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第一話 渇望の果てに
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ピッ、ピッ、ピッ。
無機質な電子音が俺の命の残り時間を告げている。清潔なシーツに包まれた体は、もう指一本動かせない。かつて鋼のようだと称された肉体は見る影もなく痩せ細っていた。
大神ジン。それが俺の名だ。
大神流古武術、その開祖にして唯一の継承者。俺は生涯を武の道に捧げた。ただひたすらに強さを求め、鍛錬を続けた。幼き頃から、戦うことだけが俺の全てだった。
道場破りは数えきれないほど退けた。裏社会の猛者たちも、国家が誇る特殊部隊員も、俺の前では赤子同然だった。誰が相手でも、俺は一度たりとも本気を出したことがない。否、出せなかったのだ。
俺の拳は常に渇いていた。俺の魂は常に飢えていた。
全身全霊をぶつけなければ勝てない相手。死力を尽くしてようやく届く境地。そんな「死闘」を、俺は生涯求め続けた。
だが、ついぞ現れなかった。
俺の前に立つ者は皆、あまりにも弱すぎた。俺は頂点に立ったのではない。周りに誰もいなかっただけだ。その虚しさが分かるか。
皮肉なものだ。
最強を求めた俺を蝕んだのは、敵の刃ではなく病魔だった。体中の筋肉が衰え、骨が脆くなり、呼吸すら機械に頼る有り様。最強の男の最期がこれか。あまりに滑稽で、笑いさえ込み上げてくる。
ピッ、ピッ、ピーーー。
電子音が途切れ、長い直線を描いた。
ああ、終わるのか。
不完全燃焼のまま、この渇きを抱えたまま。そんな結末は認めない。認められるものか。
もし、もし次があるのなら。
神でも仏でも悪魔でもいい。俺に最高の戦いをさせろ。魂の全てを燃やし尽くせるほどの、ただ一度の死闘を。
その強烈な願いだけが、闇に沈む俺の全てだった。
◆
意識がふと浮上する。
目を開けると、そこは完全な無だった。上も下も右も左もない。ただ、果てしない闇と静寂が広がる空間。死後の世界とは、こういう場所なのか。
「面白い魂ですね」
凛とした声が響いた。
声のした方に目を向けると、いつの間にか一人の女性が立っていた。銀色に輝く長髪、金色の瞳。人が神々しいという言葉で表現しようとする美しさを、そのまま形にしたような存在だった。彼女が纏う純白の衣は、この漆黒の空間で唯一の光だった。
「お前が神か」
俺は問いかける。声は不思議とスムーズに出た。
女神と呼ぶべき存在は、興味深そうに俺を見つめ、小さく微笑んだ。
「ええ、まあ。そんなところです。私はこの世界の理を司る者の一柱。あなたのような強烈な魂の輝きを見るのは、随分と久しぶりです」
「魂の輝き、か」
「ええ。ほとんどの魂は死と共に静かに霧散するか、輪廻の流れに溶けていきます。でもあなたの魂は違う。今もなお、凄まじい熱量で燃え上がっている。まるで恒星のよう」
女神は楽しそうに言葉を続ける。
「『死闘を』と願っていましたね。その渇望、常軌を逸していますよ。普通は平穏とか、来世での幸福を願うものなのに」
「俺の人生は戦いそのものだ。戦いのない生に意味はない」
俺の言葉に、女神はくすくすと笑った。神というには、随分と人間臭い仕草だった。
「気に入りました、大神ジン。あなたのその純粋すぎるほどの渇望、とても素敵です。見ていて飽きない」
彼女は優雅に手を差し伸べる。
「あなたに機会を差し上げましょう。もう一度、新たな生を生きる機会を」
「断る」
俺は即答した。
女神は少し驚いたように目を丸くする。
「あら、どうしてです? 普通は喜んで飛びつく話だと思いますが」
「意味がないからだ。俺がいた世界に、俺の渇きを癒す者はいなかった。同じ世界に生まれ直したところで、結果は同じ。退屈な人生を繰り返すのは御免だ」
俺の答えを聞き、女神は満足げに頷いた。
「ええ、そう言うと思っていました。ですから、あなたに用意する舞台は、あなたのいた世界ではありません」
「どういう意味だ」
「剣と魔法。ドラゴンが空を舞い、魔王が世界を脅かす。多種多様な種族が覇を競い、神々の遺したダンジョンには伝説級の魔物が眠る。そんな世界に、あなたを転生させてあげるのです」
剣と魔法。ドラゴン。魔王。
おとぎ話のような単語が並ぶ。だが、この神がかった存在が言うのだ。きっと事実なのだろう。俺の心臓が、久しく忘れていた高鳴りを覚えた。
「……その世界には、強い奴がいるのか」
俺が最も聞きたいことは、それだけだった。
「いますよ。それはもう、たくさん。あなたの常識では測れないほどに。人の身でありながら竜を屠る剣聖。一振りで山を砕く獣王。一詠唱で軍隊を焼き払う大魔導師。そして、神話に語られる災害級の魔物たち」
女神の言葉の一つ一つが、俺の乾いた魂に染み渡っていく。
想像するだけで、全身の血が沸騰しそうだ。
「どうです? 少しは興味が湧きましたか?」
「ああ。湧いてきた」
俺の返事に、女神は一層笑みを深めた。
「素晴らしい。では、転生するあなたに、私から特別な贈り物をしましょう。あなたの渇望にふさわしい、あなただけの力を」
女神が指を鳴らす。
すると俺の目の前に、半透明のパネルのようなものが現れた。そこには、一つの文字が表示されている。
【闘神】
「これはスキル、とでも言えば分かりやすいでしょうか。あなたの新しい世界では、誰もが神々から何かしらのスキルを授かって生まれてきます。そしてこれが、私があなたに与えるユニークスキル【闘神】です」
「闘神……」
「その効果は至ってシンプル。あなたが『格上』だと認識した相手と死闘を繰り広げるほど、あなたの全ての能力は無限に上昇していきます」
女神の説明に、俺は息を呑んだ。
なんだそれは。まるで俺という人間の生き様そのものを、力として具現化したようなスキルではないか。
「格上と戦えば戦うほど、あなたは強くなる。傷を負えば負うほど、その力は増していく。そして、死線を乗り越え勝利した時、その経験の一部はあなたの永続的な力となるでしょう」
「……つまり、強い奴と戦い続ければ、俺はどこまでも強くなれると」
「その通りです。まさにあなたのためにあるようなスキルでしょう?」
女神は悪戯っぽく片目をつむった。
ああ、そうだ。これこそ俺が求めていたものだ。
この力があれば、俺はどこまでも高みを目指せる。いつか、神話の魔物や、あるいは神々とさえ、対等に渡り合える日が来るかもしれない。
考えただけで、全身が歓喜に打ち震えた。
前世では感じたことのない、純粋な高揚感。
「素晴らしい。これ以上の贈り物はない」
俺は女神に向き直り、深く頭を下げた。
「礼を言う。この力、存分に使わせてもらう」
「ふふ、どういたしまして。あなたのような面白い魂が、新しい世界でどんな嵐を巻き起こすのか。特等席で見物させてもらいますよ」
女神が再び指を鳴らすと、俺の足元が眩い光に包まれた。体が溶けていくような、それでいて再構築されていくような不思議な感覚。
「さあ、行きなさい。戦闘狂、大神ジン。あなたの願いが叶う世界へ」
女神の声が遠のいていく。
「最後に一つだけ忠告しておきましょう。その渇望は、あなたを最強へと導く最大の力です。しかし、時には刃となってあなた自身を滅ぼすかもしれない。そのことを、お忘れなく」
光が世界を覆い尽くす。
意識が途切れる寸前、俺の脳裏に浮かんだのは、ただ一つの想いだけ。
今度こそ、最高の戦いを。
この魂が燃え尽きるほどの、死闘を。
そして。
オギャア、オギャアと、力強い産声が、剣と魔法の世界に響き渡った。
無機質な電子音が俺の命の残り時間を告げている。清潔なシーツに包まれた体は、もう指一本動かせない。かつて鋼のようだと称された肉体は見る影もなく痩せ細っていた。
大神ジン。それが俺の名だ。
大神流古武術、その開祖にして唯一の継承者。俺は生涯を武の道に捧げた。ただひたすらに強さを求め、鍛錬を続けた。幼き頃から、戦うことだけが俺の全てだった。
道場破りは数えきれないほど退けた。裏社会の猛者たちも、国家が誇る特殊部隊員も、俺の前では赤子同然だった。誰が相手でも、俺は一度たりとも本気を出したことがない。否、出せなかったのだ。
俺の拳は常に渇いていた。俺の魂は常に飢えていた。
全身全霊をぶつけなければ勝てない相手。死力を尽くしてようやく届く境地。そんな「死闘」を、俺は生涯求め続けた。
だが、ついぞ現れなかった。
俺の前に立つ者は皆、あまりにも弱すぎた。俺は頂点に立ったのではない。周りに誰もいなかっただけだ。その虚しさが分かるか。
皮肉なものだ。
最強を求めた俺を蝕んだのは、敵の刃ではなく病魔だった。体中の筋肉が衰え、骨が脆くなり、呼吸すら機械に頼る有り様。最強の男の最期がこれか。あまりに滑稽で、笑いさえ込み上げてくる。
ピッ、ピッ、ピーーー。
電子音が途切れ、長い直線を描いた。
ああ、終わるのか。
不完全燃焼のまま、この渇きを抱えたまま。そんな結末は認めない。認められるものか。
もし、もし次があるのなら。
神でも仏でも悪魔でもいい。俺に最高の戦いをさせろ。魂の全てを燃やし尽くせるほどの、ただ一度の死闘を。
その強烈な願いだけが、闇に沈む俺の全てだった。
◆
意識がふと浮上する。
目を開けると、そこは完全な無だった。上も下も右も左もない。ただ、果てしない闇と静寂が広がる空間。死後の世界とは、こういう場所なのか。
「面白い魂ですね」
凛とした声が響いた。
声のした方に目を向けると、いつの間にか一人の女性が立っていた。銀色に輝く長髪、金色の瞳。人が神々しいという言葉で表現しようとする美しさを、そのまま形にしたような存在だった。彼女が纏う純白の衣は、この漆黒の空間で唯一の光だった。
「お前が神か」
俺は問いかける。声は不思議とスムーズに出た。
女神と呼ぶべき存在は、興味深そうに俺を見つめ、小さく微笑んだ。
「ええ、まあ。そんなところです。私はこの世界の理を司る者の一柱。あなたのような強烈な魂の輝きを見るのは、随分と久しぶりです」
「魂の輝き、か」
「ええ。ほとんどの魂は死と共に静かに霧散するか、輪廻の流れに溶けていきます。でもあなたの魂は違う。今もなお、凄まじい熱量で燃え上がっている。まるで恒星のよう」
女神は楽しそうに言葉を続ける。
「『死闘を』と願っていましたね。その渇望、常軌を逸していますよ。普通は平穏とか、来世での幸福を願うものなのに」
「俺の人生は戦いそのものだ。戦いのない生に意味はない」
俺の言葉に、女神はくすくすと笑った。神というには、随分と人間臭い仕草だった。
「気に入りました、大神ジン。あなたのその純粋すぎるほどの渇望、とても素敵です。見ていて飽きない」
彼女は優雅に手を差し伸べる。
「あなたに機会を差し上げましょう。もう一度、新たな生を生きる機会を」
「断る」
俺は即答した。
女神は少し驚いたように目を丸くする。
「あら、どうしてです? 普通は喜んで飛びつく話だと思いますが」
「意味がないからだ。俺がいた世界に、俺の渇きを癒す者はいなかった。同じ世界に生まれ直したところで、結果は同じ。退屈な人生を繰り返すのは御免だ」
俺の答えを聞き、女神は満足げに頷いた。
「ええ、そう言うと思っていました。ですから、あなたに用意する舞台は、あなたのいた世界ではありません」
「どういう意味だ」
「剣と魔法。ドラゴンが空を舞い、魔王が世界を脅かす。多種多様な種族が覇を競い、神々の遺したダンジョンには伝説級の魔物が眠る。そんな世界に、あなたを転生させてあげるのです」
剣と魔法。ドラゴン。魔王。
おとぎ話のような単語が並ぶ。だが、この神がかった存在が言うのだ。きっと事実なのだろう。俺の心臓が、久しく忘れていた高鳴りを覚えた。
「……その世界には、強い奴がいるのか」
俺が最も聞きたいことは、それだけだった。
「いますよ。それはもう、たくさん。あなたの常識では測れないほどに。人の身でありながら竜を屠る剣聖。一振りで山を砕く獣王。一詠唱で軍隊を焼き払う大魔導師。そして、神話に語られる災害級の魔物たち」
女神の言葉の一つ一つが、俺の乾いた魂に染み渡っていく。
想像するだけで、全身の血が沸騰しそうだ。
「どうです? 少しは興味が湧きましたか?」
「ああ。湧いてきた」
俺の返事に、女神は一層笑みを深めた。
「素晴らしい。では、転生するあなたに、私から特別な贈り物をしましょう。あなたの渇望にふさわしい、あなただけの力を」
女神が指を鳴らす。
すると俺の目の前に、半透明のパネルのようなものが現れた。そこには、一つの文字が表示されている。
【闘神】
「これはスキル、とでも言えば分かりやすいでしょうか。あなたの新しい世界では、誰もが神々から何かしらのスキルを授かって生まれてきます。そしてこれが、私があなたに与えるユニークスキル【闘神】です」
「闘神……」
「その効果は至ってシンプル。あなたが『格上』だと認識した相手と死闘を繰り広げるほど、あなたの全ての能力は無限に上昇していきます」
女神の説明に、俺は息を呑んだ。
なんだそれは。まるで俺という人間の生き様そのものを、力として具現化したようなスキルではないか。
「格上と戦えば戦うほど、あなたは強くなる。傷を負えば負うほど、その力は増していく。そして、死線を乗り越え勝利した時、その経験の一部はあなたの永続的な力となるでしょう」
「……つまり、強い奴と戦い続ければ、俺はどこまでも強くなれると」
「その通りです。まさにあなたのためにあるようなスキルでしょう?」
女神は悪戯っぽく片目をつむった。
ああ、そうだ。これこそ俺が求めていたものだ。
この力があれば、俺はどこまでも高みを目指せる。いつか、神話の魔物や、あるいは神々とさえ、対等に渡り合える日が来るかもしれない。
考えただけで、全身が歓喜に打ち震えた。
前世では感じたことのない、純粋な高揚感。
「素晴らしい。これ以上の贈り物はない」
俺は女神に向き直り、深く頭を下げた。
「礼を言う。この力、存分に使わせてもらう」
「ふふ、どういたしまして。あなたのような面白い魂が、新しい世界でどんな嵐を巻き起こすのか。特等席で見物させてもらいますよ」
女神が再び指を鳴らすと、俺の足元が眩い光に包まれた。体が溶けていくような、それでいて再構築されていくような不思議な感覚。
「さあ、行きなさい。戦闘狂、大神ジン。あなたの願いが叶う世界へ」
女神の声が遠のいていく。
「最後に一つだけ忠告しておきましょう。その渇望は、あなたを最強へと導く最大の力です。しかし、時には刃となってあなた自身を滅ぼすかもしれない。そのことを、お忘れなく」
光が世界を覆い尽くす。
意識が途切れる寸前、俺の脳裏に浮かんだのは、ただ一つの想いだけ。
今度こそ、最高の戦いを。
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