「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ

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第70話:商業ギルドの暴走

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アステリア王国が俺を国家戦略級の存在として監視下に置き。
ガルニア帝国が俺を不可侵の魔神として静観し。
教皇国が俺を教義の範疇を超えた聖人として認定する。

大陸を動かす三大勢力が奇しくも同じ結論に至ったことで、カーム村は一種の「聖域」あるいは「絶対不可侵領域」としての地位を、暗黙のうちに確立しつつあった。
大国間の奇妙なパワーバランスの上に成り立つ歪な平和。
俺はそんなことなど露知らず、ようやく戻ってきた平穏な日常を満喫していた。

だが、この世界には第四の勢力が存在することを俺は忘れていた。
国家の権力にも、帝国の武力にも、教皇の権威にも縛られない、自由で貪欲な者たち。
すなわち「金」の力で世界を動かす、商業ギルドだ。

商業ギルドにとって情報は金だった。
そして今、大陸で最も価値のある情報は、間違いなく「カーム村の聖人アラン」に関するものだった。
吟遊詩人の歌、行商人マルコの話、そして各国から漏れ伝わってくる真偽不明の噂。
それらの情報を総合し、抜け目のない商業ギルドの幹部たちは一つの結論に達した。

「この話は、儲かる」

彼らの思考は単純明快だ。
聖人がいるのなら、そこには巡礼者が集まる。
巡礼者が集まれば、宿が必要になり、食事が必要になり、土産物が必要になる。
つまり、莫大な金が動くのだ。

商業ギルド連盟の本部、黄金都市ゴールドラッシュ。
その一室でギルドマスターたちは、カーム村を中心とした壮大な観光開発計画を練り上げていた。

「まず、カーム村へと続く街道を整備する。乗り合い馬車の定期便も運行させよう」
「村の入り口には大きな宿屋と土産物屋を建設する。もちろん、経営は我々ギルドが直轄で行う」
「そして、目玉となる観光商品だ。『聖人アラン様ゆかりの地を巡る、奇跡のツアー』とでも銘打つか」

彼らの計画は恐るべき速さで実行に移されていった。
金の力は、時に国家のそれをも凌駕する。

数週間後。
カーム村に最初の変化が訪れた。
村へと続く悪路が、屈強な労働者たちによって瞬く間に整備され始めたのだ。驚く村人たちに、現場監督はこう説明した。
「商業ギルドからの依頼でしてな。『聖地』へと続く道を、巡礼者の皆様が歩きやすいように綺麗にしているんですよ」

聖地。
その言葉に、村人たちはきょとんとするしかなかった。

次に、村の入り口の空き地に大量の資材が運び込まれ、大規模な建設工事が始まった。
あっという間に、村の景観にはそぐわない小綺麗で大きな建物が二棟、姿を現した。一つは宿屋、もう一つは土産物屋だった。

そして、その土産物屋の軒先に一枚の大きな垂れ幕が掲げられた時、村人たちはついに事態の異常さに気づき始めた。
垂れ幕にはこう書かれていた。

『祝・開店! 聖人アラン様公認グッズ専門店 カーム堂』

その店先に並べられた商品の数々に、俺は、そして村人たちは言葉を失った。

まず、俺の似顔絵が描かれた木製のキーホルダー。
その似顔絵は全く似ていなかった。なぜか筋骨隆々で、鋭い眼光を放つ美化されすぎた英雄として描かれている。

次に、「アラン様も飲んだ(かもしれない)奇跡の井戸水」。
ただの井戸水が装飾された小瓶に入れられ、銀貨一枚という法外な値段で売られていた。

極めつけは、「聖人アラン様御神体フィギュア」。
これもまた全く似ていない、神々しいポーズを取った俺の木彫り人形が、一体銀貨五枚という、もはや悪徳商法としか思えない価格で鎮座していた。

「……なんだ、これは」

俺の口から乾いた声が漏れた。
俺の知らないところで、俺は完全に商品化されていた。
しかも、肖像権などという概念はこの世界には存在しないらしい。

リリアは、そのフィギュアを手に取り、目を輝かせていた。
「師匠! すごい! 師匠のフィギュアです! でも、実物の方がもっと百倍は格好いいです!」
その純粋な言葉が、俺の心を抉った。

エリアーナ王女は、その光景を扇子で口元を隠しながら静かに見つめていた。その瞳の奥は全く笑っていなかった。
「…商業ギルドも嗅ぎつけたようですわね。あの者たちの金儲けへの嗅覚は、侮れませんわ」
彼女は国家の秩序を乱しかねないギルドの暴走に、明確な不快感を示していた。

商業ギルドの暴走は、これだけでは終わらなかった。
彼らは次々と新たな商品を開発し、カーム村を一大観光地へと作り変えようとしていた。
「アラン様の畑の土(ご利益付き)」
「リリア様愛用(かもしれない)薪割り斧レプリカ」
「セレスティア様も認めた(かもしれない)毒消しハーブセット」

俺だけでなく、いつの間にかリリアやセレスティアまで勝手に商品化されていた。
俺たちの平穏な日常は、商業主義という最も俗な嵐によって、根こそぎ奪われようとしていたのだ。

俺は自分の似ていないフィギュアが飛ぶように売れていく光景を、ただ呆然と眺めることしかできなかった。
俺の胃は、もはや痛みを感じる限界をとうに超えていた。
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