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第六十七話 父との対峙
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聖女誘拐事件からひと月が過ぎ、王都は表面上の平穏を取り戻していた。だが、その水面下では帝国を揺るがす大きな変化の胎動が始まっていた。
カイウスは王宮内で徐々にその発言力を強めていた。今回の事件で英雄となった彼は、腐敗した貴族たちを糾弾し軍の改革を訴える急進派の旗頭として、多くの若手貴族や騎士たちの支持を集め始めていた。
リリアーナは独自の調査を開始したようだった。セラからの報告によれば、彼女は教会の古い文献を調べたり、事件の関係者にそれとなく話を聞いて回ったりしているらしい。その行動はまだ誰にも気づかれていないが、危うい綱渡りのようでもあった。
そして俺たちの宿敵「黄昏の蛇」。彼らはアジトを失い、実行部隊のリーダーであったヴォルグを討たれたことで完全に沈黙を守っていた。だが、それは嵐の前の静けさに過ぎないことを俺は知っていた。
全ての駒が次の動きを窺っている。そんな膠着した状況を破るため、俺は一つの大きな賭けに出ることを決意した。
それはヴァルハイトの本領地へ戻り、再びあの男と対峙すること。
父、ジークフリート・フォン・ヴァルハイトと。
俺は学園に「領地の視察」という名目で長期の休暇を申請し、セラだけを連れてヴァルハイトの地へと帰還した。
屋敷の空気は以前よりもさらに張り詰め、殺伐としていた。クーデターの噂はもはや公然の秘密となり、屋敷の至る所で私兵たちが武具の手入れをしたり、軍事訓練に励んだりしている。まるで巨大な戦争機械が、その起動の時を今か今かと待っているかのようだった。
俺はそんな屋敷の様子には目もくれず、一直線に父の書斎へと向かった。
扉の前にはやはり近衛騎士が立っていたが、今回は彼らが制止する前に中から父の声が響いた。
「――入れ」
どうやら俺が戻ってくることは、お見通しだったらしい。
書斎の中は相変わらずだった。だが、父の纏う雰囲気は以前とは比較にならないほど鋭く、研ぎ澄まされていた。彼は巨大な決戦を前にした将軍そのものだった。
「……何の用だ、アレン。王都での役目を放り出して戻ってくるとは」
父は机の上の軍事地図から目を離さずに言った。
俺は父の前に立つと、懐から一つのものを取り出し机の上に置いた。
それはヴォルグが身に着けていた鎧の破片。そこに刻まれた「蛇が己の尾を喰らう」紋章が、蝋燭の灯りに不気味に照らし出されていた。
「今回の聖女誘拐事件。その首謀者の一人を討ち取りました」
俺は静かに告げた。
父の動きが初めて止まった。彼はゆっくりと顔を上げ、鎧の破片と俺の顔を交互に見つめた。その鷲のような瞳には驚きと、そして俺の真意を探るような鋭い光が宿っている。
「……クロウと名乗る謎の協力者。あれは、やはりお前だったか」
「ご明察の通りです」
俺の答えに父はしばし沈黙した。そして、ふっと短く息を漏らす。それは笑いとも、ため息ともつかない複雑な響きを持っていた。
「見事な手際だ。カイウスを英雄に仕立て上げ、聖女を救い、蛇の幹部を討ち取る。そしてお前自身は誰にも正体を悟られずに影に消える。……いつの間に、そこまでの力をつけた」
「父上のご指導の賜物ですよ。常に最悪を想定し、敵の裏をかく。ヴァルハイトの戦い方を俺なりに解釈したまでです」
俺の皮肉のこもった言葉に、父は表情を変えなかった。
「だが」と俺は続けた。その声にはこれまで父に対して見せたことのない、強い意志が込められていた。
「俺はあなたの駒として、ただ踊るつもりはありません。父上。あなたの本当の目的は一体何です?」
俺は机に両手をつき、身を乗り出した。
「『始祖の遺産』とは一体何なのか。そして『黄昏の蛇』はなぜそれを狙うのか。あなたが本当に帝国を憂いているというのなら、この俺をあなたの計画の真の共犯者として認め、全てを話していただきたい」
それは息子から父への懇願であり、最後通牒でもあった。
もし父がここでも俺をはぐらかし、駒として扱い続けるのなら、俺は俺自身のやり方でこの戦いを終わらせる。たとえそれが父と敵対することになったとしても。
書斎に重い沈黙が流れた。父は俺の目をじっと見つめていた。その瞳の中で激しい葛T藤が渦巻いているのが見て取れた。
やがて彼は深く、深く息を吐いた。そして、まるで長年背負ってきた重荷をようやく下ろすことを決意したかのように、ゆっくりと口を開いた。
「……良かろう。全てを話してやる」
その言葉は俺たちの関係が新たな段階へと入ったことを示す、歴史的な一言だった。
父は椅子に深く腰掛け、語り始めた。それは歴史の表舞台には決して記されることのない、ヴァルハイト家に代々伝わる帝国の真実の物語だった。
カイウスは王宮内で徐々にその発言力を強めていた。今回の事件で英雄となった彼は、腐敗した貴族たちを糾弾し軍の改革を訴える急進派の旗頭として、多くの若手貴族や騎士たちの支持を集め始めていた。
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そして俺たちの宿敵「黄昏の蛇」。彼らはアジトを失い、実行部隊のリーダーであったヴォルグを討たれたことで完全に沈黙を守っていた。だが、それは嵐の前の静けさに過ぎないことを俺は知っていた。
全ての駒が次の動きを窺っている。そんな膠着した状況を破るため、俺は一つの大きな賭けに出ることを決意した。
それはヴァルハイトの本領地へ戻り、再びあの男と対峙すること。
父、ジークフリート・フォン・ヴァルハイトと。
俺は学園に「領地の視察」という名目で長期の休暇を申請し、セラだけを連れてヴァルハイトの地へと帰還した。
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俺はそんな屋敷の様子には目もくれず、一直線に父の書斎へと向かった。
扉の前にはやはり近衛騎士が立っていたが、今回は彼らが制止する前に中から父の声が響いた。
「――入れ」
どうやら俺が戻ってくることは、お見通しだったらしい。
書斎の中は相変わらずだった。だが、父の纏う雰囲気は以前とは比較にならないほど鋭く、研ぎ澄まされていた。彼は巨大な決戦を前にした将軍そのものだった。
「……何の用だ、アレン。王都での役目を放り出して戻ってくるとは」
父は机の上の軍事地図から目を離さずに言った。
俺は父の前に立つと、懐から一つのものを取り出し机の上に置いた。
それはヴォルグが身に着けていた鎧の破片。そこに刻まれた「蛇が己の尾を喰らう」紋章が、蝋燭の灯りに不気味に照らし出されていた。
「今回の聖女誘拐事件。その首謀者の一人を討ち取りました」
俺は静かに告げた。
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「……クロウと名乗る謎の協力者。あれは、やはりお前だったか」
「ご明察の通りです」
俺の答えに父はしばし沈黙した。そして、ふっと短く息を漏らす。それは笑いとも、ため息ともつかない複雑な響きを持っていた。
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俺の皮肉のこもった言葉に、父は表情を変えなかった。
「だが」と俺は続けた。その声にはこれまで父に対して見せたことのない、強い意志が込められていた。
「俺はあなたの駒として、ただ踊るつもりはありません。父上。あなたの本当の目的は一体何です?」
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