24 / 50
第二十四話 亀裂
しおりを挟む
『ブレイジング・ソード』が王都に帰還した時、彼らを迎えたのはいつものような万雷の拍手と歓声ではなかった。代わりに、ひそひそとした囁き声と、好奇と侮りが入り混じった視線が彼らに突き刺さった。
「おい、見ろよ。『ブレイジング・ソード』だ」
「なんだ、あの様は。ずいぶんボロボロじゃないか」
「ドラン様が足を怪我されているぞ。それに、アレクシス様の顔色も……」
英雄たちの見る影もない姿。その噂は、彼らがギルドにたどり着くよりも早く、王都中を駆け巡っていた。
アレクシスは、人々の視線を振り払うように足早にギルド本部へと向かう。彼の腕には、呪いの紋様を隠すための包帯が痛々しく巻かれていた。
ギルドマスターへの報告は、屈辱的なものだった。
「Aランクダンジョンの攻略に失敗。パーティーメンバー一名が重傷。リーダーは呪いの装備により魔力にデバフ。これが、王国最強のSランクパーティーの成果かね?」
ギルドマスターの言葉は、淡々としていたが、その分だけ深くアレクシスのプライドを抉った。
「……不測の事態が重なっただけです。次の依頼では、必ずや汚名を返上してみせます」
「そうかね。だが、君たちのパーティーは当分の間、高ランクの依頼は受注禁止だ。ドラン君の治療と、君の呪いの解除を最優先したまえ。それとも、また有能な支援職を切り捨てて、無理な探索を続けるつもりかな?」
ギルドマスターの言葉は、暗にカインの追放を皮肉っていた。アレクシスは唇を噛み締め、屈辱に耐えるしかなかった。
パーティーの拠点としている高級宿舎に戻っても、その雰囲気は最悪だった。
「そもそも、あなたの鑑定が杜撰だからこうなったのよ!」
アレクシスは、机を叩いてリリアナを怒鳴りつけた。呪いの影響か、彼の気性は以前にも増して荒くなっている。
「私のせいじゃないわ! あの罠も、呪いのアイテムも、あまりに巧妙すぎたのよ! あなただって、鑑定士でもないくせに、いつも偉そうに指示ばかりして!」
リリアナも、一歩も引かずに言い返す。かつての優雅な態度は見る影もない。
足を焼かれたドランは、ベッドの上で黙ってそのやり取りを聞いていた。その瞳には、リーダーへの不信と、パーティーの現状への諦めが色濃く浮かんでいる。彼はもう、何も言わなかった。
「やめてください、二人とも! 今、私たちがすべきなのは、いがみ合うことじゃないでしょう!」
ソフィアが涙ながらに仲裁に入るが、誰も彼女の言葉に耳を貸そうとはしない。
このパーティーは、もう壊れている。
ソフィアは、その事実を痛感していた。
原因は、カインの不在だ。彼がいた頃は、こんな言い争いは決して起きなかった。彼の的確な鑑定と冷静な判断が、パーティーの土台を支えていた。そして、彼の献身的な人柄が、このぎすぎすした人間関係の潤滑油になっていたのだ。
彼を追放したのは、間違いだった。
ソフィアは、今になってその過ちの大きさに気づいていた。だが、その言葉を口にすることはできなかった。リーダーであるアレクシスが、それを最も嫌うと知っていたからだ。
パーティーの評判は、地に落ちた。
高ランクの依頼を受けられなくなった彼らは、低ランクの討伐依頼などで日銭を稼ぐしかなくなった。だが、カインを失った彼らにとって、それはもはや簡単な仕事ではなかった。
ゴブリンの集落を叩けば、巧妙に隠された罠に気づかず、ソフィアが軽傷を負った。
オークの討伐では、敵の本当の弱点を見抜けず、無駄に消耗戦を強いられた。
ドロップしたアイテムの価値を見誤り、安値で商人に売りつけてしまうことも一度や二度ではない。
かつて彼らをちやほやしていた貴族や商人たちは、手のひらを返したように彼らから離れていった。英雄という肩書きがなければ、彼らはただの少し腕が立つだけの、使いにくい冒険者でしかなかった。
「くそっ……! くそっ!」
アレクシスは、自室で荒れていた。呪いは彼の魔力を蝕むだけでなく、精神をも不安定にさせていた。焦り、苛立ち、そして言いようのない不安が、彼の心を支配していた。
このままでは終われない。英雄である俺が、こんなところで終わるわけにはいかない。
汚名を返上しなければ。
何か、大きな手柄を立てて、世間を見返してやらなければ。
その時、彼の脳裏に、ギルドで耳にした噂が蘇った。
辺境の街フロンティアに、突如として現れた謎の新人。Fランクでありながら、Dランク級の魔物を次々と狩り、ギルド職員も一目置いているという。
「……辺境の、新人……?」
馬鹿馬鹿しい。そんな田舎者の噂に、なぜ俺が心を惹かれているんだ。
だが、焦燥感に駆られたアレクシスの心は、藁にもすがる思いで、その不確かな情報に傾き始めていた。
彼はまだ気づいていない。その判断が、自らをさらなる破滅の深淵へと突き落とすことになるということに。傲慢な英雄は、自らの過ちから目を背けたまま、ただひたすらに破滅への道を突き進んでいく。
「おい、見ろよ。『ブレイジング・ソード』だ」
「なんだ、あの様は。ずいぶんボロボロじゃないか」
「ドラン様が足を怪我されているぞ。それに、アレクシス様の顔色も……」
英雄たちの見る影もない姿。その噂は、彼らがギルドにたどり着くよりも早く、王都中を駆け巡っていた。
アレクシスは、人々の視線を振り払うように足早にギルド本部へと向かう。彼の腕には、呪いの紋様を隠すための包帯が痛々しく巻かれていた。
ギルドマスターへの報告は、屈辱的なものだった。
「Aランクダンジョンの攻略に失敗。パーティーメンバー一名が重傷。リーダーは呪いの装備により魔力にデバフ。これが、王国最強のSランクパーティーの成果かね?」
ギルドマスターの言葉は、淡々としていたが、その分だけ深くアレクシスのプライドを抉った。
「……不測の事態が重なっただけです。次の依頼では、必ずや汚名を返上してみせます」
「そうかね。だが、君たちのパーティーは当分の間、高ランクの依頼は受注禁止だ。ドラン君の治療と、君の呪いの解除を最優先したまえ。それとも、また有能な支援職を切り捨てて、無理な探索を続けるつもりかな?」
ギルドマスターの言葉は、暗にカインの追放を皮肉っていた。アレクシスは唇を噛み締め、屈辱に耐えるしかなかった。
パーティーの拠点としている高級宿舎に戻っても、その雰囲気は最悪だった。
「そもそも、あなたの鑑定が杜撰だからこうなったのよ!」
アレクシスは、机を叩いてリリアナを怒鳴りつけた。呪いの影響か、彼の気性は以前にも増して荒くなっている。
「私のせいじゃないわ! あの罠も、呪いのアイテムも、あまりに巧妙すぎたのよ! あなただって、鑑定士でもないくせに、いつも偉そうに指示ばかりして!」
リリアナも、一歩も引かずに言い返す。かつての優雅な態度は見る影もない。
足を焼かれたドランは、ベッドの上で黙ってそのやり取りを聞いていた。その瞳には、リーダーへの不信と、パーティーの現状への諦めが色濃く浮かんでいる。彼はもう、何も言わなかった。
「やめてください、二人とも! 今、私たちがすべきなのは、いがみ合うことじゃないでしょう!」
ソフィアが涙ながらに仲裁に入るが、誰も彼女の言葉に耳を貸そうとはしない。
このパーティーは、もう壊れている。
ソフィアは、その事実を痛感していた。
原因は、カインの不在だ。彼がいた頃は、こんな言い争いは決して起きなかった。彼の的確な鑑定と冷静な判断が、パーティーの土台を支えていた。そして、彼の献身的な人柄が、このぎすぎすした人間関係の潤滑油になっていたのだ。
彼を追放したのは、間違いだった。
ソフィアは、今になってその過ちの大きさに気づいていた。だが、その言葉を口にすることはできなかった。リーダーであるアレクシスが、それを最も嫌うと知っていたからだ。
パーティーの評判は、地に落ちた。
高ランクの依頼を受けられなくなった彼らは、低ランクの討伐依頼などで日銭を稼ぐしかなくなった。だが、カインを失った彼らにとって、それはもはや簡単な仕事ではなかった。
ゴブリンの集落を叩けば、巧妙に隠された罠に気づかず、ソフィアが軽傷を負った。
オークの討伐では、敵の本当の弱点を見抜けず、無駄に消耗戦を強いられた。
ドロップしたアイテムの価値を見誤り、安値で商人に売りつけてしまうことも一度や二度ではない。
かつて彼らをちやほやしていた貴族や商人たちは、手のひらを返したように彼らから離れていった。英雄という肩書きがなければ、彼らはただの少し腕が立つだけの、使いにくい冒険者でしかなかった。
「くそっ……! くそっ!」
アレクシスは、自室で荒れていた。呪いは彼の魔力を蝕むだけでなく、精神をも不安定にさせていた。焦り、苛立ち、そして言いようのない不安が、彼の心を支配していた。
このままでは終われない。英雄である俺が、こんなところで終わるわけにはいかない。
汚名を返上しなければ。
何か、大きな手柄を立てて、世間を見返してやらなければ。
その時、彼の脳裏に、ギルドで耳にした噂が蘇った。
辺境の街フロンティアに、突如として現れた謎の新人。Fランクでありながら、Dランク級の魔物を次々と狩り、ギルド職員も一目置いているという。
「……辺境の、新人……?」
馬鹿馬鹿しい。そんな田舎者の噂に、なぜ俺が心を惹かれているんだ。
だが、焦燥感に駆られたアレクシスの心は、藁にもすがる思いで、その不確かな情報に傾き始めていた。
彼はまだ気づいていない。その判断が、自らをさらなる破滅の深淵へと突き落とすことになるということに。傲慢な英雄は、自らの過ちから目を背けたまま、ただひたすらに破滅への道を突き進んでいく。
129
あなたにおすすめの小説
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。
ヒツキノドカ
ファンタジー
誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。
そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。
しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。
身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。
そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。
姿は美しい白髪の少女に。
伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
ーーーーーー
ーーー
閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります!
※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。
名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。
絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。
運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。
熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。
そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。
これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。
「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」
知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。
ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?
さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。
僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。
そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに……
パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。
全身ケガだらけでもう助からないだろう……
諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!?
頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。
気づけば全魔法がレベル100!?
そろそろ反撃開始してもいいですか?
内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?
防御力ゼロと追放された盾使い、実は受けたダメージを100倍で反射する最強スキルを持ってました
黒崎隼人
ファンタジー
どんな攻撃も防げない【盾使い】のアッシュは、仲間から「歩く的」と罵られ、理不尽の限りを尽くされてパーティーを追放される。長年想いを寄せた少女にも裏切られ、全てを失った彼が死の淵で目覚めたのは、受けたダメージを百倍にして反射する攻防一体の最強スキルだった!
これは、無能と蔑まれた心優しき盾使いが、真の力に目覚め、最高の仲間と出会い、自分を虐げた者たちに鮮やかな鉄槌を下す、痛快な成り上がり英雄譚! 「もうお前たちの壁にはならない」――絶望の底から這い上がった男の、爽快な逆転劇が今、始まる。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる