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第52話:【反撃段階①】単独潜入
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教会の makeshift な野戦病院は静かな喧騒に包まれていた。
イーニッドさんや村の女たちが傷ついた男たちのために献身的に動き回り、セレスティアが的確な指示でそれを統率している。俺は、その片隅の壁に背を預け、リリアが眠る寝台を静かに見守っていた。
セレスティアの処置のおかげでリリアの呼吸は安定し、顔色も少しずつだが良くなっている。ひとまず命の危機は脱したようだ。俺の胸を占めていた重しが少しだけ軽くなるのを感じた。
だが、俺の表情は硬いままだった。
この戦いはまだ終わっていない。
ボルガという狂犬を無力化はしたが、それで黄昏の蛇という組織が壊滅したわけではない。むしろ、これからが本番かもしれなかった。
「…まだ、何か?」
リリアの額の汗を拭っていたセレスティアが、俺の険しい表情に気づいて低い声で尋ねた。
「ああ」
俺は静かに頷いた。
「ボルガはただの狂犬だ。猪突猛進で敵を正面から叩き潰すことしか考えていない。だが、今回の襲撃はそれだけではなかった。東の森を使った陽動、村の戦力を分断させるための時間差攻撃。あれはボルガのような男が立てる作戦じゃない」
俺の言葉に、セレスティアも同意するように目を伏せた。
「私も同じことを考えていました。おそらく、この襲撃全体を後方から指揮している、もっと冷静な頭脳…『首領』格の人間がいるはずです」
「そうだ。その頭を叩かない限りこの戦いは終わらん。奴らは必ず第二、第三の波を送り込んでくる。この村が本当の意味で平穏を取り戻すことはない」
俺の目に再び冷たい光が宿った。
リリアが、仲間たちが、そしてこの村がこれ以上傷つくのは見たくない。
ならば、やるべきことは一つだ。
「元凶を叩くのが一番早い」
俺は静かに立ち上がると教会の出口へと向かった。
「先輩、どこへ?」
「少し、散歩だ。すぐに戻る」
俺はそれだけ言い残し、夜の闇の中へと出た。
向かう先は村の警備詰所。そこに今回の戦いの鍵を握る男が拘束されているはずだった。
詰所の地下牢にはガレスとマーカスが厳しい表情で立っていた。
その前には手足を厳重に縛られたボルガが、壁に寄りかかるように座らされている。彼の体は俺の術で麻痺したままだが、その目だけは憎悪の炎を燃やして俺たちを睨みつけていた。
「アラン殿。ちょうどよかった。今、この男から情報を引き出そうとしていたところです」
マーカスが騎士らしい厳格な口調で尋問を始める。
「貴様らの指揮官は誰だ。本当の本拠地はどこにある」
だが、ボルガは鼻で笑うだけだった。
「…へっ。騎士様のお優しい尋問で俺が口を割るとでも思ったか? さっさと殺せ。てめえらに話すことなど何一つねえよ」
その態度は自らの死を覚悟した者の不遜なものだった。
マーカスが業を煮やし、剣の柄に手をかける。
その時、俺の後ろからセレスティアが静かに入ってきた。
「…少しお時間をいただけますか? 私に考えがあります」
マーカスは訝しげな顔をしたが、俺が黙って頷くと不承不承ながらガレスと共に部屋を出て行った。
牢の中には俺とセレスティア、そしてボルガの三人が残された。
セレスティアはボルガの前にゆっくりと屈み込むと、その耳元に囁くような声で何かを語り始めた。
俺にも聞こえないほど小さな声だった。
最初は嘲笑を浮かべていたボルガの顔が、セレスティアの言葉が続くにつれてみるみるうちに変わっていく。
血の気が引き、驚愕の色が浮かび、やがてそれは純粋な恐怖へと変わっていった。
「…な…ぜ…お前が、それを…」
ボルガの喉から絞り出すような声が漏れた。
セレスティアは囁きをやめると、氷のような瞳でボルガを見下ろした。
「あなたの全てを知っているわ、狂戦士ボルガ。あなたが故郷の村で何をしていたのか。あなたのその異常なまでの破壊衝動がどこから来るのか。そして、あなたが夜な夜な見る悪夢の正体もね」
情報。それこそがセレスティアの最強の武器だった。
彼女は力ではなく、相手の最も触れられたくない心の傷をナイフのように抉り出したのだ。
「協力すれば、あなたのその過去は永遠に闇の中に葬ってあげる。拒否すれば…そうね、あなたの惨めな過去を生き残った部下たちに、面白おかしく話して聞かせてあげましょうか」
それは死よりも残酷な脅迫だった。
狂戦士として力こそが全てだと信じて生きてきた男の、脆いプライドを完膚なきまでに破壊する一言。
「……」
ボルガの目から光が消えた。
彼は完全に心が折れた。
「…西の…丘だ…。そこにある黒い天幕…そこに、この作戦の指揮官、四天王の一人、『静寂』のサイラス様が…」
情報を引き出したセレスティアは静かに立ち上がった。
俺はそんな彼女の背中を見ながら改めて戦慄を覚えていた。彼女もまた、俺とは違う意味で恐ろしい「怪物」なのだと。
俺はボルガに一瞥もくれず、牢を出た。
廊下で待っていたガレスとマーカスが、俺の顔を見て息を呑む。
「アラン殿、まさか…」
「掃除の時間だ」
俺はそれだけを告げ、詰所の出口へと向かった。
「待て、アラン殿! 一人で行く気か!?」
「無謀だ! 敵の本陣に単独で乗り込むなど!」
ガレスとマーカスの制止の声が飛ぶ。
俺は足を止め、ゆっくりと振り返った。
「足手まといだ」
その一言はあまりにも冷たく、絶対的だった。
「お前たちの役目は指揮官を失った残党が、自暴自棄になって村を襲わないか警戒を続けることだ。俺の帰る場所を、守っていてくれ」
俺はそう言うと、今度こそ振り返らずに夜の闇の中へと足を踏み出した。
俺の姿は一瞬で闇に溶け込み、消えた。
残された者たちはただ呆然と、俺が消えた闇を見つめることしかできなかった。
彼らの耳には俺の最後の言葉が、まだ生々しく響いていた。
『俺の帰る場所を、守っていてくれ』
それは命令であり、そして初めて仲間として認められた信頼の言葉だった。
「…行くぞ!」
マーカスが顔を上げた。
「我々には、我々の戦場がある!」
再び村に静かな緊張が戻る。
その頃、俺は敵の本陣があるという西の丘へ向かって、森の中を疾走していた。
木々の間を風のように駆け抜ける。
敵が張り巡らせた粗雑な警戒網など、俺にとっては存在しないも同然だった。
俺の目はもはや農夫のものではなかった。
獲物を見据える冷徹な捕食者の目。
十年ぶりに伝説の暗殺者“神の影”が、その牙を剥いた。
元凶を断ち、この戦いを完全に終わらせるために。
俺はただ一人、最後の戦場へと向かっていた。
イーニッドさんや村の女たちが傷ついた男たちのために献身的に動き回り、セレスティアが的確な指示でそれを統率している。俺は、その片隅の壁に背を預け、リリアが眠る寝台を静かに見守っていた。
セレスティアの処置のおかげでリリアの呼吸は安定し、顔色も少しずつだが良くなっている。ひとまず命の危機は脱したようだ。俺の胸を占めていた重しが少しだけ軽くなるのを感じた。
だが、俺の表情は硬いままだった。
この戦いはまだ終わっていない。
ボルガという狂犬を無力化はしたが、それで黄昏の蛇という組織が壊滅したわけではない。むしろ、これからが本番かもしれなかった。
「…まだ、何か?」
リリアの額の汗を拭っていたセレスティアが、俺の険しい表情に気づいて低い声で尋ねた。
「ああ」
俺は静かに頷いた。
「ボルガはただの狂犬だ。猪突猛進で敵を正面から叩き潰すことしか考えていない。だが、今回の襲撃はそれだけではなかった。東の森を使った陽動、村の戦力を分断させるための時間差攻撃。あれはボルガのような男が立てる作戦じゃない」
俺の言葉に、セレスティアも同意するように目を伏せた。
「私も同じことを考えていました。おそらく、この襲撃全体を後方から指揮している、もっと冷静な頭脳…『首領』格の人間がいるはずです」
「そうだ。その頭を叩かない限りこの戦いは終わらん。奴らは必ず第二、第三の波を送り込んでくる。この村が本当の意味で平穏を取り戻すことはない」
俺の目に再び冷たい光が宿った。
リリアが、仲間たちが、そしてこの村がこれ以上傷つくのは見たくない。
ならば、やるべきことは一つだ。
「元凶を叩くのが一番早い」
俺は静かに立ち上がると教会の出口へと向かった。
「先輩、どこへ?」
「少し、散歩だ。すぐに戻る」
俺はそれだけ言い残し、夜の闇の中へと出た。
向かう先は村の警備詰所。そこに今回の戦いの鍵を握る男が拘束されているはずだった。
詰所の地下牢にはガレスとマーカスが厳しい表情で立っていた。
その前には手足を厳重に縛られたボルガが、壁に寄りかかるように座らされている。彼の体は俺の術で麻痺したままだが、その目だけは憎悪の炎を燃やして俺たちを睨みつけていた。
「アラン殿。ちょうどよかった。今、この男から情報を引き出そうとしていたところです」
マーカスが騎士らしい厳格な口調で尋問を始める。
「貴様らの指揮官は誰だ。本当の本拠地はどこにある」
だが、ボルガは鼻で笑うだけだった。
「…へっ。騎士様のお優しい尋問で俺が口を割るとでも思ったか? さっさと殺せ。てめえらに話すことなど何一つねえよ」
その態度は自らの死を覚悟した者の不遜なものだった。
マーカスが業を煮やし、剣の柄に手をかける。
その時、俺の後ろからセレスティアが静かに入ってきた。
「…少しお時間をいただけますか? 私に考えがあります」
マーカスは訝しげな顔をしたが、俺が黙って頷くと不承不承ながらガレスと共に部屋を出て行った。
牢の中には俺とセレスティア、そしてボルガの三人が残された。
セレスティアはボルガの前にゆっくりと屈み込むと、その耳元に囁くような声で何かを語り始めた。
俺にも聞こえないほど小さな声だった。
最初は嘲笑を浮かべていたボルガの顔が、セレスティアの言葉が続くにつれてみるみるうちに変わっていく。
血の気が引き、驚愕の色が浮かび、やがてそれは純粋な恐怖へと変わっていった。
「…な…ぜ…お前が、それを…」
ボルガの喉から絞り出すような声が漏れた。
セレスティアは囁きをやめると、氷のような瞳でボルガを見下ろした。
「あなたの全てを知っているわ、狂戦士ボルガ。あなたが故郷の村で何をしていたのか。あなたのその異常なまでの破壊衝動がどこから来るのか。そして、あなたが夜な夜な見る悪夢の正体もね」
情報。それこそがセレスティアの最強の武器だった。
彼女は力ではなく、相手の最も触れられたくない心の傷をナイフのように抉り出したのだ。
「協力すれば、あなたのその過去は永遠に闇の中に葬ってあげる。拒否すれば…そうね、あなたの惨めな過去を生き残った部下たちに、面白おかしく話して聞かせてあげましょうか」
それは死よりも残酷な脅迫だった。
狂戦士として力こそが全てだと信じて生きてきた男の、脆いプライドを完膚なきまでに破壊する一言。
「……」
ボルガの目から光が消えた。
彼は完全に心が折れた。
「…西の…丘だ…。そこにある黒い天幕…そこに、この作戦の指揮官、四天王の一人、『静寂』のサイラス様が…」
情報を引き出したセレスティアは静かに立ち上がった。
俺はそんな彼女の背中を見ながら改めて戦慄を覚えていた。彼女もまた、俺とは違う意味で恐ろしい「怪物」なのだと。
俺はボルガに一瞥もくれず、牢を出た。
廊下で待っていたガレスとマーカスが、俺の顔を見て息を呑む。
「アラン殿、まさか…」
「掃除の時間だ」
俺はそれだけを告げ、詰所の出口へと向かった。
「待て、アラン殿! 一人で行く気か!?」
「無謀だ! 敵の本陣に単独で乗り込むなど!」
ガレスとマーカスの制止の声が飛ぶ。
俺は足を止め、ゆっくりと振り返った。
「足手まといだ」
その一言はあまりにも冷たく、絶対的だった。
「お前たちの役目は指揮官を失った残党が、自暴自棄になって村を襲わないか警戒を続けることだ。俺の帰る場所を、守っていてくれ」
俺はそう言うと、今度こそ振り返らずに夜の闇の中へと足を踏み出した。
俺の姿は一瞬で闇に溶け込み、消えた。
残された者たちはただ呆然と、俺が消えた闇を見つめることしかできなかった。
彼らの耳には俺の最後の言葉が、まだ生々しく響いていた。
『俺の帰る場所を、守っていてくれ』
それは命令であり、そして初めて仲間として認められた信頼の言葉だった。
「…行くぞ!」
マーカスが顔を上げた。
「我々には、我々の戦場がある!」
再び村に静かな緊張が戻る。
その頃、俺は敵の本陣があるという西の丘へ向かって、森の中を疾走していた。
木々の間を風のように駆け抜ける。
敵が張り巡らせた粗雑な警戒網など、俺にとっては存在しないも同然だった。
俺の目はもはや農夫のものではなかった。
獲物を見据える冷徹な捕食者の目。
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