破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第七十九話 兄たちの奮戦

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王都城門前。
ゲオルグとベルトルトは、父が王宮で罠にかかったことなど知る由もなく陽動という名の偽りの戦いを続けていた。だが、彼らの胸の内には言い知れぬ不安が渦巻き始めていた。
「……遅すぎる」
ゲオルグは近衛騎士の剣を受け流しながら歯噛みした。
父が王宮を制圧するのにこれほどの時間がかかるはずがない。何か想定外の事態が起きている。その直感が彼の全身を駆け巡っていた。
「ベルトルト! 状況は!」
「ダメだ、兄上! 王宮内部との通信が完全に途絶した! 何者かの強力な魔法障壁によって空間そのものが遮断されている!」
ベルトルトは杖を片手に焦燥に顔を歪めていた。
その異常事態は、彼らの敵であるカイウス王子もまた感じ取っていた。
「……どういうことだ」
カイウスは炎の剣を振るう手を止め、怪訝な表情で王宮の方角を見上げた。
「ヴァルハイトの軍勢は明らかに手加減をしている。陽動であることは見え透いている。だが、王宮内部で動いているはずの本隊がなぜこれほどまでに静かなのだ?」
その時、カイウスの脳裏にあのクロウからの手紙の一文が蘇った。
『敵は、玉座の隣にいる』
(まさか……!)
カイウスの顔から血の気が引いた。
父である皇帝が危ない。そしてヴァルハイト公爵もまた自分たちが知らない、より巨大な罠に既にはまっているのではないか。
カイウスとゲオルグ。敵同士であるはずの二人の若き獅子は、奇しくも同じ結論にたどり着き、同時にそれぞれの決断を下した。
「全軍、聞け!」
ゲオルグの雷鳴のような号令が響き渡った。
「陽動は中止だ! 我々はこれより王宮へと突入し、父君を救出する!」
「なっ……!?」
そのあまりに唐突な方針転換に、カイウスもヴァルハイトの兵士たちさえもが戸惑いの声を上げた。
だが、ゲオルグの決意は揺らがなかった。
「父上の身に何かが起きている! 道を阻む者は全て斬り捨てる! 行くぞ!」
ゲオルグは愛馬の腹を蹴り、単騎城門へと突撃を開始した。その全身から放たれる闘気はもはや芝居などではない、本物の殺意に満ちていた。
「兄上! お待ちください!」
ベルトルトが慌ててその後を追う。ヴァルハイトの軍勢もまた主君の号令に従い、雪崩を打って近衛騎士団の防衛線へと殺到した。
「くそっ! 防衛線を死守しろ! ヴァルハイトを一歩たりとも通すな!」
カイウスもまた剣を構え直し、迎え撃つ。
戦いは偽りの芝居から本物の殺戮へと、その様相を変えようとしていた。

「……邪魔だ」
ゲオルグは馬上で巨大な戦斧を振るい、眼前に立ちはだかる近衛騎士たちをまるで雑草を刈り取るかのように薙ぎ払っていく。その一撃は盾を、鎧を、そして人の骨を等しく砕き、血の雨を降らせた。
帝国最強の騎士。その本気の力がついに解放されたのだ。
「兄上、単独での突進は危険です!」
後方からベルトルトが魔法の援護を送りながら叫ぶ。
「父上の計画をここで台無しにするおつもりか!」
「黙れ、ベルトルト!」
ゲオルグは血飛沫を浴びながら咆哮した。
「計画だと? 父上がいなければヴァルハイトに未来はない! 俺は俺の信じる道を行くまでだ!」
彼の戦いはもはや理屈ではなかった。ただ父を救いたいという、息子としての純粋な想いだけが彼を突き動かしていた。
ベルトルトはそんな兄の姿を見て、深く、深くため息をついた。
(……仕方ない。どこまでも不器用な人だ、兄上は)
彼は杖を天に掲げた。
「ならば、その道この俺が切り開いてみせよう!」
ベルトルトの詠唱に応じ大地が揺れ、城門前の石畳が隆起して巨大な土の壁が出現した。それは近衛騎士団の陣形を分断し、ゲオルグが突進するための一本の道を無理やりこじ開けるための大魔法だった。
「行け、兄上! 父上の元へ!」
「おう!」
ゲオルグは弟が作った道を、一陣の風となって駆け抜けていく。
カイウスはその圧倒的な破壊力を前に、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
(これがヴァルハイトの本気……! これがゲオルグ・フォン・ヴァルハイト……!)
彼は初めてヴァルハイト家という存在の本当の恐ろしさを、その肌で感じ取っていた。

ゲオルグとベルトルト。そして彼らに続く精鋭たちが王宮へと続く大通りを突き進んでいく。
彼らの前にはカイウスが配置した幾重もの防衛線が待ち構えていた。
だが、ヴァルハイトの兄たちの猛進は誰にも止められなかった。
ゲオルグがその圧倒的な武力で正面の敵を蹴散らし。
ベルトルトがその後方から魔法と知略で罠を無力化し、道を切り開く。
武と知。
二人の兄弟は、この絶望的な状況の中で初めて完璧な連携を見せていた。
彼らは互いを認め合ってはいなかったかもしれない。だが、その心の奥底では同じ血を分けた兄弟として、そして何よりも父を敬愛する息子として、固い絆で結ばれていたのだ。

彼らが血路を切り開き王宮の庭園にたどり着いた頃。
その体は無数の傷で覆われ、その鎧は敵とそして自らの血で赤黒く染まっていた。
だが、その瞳の光は少しも衰えてはいなかった。
「……見えたぞ、ベルトルト。玉座の間だ」
ゲオルグが息を荒げながら王宮の中央棟を睨みつけた。
「ええ、兄上。……最後の舞台ですね」
ベルトルトもまた杖を支えに、不敵な笑みを浮かべていた。
彼らはまだ知らない。
その玉座の間で自分たちの父がどれほど絶望的な罠にかかっているのかを。
そして自分たちのこの奮戦そのものが敵の計画をさらに加速させるための、最後の一押しとなっていることを。
彼らはただ父を救うという一心だけで、最後の死地へとその足を踏み入れようとしていた。
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