破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第九十三話 聖剣の一閃

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カイウスの体が光の奔流となって、俺が影の力でこじ開けた闇の亀裂へと飛び込んでいく。その背中はもはや一人の王子のものではなく、帝国の、そしてリリアーナの運命そのものを背負った英雄のそれだった。
彼の手に握られた炎の剣は彼自身の生命力を燃料として、太陽のように燃え盛っていた。それは王家に代々受け継がれてきた聖剣が真の主を得て、その本来の力を解放した姿だった。
「いけぇぇぇぇぇぇぇっ!」
俺の絶叫がカイウスの背中を押す最後の力となった。
カイウスは祭壇の中心、邪悪な魔力が渦巻く核へと一直線に突き進む。周囲からは旧き神の怨念が生み出した無数の亡霊たちが彼を止めようと殺到するが、聖剣が放つ神聖な光に触れた瞬間、悲鳴と共に霧散していく。
そしてついに、彼の剣の切っ先が祭壇の核――脈動する黒い水晶――に触れた。
その瞬間。
カイウスの脳裏に直接、声が響いた。
それは人間の言葉ではない。星々が砕ける音、銀河が生まれる産声、そして宇宙そのものが持つ深淵の意志。
『――汝、我ガ眠リヲ妨ゲル、矮小ナル光カ』
旧き神の意識の断片。それはカイウスの魂を根こそぎ奪い去ろうとする、絶対的なまでの誘惑と恐怖の奔流だった。
『――我ニ跪ケ。サレバ、汝ニ永遠ノ命ト、無限ノ力ヲ与エン』
カイウスの足が一瞬だけ止まった。その蒼い瞳に、神の力に魅入られたかのような虚ろな光が宿る。
だが、彼の脳裏に一つの光景が蘇った。
腕の中で冷たくなっていく、愛しい少女の姿。
(……リリアーナ……!)
その想いが神の誘惑を打ち破った。
「黙れ、偽りの神よ!」
カイウスは魂の底から叫んだ。
「僕が欲しいのは力ではない! 永遠の命でもない! ただ、彼女の笑顔をもう一度見たいだけだ!」
彼の純粋な願いが聖剣に最後の力を与えた。
聖剣はまばゆいばかりの光を放ち、黒い水晶をその根元から完全に貫いた。
ズゥゥゥゥゥゥゥンッ!
天地がひっくり返るかのような、凄まじい衝撃。
黒い水晶は甲高い悲鳴のような音を上げると、その表面に無数の亀裂を走らせ始めた。
そして、次の瞬間。
大爆発を起こした。
それは音のない爆発だった。ただ、純白の光が全てを飲み込んでいく。
玉座の間にいた全ての者たちは、その圧倒的な光の奔流に思わず目を閉じた。
光が晴れた時。
そこに黒曜石の祭壇の姿はもはやなかった。跡形もなく、完全に消滅していたのだ。
そして魔城と化していた王城の壁や床から、おぞましい肉腫や骨の突起が、まるで陽光に晒された雪のようにサラサラと塵となって消えていく。
邪悪な瘴気は完全に浄化され、玉座の間には本来の、荘厳で神聖な空気が戻ってきた。
旧き神へと続く「門」は完全に閉じられたのだ。
「……終わった……のか……?」
誰かが呆然と呟いた。
父が、兄たちが、そして生き残った騎士たちが信じられないという表情で、その光景を見つめている。
だが、俺の視線はただ一点に注がれていた。
祭壇があった場所の中心。そこにカイウスが倒れていた。
その体は聖剣の力を使い果たした代償かボロボロになっており、その金色の髪はところどころ白髪へと変わってしまっている。
そして彼のすぐ隣には、リリアーナがまるで眠っているかのように静かに横たわっていた。
俺は最後の力を振り絞り、よろめきながら二人の元へと歩み寄った。
俺がカイウスの体に触れようとした、その時。
彼の瞼がわずかに震え、ゆっくりと開かれた。
「……アレン……」
彼の声はひどく掠れていた。
「……やったぞ……俺たち、は……」
「ああ」と俺は短く頷いた。「お前の、おかげだ」
俺たちの間に初めて、敵意ではない、共闘者としての奇妙な絆が生まれた瞬間だった。
カイウスは満足げに微笑むと、再び意識を失った。
俺は次にリリアーナの体へと視線を移した。
彼女の体からは、まだ生命の気配が感じられない。
(……ダメだったのか……?)
俺の心に再び絶望の影が差した、その時だった。
彼女の指先がぴくりと、わずかに動いた。
そして、その胸がゆっくりと、しかし確かに上下し始めたのだ。
彼女の頬に血の気が戻ってくる。氷のように冷たかった肌に、温もりが帰ってくる。
「……ん……」
リリアーナの小さな寝息が聞こえた。
彼女は生きている。
祭壇が破壊されたことで彼女の魂を蝕んでいた呪いが解け、失われた生命力がゆっくりと回復し始めているのだ。
「……リリアーナ……!」
意識を取り戻したカイウスがその光景を見て、歓喜の声を上げる。
父も兄たちも、セラも。その場にいた誰もがその奇跡に涙を浮かべていた。
俺は誰にも気づかれぬよう、そっとその場を離れた。
そして崩れかけた柱の影に一人、もたれかかる。
全身から力が抜けていく。
張り詰めていた全ての糸が切れた。
(……終わった)
俺は静かに目を閉じた。
(……本当に、終わったんだな)
長い、長い戦いだった。
俺はついに破滅の運命を覆してみせたのだ。
その安堵感が俺の意識を、深い、深い眠りの中へと誘っていった。
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