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第99話:英雄の選択
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王都から来た騎士団が引き上げ、カーム村は布告によって保証された静かで穏やかな日常を取り戻した。
商業ギルドが建てた土産物屋は閉鎖され、観光客の喧騒も嘘のように消え去った。乗り合い馬車も来なくなり、村は再び大陸から忘れ去られたかのような元の辺境の村へと戻ったのだ。
俺にとってはそれこそが何よりの望みだった。
だが俺の周りだけは、以前よりも少しだけ賑やかになっていた。
エリアーナ王女は王都からの再三の帰還命令を、「まだ療養が必要です」という見え透いた口実で先延ばしにし、カーム村での滞在を続けていた。
セレスティアもまた「黄昏の蛇の残党に関する最終的な調査が残っている」と言い張り、村を離れる気配はない。
そしてリリアとガレスは、言うまでもなくこの村の住人だ。
俺の家の縁側は、いつの間にか皆の憩いの場となっていた。
俺が畑仕事をしているとエリアーナがお茶を淹れてくれ、セレスティアがどこからか手に入れてきた珍しい菓子を差し出し、リリアとガレスがその日の訓練の成果を報告しに来る。
それは俺が当初望んでいた「静かなスローライフ」とは少し違うものだった。
だがその騒がしくも温かい日常を、俺はいつしか心の底から受け入れていた。
そんな日々が一月ほど続いたある日のこと。
王都から一通の国王直々の親書がエリアーナの元へ届いた。
その内容は二つ。
一つはエリアーナへの最終的な帰還命令。国政がもはや彼女抜きでは立ち行かなくなっている、と。
そしてもう一つは、来月王都で開かれる俺たち「救国の英雄」を称えるための盛大な祝賀会への招待状だった。
「…祝賀会、ですか」
エリアーナは親書を読み終えると、困ったような顔で俺たちを見回した。
「父上がどうしても国民の前であなた方の功績を称えたい、と。…断ることはできそうにありません」
その言葉に俺は、深く深いため息をついた。
祝賀会。
人前に出て大勢から賞賛される。
それは俺がこの世で最も苦手とすることだった。
「俺は行かんぞ」
俺は即答した。
「そういうのは柄じゃない。あんたたちだけで行ってくれ」
「しかしアラン殿! あなたこそがこの度の最大の功労者です! あなたが出席しなければ会そのものが成り立ちません!」
エリアーナが必死に説得してくる。
リリアもガレスもセレスティアも、当然俺が行くべきだという顔をしている。
四対一。
完全に分が悪い。
俺は数日間悩み抜いた。
行きたくない。面倒だ。
だがここで俺が頑なに出席を拒否すれば、王家の面子を潰すことになりエリアーナの立場を悪くしてしまうかもしれない。
彼女には平穏な生活を保証してもらった大きな借りがある。
そして俺は、一つの決断を下した。
祝賀会の当日。
王都アステリアの王城の大広間は、まばゆい光と人々の熱気に包まれていた。
国の重鎮、各国の使節、そして英雄たちの姿を一目見ようと集まった大勢の民衆。
その全ての視線が、壇上に立つ四人の英雄たちに注がれていた。
見事なドレスに身を包んだ王女エリアーナ。
騎士の正装に身を固めたガレス。
黒い、しかしどこか華やかなドレスを着こなすセレスティア。
そして少し緊張した面持ちで、真新しい冒険者の服に袖を通したリリア。
国王オルティウス三世が高らかに彼らの功績を読み上げる。
その言葉の一つ一つに、広間から割れんばかりの拍手と歓声が送られた。
だがそこにいる誰もが気づいていた。
そこにいるはずの、もう一人の英雄の姿がないことに。
吟遊詩人が歌い誰もがその姿を夢見た、伝説の農夫アランの姿が。
「…最大の功労者であるアラン殿は、残念ながら本人の強い希望によりこの場への出席を辞退されました」
国王がそう告げた時、広間に僅かな失望のどよめきが広がった。
国王は言葉を続けた。
「だが彼がこの場にいないことこそが、彼の偉大さの何よりの証明であると余は思う。彼は名誉も地位も富も望まない。ただ彼が愛する土地の平和だけを願う、真の英雄なのだ、と」
その言葉は民衆の心を強く打った。
姿を見せない謎に包まれた英雄。
その謙虚な姿勢は、彼の伝説をさらに神聖で不可侵なものへと昇華させた。
その頃、俺は。
カーム村の自宅の縁側で、一人穏やかに茶をすすっていた。
王都の喧騒などここには届かない。
聞こえるのは風の音と鳥のさえずりだけ。
俺は王都へは行かなかった。
だがエリアーナたちにはこう伝えておいた。
「祝賀会には出る。ただし俺のやり方でだ」と。
俺は祝賀会が始まる少し前に、一人誰にも告げずに家を出た。
そして王都へと向かう街道の途中の丘の上で、式典が終わるのを待っていたのだ。
やがて祝賀会を終えたエリアーナたちが、カーム村へと戻ってくるのが見えた。
彼女たちの顔には英雄として称えられた誇りと、そして俺がいなかったことへの僅かな寂しさが浮かんでいた。
俺は彼女たちの馬車の前に、静かに姿を現した。
「…アラン殿!?」
驚くエリアーナ。
俺は何も言わなかった。
ただ懐から小さな木彫りの花束を取り出した。
俺がこの数日間、心を込めて彫り上げたものだ。
そしてそれをエリアーナにそっと差し出した。
「…ご苦労だった。あんたたちが本当の英雄だ」
それは俺なりの最大限の感謝と祝福の気持ちだった。
エリアーナは驚きに目を見開いた後、その木彫りの花束を宝物のようにそっと受け取った。
そして彼女の青い瞳から一筋、美しい涙が零れ落ちた。
英雄の選択。
俺が選んだのは華やかな舞台ではなく、この名もなき丘の上でたった一人、仲間たちの帰りを迎えるという地味で不器用なやり方だった。
だがそれでいい。
それこそが俺らしいやり方なのだから。
俺は仲間たちと共にカーム村へと続く道を、ゆっくりと歩き始めた。
夕日が俺たちの影を長く長く地面に映し出していた。
商業ギルドが建てた土産物屋は閉鎖され、観光客の喧騒も嘘のように消え去った。乗り合い馬車も来なくなり、村は再び大陸から忘れ去られたかのような元の辺境の村へと戻ったのだ。
俺にとってはそれこそが何よりの望みだった。
だが俺の周りだけは、以前よりも少しだけ賑やかになっていた。
エリアーナ王女は王都からの再三の帰還命令を、「まだ療養が必要です」という見え透いた口実で先延ばしにし、カーム村での滞在を続けていた。
セレスティアもまた「黄昏の蛇の残党に関する最終的な調査が残っている」と言い張り、村を離れる気配はない。
そしてリリアとガレスは、言うまでもなくこの村の住人だ。
俺の家の縁側は、いつの間にか皆の憩いの場となっていた。
俺が畑仕事をしているとエリアーナがお茶を淹れてくれ、セレスティアがどこからか手に入れてきた珍しい菓子を差し出し、リリアとガレスがその日の訓練の成果を報告しに来る。
それは俺が当初望んでいた「静かなスローライフ」とは少し違うものだった。
だがその騒がしくも温かい日常を、俺はいつしか心の底から受け入れていた。
そんな日々が一月ほど続いたある日のこと。
王都から一通の国王直々の親書がエリアーナの元へ届いた。
その内容は二つ。
一つはエリアーナへの最終的な帰還命令。国政がもはや彼女抜きでは立ち行かなくなっている、と。
そしてもう一つは、来月王都で開かれる俺たち「救国の英雄」を称えるための盛大な祝賀会への招待状だった。
「…祝賀会、ですか」
エリアーナは親書を読み終えると、困ったような顔で俺たちを見回した。
「父上がどうしても国民の前であなた方の功績を称えたい、と。…断ることはできそうにありません」
その言葉に俺は、深く深いため息をついた。
祝賀会。
人前に出て大勢から賞賛される。
それは俺がこの世で最も苦手とすることだった。
「俺は行かんぞ」
俺は即答した。
「そういうのは柄じゃない。あんたたちだけで行ってくれ」
「しかしアラン殿! あなたこそがこの度の最大の功労者です! あなたが出席しなければ会そのものが成り立ちません!」
エリアーナが必死に説得してくる。
リリアもガレスもセレスティアも、当然俺が行くべきだという顔をしている。
四対一。
完全に分が悪い。
俺は数日間悩み抜いた。
行きたくない。面倒だ。
だがここで俺が頑なに出席を拒否すれば、王家の面子を潰すことになりエリアーナの立場を悪くしてしまうかもしれない。
彼女には平穏な生活を保証してもらった大きな借りがある。
そして俺は、一つの決断を下した。
祝賀会の当日。
王都アステリアの王城の大広間は、まばゆい光と人々の熱気に包まれていた。
国の重鎮、各国の使節、そして英雄たちの姿を一目見ようと集まった大勢の民衆。
その全ての視線が、壇上に立つ四人の英雄たちに注がれていた。
見事なドレスに身を包んだ王女エリアーナ。
騎士の正装に身を固めたガレス。
黒い、しかしどこか華やかなドレスを着こなすセレスティア。
そして少し緊張した面持ちで、真新しい冒険者の服に袖を通したリリア。
国王オルティウス三世が高らかに彼らの功績を読み上げる。
その言葉の一つ一つに、広間から割れんばかりの拍手と歓声が送られた。
だがそこにいる誰もが気づいていた。
そこにいるはずの、もう一人の英雄の姿がないことに。
吟遊詩人が歌い誰もがその姿を夢見た、伝説の農夫アランの姿が。
「…最大の功労者であるアラン殿は、残念ながら本人の強い希望によりこの場への出席を辞退されました」
国王がそう告げた時、広間に僅かな失望のどよめきが広がった。
国王は言葉を続けた。
「だが彼がこの場にいないことこそが、彼の偉大さの何よりの証明であると余は思う。彼は名誉も地位も富も望まない。ただ彼が愛する土地の平和だけを願う、真の英雄なのだ、と」
その言葉は民衆の心を強く打った。
姿を見せない謎に包まれた英雄。
その謙虚な姿勢は、彼の伝説をさらに神聖で不可侵なものへと昇華させた。
その頃、俺は。
カーム村の自宅の縁側で、一人穏やかに茶をすすっていた。
王都の喧騒などここには届かない。
聞こえるのは風の音と鳥のさえずりだけ。
俺は王都へは行かなかった。
だがエリアーナたちにはこう伝えておいた。
「祝賀会には出る。ただし俺のやり方でだ」と。
俺は祝賀会が始まる少し前に、一人誰にも告げずに家を出た。
そして王都へと向かう街道の途中の丘の上で、式典が終わるのを待っていたのだ。
やがて祝賀会を終えたエリアーナたちが、カーム村へと戻ってくるのが見えた。
彼女たちの顔には英雄として称えられた誇りと、そして俺がいなかったことへの僅かな寂しさが浮かんでいた。
俺は彼女たちの馬車の前に、静かに姿を現した。
「…アラン殿!?」
驚くエリアーナ。
俺は何も言わなかった。
ただ懐から小さな木彫りの花束を取り出した。
俺がこの数日間、心を込めて彫り上げたものだ。
そしてそれをエリアーナにそっと差し出した。
「…ご苦労だった。あんたたちが本当の英雄だ」
それは俺なりの最大限の感謝と祝福の気持ちだった。
エリアーナは驚きに目を見開いた後、その木彫りの花束を宝物のようにそっと受け取った。
そして彼女の青い瞳から一筋、美しい涙が零れ落ちた。
英雄の選択。
俺が選んだのは華やかな舞台ではなく、この名もなき丘の上でたった一人、仲間たちの帰りを迎えるという地味で不器用なやり方だった。
だがそれでいい。
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夕日が俺たちの影を長く長く地面に映し出していた。
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