「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ

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第74話:最後の敵からの挑戦状

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俺が村長の家に駆けつけた時、その場の空気は凍りついていた。
エリアーナ王女が伝令の騎士から受け取った一枚の羊皮紙を、震える手で握りしめている。その顔からは血の気が失せ、普段の冷静沈着な姿は見る影もなかった。
ガレス、リリア、セレスティア、そして侍女のリナ。その場にいた誰もが、これから告げられるであろう凶報を前に息を殺していた。

「…何があった」
俺の低い声に、エリアーナははっと我に返り、顔を上げた。その青い瞳は恐怖と怒りに揺れていた。
「アラン殿…」

彼女は言葉を続ける代わりに、手にした羊皮紙を俺に差し出した。
俺は黙ってそれを受け取った。
羊皮紙は上質なもので、そこには流麗な、しかしどこか狂気を孕んだ筆跡で短い文章が綴られていた。

それは、黄昏の蛇の真の首領、ゼノンと名乗る男からの大陸全土に向けた声明文だった。

『親愛なる、大陸の愚かなる民よ』
その書き出しからして、常軌を逸していた。

『我ら「黄昏の蛇」は、ここに世界の再生を宣言する。腐敗した王国も、偽善に満ちた教皇国も、欲望に塗れた帝国も、全ては一度無に帰すべきなのだ。我らはそのための「浄化の炎」となる』

羊皮紙には恐るべきテロ計画が詳細に記されていた。
三日後の満月の夜。
王都アステリア、帝都ゲルマニア、そして聖都エルサレム。大陸の三大都市の、それぞれの中枢部。そこに古代の禁術によって生み出された大規模破壊兵器「黙示録の涙」を、同時に起動させる、と。
その威力は、一つの都市をそこに住む全ての民と共に、一瞬で地図から消し去るほどのものだという。

「…馬鹿な」
俺の口から思わず声が漏れた。
これはもはやテロではない。世界そのものに対する宣戦告布だ。
こんなことをすれば黄昏の蛇もただでは済まない。これはもはや狂気の沙汰としか思えなかった。

だが、声明文はまだ終わっていなかった。
その最後の一文に、俺は目を見開いた。

『この茶番を止めたくば、ただ一つの方法がある。我が宿敵、“神の影”アランよ。貴様がただ一人で我らが祭壇「忘却の砦」へ来るがいい。そこで、貴様と我らの十年にわたる因縁に決着をつけようではないか』
『もし貴様が来ぬのなら、あるいは誰ぞを連れてきたのなら、その瞬間に「黙示録の涙」は世界を浄化するだろう。大陸数百万の民の命、その全てが貴様の選択にかかっているのだぞ』

名指しだった。
俺個人に対する明確な挑戦状。
そして、大陸全土の人間を人質にした史上最悪の脅迫。

「…ゼノン」
俺の隣で、セレスティアが憎しみを込めてその名を呟いた。
「…知っているのか?」
「はい。奴はかつて私や先輩と同じ組織にいた男です。ですが、その思想はあまりに過激で危険すぎた。力を世界の破壊と再生のために使うべきだと信じていた狂信者です。組織を追放された後、黄昏の蛇を乗っ取り姿を消したと聞いていましたが…まさか、これほどの計画を…」

元同僚。
その事実に、俺は驚きを禁じ得なかった。
どうりで、俺のやり方を熟知しているわけだ。俺が仲間や無関係な人間を巻き込むことを極端に嫌うということを。

「忘却の砦とは、どこだ?」
「大陸の東の果て、禁断の地と呼ばれる古代遺跡です。そこを、奴らの本拠地に…」

全てのピースが繋がった。
俺が壊滅させた鉱山のアジトは、やはり前線基地に過ぎなかった。
ゼノンは最初からこの壮大な狂気の計画を進めるために、俺を誘い出す餌としてボルガたちを使っていたのだ。
そして、俺がその餌に食いついたことで、彼の計画は最終段階へと移行した。

重い沈黙が部屋を支配した。
誰もが、その絶望的な状況に言葉を失っていた。
三日。
残された時間はあまりにも短い。
そして俺に与えられた選択肢は、事実上、一つしかなかった。

俺は手にした羊皮紙を、ゆっくりと握り潰した。
怒り。
いや、それはもはや怒りという生易しい感情ではなかった。
俺の心の奥底で、静かに、しかし激しく燃え盛る冷たい炎。

ゼノン。
奴は俺から全てを奪おうとしている。
俺がようやく手に入れた、このささやかな平穏を。
俺が愛する、この村の人々の笑顔を。
そして、この大陸に生きる全ての罪なき人々の明日を。

その全てを、奴自身の歪んだ思想のために人質に取ったのだ。
これほどの侮辱は、ない。
これほどの冒涜は、許されない。

俺の心は決まった。
揺れていた天秤は、もはや微動だにしなかった。

俺はエリアーナ王女に向き直った。
その顔にはもはや、迷いの色は一切なかった。

「王女殿下」
俺の静かな声が部屋に響いた。

「先程の取引、受けましょう」

その一言に、その場にいた全員がはっと息を呑んだ。

「俺がゼノンを討つ。そして、この狂った茶番を終わらせる」
俺の目には農夫アランの穏やかさはもうなかった。
そこにあるのは大陸最強の暗殺者“神の影”の、絶対的な覚悟と揺るぎない殺意だけだった。

「その見返りとして、あんたは約束を果たしてもらう。俺の、そしてこの村の永遠の平穏を。国家の総力を挙げて保証しろ」

エリアーナは俺のその気迫に一瞬だけ気圧されたように目を見開いた。
だが、すぐに彼女もまた一国の王女としての強い意志をその瞳に宿らせた。

「…約束します。アラン殿。あなたがこの国を、この世界を救ってくださるのなら、わたくしはあなたに最高の平穏を約束しましょう」

俺と王女の間で固い、そして重い契約が交わされた。
それは一人の男の人生と、世界の運命を賭けた最後の取引だった。

「…これが、最後の仕事だ」

俺は誰に言うでもなく、そう呟いた。
十年前に一度捨てたはずの、血塗られた道。
その道を俺は再び、自らの意志で歩き始める。

だが、今度は一人ではない。
守るべきもののために。
そして、必ず帰るべき場所があるから。

俺の最後の戦いが、今、始まろうとしていた。
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