「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ

文字の大きさ
53 / 97

第53話:【反撃段階②】首領との対面

しおりを挟む
西の丘は、カーム村からさほど離れていない、緩やかな高台だった。
村からは死角になっており、周囲には見通しの良い草原が広がっている。戦場全体を俯瞰し、指揮を執るには最適な場所だ。

俺は、丘の麓にある最後の森の木陰に身を潜め、丘の上にある敵の本陣を観察していた。
ボルガの情報通り、丘の頂上には一つの大きな黒い天幕が張られている。その周囲を、十数人の屈強な兵士たちが、槍を手に固めていた。彼らは、村で戦っている雑兵とは明らかに練度が違う。黄昏の蛇の、親衛隊のような存在だろう。

天幕の中からは、人の気配が一つ。
その気配は、静かで、冷たく、まるで凪いだ湖面のようだった。ボルガのような荒々しい闘気はない。だが、その静けさこそが、逆に不気味なほどの威圧感を放っていた。
あれが、四天王の一人、『静寂』のサイラスか。

俺は、静かに息を吐き、意識を切り替えた。
これから行うのは、戦闘ではない。潜入だ。
誰にも気づかれず、誰にも見られず、ただ静かに目的を遂行する。それこそが、俺が最も得意とする領域だった。

気配を完全に遮断する。
呼吸を止め、心音を殺し、体の熱さえも、夜の冷たい空気と同化させていく。
俺は、もはや人間ではない。
闇の一部。風の揺らぎ。ただの「現象」と化す。

俺は、森の暗がりから、音もなく滑り出した。
丘の斜面には、身を隠すための遮蔽物がほとんどない。だが、俺には必要なかった。
俺は、地面に広がる僅かな影を渡り、草の葉が風に揺れる、その一瞬の死角を利用して、ゆっくりと、しかし確実に、丘の上へと進んでいく。

親衛隊の兵士たちは、鋭い目で周囲を警戒している。
だが、彼らの目には、俺の姿は映らない。
彼らの耳には、俺の足音は聞こえない。
彼らの肌は、俺の気配を感じ取ることができない。
俺は、彼らの五感の、その全ての認識の外側を、まるで幽霊のように通り過ぎていった。

ある兵士が、不意に、背後に冷たいものを感じて振り返った。
だが、そこにいるのは、夜風に揺れる草だけ。
彼は、気のせいかと首を振り、再び前を向いた。
彼が、ほんの数秒前に、自分のすぐ真横を、大陸最恐の死神が通り過ぎていったことなど、知る由もなかった。

天幕まで、あと数メートル。
入り口には、二人の屈強な門番が、十字に槍を交差させて立っている。
彼らは、親衛隊の中でも、特に腕の立つ者たちだろう。その佇まいには、一切の隙がないように見えた。

だが、俺の目には、その完璧に見える守りに、いくつもの「穴」が見えていた。
彼らの呼吸の僅かな間隔。
視線が交錯する、コンマ数秒の死角。
風が天幕の布を揺らし、彼らの聴覚を鈍らせる、その一瞬。

俺は、その全ての条件が、完璧に揃うタイミングを待った。
数秒にも、永遠にも感じられる、静かな時間。

そして、その時は来た。

俺の体は、滑るように動いた。
二人の門番の、ちょうど中間。彼らの認識が、最も希薄になる一点を、音もなく、影もなく、通り抜ける。
俺が、天幕の入り口の垂れ幕を、僅かに揺らして中に侵入した時、二人の門番は、まだ何も気づいていなかった。

天幕の中は、思ったよりも質素だった。
床には武具が整然と並べられ、中央には、戦況が記された大きな地図が広げられている。その地図を、一人の男が、背中を向けて静かに見つめていた。

細身で、長身。
黒い、司祭服のような衣装に身を包んでいる。
その背中からは、ボルガのような狂気は感じられない。ただ、全てを計算し尽くした、冷徹な知性だけが漂っていた。
『静寂』のサイラス。間違いない。

彼は、まだ俺の存在に気づいていない。
その背中は、あまりにも無防備だった。
今、この場で、彼の首を掻き切ることは、赤子の手をひねるよりも容易い。

だが、俺はそれをしなかった。
俺の目的は、殺すことではない。
この戦いを、終わらせることだ。

俺は、音もなく、彼の背後へと回り込んだ。
距離は、ゼロ。
俺の呼吸が、彼の首筋にかかるほどの距離。

そして、俺は、遮断していた気配を、ゆっくりと、そして意図的に、解放した。
それは、殺気ではない。
俺という、絶対的な「死」の存在感そのものだった。

「――ッ!?」

サイラスの細身の体が、大きく跳ね上がった。
彼が、状況を理解し、振り返るよりも早く。
俺の右手に握られた黒いナイフが、その冷たい切っ先を、彼の喉元に、ぴたりと突きつけていた。

全ては、一瞬の出来事だった。
『静寂』のサイラスは、自分がいつ、どのようにして死の間際に立たされたのか、全く理解できていないようだった。
彼の顔から、普段は決して崩れることのない、冷静沈着な仮面が剥がれ落ち、そこには、純粋な驚愕と、恐怖が浮かんでいた。

「…いつの間に…」
彼の喉から、絞り出すような声が漏れた。
「最初からだ」

俺は、初めて、静かに口を開いた。
「お前が、この天幕に入った時から、俺は既にお前の背後にいた」

もちろん、それは嘘だ。
だが、その嘘は、彼の心を折るには、十分すぎるほどの効果があった。
自分が最も安全だと信じていた場所で、最初から死神に監視されていた。その事実は、彼の冷徹な知性を、根底から粉々に打ち砕いた。

「…何の、ために…」
「言ったはずだ。これは、掃除だ、と」

俺は、ナイフの切っ先を、彼の喉の皮膚に、ほんの少しだけ、食い込ませた。
血の玉が、ぷくりと浮かび上がる。
その生温かい感触が、彼に、自分の命が、今、完全に俺の掌の上にあることを、理解させた。

『静寂』と呼ばれた男の心は、今、絶対的な恐怖によって、完全に支配されていた。
俺の反撃の、第二段階。
それは、完璧な形で、完了した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。 彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。 「お前はもういらない」 ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。 だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。 ――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。 一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。 生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!? 彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。 そして、レインはまだ知らない。 夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、 「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」 「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」 と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。 そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。 理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。 王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー! HOT男性49位(2025年9月3日0時47分) →37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。

夏見ナイ
ファンタジー
「役立たず」の烙印を押され、パーティを追放されたアルフォンス。彼のスキルは戦闘に不向きな【土いじり】。失意の彼は都会を離れ、辺境の地で静かに農業を営むことを決意する。 しかし、彼が畑を耕すと、そこから不思議なダンジョンが生えてきた! ダンジョン内では、高級ポーションになる薬草や伝説の金属『オリハルコン』が野菜のように収穫できる。地味だと思われた【土いじり】は、実はこの『農園ダンジョン』を育てる唯一無二のチートスキルだったのだ。 噂を聞きつけ集まる仲間たち。エルフの美少女、ドワーフの天才鍛冶師……。気づけば彼の農園は豊かな村へ、そして難攻不落の要塞国家へと発展していく。 一方、彼を追放したパーティは没落の一途を辿り……。 これは、追放された男が最強の生産職として仲間と共に理想郷を築き上げる、農業スローライフ&建国ファンタジー!

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

チャビューヘ
ファンタジー
過労死寸前でブラック企業を辞めた俺が手に入れたのは、祖父の古民家と「ダンジョン経営システム」だった。 しかもバグで、召喚できるのは「口裂け女」「八尺様」「ターボババア」など日本の怪異だけ。 ……最高じゃないか。物理無効で24時間稼働。これぞ究極の不労所得。 元SEの知識でシステムの穴を突き、怪異たちに全自動でダンジョンを回させる。 ゴブリンは資源。スライムは美容液の原料。災害は全て収益に変換する。 「カイトさん、私……きれい?」 「ああ。効率的で、機能美すらある」 「……褒めてる?」 「褒めてる」 口裂け女は俺の言葉で即落ちした。チョロい。だがそれでいい。 ホワイト待遇で怪異を雇い、俺は縁側で茶をすする。 働いたら負け。それが元社畜の結論だ。 これは、壊れた男と健気な怪異たちが送る、ダンジョン経営スローライフの物語。

なんとなく歩いてたらダンジョンらしき場所に居た俺の話

TB
ファンタジー
岩崎理(いわさきおさむ)40歳バツ2派遣社員。とっても巻き込まれ体質な主人公のチーレムストーリーです。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

処理中です...