Sランクパーティーを追放された鑑定士の俺、実は『神の眼』を持ってました〜最神神獣と最強になったので、今さら戻ってこいと言われてももう遅い〜

夏見ナイ

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第七話 銀貨五枚の再出発

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夕暮れ時のフロンティアは、仕事を終えた冒険者や商人たちで活気に満ちていた。俺は人々の視線を避けるように、フェンを外套の内にしっかりと隠して街の中を進む。腕の中で、もふもふの小さな体がもぞもぞと動いた。

『カイン、ここは人が多いですね』
『静かにな、フェン。お前が普通の犬じゃないとバレたら面倒だ』
『むぅ……分かりました』

フェンは不満げだったが、利口にもそれ以上は動かなくなった。
俺が向かったのは、もちろん冒険者ギルドだ。依頼の完了報告と報酬の受け取りをしなければならない。

ギルドの中は、朝よりもさらに騒がしかった。酒の匂いが立ち込め、あちこちで武勇伝を語る大声が響いている。俺はそんな喧騒をすり抜けるように、まっすぐカウンターへ向かった。
幸い、受付にはエリアナが一人で座っていた。彼女は俺の姿に気づくと、驚いたように目を見開いた。

「カインさん! ご無事だったのですね!」
その声には、安堵の色がはっきりと滲んでいた。どうやら本気で心配してくれていたらしい。その事実に、少しだけ心が温かくなる。

「ああ、なんとかな。依頼の品を持ってきた」
俺は懐から月光草の入った革袋を取り出し、カウンターに置いた。
エリアナは革袋の中身を確認すると、ほっとしたように息をついた。
「よかった……。本当に、心配したんですよ? 『霧の森』は、ベテランの方でも遭難することがあるんですから。もう二度とあんな危険な依頼は受けないでくださいね」

彼女は母親のように小言を言いながらも、その表情は柔らかい。
「分かっている。今回は運が良かっただけだ」
「もう……。はい、こちらが報酬の銀貨5枚です。お疲れ様でした」

エリアナが差し出した銀貨を受け取る。ずしりとした重みが、今の俺の全財産だ。たったこれだけの金だが、自分の力で稼いだという実感が、俺の胸を満たした。追放時に投げつけられた憐れみの金とは、重みが全く違う。

「それで、カインさん。お宿はお決まりですか? もしよろしければ、安くて食事の美味しい宿を紹介しますよ?」
「助かる。この街のことは、まだ何も知らないからな」

俺がそう答えた時だった。外套の中で、フェンがまたもぞりと動いた。その微かな動きを、エリアナは見逃さなかった。
「あれ? カインさん、その外套の中……何かいます?」

彼女は不思議そうに首を傾げ、カウンターから乗り出すようにして俺の胸元を覗き込んできた。甘い花の香りが、ふわりと鼻をかすめる。

「ああ、これは……」
言いよどむ俺をよそに、フェンが好奇心に負けたのか、外套の隙間からひょこっと顔を出した。銀色の毛並みと、星のように輝く金色の瞳。
その愛らしい姿を見た瞬間、エリアナの目がきらりと輝いた。

「わっ、可愛い! ワンちゃんですか!?」
「ま、まあ……そんなところだ。森で拾った」
「すっごく綺麗な毛並みですね! それに、なんて賢そうなお顔……!」

エリアナは完全に心を奪われた様子で、身を乗り出してフェンの頭を撫でようとする。

『カイン、この女は誰ですか? 馴れ馴れしいです』
『よせ、フェン。愛想よくしておけ』
『むぅ……』

フェンは不満そうだったが、俺の命令に従って大人しくエリアナに頭を撫でさせている。そのもふもふの感触に、エリアナはとろけるような表情を浮かべた。
「うわあ、もふもふ……! なんて気持ちいいんでしょう……! 名前は何ていうんですか?」
「フェンだ」
「フェンちゃん、ですか! 可愛い……!」

彼女のフェンへの熱狂ぶりは、しばらく続いた。おかげで神獣だと疑われる心配はなさそうだ。エリアナはすっかりフェンのファンになったようで、お勧めの宿屋だけでなく、ペット同伴でも入れる食事処まで教えてくれた。

「カインさん、また明日もギルドに来てくださいね! フェンちゃんにも会いたいですし!」
「……ああ、分かった」

エリアナに手を振って見送られ、俺はギルドを後にした。腕の中のフェンが、むくれたように俺を見上げている。

『カインは、あの女が好きなのですか?』
「は? 何を言ってるんだ」
『だって、デレデレしていました』
「してない。ただのギルド職員だ。それに、情報を得るには仲良くしておいた方がいいだろう」

俺がそう言うと、フェンは「ふん」とそっぽを向いた。どうやら、ヤキモチを妬いているらしい。神獣のくせに、子供っぽいところもあるようだ。

エリアナに教えられた『木漏れ日亭』という宿屋は、大通りから一本外れた静かな場所にあった。初老の夫婦が営むこぢんまりとした宿で、清潔な部屋と温かい食事が銀貨1枚で提供される。俺は残りの銀貨4枚を懐にしまい、質素だが温かいスープと黒パンで腹を満たした。

部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。フェンは俺の膝の上に飛び乗ると、すぐに丸くなって寝息を立て始めた。無防備なその姿を見ていると、自然と口元が緩む。
こいつと出会ってから、俺は笑うことが増えた気がする。

俺は自分の右手甲に浮かぶ、狼の紋様を撫でた。
神の眼。神獣の主。
そして、フェンから共有された二つのスキル。
これだけの力を手に入れたというのに、俺自身のレベルはまだ1のままだ。
あのダンジョンでガーディアンスケルトンを倒したが、レベルは上がらなかった。おそらく、ほとんどフェンの力で倒したようなものだったからだろう。俺自身の力で、経験を積んでいかなければならない。

まずは、資金の確保だ。
銀貨4枚では、まともな装備も揃えられない。ソウルイーターの浄化に必要な『聖なる銀』とやらも、相当高価なものだろう。

幸い、俺には【神の眼】がある。
あのダンジョンには、ガーディアンスケルトンの他にも魔物がいた。そして、未鑑定のアイテムもまだ眠っているはずだ。
もう一度、あのダンジョンに潜る。
今度は、ただの薬草採取のためじゃない。俺自身が強くなるために。そして、この辺境の地で成り上がるための、確かな元手を手に入れるために。

「フェン、明日からまた忙しくなるぞ」

俺は眠っている相棒の頭を優しく撫でた。
絶望の淵から始まった俺の新しい人生。その最初のページは、銀貨五枚というささやかな報酬で締めくくられた。
だが、次のページからは、俺とフェンが紡ぐ伝説の始まりになる。
俺は静かに燃える闘志を胸に抱き、辺境の街の夜に身を委ねた。
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