隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第46話 二学期の胎動、あるいは文化祭という名の戦場

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新学期が始まり、数週間が過ぎた。
俺と雪城さんの間には、あの夏休みを経て生まれた穏やかで確かな空気が流れていた。
それは言葉にしなくても伝わる、二人だけの特別な繋がり。クラスメイトたちも、俺たちのその不可侵の領域をもはや自然なものとして受け入れている。
休み時間に交わされる秘密の筆談。
時折、ふと目が合っては、どちらからともなく小さく微笑む。
それはまだ恋人とは呼べない、甘くて、少しだけ焦れったい、最高の時間だった。
この穏やかな日々が続けばいい。俺は本気でそう願っていた。
だが、高校二年生の二学期という季節は、俺たちのそんなささやかな願いを許してはくれなかった。

「えー、諸君。今年もまた、あの季節がやってきた」
その日、ホームルームのチャムが鳴ると同時に、担任のタナチューがいつになく真剣な面持ちで教壇に立った。
「青春の汗と涙! 友情と努力の結晶! そう、文化祭だ!」
その一言に、教室の空気が一気に熱を帯びる。
「うおおおお!」「待ってました!」
クラス中が、年に一度の最大のイベントに期待と興奮で沸き立った。
「今年のテーマは『創造』だそうだ。各クラス、創造性あふれる出し物を期待する。で、うちのクラスは何をやるか。今から決めるぞ!」
タナチューがそう宣言すると、教室はさながら戦場のような議論の渦に巻き込まれた。

「はいはーい! やっぱり男子としては、メイド喫茶っきゃないっしょ!」
真っ先に手を挙げたのは陽平だった。彼の提案に、クラスの男子の大多数が「それだ!」と力強く賛同する。
「うちのクラス、天宮さんとかいるんだぜ? 絶対、他のクラス圧倒できるって!」
「雪城さんがメイド服着たら、国宝になるぞ……」
男子たちの欲望丸出しの意見に、女子たちからは冷ややかな視線が突き刺さる。
「却下。なんで私たちが、あんたたちの趣味に付き合わなきゃいけないのよ」
女子の中心格の一人がぴしゃりと言い放った。
「やるなら、お洒落なカフェがいいなー。インスタ映えするやつ!」
「いいね! ワッフルとか、タピオカとか出したい!」
女子たちは女子たちで、きらきらした瞳で盛り上がり始める。
「食べ物系は準備が大変だし、予算もかかるだろ」
「だったら、射的とか輪投げとか、縁日みたいなのはどうだ?」
メイド喫茶案、カフェ案、縁日案。
次々と提案が出されるが、どれも決め手に欠け、議論は平行線をたどるばかりだった。
俺は、その喧騒を少しだけ離れた場所から眺めながら、ちらりと隣の席に視線を送った。

雪城冬花は腕を組んで、静かにクラスの議論を聞いていた。
その表情はいつも通りのクールなポーカーフェイス。興味があるのか、ないのか、全く読み取れない。
だが、俺には分かった。彼女はただ傍観しているわけではない。クラスメイト一人一人の発言に真剣に耳を傾け、何かを分析し、思考している。その瞳の奥には、静かだが確かな知性の光が宿っていた。
彼女は、この文化祭というイベントにどう関わろうとしているのだろうか。
俺が彼女の横顔に見惚れていると、ふと、天宮夏帆さんと目が合った。
彼女は白熱する議論を、少しだけ困ったような、でも楽しそうな笑顔で見守っていた。そして、俺に気づくと小さく微笑みかけてくる。
「すごいね、みんな。やる気満々だ」
「……ああ、そうだな」
俺は曖昧に頷き返した。天宮さんは、やはりクラスの人気者だ。彼女が何か一言言えば、このまとまらない議論も少しは落ち着くのかもしれない。

議論がいよいよ行き詰まりを見せ始めた、その時だった。
今まで黙って様子を見ていた陽平が、パン、と大きく手を叩いた。
「もう、分かった! 食べ物系は揉める! なら、これしかねえだろ!」
クラス中の視線が陽平一人に集まる。
彼はニヤリと、自信満々の笑みを浮かべてこう叫んだ。

「お化け屋敷だ!」

その一言に、教室は一瞬シンと静まり返った。
そして次の瞬間、賛成と反対の大きな声が入り乱れる。
「えー、お化け屋敷ぃ?」「準備、めっちゃ大変そうじゃん!」
「いいね! 絶対盛り上がるって!」
「怖いのは嫌だなあ……」
女子からは特に反対意見が多かった。だが、陽平は怯まない。
「考えてみろよ! お化け屋敷なら予算はダンボールと黒いビニールシートでかなり安く済む! それに、内装作りとか、脅かし役とか、受付とか、全員に役割分担できる! 男女で協力して作業するのって、なんか青春っぽくね!?」
陽平の絶妙にツボを押さえたプレゼン。
「それに、だ。暗い中、男女がキャーキャー言いながら密着するんだぜ? ワンチャン、カップル成立とか、あるかもしんねえぞ!」
その最後の下心丸出しの一言が決定打となった。
クラスの男女の間に、妙に含みのあるそわそわとした空気が流れ始める。
「……まあ、確かに面白そうかも」
「カフェよりは、やりがいありそうね」
風向きが明らかに変わった。
「よし! じゃあ、多数決だ! お化け屋敷に賛成のやつ、手を挙げろ!」
タナチューがそう言うと、クラスの三分の二以上の手が勢いよく上がった。俺も、陽平の意見に乗りそっと手を挙げる。

こうして、俺たちのクラスの出し物は「お化け屋敷」に正式に決定した。
「よっしゃー!」と歓喜の声を上げる男子たち。
「まあ、決まったからには頑張るか」と少しだけ乗り気になっている女子たち。
クラスが、一つの目標に向かって一つにまとまろうとしている。その心地よい高揚感が教室を満たしていた。

俺はふと、隣の雪城さんを見た。
彼女は多数決の時も手を挙げてはいなかった。ただ、静かにその結果を見届けているだけだった。
だが、俺は見逃さなかった。
お化け屋敷に決まった、その瞬間。
彼女の氷のように静かだった唇の端が、ほんのわずかに、本当にほんのわずかに吊り上がったのを。
それは満足げな、そして全てが計画通りだと言わんばかりの、微かな笑み。
彼女は最初から、こうなることを見越していたのだろうか。
未来の知識で、このクラスの出し物が「お化-け屋敷」になることを知っていた?
それとも……。
俺は、彼女のその謎めいた微笑みの意味を測りかねていた。
ただ、一つだけ確かなことがある。
この文化祭は、ただの学校行事では終わらない。
彼女が何かを企んでいる。
そして、俺はまたしてもその壮大な計画の渦の中に巻き込まれていくのだ。
二学期最初の大きなイベントは、波乱の予感をはらみながら静かにその幕を開けたのだった。
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