破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第八十話 影の道

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兄たちが地上で血塗られた道を切り開いている頃、俺は王宮の地下、カタコンベの闇の中を疾走していた。宰相ゲルハルトと枢機卿アウグストゥスが率いる「黄昏の蛇」。彼らの後を俺の影分身は寸分の狂いもなく追跡している。
彼らの目的地はやはり王宮大聖堂の、さらに地下深くに存在する秘密の儀式場だった。そこが「始祖の遺産」への門を開くための最終舞台なのだ。
(間に合わせなければ……!)
俺の心は焦っていた。父が、そして兄たちが地上で命懸けで稼いでくれている時間。それを一秒たりとも無駄にはできない。
だが、カタコンベは古代の魔法によって守られた複雑怪奇な迷宮だった。通路には無数の罠が仕掛けられ、壁からは亡霊のような魔物たちが次々と湧き出してくる。
もし俺が一人で正面からこの迷宮を突破しようとすれば、儀式場にたどり着く前に力尽きていただろう。
だが、俺は一人ではなかった。
「――クロウ。右へ三歩、そして跳べ。床に不可視の圧力感知式の罠がある」
俺の頭の中に直接声が響く。それは俺が操る影分身の声だった。
俺はその声に寸分の疑いも抱かず、指示通りに動いた。俺が跳躍した直後、俺がいた場所の床から無数の鋼鉄の槍が凄まじい勢いで突き出した。
「……助かった」
俺は冷や汗を拭った。
俺は複数の影分身を斥候として先行させていたのだ。一体は宰相たちを追跡し、そのルートを俺に伝える。また別の一体は俺自身の進む道の先を偵察し、罠や敵の位置をリアルタイムで報告してくる。
俺自身はその後方を安全を確保されながら最短距離で進むことができる。
それはまるで未来予知をしながら迷路を進むようなものだった。

「前方、曲がり角の先。グール(屍食鬼)の群れが五体。待ち伏せている」
再び影分身からの警告。
俺は曲がり角の手前で足を止め、壁に寄りかかった。そして手にしていた短剣を「影の倉庫」へと収納する。
代わりに俺は自らの影に意識を集中させた。そしてその影を極限まで薄く、そして広く床へと広げていく。それはまるで黒い絨毯が音もなく敷かれていくかのようだった。
俺の影は壁を伝い、天井を這い、やがて曲がり角の向こうで待ち伏せるグールたちの足元を完全に覆い尽くした。
そして俺は命令を下す。
『――沈め』
次の瞬間、グールたちの足元の影が底なしの沼へと変わった。
「ギ……ギギッ!?」
グールたちは何が起こったのか理解できないまま、悲鳴を上げる間もなくその腐った体を影の中へと引きずり込まれていった。抵抗する間もなく、彼らの存在は俺の影の亜空間へと完全に飲み込まれ、消え去った。
俺は静まり返った通路を何事もなかったかのように歩き抜けた。
これが俺の戦い方だ。
兄たちが地上で血と力で道を切り開いているのとは対照的に。
俺は影と知略で誰にも気づかれず、誰の血も浴びることなく、ただ静かに、しかし確実に目的地へと進んでいく。

やがて俺は一つの巨大な石の扉の前にたどり着いた。
「……ここか」
扉の向こうから禍々しい魔力の気配が漏れ出ている。宰相たちが儀式を始めているのだ。
扉には古代語で書かれた強力な封印の術式が幾重にもかけられていた。物理的に破壊するのは不可能に近い。
だが、俺は扉の前で立ち止まることはなかった。
俺は扉のすぐ横の壁にそっと手を触れた。そしてその壁が落とすわずかな影へと、自らの体をゆっくりと沈めていく。
俺の体はまるで水が染み込むように石の壁の中へと溶けていった。そして壁の内部を通り抜け、扉の向こう側へと音もなく姿を現す。
完璧な潜入だった。

俺が足を踏み入れた場所は巨大な円形の儀式場だった。
その中央では宰相ゲルハルトと枢機卿アウグストゥスが二つの鍵を祭壇に掲げ、呪文を詠唱していた。彼らの周囲には黒曜石の牙の幹部たちが円陣を組み、その魔力を祭壇へと注ぎ込んでいる。
祭壇の中心からは空間そのものが歪み、異世界へと続く「門」がゆっくりと開き始めていた。
そして俺は、その儀式の最もおぞましい部分を目の当たりにした。
儀式場の壁際にはいくつもの檻が置かれ、その中には恐怖に震える人々が囚われていた。彼らはこのクーデター騒ぎで捕らえられた王宮の侍女や、カイウス派の若い貴族たち。
彼らこそが宰相が言っていた「生贄」。
彼らの恐怖と絶望が儀式を完成させるための最後の魔力源として、その生命力ごと吸い上げられていたのだ。
「……許さん」
俺の仮面の下で静かな、しかしマグマのように熱い怒りが沸騰した。
父も、兄たちも、カイウスも、そして俺自身も。全てがこの男たちの醜悪な野望のための駒として踊らされていた。
俺は儀式場の最も深い影の中へと完全に身を潜めた。
今、俺が飛び出しても勝ち目はない。敵の数はあまりにも多い。
だが、俺には最後の切り札があった。
俺は懐から小さな魔道具を取り出した。それはセラに渡しておいたものと対になっている特殊な通信機。
俺はそれにたった一言だけメッセージを吹き込んだ。
『――時は、来た』

その合図は地上で待機していたセラだけでなく、偽りの戦いを続ける全ての者たちへと同時に届けられる手筈になっていた。
父へ、兄たちへ、そしてカイウス王子へ。
全ての芝居が終わり、真の敵が誰であるのかを告げるための反撃の狼煙。
俺は静かに剣を抜き放った。
ここからは俺一人の戦いではない。
帝国の光と影、その全てが今この一点で交錯し、真の敵へとその牙を剥く。
俺の影の道はついに最後の舞台へと繋がったのだ。
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