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第七話 規格外の新人
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「ご、ゴブリン、五十四匹。ゴブリンリーダー、一体。……間違いありません」
受付嬢の震える声が、静まり返ったギルドに響き渡る。
その瞬間、凍りついていた空気が爆ぜた。
「おい、マジかよ……」
「たった半日で、一人で巣を壊滅させやがったのか」
「化け物だろ、あのガキ……」
賞賛、驚愕、そして嫉妬。
様々な感情が渦巻く視線が、俺に突き刺さる。
酒場の隅では、朝俺に絡んできたチンピラたちの仲間らしき男たちが、顔を真っ青にして震えていた。
だが、そんな周囲の喧騒は、俺の耳には届いていなかった。
俺はただ、無感動に報酬の銀貨と銅貨が袋に詰められていくのを眺めているだけだった。
「あの、ジンさん」
受付嬢がおずおずと口を開く。
「今回の討伐での貢献度は、Fランクの規定を大幅に超えています。ギルドマスターに報告し、判断を仰ぎますが、よろしいでしょうか」
「好きにしろ」
俺が短く答えると、彼女は慌ててカウンターの奥へと引っ込んでいった。
残された俺は、一人カウンターの前で待つ。
遠巻きに囁かれる声が、わずかに耳に入ってくる。
「あいつ、朝は絡まれても反撃しなかったって聞いたぞ」
「いや、一瞬で三人を伸したらしい」
「どっちだよ!」
噂とは、かくもいい加減なものか。
俺がそんなことを考えていると、カウンターの奥から再びあの男が現れた。
熊のようなギルドマスター、バルガスだ。
彼は受付嬢から報告書を受け取ると、眉一つ動かさずにそれに目を通した。
そして、カウンターに広げられたままの耳の山を一瞥し、俺の顔をじっと見た。
その鋭い眼光は、俺の実力と本質を見極めようとしているようだった。
「……なるほどな。西の森が、やけに静かになったわけだ」
バルガスは重々しく呟くと、報告書をカウンターに置いた。
「小僧。お前、本当に一人でやったのか」
「他に誰かいたか」
俺の素っ気ない返事に、バルガスは怒るでもなく、むしろ楽しそうに口の端を吊り上げた。
「カッカッカッ! 面白い! やはりただの小僧ではなかったか。ゴブリンの巣を一人で掃除してくるとはな。まるで嵐が通り過ぎた後だ」
バルガスは腕を組み、周囲の冒険者たちを見渡すように言った。
「お前ら、よく聞け。こいつは今日登録したばかりの新人だ。だが、その実力は既にそこらのDランク冒険者を凌ぐ」
その言葉に、ギルド内が再びざわつく。
Dランク。それは新人冒険者が目指す、最初の壁だ。それを一日で飛び越えたという事実に、誰もが信じられないといった顔をしていた。
「ギルドマスター、しかし規定では……」
近くにいたベテランらしき冒険者が、口を挟もうとする。
だがバルガスは、それを手で制した。
「規定だぁ? そんなもんは、常識の範囲内でしか通用しねえ。こいつの実力は、Fランクの器に収まるもんじゃねえだろ。文句があるやつは、こいつに直接言ってみろ。俺は止めんぞ」
バルガスの言葉に、誰もが口をつぐんだ。
俺に絡もうとする者など、一人もいない。
バルガスは満足げに頷くと、受付嬢に命令した。
「そいつのギルドカードを書き換えろ。FランクからEランクへ、本日付で特例昇格だ。貢献度は繰り越しにしておけ」
「は、はい!」
受付嬢は慌てて俺の銅板を受け取り、カウンターの奥に設置された魔法陣のようなものの上に置いた。
銅板が淡い光を放ち、刻まれた文字が書き換わっていく。
Eランク。
これで、受けられる依頼の幅が少しは広がるだろう。
俺は書き換えられたギルドカードを受け取り、懐にしまった。
「ジン、だったな」
バルガスが俺に声をかける。
「お前の強さは認める。だが、忘れるな。ゴブリンなぞ、この世界の最弱だ。天狗になるには百年早い」
「分かっている」
「ならいい。せいぜい稼いで、ギルドに金を落としていけ」
バルガスはそう言うと、再び豪快に笑い、奥へと戻っていった。
俺は報酬の詰まった袋を掴む。
ずしりとした重みが、心地よかった。
これで当面の生活には困らない。
俺がギルドを去ろうと背を向けた時だった。
「あ、あの!」
声の主は、森で出会った三人組の新人パーティだった。彼らも依頼を終え、報告に来ていたらしい。その体は泥と傷で汚れていたが、顔には達成感が浮かんでいた。
リーダー格の剣士の少年が、意を決したように俺の前に立った。
「すまなかった! 俺たち、君のことを誤解していた。君はすごい冒険者だ!」
彼はそう言うと、深々と頭を下げた。他の二人も、それに倣う。
俺は彼らを一瞥した。
「そうか」
それだけを告げ、彼らの横を通り過ぎる。
「待ってくれ! 名前を教えてくれないか。俺はレオンだ!」
背後から声が飛んでくる。
俺は足を止めず、振り返りもせず、ただ一言だけ返した。
「ジンだ」
ギルドの外に出ると、日はとっくに沈んでいた。
街はランプの灯りで照らされ、昼間とは違う顔を見せている。
俺は稼いだ金で、安宿の一室を借りた。
ぎしぎしと軋むベッド。窓から見える路地裏の薄汚れた風景。だが、俺にとってはウッドビルの自室よりもずっと落ち着く場所だった。
ベッドに腰掛け、今日の戦いを反芻する。
何の感慨も湧かない。何の興奮もなかった。
ゴブリンリーダーとの戦いですら、ただの作業だった。
Eランクに上がったところで、受けられる依頼などたかが知れている。
もっと上へ。もっと早く。
俺はギルドカードを取り出し、その銅色の輝きを睨みつけた。
E、D、C、B、A、そしてS。
その頂に立った時、俺の渇きを癒すほどの強敵に出会えるのだろうか。
まだだ。まだ何も始まっていない。
これは、長い長い道のりの、ほんの始まりの一歩にすぎない。
俺は目を閉じ、意識を内側へと沈めていく。
今はただ、力を蓄える時だ。
次の戦いに備え、この静かな夜に牙を研ぐ。
スタートニアの街の片隅で、一人の戦闘狂が、静かにその闘志を燃やしていた。
受付嬢の震える声が、静まり返ったギルドに響き渡る。
その瞬間、凍りついていた空気が爆ぜた。
「おい、マジかよ……」
「たった半日で、一人で巣を壊滅させやがったのか」
「化け物だろ、あのガキ……」
賞賛、驚愕、そして嫉妬。
様々な感情が渦巻く視線が、俺に突き刺さる。
酒場の隅では、朝俺に絡んできたチンピラたちの仲間らしき男たちが、顔を真っ青にして震えていた。
だが、そんな周囲の喧騒は、俺の耳には届いていなかった。
俺はただ、無感動に報酬の銀貨と銅貨が袋に詰められていくのを眺めているだけだった。
「あの、ジンさん」
受付嬢がおずおずと口を開く。
「今回の討伐での貢献度は、Fランクの規定を大幅に超えています。ギルドマスターに報告し、判断を仰ぎますが、よろしいでしょうか」
「好きにしろ」
俺が短く答えると、彼女は慌ててカウンターの奥へと引っ込んでいった。
残された俺は、一人カウンターの前で待つ。
遠巻きに囁かれる声が、わずかに耳に入ってくる。
「あいつ、朝は絡まれても反撃しなかったって聞いたぞ」
「いや、一瞬で三人を伸したらしい」
「どっちだよ!」
噂とは、かくもいい加減なものか。
俺がそんなことを考えていると、カウンターの奥から再びあの男が現れた。
熊のようなギルドマスター、バルガスだ。
彼は受付嬢から報告書を受け取ると、眉一つ動かさずにそれに目を通した。
そして、カウンターに広げられたままの耳の山を一瞥し、俺の顔をじっと見た。
その鋭い眼光は、俺の実力と本質を見極めようとしているようだった。
「……なるほどな。西の森が、やけに静かになったわけだ」
バルガスは重々しく呟くと、報告書をカウンターに置いた。
「小僧。お前、本当に一人でやったのか」
「他に誰かいたか」
俺の素っ気ない返事に、バルガスは怒るでもなく、むしろ楽しそうに口の端を吊り上げた。
「カッカッカッ! 面白い! やはりただの小僧ではなかったか。ゴブリンの巣を一人で掃除してくるとはな。まるで嵐が通り過ぎた後だ」
バルガスは腕を組み、周囲の冒険者たちを見渡すように言った。
「お前ら、よく聞け。こいつは今日登録したばかりの新人だ。だが、その実力は既にそこらのDランク冒険者を凌ぐ」
その言葉に、ギルド内が再びざわつく。
Dランク。それは新人冒険者が目指す、最初の壁だ。それを一日で飛び越えたという事実に、誰もが信じられないといった顔をしていた。
「ギルドマスター、しかし規定では……」
近くにいたベテランらしき冒険者が、口を挟もうとする。
だがバルガスは、それを手で制した。
「規定だぁ? そんなもんは、常識の範囲内でしか通用しねえ。こいつの実力は、Fランクの器に収まるもんじゃねえだろ。文句があるやつは、こいつに直接言ってみろ。俺は止めんぞ」
バルガスの言葉に、誰もが口をつぐんだ。
俺に絡もうとする者など、一人もいない。
バルガスは満足げに頷くと、受付嬢に命令した。
「そいつのギルドカードを書き換えろ。FランクからEランクへ、本日付で特例昇格だ。貢献度は繰り越しにしておけ」
「は、はい!」
受付嬢は慌てて俺の銅板を受け取り、カウンターの奥に設置された魔法陣のようなものの上に置いた。
銅板が淡い光を放ち、刻まれた文字が書き換わっていく。
Eランク。
これで、受けられる依頼の幅が少しは広がるだろう。
俺は書き換えられたギルドカードを受け取り、懐にしまった。
「ジン、だったな」
バルガスが俺に声をかける。
「お前の強さは認める。だが、忘れるな。ゴブリンなぞ、この世界の最弱だ。天狗になるには百年早い」
「分かっている」
「ならいい。せいぜい稼いで、ギルドに金を落としていけ」
バルガスはそう言うと、再び豪快に笑い、奥へと戻っていった。
俺は報酬の詰まった袋を掴む。
ずしりとした重みが、心地よかった。
これで当面の生活には困らない。
俺がギルドを去ろうと背を向けた時だった。
「あ、あの!」
声の主は、森で出会った三人組の新人パーティだった。彼らも依頼を終え、報告に来ていたらしい。その体は泥と傷で汚れていたが、顔には達成感が浮かんでいた。
リーダー格の剣士の少年が、意を決したように俺の前に立った。
「すまなかった! 俺たち、君のことを誤解していた。君はすごい冒険者だ!」
彼はそう言うと、深々と頭を下げた。他の二人も、それに倣う。
俺は彼らを一瞥した。
「そうか」
それだけを告げ、彼らの横を通り過ぎる。
「待ってくれ! 名前を教えてくれないか。俺はレオンだ!」
背後から声が飛んでくる。
俺は足を止めず、振り返りもせず、ただ一言だけ返した。
「ジンだ」
ギルドの外に出ると、日はとっくに沈んでいた。
街はランプの灯りで照らされ、昼間とは違う顔を見せている。
俺は稼いだ金で、安宿の一室を借りた。
ぎしぎしと軋むベッド。窓から見える路地裏の薄汚れた風景。だが、俺にとってはウッドビルの自室よりもずっと落ち着く場所だった。
ベッドに腰掛け、今日の戦いを反芻する。
何の感慨も湧かない。何の興奮もなかった。
ゴブリンリーダーとの戦いですら、ただの作業だった。
Eランクに上がったところで、受けられる依頼などたかが知れている。
もっと上へ。もっと早く。
俺はギルドカードを取り出し、その銅色の輝きを睨みつけた。
E、D、C、B、A、そしてS。
その頂に立った時、俺の渇きを癒すほどの強敵に出会えるのだろうか。
まだだ。まだ何も始まっていない。
これは、長い長い道のりの、ほんの始まりの一歩にすぎない。
俺は目を閉じ、意識を内側へと沈めていく。
今はただ、力を蓄える時だ。
次の戦いに備え、この静かな夜に牙を研ぐ。
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