「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ

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第41話:残された者たちの戦い

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俺が闇に消えた後、家の居間には重い沈黙が残された。
リリアは俺が消えた扉をただじっと見つめ、セレスティアは目を閉じて、自らの情報網からもたらされる最後の情報を整理していた。

「…行きます」

沈黙を破ったのはセレスティアだった。彼女は静かに立ち上がると、リリアに向き直った。
「あなたはアラン先輩の命令通り、ここに残りなさい。私はガレス殿とマーカス殿に状況を説明してくる」
「私も行きます! 師匠の命令を守るためにも、村の皆さんと協力しなければ!」

リリアは涙を拭うと、決意を固めた目で頷いた。
二人は家を出て、夜道を足早に警備詰所へと向かった。そこではマルコの襲撃事件を受けて、ガレスとマーカスが村の男たちを指揮し警戒態態勢を敷いていた。

「セレスティア殿! リリア殿も! 一体何があったのです? アラン殿はどちらに?」
ガレスが二人のただならぬ様子に気づいて駆け寄ってくる。
セレスティアは回りくどい前置きを一切省き、事実だけを簡潔に告げた。

「行商人を襲ったのは暗殺者ギルド『黄昏の蛇』の残党です。そして、アラン先輩はたった今、単独で彼らの本拠地を叩きに行きました」

その言葉は爆弾のようにその場の空気を凍りつかせた。
「なっ…!」
「単独で、だと!?」
ガレスとマーカスは絶句した。その顔には信じられないという色と、アランの無謀な行動に対する怒りの色が浮かんでいる。

「馬鹿な! なぜ我々に一言も相談がなかった! 敵の戦力も分からぬまま一人で乗り込むなど、自殺行為だ!」
マーカスが激昂したように声を荒らげた。エリートである彼の常識では到底考えられない行動だったからだ。
ガレスもわなわなと震えながら同意する。
「そうだ! 我々もすぐに出撃しアラン殿を援護しなければ! 彼を一人で死なせるわけにはいかん!」

二人が今にも飛び出していきそうな勢いだったが、セレスティアは氷のように冷たい声でそれを制した。
「おやめなさい。あなたたちが行っても彼の足手まといになるだけです」
「な、なんだと!?」
「彼は私たちが考える『戦い』の次元にはいません。彼にとって人数は戦力ではなくリスクでしかない。あなたたちの存在は彼の隠密行動を妨げる最大の障害になります」

セレスティアの言葉は冷徹な事実だった。
だが、騎士としての誇りを持つガレスとマーカスには到底受け入れがたい侮辱でもあった。

「では、我々はただここで指をくわえて見ていろと申すか!」
「いいえ」

セレスティアは静かに首を横に振った。
「我々には我々にしかできない戦いがあります」

彼女は広げられた村の防衛地図を指差した。
「先輩が本拠地を叩いている間、敵が別動隊をこの村に差し向けてくる可能性はゼロではありません。あるいは先輩が万が一討ち漏らした残党が、報復のためにこの村を襲うかもしれない。その時、この村が無防備だったらどうなりますか?」

その言葉にガレスとマーカスははっと息を呑んだ。
「我々がすべきことは先輩の後を追うことではありません。彼が安心して戦えるように、そして無事に帰ってこられるように、彼の帰る場所であるこの村を鉄壁の要塞にすることです」

リリアも力強く頷いた。
「師匠は私に『この村を守れ』と命令されました。それが師匠の望みなんです! 師匠は必ず戻ってきます。私たちは師匠を信じて、ここで私たちの役目を果たすべきです!」

二人の少女の揺るぎない覚悟。
その前にガレスとマーカスの激情はゆっくりと鎮まっていった。
そうだ。彼女たちの言う通りだ。自分たちが今、感情に任せて動くことはアランの足を引っ張るだけかもしれない。

「…分かった」
マーカスは悔しそうに唇を噛み締めながらも頷いた。
「我々はここで我々の戦いをしよう。アラン殿がいつ戻ってきてもいいように」

彼の目に再び冷静な光が戻った。
ガレスもまた力強く頷き、村の男たちに向き直った。
「全員、聞け! これよりカーム村は臨戦態勢に入る! アラン殿が我々のために戦ってくださっている間、我々はこの村を一歩たりとも敵に通さん!」
「「「おおおっ!!」」」
村の男たちから士気の高まった雄叫びが上がった。

こうして、アランの知らない場所で残された者たちの戦いが始まった。
それは武器と武器がぶつかり合う戦いではない。知恵と結束力で未来の脅威に備えるための、静かで、しかし熱い戦いだった。

「まず、敵が侵入してくるとすればアラン殿が指摘した西の川沿いだ」
ガレスが地図を広げて言う。
「マーカス殿の部下の方々にはそちらの森に潜み、敵の斥候を警戒していただきたい」
「承知した」
マーカスは頷き、すぐに部下に指示を飛ばした。

「次に、罠だ」
セレスティアが冷たい声で続けた。
「物理的な罠だけでは手練れの相手には通用しない。心理的な罠を組み合わせるべきよ」
彼女は村の入り口を指差した。
「ここにわざと無人の見張り台を設置する。敵はこれを陽動だと考え、より警戒の薄い場所を探すでしょう。そして、その『警戒の薄い場所』にこそ我々は本当の戦力を集中させる」

それは敵の思考の裏をかく、高度な心理戦術だった。
ガレスとマーカスは、この氷のような女がただ者ではないことを改めて認識した。

「私は村の子供たちと女たちを一番安全な教会に避難させます」
リリアがきっぱりと言った。
「そして、動ける者には治療のための薬草や包帯の準備をさせます。万が一の時のために」

かつて猪一匹に殺されかけていた少女は、今や冷静に戦場の後方支援を考えるまでに成長していた。
それぞれが自分の役割を理解し、動き始める。
ガレスの指揮力。マーカスの戦術知識。セレスティアの情報戦。そして、リリアの結束力。
アランという一つの核を失ったことで、彼らは逆に自分たちの力で団結し、一つの強固な組織として機能し始めていた。

その頃、全ての元凶である俺は闇の中を疾走していた。
カーム村を出てから既に一時間が経過している。俺は街道を避け、最短距離で鉱山跡へと続く森の中を獣のように駆け抜けていた。

五感は極限まで研ぎ澄まされている。
風が運ぶ僅かな匂いの変化で、前方に潜む獣の存在を察知する。
月明かりに照らされた地面の影の揺らぎで、敵が仕掛けた原始的な罠を見破る。
俺の体は十年というブランクを感じさせなかった。むしろ、平穏な生活で蓄えられた活力が全身に満ち溢れている。

やがて、前方に岩肌が剥き出しになった山が見えてきた。
古い鉱山跡。黄昏の蛇のアジトだ。

俺は速度を落とし、気配を完全に消した。
山の麓には複数の見張りが立っているのが見える。焚き火を囲み、酒を飲みながら談笑している。あまりにも警戒心がなさすぎる。

(…舐められたものだな)

だが、それは好都合だった。
油断は死に直結する。そのことをこれから骨の髄まで教えてやる。

俺は彼らの視界の死角を縫うように、音もなく山の斜面を登り始めた。
まるで壁に張り付くヤモリのように。
見張りたちは自分たちのすぐそばを、伝説の死神が通り過ぎていったことなど夢にも思わなかった。

侵入は完了した。
これから始まるのは戦いではない。
害虫駆除だ。

俺は鉱山の入り口、暗い洞窟の闇を見つめながら、静かに、そして冷たく呟いた。
「――さて、掃除の時間だ」
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