破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第九十六話 戦後処理

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帝都を揺るがした偽りのクーデターは、一夜にしてその様相を変えた。「宰相ゲルハルトによる国家転覆の陰謀」という公式発表が、皇帝陛下の名の下に帝国全土へと発せられたのだ。
発表によれば、宰相は古代の禁忌の力を用いて帝室を滅ぼし、自らが新たな神聖帝国の皇帝とならんとしていた。その邪悪な計画をいち早く察知したのがヴァルハイト公爵ジークフリートであったという。
彼は己が悪名を被ることも厭わず、あえて反乱軍を装うという苦肉の策を用いた。それは宰相の注意を自分たちに引きつけ、その隙にカイウス王子が陰謀の証拠を掴むための壮大な芝居だったのだと。
そしてクライマックス。玉座の間で本性を現した宰相に対し、ヴァルハイト家とカイウス王子率いる近衛騎士団が共闘。激闘の末これを討ち果たし、帝国を滅亡の危機から救った――。
民衆は、この劇的な英雄譚に熱狂した。
悪の象徴と蔑まれてきたヴァルハイト家は、一夜にして「国を憂う影の忠臣」へとその評価を百八十度変えた。カイウス王子の名は若き英雄として帝国の隅々にまで轟いた。
真実の全ては巧みに隠蔽された。旧き神の存在も、始祖の遺産も、そして影の英雄「クロウ」の活躍も、歴史の闇へと静かに葬り去られたのだ。

戦いが終わって一週間後。ヴァルハイト家の本邸では、一つの儀式が厳かに執り行われていた。
当主の座を父ジークフリートから長兄ゲオルグへと譲る、爵位継承の儀だ。
一族の主だった者たちが居並ぶ中、父はヴァルハイト家に代々伝わる公爵の印章をゲオルグへと手渡した。
「ゲオルグ。これより、お前がヴァルハイトの当主だ。家の名誉と民の暮らしをその双肩に背負い、誇り高く生きろ」
父の声は静かだったが、確かな重みを持っていた。
「……はっ。父上の教え、その魂、確かに受け継ぎました」
ゲオルグは深々と頭を下げた。その顔にはもはやただの武人ではない、一族を率いる者の覚悟と威厳が宿っていた。
儀式が終わった後、俺は隠居のために領地へと旅立つ父を屋敷の門の前で見送っていた。父は鎧ではなく簡素な旅装に身を包んでいる。その顔には長年背負ってきた重荷を下ろしたかのような穏やかな表情が浮かんでいた。
「……行くのか、アレン」
父は馬上の人となると、俺に静かに語りかけた。
「お前は王都に残らんのか。お前の才覚があればベルトルトと共に、この帝国を動かすこともできよう」
「性に合わんさ」
俺は肩をすくめてみせた。
「俺の居場所はここじゃない。俺には、俺が守るべき小さな王国があるんでね」
俺の答えに、父は満足げに、そして少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「……そうか。ならば行け。お前の道を行け。誰に縛られることもなく、お前が信じる未来をその手で築き上げろ」
父は馬の頭を巡らせた。
「アレン」
去り際に、彼は最後に一度だけ振り返った。
「……我が誇りだ」
その一言だけを残し、父ジークフリートは一度も振り返ることなく故郷の地へと去っていった。
俺はその背中が見えなくなるまで、ただ黙って見送っていた。
長かった父との戦い。それが本当の意味で終わった瞬間だった。

その後、俺は王立魔法学園へと向かった。目的は退学の手続きをするためだ。
学園は俺の処遇を巡って揺れていた。筆記試験で満点を叩き出し、その一族が国を救った英雄となった少年。だが実技試験では無様に敗北し、その態度は相変わらず傲岸不遜。誰もが俺をどう扱っていいのか測りかねていた。
俺が学園長の執務室に退学届を提出すると、老学園長は明らかに安堵したような、それでいてどこか残念そうな複雑な表情を浮かべた。
「……そうか。君ほどの頭脳が学園を去るのは惜しいが……君には、君の進むべき道があるということなのだろうな」
手続きは驚くほどあっさりと終わった。
俺が学園を去るという噂は、すぐに生徒たちの間に広まった。
俺が最後に荷物をまとめるためにAクラスの教室を訪れると、そこにはカイウスとリリアーナが俺を待っていた。
「……本当に行くのか、アレン」
カイウスの声には寂しさが滲んでいた。
「ああ。ここでの役目は、もう終わったからな」
「そうか……。達者でな、友よ」
彼は初めて俺を「友」と呼んだ。そして右手を差し出してくる。
俺は一瞬だけ躊躇った後、その手を固く握り返した。
「お前もな、王子様。せいぜい理想に溺れて足元を掬われるなよ」
俺たちらしい、悪態混じりの別れの挨拶だった。
最後にリリアーナが俺の前に立った。その翡翠色の瞳は潤んでいた。
「……また、お会いできますわよね?」
「さあな。運命がそれを望むのなら」
俺は曖昧に答えた。
「これを」
彼女は小さな布の包みを俺の手に握らせた。中には彼女が編んだという、聖なる加護が込められたお守りが入っていた。
「あなたの道が光で満たされるように。……いつでも祈っています」
「……ああ」
俺はそれ以上何も言えず、彼女に背を向けた。
これ以上ここにいてはいけない。彼女の優しさに触れていれば、俺の決意が鈍ってしまう。
俺は一度も振り返ることなく、思い出の詰まった、しかし俺の居場所ではなかった教室を後にした。

こうして俺の短くも激動に満ちた学園生活は、静かに幕を下ろした。
俺はセラと共に再び王都の門をくぐる。
今度こそ、本当に全てが終わったのだ。
王都の喧騒が遠ざかっていく。代わりに聞こえてくるのは馬の蹄の音と、吹き抜ける風の音だけ。
俺の心の中には確かな安堵と、そしてほんの少しの言いようのない寂しさがあった。
だが、やがて地平線の彼方に、見慣れた赤茶けた大地と力強く回る風車のシルエットが見えてきた時、そんな感傷は全て吹き飛んでいった。
俺の王国。
俺を待つ民たち。
俺がこれから築き上げていく未来。
俺の顔に自然と笑みが浮かんだ。
それは悪役の仮面ではない。ただのアレン・フォン・ヴァルハイトとしての穏やかな笑みだった。
俺の物語はまだ終わらない。
いや、ここから本当の意味で始まるのだ。
俺は故郷へと続く道を、希望に胸を膨らませながら駆け抜けていった。
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