徒が、事件の間俺が図書館にいたことを「目撃」しているのだから。もちろん、それは全て俺の影分身が見せた幻影に過ぎないのだが。
リリアーナは何も言い返せなかった。証拠はない。あるのは彼女の直感と、状況証拠にも満たないいくつかの些細な符合だけ。
彼女は悔しそうに唇を噛み締めた。
俺はそんな彼女に背を向け、図書館の出口へと向かった。
「もう俺に付きまとうのはやめろ。お前のそのしつこさは美徳ではなく、ただの迷惑だ」
その冷たい言葉を残し、俺は彼女の前から姿を消した。
一人残されたリリアーナは、その場に立ち尽くしていた。
彼女の心は晴れるどころか、さらに深い霧の中へと迷い込んでしまった。
だが、彼女は諦めてはいなかった。
(……分かったわ、アレン様)
彼女は静かに決意を固めていた。
(あなたが口を閉ざし続けるというのなら……私は私自身の力で、真実を掴み取ってみせる)
彼女は聖女としてではない、リリアーナ・フォン・シルフィードという一人の少女として独自に調査を開始することを決意したのだ。
それは彼女をさらなる危険へと導く茨の道。
そして俺の計画に、また一つ予測不能な変数を加えることになる新たな嵐の予兆だった。
俺たちの奇妙な追いかけっこは、まだ始まったばかりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?

さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。 僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。 そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに…… パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。 全身ケガだらけでもう助からないだろう…… 諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!? 頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。 気づけば全魔法がレベル100!? そろそろ反撃開始してもいいですか? 内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!

学生学園長の悪役貴族に転生したので破滅フラグ回避がてらに好き勝手に学校を魔改造にしまくったら生徒たちから好かれまくった

竜頭蛇
ファンタジー
俺はある日、何の予兆もなくゲームの悪役貴族──マウント・ボンボンに転生した。 やがて主人公に成敗されて死ぬ破滅エンドになることを思い出した俺は破滅を避けるために自分の学園長兼学生という立場をフル活用することを決意する。 それからやりたい放題しつつ、主人公のヘイトを避けているといつ間にかヒロインと学生たちからの好感度が上がり、グレートティーチャーと化していた。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

処理中です...