破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第八十一話 玉座の間

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王宮、玉座の間。
父ジークフリートは、絶望的な状況に追い込まれていた。
宰相ゲルハルトが張り巡らせた完璧な罠。魔法障壁によって閉ざされた空間で、数で遥かに勝る「黄昏の蛇」の兵士たちに、じりじりと包囲網を狭められている。
「……ここまでか」
父の傍らで、忠実な騎士団長が、血塗れの体で呻いた。ヴァルハイトの精鋭たちは、奮戦虚しく、次々とその場に倒れ伏していく。
父自身もまた、満身創痍だった。その鋼の肉体には、無数の切り傷が刻まれ、呼吸は荒い。だが、その鷲のような瞳の光だけは、少しも衰えてはいなかった。
「ふははは! どうした、ジークフリート! 帝国の英雄も、もはや籠の中の獅子に過ぎんな!」
玉座の脇で、宰相ゲルハルトが、勝ち誇ったように高笑いする。その隣では、皇帝が青ざめた顔で、ただ震えているだけだった。
「……ゲルハルト。貴様の目的は、この玉座か。それとも、その先にある『遺産』か」
父は、荒い息の中、問いかけた。
「両方さ」と宰相は、隠そうともせずに答えた。「遺産の力で、この腐った帝国を一度更地に戻し、俺が新たな神聖帝国の初代皇帝となるのだ。そのための、輝かしい第一歩として、貴様らヴァルハハイトの血を、ここで根絶やしにしてやる!」
宰相が、右手を振り上げる。それが、最後の総攻撃の合図だった。
「黄昏の蛇」の兵士たちが、一斉にジークフリートへと殺到する。
父は、最後の力を振り絞り、剣を構え直した。
(……すまぬ、アレン。ゲオルグ、ベルトルト。俺の過ちで、お前たちまで……)
彼が、自らの死と、一族の滅亡を覚悟した、その時だった。

ゴォォォォッ!
凄まじい轟音と共に、玉座の間の巨大なステンドグラスが、外側から粉々に砕け散った。
夜明けの光と共に、無数の影が、割れた窓から室内へと雪崩れ込んでくる。
それは、黒い戦闘服に身を包んだ、俺がロヴェルトの地で育て上げた、精鋭部隊だった。そして、その先頭に立つのは、両手に短剣をきらめかせた、銀髪の少女。
「――セラ!」
父が、驚愕に目を見開く。
セラの部隊は、建物の外壁を駆け上り、この密室と化した玉座の間への、唯一の突破口を、こじ開けたのだ。
「な、何者だ、貴様ら!」
宰相は、予期せぬ闖入者に、狼狽の声を上げた。
だが、驚きは、それだけでは終わらなかった。
背後の、固く閉ざされていたはずの玉座の間の正門が、内側から、凄まじい力で破壊された。
現れたのは、血と埃にまみれた、二人の兄弟。
「……間に合ったか」
ゲオルグが、巨大な戦斧を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべる。
「やれやれ。父上も、たまにはしくじることもあるらしい」
ベルトルトが、杖を構え、皮肉っぽく呟いた。
兄たちが、ついにこの決戦の場へとたどり着いたのだ。
そして、最後に。
玉座の間の天井、その最も高いシャンデリアの影から、一つの黒い影が、音もなく舞い降りた。
漆黒のマント、カラスの仮面。
「――主役の登場には、少しばかり早かったかな? 宰相殿」
クロウ(俺)は、父ジークフリートと、宰相ゲルハルトの、ちょうど中間に着地した。
父と、兄たちと、そして俺の私兵。
バラバラだったはずのヴァルハハイトの全ての戦力が、この玉座の間に、奇跡のように集結した。
それは、俺がセラに託した、プランBの全貌だった。
俺の合図を受けたセラは、地上で待機していた部隊を率いて、玉座の間へと突入する。同時に、俺の影分身が、偽りの戦いを続ける兄たちと、そしてカイウス王子に、真実を告げたのだ。
『――父は、罠にかかった。真の敵は、宰相ゲルハルト。玉座の間へ』と。
カイウスは、その言葉を信じ、ゲオルグとベルトルトの王宮突入を、あえて見逃した。いや、彼自身もまた、近衛騎士団の精鋭を率いて、今この場所へと向かっているはずだ。

「……貴様ら……なぜ……!」
宰相は、信じられないという表情で、眼前の光景を見つめていた。彼の完璧だったはずの脚本が、音を立てて崩れ去っていく。
「ゲルハルト」
父ジークフリートが、ゆっくりと立ち上がった。その体には、息子たちの登場によって、新たな闘志が漲っていた。
「お前の芝居は、終わりだ」
父は、俺の仮面を一瞥した。その瞳には、感謝と、そして息子への信頼が、確かに宿っていた。
「……アレンよ」
父が、俺にしか聞こえない声で、呟いた。
「見事な采配だ。もはや、お前は俺の駒ではない。俺と並び立つ、ヴァルハハイトのもう一人の当主だ」
その言葉は、俺がずっと求めていた、父からの、最高の承認だった。

俺は、仮面の下で、静かに頷いた。
そして、玉座の間に集った、全ての者たちへと向かって、高らかに宣言した。
「さて、始めようか。諸君」
俺の声は、クロウとして、低く、不気味に響き渡る。
「帝国の、大掃除の時間だ」
俺の言葉を合図に、父が、兄たちが、そしてセラが、一斉に雄叫びを上げた。
ヴァルハハイト家の、真の逆襲が、今、この玉座の間で始まろうとしていた。
宰相は、自らが作り上げた檻の中で、絶望的な表情で、その光景を見つめていた。
だが、彼の瞳の奥には、まだ、最後の切り札を隠し持つ、狂気の光が揺らめいていた。
この戦いは、まだ、終わってはいない。
帝国の運命を懸けた、最後の死闘の幕が、今、静かに上がったのだ。
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