隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第59話 メイド喫茶の遭遇、あるいは最強の刺客

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「面白いお客様って、一体誰のことだよ」
俺は雪城さんに手を引かれるまま、再び熱気に満ちた校舎の中へと戻っていた。
彼女は俺の問いには答えず、ただ「行けば分かります」とミステリアスに微笑むだけだ。
俺たちのクラスのお化け屋敷の前には相変わらず黒山の人だかりができていた。その列の長さは彼女の予言通り、午前中よりもさらに伸びているように見える。
「すごいな、本当に」
「当然です。私の計算に、抜かりはありませんから」
ふふん、と胸を張る彼女。その自信に満ちたドヤ顔が、もはや俺には可愛くて仕方がない。

俺たちは受付係のクラスメイトに軽く挨拶をし、お化け屋敷の中には入らず、少し離れた場所からその盛況ぶりを眺めていた。
次々と吸い込まれていく客、そして腰を抜かさんばかりの悲鳴を上げて飛び出してくる客。その反応を見ているだけで面白い。
「なあ、本当に誰か来るのか?」
俺が痺れを切らして尋ねると、彼女は校舎の廊下の、ある一点をじっと見つめた。
「……来たようです」
彼女の視線の先を、俺も追う。
そこにいたのは、俺たちがよく知る二人の人物だった。
「陽平と……天宮さん?」
二人は広報活動の一環なのか、他のクラスの出し物を見て回っているようだった。その手にはクレープが握られている。
「あの二人が、面白いお客様なのか?」
「まあ、見ていてください」
彼女は意味ありげに微笑む。
陽平と天宮さんは楽しそうに談笑しながら廊下を歩いていた。
そして、あるクラスの派手な看板の前で足を止めた。
その看板にはこう書かれている。
『萌え萌えメイド♡パラダイス』
陽平が男子生徒の欲望を代表して提案し、そして見事に却下された、あのメイド喫茶だった。どうやら別のクラスが採用したらしい。

「お、メイド喫茶じゃん。ちょっと覗いてかねえ?」
陽平が下心丸出しの笑顔で天宮さんを誘う。
「えー、でも、なんか恥ずかしいよ」
天宮さんは少しだけ躊躇しているようだった。
だが、その時、教室のドアが開き、中からフリフリのエプロンをつけた可愛らしいメイド姿の女子生徒が出てきた。
「いらっしゃいませ、ご主人様! 今なら、お席空いてますにゃん♡」
その、あまりにも本格的な接客に陽平の目は完全にハートマークになっていた。
「行くしかねえ! な、天宮さん!」
「う、うん……。まあ、せっかくだしね」
天宮さんもクラスメイトたちの手前、断り切れなかったのだろう。少しだけ困ったような顔で陽平に続いて教室の中へと吸い込まれていった。

「……で? これの、どこが面白いんだ?」
俺が隣の雪城さんに尋ねる。
「焦りは禁物です、優斗さん。物語には起承転結というものがありますから」
彼女はまるで映画監督のような口ぶりで、静かにその光景を見守っている。
俺は彼女の意図が全く読めないまま、ただそのメイド喫茶の入り口をぼんやりと眺めていた。

数分後。
教室のドアが再び開いた。
中から出てきたのは、さっき入っていった陽平だった。
だが、その表情は先ほどまでの下心に満ちたものではなく、なぜかひどく青ざめている。
そして、彼は俺たちの姿を見つけるなり、幽霊でも見たかのような顔でこちらへ駆け寄ってきた。
「お、おい、優斗……! やばい、やばいぞ……!」
彼は俺の肩を掴み、小刻みに揺さぶる。
「なんだよ、落ち着けって。何があったんだ」
「中に……! 中に、いるんだよ……!」
「いるって、誰がだよ」
「天宮さんが……!」
陽平の言葉に、俺はきょとんとした。
「は? 天宮さんなら、さっきお前と一緒に入って行っただろ」
「違う! そうじゃねえんだよ!」
陽平は必死に首を横に振る。
「中にいるメイドの一人が急に体調を崩して早退しちまったらしくてな……。それで、人手が足りないからって、そこにいた天宮さんが急遽助っ人としてメイド服に着替えることになっちまったんだよ!」
「…………は?」
俺の思考が一瞬停止した。
天宮さんが、メイド服?
その破壊力抜群の単語が、俺の脳内で危険な響きを伴って反響する。
「とにかく、やばいんだって! あのクラスの女神が、伝説のメイド服を……! 今、まさに降臨なされようとしているんだよ! これは歴史的瞬間だ!」
陽平は一人で興奮し、鼻血でも出しそうな勢いだ。
俺はゴクリと喉を鳴らした。
そして、恐る恐る隣の絶対零度の氷山の様子を窺う。

雪城さんは、やはり完璧な無表情だった。
だが、その握りしめられた拳は白を通り越して青紫色になっている。
彼女の周りの空間が再び歪み始めている。
カタカタカタ、と微かに彼女の奥歯が鳴っている音まで聞こえてくるようだった。
「……なるほど」
彼女の唇から、地獄の底から響いてくるような低い、低い声が漏れた。
「これが、私の計算を超えてきた、最強の刺客というわけですか」
その瞳には、もはや嫉妬の色すらない。
ただ、これから始まるであろう最終戦争を前にした、絶対王者の静かな、しかし燃え盛る闘志だけが宿っていた。

陽平はそんな彼女の様子にも気づかず、俺の腕を掴んだ。
「おい、優斗! 行くぞ! こんなチャンス、二度とねえぞ!」
「え、いや、俺は……」
俺が必死に抵抗しようとした、その時。
メイド喫茶のドアが、再びゆっくりと開いた。
そして、そこから現れたのは。

フリルのついたカチューシャ。
黒いワンピースに、白いふわふわのエプロン。
そして、少しだけ恥ずかしそうに、はにかみながら頬を染めている、天宮夏帆さんの姿だった。
その、あまりの破壊力に廊下にいた全ての男子生徒が息を呑んだ。
俺も思わず見惚れてしまった。
まずい。これは、本当にまずい。

「……相沢くん」

隣から聞こえてきたのは、もはや声ではなかった。
それはシベリアの永久凍土をさらに瞬間冷凍したかのような、絶対零度の響き。
俺はゆっくりと、本当にゆっくりと隣を見た。
雪城冬花は微笑んでいた。
完璧な聖母のような微笑みを浮かべていた。
だが、その目は一切笑っていなかった。

「少し、お話があります。後で、屋上まで来なさい」

それは命令であり、宣告であり、そして俺の死刑判決だった。
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