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第89話:覚醒する弟子
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砦の外では、陽動部隊の戦いが、新たな局面を迎えていた。
エリアーナ王女の機転による落石トラップで、敵の増援部隊は壊滅的な打撃を受けた。だが、黄昏の蛇の兵士たちは、それでもなお、諦めてはいなかった。彼らは、残存戦力を再集結させると、正面ゲートの一点に、波状攻撃を仕掛けてきたのだ。
「怯むな! 押し返せ!」
ガレスが、最前線で檄を飛ばす。
だが、彼の顔には、焦りの色が浮かんでいた。
敵の攻撃は、先程までの混乱したものではない。明らかに、指揮系統が回復し、統率の取れた動きになっている。
丘の上の天幕で、エリアーナも、その変化に気づいていた。
「…まずいですわ。敵の中に、腕利きの指揮官がいるようです。おそらく、ボルガやサイラスに次ぐ、別の幹部クラスが…」
その指揮官の元、黄昏の蛇の兵士たちは、盾兵を前面に押し立てた、堅固な陣形を組んで、じりじりと防衛線を圧迫してくる。
ガレス率いる自警団の、ゲリラ的な戦術は、この鉄壁の陣形の前に、その効果を失いつつあった。
村人たちの間に、再び、疲労と、絶望の色が広がり始める。
その、膠着した戦況を、ただ一人、冷静に見つめている者がいた。
リリアだ。
彼女は、最前線での乱戦から一歩下がり、目を閉じて、静かに呼吸を整えていた。
その姿は、戦いを放棄したようにも見えたが、ガレスだけは、彼女が何をしようとしているのか、薄々感づいていた。
(…アラン殿の、教えか…)
リリアは、俺の言葉を、心の中で反芻していた。
『風の音を聞け』
『目に見えるものだけが、全てじゃない』
彼女は、目の前の、堅固な敵の陣形を、視覚で捉えるのをやめた。
代わりに、五感の全てを、研ぎ澄ませる。
風の音。その中に混じる、敵兵たちの、僅かな呼吸の乱れ。
土の匂い。その中に混じる、彼らが放つ、鉄と汗の匂いの濃淡。
大地を伝わる、微かな振動。盾を構える兵士の、重心のかかり方。
最初は、ただの雑音の洪水だった。
だが、彼女が集中力を高めていくにつれて、その洪水の中から、意味のある「情報」が、浮かび上がってきたのだ。
(…見えた)
リリアの脳裏に、敵の陣形の、「流れ」が見えた。
それは、まるで川の流れのようだった。
頑強に見える盾の壁も、一枚岩ではない。
兵士一人一人の、練度の差、疲労度の違い、そして、恐怖心の強弱。
それらが、川の流れの中に、僅かな「淀み」や「渦」を生み出している。
そして、その流れの中に、一本だけ、ひときわ弱々しく、頼りない流れが、存在していた。
(…あそこだ)
リリアの目が、カッと見開かれた。
彼女が狙いを定めたのは、盾の壁の、ちょうど中央から、やや右にずれた一点。
そこにいる盾兵は、他の兵士に比べて、呼吸が浅く、足元の重心が、僅かに浮ついている。
恐怖しているのだ。
彼こそが、この鉄壁の陣形の、最も脆い、「楔」だった。
「――はあっ!」
リリアは、もはや、誰の指示も待たなかった。
彼女は、一本の矢のように、その一点めがけて、一直線に突進した。
「馬鹿な! 正面から突っ込む気か!」
敵の指揮官が、嘲笑う。
だが、その笑みは、次の瞬間、驚愕に変わった。
リリアの動きは、直線的でありながら、まるで水の中を泳ぐ魚のように、しなやかだった。
彼女は、振り下ろされる剣を、最小限の動きでいなし、突き出される槍を、体を捻るだけで回避する。
その全ての動きが、敵の攻撃の「流れ」を読み切り、その力の及ばない、僅かな隙間を、縫うようにして進んでいく。
そして、ついに、彼女は、目的の盾兵の前へとたどり着いた。
恐怖に顔を引きつらせた、若い兵士。
リリアは、彼を斬らなかった。
彼女は、彼の掲げる盾を、剣の腹で、軽く、しかし特殊な角度で、叩いた。
コン、と、乾いた音が響く。
それは、薪割りの要領で、力の流れを一点に集中させた、特殊な打撃だった。
その衝撃は、盾を貫通し、兵士の腕の、神経叢を直撃する。
「ぐっ…!」
兵士の手から、力が抜けた。
盾が、ぐらりと傾く。
鉄壁の陣形に、ほんの、僅かな、しかし致命的な「穴」が、空いた瞬間だった。
リリアは、その穴から、滑り込むようにして、敵陣の内部へと侵入した。
そして、彼女は、内部から、暴れ始めたのだ。
「な、なんだと!?」
「内部に、侵入されたぞ!」
「陣形を崩すな!」
敵の指揮官が、必死に叫ぶ。
だが、一度内部からの崩壊が始まった陣形は、もろかった。
リリアという、予測不能な異物が入り込んだことで、統率の取れていたはずの流れは、完全に乱れ、内側から、大混乱に陥っていった。
そして、その好機を、ガレスが見逃すはずがなかった。
「今だ! 総員、突撃! あの楔を、こじ開けろ!」
ガレス率いる自警団が、雄叫びを上げて、崩れ始めた盾の壁へと、殺到した。
戦況は、再び、逆転した。
それは、たった一人の少女の、「覚醒」によって、もたらされた奇跡だった。
リリアは、敵陣の中心で、乱れ飛ぶ剣をいなしながら、静かに、師である俺の顔を思い浮かべていた。
(師匠…! やりました…! あなたの教え、確かに、私にも、少しだけ、分かりました…!)
覚醒する弟子。
彼女の奮闘は、陽動部隊を、単なる時間稼ぎの駒から、この戦いの勝敗を左右する、重要な戦力へと、変貌させていた。
そして、その活躍は、砦の内部で戦う俺たちにも、見えない力となって、伝わっていたのだ。
エリアーナ王女の機転による落石トラップで、敵の増援部隊は壊滅的な打撃を受けた。だが、黄昏の蛇の兵士たちは、それでもなお、諦めてはいなかった。彼らは、残存戦力を再集結させると、正面ゲートの一点に、波状攻撃を仕掛けてきたのだ。
「怯むな! 押し返せ!」
ガレスが、最前線で檄を飛ばす。
だが、彼の顔には、焦りの色が浮かんでいた。
敵の攻撃は、先程までの混乱したものではない。明らかに、指揮系統が回復し、統率の取れた動きになっている。
丘の上の天幕で、エリアーナも、その変化に気づいていた。
「…まずいですわ。敵の中に、腕利きの指揮官がいるようです。おそらく、ボルガやサイラスに次ぐ、別の幹部クラスが…」
その指揮官の元、黄昏の蛇の兵士たちは、盾兵を前面に押し立てた、堅固な陣形を組んで、じりじりと防衛線を圧迫してくる。
ガレス率いる自警団の、ゲリラ的な戦術は、この鉄壁の陣形の前に、その効果を失いつつあった。
村人たちの間に、再び、疲労と、絶望の色が広がり始める。
その、膠着した戦況を、ただ一人、冷静に見つめている者がいた。
リリアだ。
彼女は、最前線での乱戦から一歩下がり、目を閉じて、静かに呼吸を整えていた。
その姿は、戦いを放棄したようにも見えたが、ガレスだけは、彼女が何をしようとしているのか、薄々感づいていた。
(…アラン殿の、教えか…)
リリアは、俺の言葉を、心の中で反芻していた。
『風の音を聞け』
『目に見えるものだけが、全てじゃない』
彼女は、目の前の、堅固な敵の陣形を、視覚で捉えるのをやめた。
代わりに、五感の全てを、研ぎ澄ませる。
風の音。その中に混じる、敵兵たちの、僅かな呼吸の乱れ。
土の匂い。その中に混じる、彼らが放つ、鉄と汗の匂いの濃淡。
大地を伝わる、微かな振動。盾を構える兵士の、重心のかかり方。
最初は、ただの雑音の洪水だった。
だが、彼女が集中力を高めていくにつれて、その洪水の中から、意味のある「情報」が、浮かび上がってきたのだ。
(…見えた)
リリアの脳裏に、敵の陣形の、「流れ」が見えた。
それは、まるで川の流れのようだった。
頑強に見える盾の壁も、一枚岩ではない。
兵士一人一人の、練度の差、疲労度の違い、そして、恐怖心の強弱。
それらが、川の流れの中に、僅かな「淀み」や「渦」を生み出している。
そして、その流れの中に、一本だけ、ひときわ弱々しく、頼りない流れが、存在していた。
(…あそこだ)
リリアの目が、カッと見開かれた。
彼女が狙いを定めたのは、盾の壁の、ちょうど中央から、やや右にずれた一点。
そこにいる盾兵は、他の兵士に比べて、呼吸が浅く、足元の重心が、僅かに浮ついている。
恐怖しているのだ。
彼こそが、この鉄壁の陣形の、最も脆い、「楔」だった。
「――はあっ!」
リリアは、もはや、誰の指示も待たなかった。
彼女は、一本の矢のように、その一点めがけて、一直線に突進した。
「馬鹿な! 正面から突っ込む気か!」
敵の指揮官が、嘲笑う。
だが、その笑みは、次の瞬間、驚愕に変わった。
リリアの動きは、直線的でありながら、まるで水の中を泳ぐ魚のように、しなやかだった。
彼女は、振り下ろされる剣を、最小限の動きでいなし、突き出される槍を、体を捻るだけで回避する。
その全ての動きが、敵の攻撃の「流れ」を読み切り、その力の及ばない、僅かな隙間を、縫うようにして進んでいく。
そして、ついに、彼女は、目的の盾兵の前へとたどり着いた。
恐怖に顔を引きつらせた、若い兵士。
リリアは、彼を斬らなかった。
彼女は、彼の掲げる盾を、剣の腹で、軽く、しかし特殊な角度で、叩いた。
コン、と、乾いた音が響く。
それは、薪割りの要領で、力の流れを一点に集中させた、特殊な打撃だった。
その衝撃は、盾を貫通し、兵士の腕の、神経叢を直撃する。
「ぐっ…!」
兵士の手から、力が抜けた。
盾が、ぐらりと傾く。
鉄壁の陣形に、ほんの、僅かな、しかし致命的な「穴」が、空いた瞬間だった。
リリアは、その穴から、滑り込むようにして、敵陣の内部へと侵入した。
そして、彼女は、内部から、暴れ始めたのだ。
「な、なんだと!?」
「内部に、侵入されたぞ!」
「陣形を崩すな!」
敵の指揮官が、必死に叫ぶ。
だが、一度内部からの崩壊が始まった陣形は、もろかった。
リリアという、予測不能な異物が入り込んだことで、統率の取れていたはずの流れは、完全に乱れ、内側から、大混乱に陥っていった。
そして、その好機を、ガレスが見逃すはずがなかった。
「今だ! 総員、突撃! あの楔を、こじ開けろ!」
ガレス率いる自警団が、雄叫びを上げて、崩れ始めた盾の壁へと、殺到した。
戦況は、再び、逆転した。
それは、たった一人の少女の、「覚醒」によって、もたらされた奇跡だった。
リリアは、敵陣の中心で、乱れ飛ぶ剣をいなしながら、静かに、師である俺の顔を思い浮かべていた。
(師匠…! やりました…! あなたの教え、確かに、私にも、少しだけ、分かりました…!)
覚醒する弟子。
彼女の奮闘は、陽動部隊を、単なる時間稼ぎの駒から、この戦いの勝敗を左右する、重要な戦力へと、変貌させていた。
そして、その活躍は、砦の内部で戦う俺たちにも、見えない力となって、伝わっていたのだ。
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※「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」に同内容のものを投稿しています。
※この作品以外にもいろいろと小説を投稿しています。よろしければそちらもご覧ください。
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