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第二十五話 一縷の望み
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呪いの紋様が刻まれた左腕が、ズキリと痛んだ。
アレクシスは、王都でも最高位とされる神殿の治療室で、白髪の神官長から無慈悲な宣告を受けていた。
「……手の施しようがありませんな。この呪いは、単に魔力を蝕むだけではない。アレクシス殿の血に流れる、勇者の聖性そのものに深く根付いておる。下手に解呪を試みれば、その聖性ごと失いかねませぬ」
聖性を失う。それは、彼が【勇者】でなくなることを意味していた。
「そんな……! 何か、何か方法があるはずだ!」
「古のアーティファクトでも見つけ出せば、あるいは……。ですが、それはあまりに非現実的ですな」
神官長は、憐れむような目でアレクシスを一瞥すると、静かに部屋を出ていった。
宿舎に戻ると、リリアナが王侯貴族御用達の魔道具店から取り寄せたという、高価な腕輪を試していた。
「どうかしら、アレクシス。これなら、あなたの呪いの進行を少しは緩和できるかもしれないわ」
その言葉には、以前のような優雅さはなく、どこかヒステリックな響きがあった。彼女もまた、パーティーの凋落によって、パトロンだった貴族たちから見放され始めていたのだ。
「そんな気休めに、いくら使ったんだ」
「あなたのためを思ってやっているのに、その言い方は何よ!」
言い争いが始まる。もはや、日常の光景だった。
ドランは、治療に専念するという名目で、ほとんど部屋に引きこもっている。ソフィアは、毎日神殿に通い、呪いを解くための文献を探し続けていたが、成果はなかった。
かつての栄光は、見る影もない。あるのは、互いへの不満と、未来への不安だけだった。
そんなある日、アレクシスは気分転換に立ち寄ったギルドの酒場で、冒険者たちの噂話を耳にした。
「おい、聞いたか? 辺境のフロンティアって街が、今アツいらしいぜ」
「ああ、あの未発見ダンジョンの話だろ? 『銀色の流星』とかいう、妙な二つ名で呼ばれてる新人がいるってやつか」
「なんでも、鑑定士とエルフの女、それに神獣みたいな犬を連れているらしい。そいつらが見つけたダンジョンから、とんでもないお宝がザクザク出るって話だ」
鑑定士。その言葉に、アレクシスの耳が敏感に反応した。
「そこの鑑定士が、とんでもない切れ者らしい。どんな強敵も、一瞬で弱点を見抜いて、仲間と連携してあっという間に倒しちまうんだと」
「はっ、鑑定士だろ? 地味な職業じゃねえか。大方、噂に尾ひれがついただけだろ」
「いや、それが本当らしいんだ。フロンティアのギルドマスターも、そいつには一目置いているって話だからな」
辺境の、有能な鑑定士。
まさか。そんな偶然があるはずがない。
だが、アレクシスの脳裏に、追放した男の顔が嫌でも浮かび上がってきた。あの役立たずが、そんな活躍をしているはずがない。だが、もし万が一、その鑑定士が本当に有能なら……。
その男を、パーティーに引き入れる。
そして、その男が見つけたという未発見ダンジョンの利権を、我が物とする。
そうすれば、呪いを解くためのアーティファクトが見つかるかもしれない。ドランの足も、高価なポーションで完治させられるかもしれない。何より、大きな手柄を立てて、地に落ちた英雄の名声を回復できる。
焦燥感に駆られていたアレクシスにとって、それは暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように思えた。
彼は宿舎に戻ると、すぐに仲間たちを集めた。
「辺境の街フロンティアへ行くぞ」
その唐突な宣言に、リリアナが甲高い声を上げた。
「辺境ですって? あなた、正気なの? 王国最強の私たちが、どうしてそんな田舎町に行かなければならないのよ!」
「黙れ! ここにいても、状況は悪くなる一方だ! フロンティアには、俺たちが再起するための鍵があるかもしれん!」
「噂を信じるというの? 馬鹿げてるわ! 私は行かない! そんな屈辱、プライドが許さない!」
「そうか。ならば、ここでパーティーは解散だ。お前は一人で、落ちぶれた魔術師として生きていくがいい」
アレクシスの冷たい言葉に、リリアナは絶句した。彼女が王都で贅沢な暮らしを続けられるのは、『ブレイジング・ソード』という看板があってこそだ。それを失うことの恐怖が、彼女のプライドを上回った。
「……分かったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
彼女は、吐き捨てるようにそう言った。
ドランは「好きにしろ」とだけ呟き、ソフィアは「アレクシスさんが決めたことなら、どこへでもついていきます」と静かに頷いた。
パーティーの間にあった亀裂は、もはや修復不可能なほどに広がっていた。だが、アレクシスはそれに気づかないふりをした。目的のためなら、手段は選んでいられない。
数日後。
『ブレイジング・ソード』の一行は、誰にも見送られることなく、ひっそりと王都を後にした。
目指すは、北の辺境、フロンティア。
アレクシスは、馬車に揺られながら、己の未来を思い描いていた。辺境の有能な駒を手に入れ、再び英雄として返り咲く自分の姿を。
その先に待っているのが、かつて自らが無価値だと切り捨てた男との、運命的な再会であることなど、彼はまだ知る由もなかった。
アレクシスは、王都でも最高位とされる神殿の治療室で、白髪の神官長から無慈悲な宣告を受けていた。
「……手の施しようがありませんな。この呪いは、単に魔力を蝕むだけではない。アレクシス殿の血に流れる、勇者の聖性そのものに深く根付いておる。下手に解呪を試みれば、その聖性ごと失いかねませぬ」
聖性を失う。それは、彼が【勇者】でなくなることを意味していた。
「そんな……! 何か、何か方法があるはずだ!」
「古のアーティファクトでも見つけ出せば、あるいは……。ですが、それはあまりに非現実的ですな」
神官長は、憐れむような目でアレクシスを一瞥すると、静かに部屋を出ていった。
宿舎に戻ると、リリアナが王侯貴族御用達の魔道具店から取り寄せたという、高価な腕輪を試していた。
「どうかしら、アレクシス。これなら、あなたの呪いの進行を少しは緩和できるかもしれないわ」
その言葉には、以前のような優雅さはなく、どこかヒステリックな響きがあった。彼女もまた、パーティーの凋落によって、パトロンだった貴族たちから見放され始めていたのだ。
「そんな気休めに、いくら使ったんだ」
「あなたのためを思ってやっているのに、その言い方は何よ!」
言い争いが始まる。もはや、日常の光景だった。
ドランは、治療に専念するという名目で、ほとんど部屋に引きこもっている。ソフィアは、毎日神殿に通い、呪いを解くための文献を探し続けていたが、成果はなかった。
かつての栄光は、見る影もない。あるのは、互いへの不満と、未来への不安だけだった。
そんなある日、アレクシスは気分転換に立ち寄ったギルドの酒場で、冒険者たちの噂話を耳にした。
「おい、聞いたか? 辺境のフロンティアって街が、今アツいらしいぜ」
「ああ、あの未発見ダンジョンの話だろ? 『銀色の流星』とかいう、妙な二つ名で呼ばれてる新人がいるってやつか」
「なんでも、鑑定士とエルフの女、それに神獣みたいな犬を連れているらしい。そいつらが見つけたダンジョンから、とんでもないお宝がザクザク出るって話だ」
鑑定士。その言葉に、アレクシスの耳が敏感に反応した。
「そこの鑑定士が、とんでもない切れ者らしい。どんな強敵も、一瞬で弱点を見抜いて、仲間と連携してあっという間に倒しちまうんだと」
「はっ、鑑定士だろ? 地味な職業じゃねえか。大方、噂に尾ひれがついただけだろ」
「いや、それが本当らしいんだ。フロンティアのギルドマスターも、そいつには一目置いているって話だからな」
辺境の、有能な鑑定士。
まさか。そんな偶然があるはずがない。
だが、アレクシスの脳裏に、追放した男の顔が嫌でも浮かび上がってきた。あの役立たずが、そんな活躍をしているはずがない。だが、もし万が一、その鑑定士が本当に有能なら……。
その男を、パーティーに引き入れる。
そして、その男が見つけたという未発見ダンジョンの利権を、我が物とする。
そうすれば、呪いを解くためのアーティファクトが見つかるかもしれない。ドランの足も、高価なポーションで完治させられるかもしれない。何より、大きな手柄を立てて、地に落ちた英雄の名声を回復できる。
焦燥感に駆られていたアレクシスにとって、それは暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように思えた。
彼は宿舎に戻ると、すぐに仲間たちを集めた。
「辺境の街フロンティアへ行くぞ」
その唐突な宣言に、リリアナが甲高い声を上げた。
「辺境ですって? あなた、正気なの? 王国最強の私たちが、どうしてそんな田舎町に行かなければならないのよ!」
「黙れ! ここにいても、状況は悪くなる一方だ! フロンティアには、俺たちが再起するための鍵があるかもしれん!」
「噂を信じるというの? 馬鹿げてるわ! 私は行かない! そんな屈辱、プライドが許さない!」
「そうか。ならば、ここでパーティーは解散だ。お前は一人で、落ちぶれた魔術師として生きていくがいい」
アレクシスの冷たい言葉に、リリアナは絶句した。彼女が王都で贅沢な暮らしを続けられるのは、『ブレイジング・ソード』という看板があってこそだ。それを失うことの恐怖が、彼女のプライドを上回った。
「……分かったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
彼女は、吐き捨てるようにそう言った。
ドランは「好きにしろ」とだけ呟き、ソフィアは「アレクシスさんが決めたことなら、どこへでもついていきます」と静かに頷いた。
パーティーの間にあった亀裂は、もはや修復不可能なほどに広がっていた。だが、アレクシスはそれに気づかないふりをした。目的のためなら、手段は選んでいられない。
数日後。
『ブレイジング・ソード』の一行は、誰にも見送られることなく、ひっそりと王都を後にした。
目指すは、北の辺境、フロンティア。
アレクシスは、馬車に揺られながら、己の未来を思い描いていた。辺境の有能な駒を手に入れ、再び英雄として返り咲く自分の姿を。
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