死闘を求めた戦闘狂、異世界で最強スキル【闘神】を授かる 〜強敵と戦うほど無限に強くなるので、神だろうが殴りに行きます〜

夏見ナイ

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第三十四話 初めての敗北

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先に動いたのは仮面の剣士だった。
闇に溶けていたはずの影が、音もなく予備動作もなく、俺の目の前に現れる。
抜刀。
その一連の動作は、俺の目ですら捉えきれないほどの神速だった。

空気を切り裂く鋭い金属音。
死が俺の首筋を撫でた。
俺は本能的に、ありえない角度で上体を反らし、その斬撃を回避する。
俺の頬を、一筋の赤い線が走った。紙一重。掠っただけで皮膚が裂けていた。

俺は即座に後方へ跳び、間合いを取る。
頬を伝う生温かい血の感触。
ぞくり、と全身の肌が粟立った。恐怖ではない。歓喜だ。
こいつは本物だ。俺がこれまで戦ってきたどんな敵とも違う。

「……ほう。今の一撃を避けるか」
仮面の剣士が、初めて感嘆ともとれる声を漏らした。
彼はまるで最初からそこにいたかのように、自然な構えで剣を保持している。
その剣筋にはアレクシスのような華やかさはない。ガロウのような荒々しさもない。
ただ純粋に、効率的に、敵を殺すためだけに洗練された無駄のない動き。

「お前の番だ」
剣士が静かに告げた。
俺は笑みを浮かべ、地面を蹴った。
大神流体術「無影歩」。闇に紛れ、気配を消し、敵の死角から攻撃を仕掛ける。

俺は剣士の背後に回り込み、その無防備な首筋めがけて手刀を振り下ろした。
だが、その一撃が届くことはなかった。
剣士は振り返ることなく、まるで背中に目がついているかのように俺の攻撃を読んでいた。
彼はただ半歩だけ身をずらした。
それだけで俺の必殺の一撃は、空しく闇を切り裂いた。

「……遅い」
冷たい声と共に、肘が俺の鳩尾に叩き込まれる。
逆撃。俺の突進の勢いを利用した完璧なカウンターだった。

「ぐっ……!」
肺から空気が強制的に絞り出される。
俺の体はくの字に折れ曲がり、数メートル後方の壁に叩きつけられた。
凄まじい衝撃。内臓が揺さぶられる。

だが、俺はすぐに体勢を立て直した。
ダメージはある。だが、それ以上に俺の闘志は燃え上がっていた。
こいつは俺の動きを読んでいる。それも完璧に。
ならば読めない動きで攻めるまでだ。

俺は再び突進した。
直線的な動きではない。左右に、上下に、予測不能なフェイントを織り交ぜながら幻影のように剣士を惑わす。
そして、無数の攻撃の軌道の中から本物の一撃を放った。
目標は心臓。

だが、それすらも見切られていた。
仮面の剣士は俺の幻惑に一切惑わされることなく、ただ静かに、俺の拳が辿り着くであろう一点にその剣の腹を合わせていた。
まるで未来が見えているかのように。

ガキン!という硬い音。
俺の拳は完璧なタイミングで合わされた剣によって、いとも容易く弾かれた。
そして、弾かれた俺の体勢の崩れを剣士は見逃さない。
流れるような動きで、剣が翻る。

閃光。
俺の左肩と右脇腹に同時に灼熱の痛みが走った。
深い。骨まで達するほどの致命的な斬撃。
鮮血が闇に舞った。

「がはっ……!」
俺は初めて明確なダメージを受け、その場に膝をついた。
傷口から力が抜けていくのが分かる。

【スキル【闘神】の発動条件を認識。スキルを発動します】

待っていた。
この感覚。
傷を負った俺の体から、それまでとは比較にならないほどの闘気が爆発的に噴き上がった。
深い傷口が瞬時に塞がっていく。失われた力が、それ以上の力となって蘇る。

「……ほう。自己再生能力か。面白いスキルを持っているな」
仮面の剣士は俺の変貌を見ても少しも動揺していなかった。
ただ事実を観察するように、淡々と呟くだけだ。

「ここからが本番だ」
俺は立ち上がり、笑った。
痛みは俺を強くする。この傷は勝利への布石だ。

俺の動きは先ほどまでとは比較にならないほど、速く、そして重くなっていた。
闘気を纏った拳が空気の壁を砕きながら、仮面の剣士へと殺到する。

だが、仮面の剣士はそれにも対応した。
彼の全身から黒いオーラのようなものが、陽炎のように立ち上り始める。
それは俺の闘気とは全く違う、冷たく、そして禍々しい力。

「……消えろ」
剣士の剣が黒いオーラを纏った。
そして、俺の拳と彼の剣が再び激突した。

轟音。
路地裏の地面が衝撃に耐えきれず粉々に砕け散る。
俺の全力の一撃。
だが、それは黒いオーラを纏った剣によって、真正面から受け止められていた。

「な……!?」
信じられない。
【闘神】を発動した俺の力が通用しない。
それどころか押し負けている。

「その程度の力か」
剣士が冷たく言い放つ。
彼は俺の拳を受け止めたまま、その剣を押し返してきた。
ミシミシと俺の腕の骨が悲鳴を上げる。

まずい。このままでは腕ごと砕かれる。
俺は咄嗟に拳を解き、後方へ大きく跳躍した。

だが、剣士はその逃走すらも許さなかった。
俺が跳んだ先、その落下地点に彼は既に移動していた。
まるで俺の思考を、行動の全てを先読みしているかのように。

「終わりだ」
黒い剣が薙ぎ払われる。
それはもはや回避不能な、絶対的な一撃だった。

俺は最後の抵抗として両腕を交差させてガードした。
だが、その防御はあまりにも脆かった。
凄まじい衝撃と共に俺の両腕の骨が砕ける。
そして、俺の意識はそこで途切れた。

どれくらいの時間が経ったのか。
次に俺が気づいた時、俺は冷たい石畳の上に仰向けに倒れていた。
全身が鉛のように重い。指一本動かせない。
両腕は無惨に折れ、体中に走る激痛が俺がまだ生きていることを教えていた。

仮面の剣士が俺を見下ろしていた。
その仮面の奥の瞳には何の感情も浮かんでいない。
ただ壊れた玩具を見るような、冷たい視線だけがあった。

俺は生まれて初めて、完膚なきまでに敗北した。
手も足も出なかった。
スキル【闘神】を発動させ全力を出したにもかかわらず、全く歯が立たなかった。

「……なぜ、殺さない」
俺は掠れた声で問うた。
これほどの差があるなら、俺にとどめを刺すのは容易いはずだ。

「……お前は弱い」
仮面の剣士は静かに言った。
「今の貴様を殺しても何の価値もない。貴様は本当の強さを知らない。ただ己の力に溺れているだけの子供だ」

その言葉はどんな斬撃よりも、深く、鋭く、俺のプライドを切り裂いた。

「強くなりたければ、知るがいい。この世界の深淵を。そして、お前自身の本当の弱さを」

それだけを告げると、仮面の剣士は俺に背を向けた。
そして、まるで最初からそこにいなかったかのように音もなく闇の中へと消えていった。

後に残されたのは、動けない俺と砕かれたプライド、そして初めて味わう完全な敗北の味だけだった。
屈辱。
これほどの屈辱を俺は知らない。

だが、その屈辱の奥底で一つの黒い炎が静かに燃え上がっていた。
殺す。
次に会った時は必ず、あの男を。

俺の脳裏に、あの仮面が焼き付いて離れない。
初めての敗北。
それは俺の戦闘狂としての新たな始まりを告げる、屈辱に満ちた号砲だった。
俺は闇の中で静かに歯を食いしばった。
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