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第六十七話 教団幹部、現る
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星詠みのアストル。
その男は、ザラガスのような狂戦士でも、ネビュロスのような死の王でもなかった。
彼は学者、探求者。そして、宇宙の真理を垣間見てしまったが故に全てを諦観した、哀れな賢者だった。
俺たちが落下した先は本当の宇宙ではなかった。
アストルが作り出した広大な亜空間。星々が煌めき、巨大な惑星がゆっくりと浮遊する、美しい、しかし絶対的な孤独の空間。
ここには空気も重力も、俺たちが知る物理法則の一切が存在しない。
俺たちの行動は全てアストルの意思の下に支配されていた。
「ここは私の書斎、『星海の写本』。この空間において、私は全知全能の神です」
アストルは静かに言った。
その言葉通り、俺たちの体は見えない力によって宙に縫い付けられ、身動き一つ取ることができなかった。
「ガロウ。あなたのその圧倒的な膂力も、足場がなければ意味をなさない。リリアナ。あなたの精霊魔法も、自然の理が存在しないこの空間では力を発揮できない」
彼は俺たちの力を完璧に分析し、そして無力化していた。
「そして、ジン。あなたのその凄まじい闘気……素晴らしい。ですが、その力をもってしても、この虚無そのものである空間を殴ることはできますまい」
完全なチェックメイト。
俺たちは戦うことすらできずに、ただ彼の言葉を聞くことしかできなかった。
これが七司祭が一人、『星詠み』の力。
彼は戦うのではなく、戦いの舞台そのものを支配することで敵を無力化するのだ。
「さて。あなた方には特等席で見届けていただきましょう」
アストルは杖を軽く振った。
すると、俺たちの目の前の空間に巨大なスクリーンが映し出された。
そこに映し出されていたのは、エルフの森イルミナシルの現在の光景だった。
「……あ……」
リリアナが息を呑んだ。
スクリーンには教団の本隊がエルフの里の中心部へと侵攻を開始する様子が、リアルタイムで映し出されていた。
魔改造された巨大な魔獣たち。洗脳され、狂戦士と化した兵士たち。そして、それらを率いるザラガス以外の新たな教団幹部たちの姿。
エルフの戦士たちは必死に抵抗している。ライエルが先頭に立って指揮を執っている。
だが、その戦力差は絶望的だった。
里を守る結界は既にひび割れ、今にも砕け散りそうだった。
美しいエルフの里が、炎と悲鳴に包まれていく。
「やめ……て……」
リリアナの瞳から涙が零れ落ちる。
「美しいでしょう?」
アストルはうっとりとした表情で、その光景を眺めていた。
「絶望に染まる魂の輝きほど、この宇宙で美しいものはない。あなた方の故郷が、仲間たちが、無惨に蹂躙されていく様を、その目に焼き付けるがいい。その絶望こそが旧神復活のための、最高の贄となるのです」
その狂気。
俺は初めて、ザラガス以上の悍ましさをこの男に感じた。
「……てめえ……」
ガロウの歯ぎしりの音が、静かな空間に響く。
俺は目を閉じた。
そして己の内の力に、意識を集中させる。
この空間は虚無。物理法則は存在しない。
だが、一つだけ存在する理がある。
それは、この空間を創造し維持しているアストル自身の魔力だ。
俺はその魔力の流れを、気配を、必死で探った。
それは大海の一滴を探すような途方もない作業だった。
だが、俺の集中力は神々の墓場での死闘を経て、人ならざる領域に達していた。
見つけた。
この広大な宇宙の中心。アストルの魂そのものと繋がる、一本の細い、細い魔力の糸。
俺は目を開いた。
そして、その一点に向かって俺の全ての闘気を針のように収束させた。
それはもはや物理的な攻撃ではない。
俺の魂そのものを矢として放つ、精神的な一撃。
「……無駄だと言ったはずです」
アストルは俺の意図に気づきながらも、余裕の笑みを崩さなかった。
俺の闘気が彼の魂に届く前に、この虚無の空間がそれを霧散させる、と。
だが、俺の闘気は霧散しなかった。
それは仲間を守りたいという、ただ一つの純粋な想いによって守られていたからだ。
俺の魂の矢は、光速で亜空間を駆け抜け、アストルの魂の糸を正確に断ち切った。
「な……!?」
アストルの顔に初めて焦りの色が浮かんだ。
彼とこの亜空間との繋がりが一瞬だけ断たれた。
それによって、この空間を支配していた絶対的な法則がほんの一瞬だけ揺らいだ。
その隙を、俺たちが見逃すはずがなかった。
「リリアナ!」
「はい!」
リリアナの杖から緑色の光が溢れ出す。
自然の理が存在しないはずのこの空間に、彼女は世界樹の杖を触媒として強引に生命の理を、大地の理を、創造したのだ。
俺たちの足元に緑の蔓で編まれた、確かな足場が生まれた。
「うおおおおおっ!」
足場を得たガロウが獣のように咆哮した。
彼は亜空間の法則を無視し、その圧倒的な脚力で星々を蹴り、アストルへと肉薄する。
「馬鹿な……! ありえない! ここは、私の世界……!」
アストルの顔から余裕が完全に消え失せていた。
彼は慌てて隕石を召喚し、ガロウを迎え撃とうとする。
だが、その隕石はガロウの神砕のウォーハンマーによって、いとも容易く粉々に砕け散った。
そして俺は、アストルの背後に回り込んでいた。
闘気は先ほどの一撃でほとんど使い果たしている。
だが、それで十分だった。
「お前の言う通り、美しいな」
俺は静かに呟いた。
「絶望に染まる、お前の顔は」
俺の拳がアストルの無防備な背中に、深く、静かに突き刺さった。
魔法使いのあまりにも脆い肉体。
「が……はっ……」
アストルは信じられないといった顔で、自らの胸を貫く俺の腕を見下ろした。
そして、その瞳からゆっくりと光が消えていく。
「……ああ……。これが……私の、絶望……。なんと、美しい……」
それが彼の最後の言葉だった。
星詠みのアストルは、自らが最も美しいと感じた絶望の中で満足げな笑みを浮かべたまま、光の粒子となって消滅した。
主を失った亜空間『星海の写本』はガラスのように砕け散り、俺たちは元の塔の最上階へと戻っていた。
三つ目の拠点も制圧した。
だが、俺たちに勝利の余韻に浸っている暇はなかった。
俺たちは塔の窓から森の中心部を見下ろした。
そこでは今もなお、激しい戦いが繰り広げられている。
「……行くぞ」
俺たちは最後の決戦の地、世界樹へとその歩みを進めた。
仲間たちが待っている。
そして故郷が、燃えている。
リリアナの瞳には静かで、しかし決して消えることのない怒りの炎が燃えていた。
教団との本当の決戦が、今、始まろうとしていた。
その男は、ザラガスのような狂戦士でも、ネビュロスのような死の王でもなかった。
彼は学者、探求者。そして、宇宙の真理を垣間見てしまったが故に全てを諦観した、哀れな賢者だった。
俺たちが落下した先は本当の宇宙ではなかった。
アストルが作り出した広大な亜空間。星々が煌めき、巨大な惑星がゆっくりと浮遊する、美しい、しかし絶対的な孤独の空間。
ここには空気も重力も、俺たちが知る物理法則の一切が存在しない。
俺たちの行動は全てアストルの意思の下に支配されていた。
「ここは私の書斎、『星海の写本』。この空間において、私は全知全能の神です」
アストルは静かに言った。
その言葉通り、俺たちの体は見えない力によって宙に縫い付けられ、身動き一つ取ることができなかった。
「ガロウ。あなたのその圧倒的な膂力も、足場がなければ意味をなさない。リリアナ。あなたの精霊魔法も、自然の理が存在しないこの空間では力を発揮できない」
彼は俺たちの力を完璧に分析し、そして無力化していた。
「そして、ジン。あなたのその凄まじい闘気……素晴らしい。ですが、その力をもってしても、この虚無そのものである空間を殴ることはできますまい」
完全なチェックメイト。
俺たちは戦うことすらできずに、ただ彼の言葉を聞くことしかできなかった。
これが七司祭が一人、『星詠み』の力。
彼は戦うのではなく、戦いの舞台そのものを支配することで敵を無力化するのだ。
「さて。あなた方には特等席で見届けていただきましょう」
アストルは杖を軽く振った。
すると、俺たちの目の前の空間に巨大なスクリーンが映し出された。
そこに映し出されていたのは、エルフの森イルミナシルの現在の光景だった。
「……あ……」
リリアナが息を呑んだ。
スクリーンには教団の本隊がエルフの里の中心部へと侵攻を開始する様子が、リアルタイムで映し出されていた。
魔改造された巨大な魔獣たち。洗脳され、狂戦士と化した兵士たち。そして、それらを率いるザラガス以外の新たな教団幹部たちの姿。
エルフの戦士たちは必死に抵抗している。ライエルが先頭に立って指揮を執っている。
だが、その戦力差は絶望的だった。
里を守る結界は既にひび割れ、今にも砕け散りそうだった。
美しいエルフの里が、炎と悲鳴に包まれていく。
「やめ……て……」
リリアナの瞳から涙が零れ落ちる。
「美しいでしょう?」
アストルはうっとりとした表情で、その光景を眺めていた。
「絶望に染まる魂の輝きほど、この宇宙で美しいものはない。あなた方の故郷が、仲間たちが、無惨に蹂躙されていく様を、その目に焼き付けるがいい。その絶望こそが旧神復活のための、最高の贄となるのです」
その狂気。
俺は初めて、ザラガス以上の悍ましさをこの男に感じた。
「……てめえ……」
ガロウの歯ぎしりの音が、静かな空間に響く。
俺は目を閉じた。
そして己の内の力に、意識を集中させる。
この空間は虚無。物理法則は存在しない。
だが、一つだけ存在する理がある。
それは、この空間を創造し維持しているアストル自身の魔力だ。
俺はその魔力の流れを、気配を、必死で探った。
それは大海の一滴を探すような途方もない作業だった。
だが、俺の集中力は神々の墓場での死闘を経て、人ならざる領域に達していた。
見つけた。
この広大な宇宙の中心。アストルの魂そのものと繋がる、一本の細い、細い魔力の糸。
俺は目を開いた。
そして、その一点に向かって俺の全ての闘気を針のように収束させた。
それはもはや物理的な攻撃ではない。
俺の魂そのものを矢として放つ、精神的な一撃。
「……無駄だと言ったはずです」
アストルは俺の意図に気づきながらも、余裕の笑みを崩さなかった。
俺の闘気が彼の魂に届く前に、この虚無の空間がそれを霧散させる、と。
だが、俺の闘気は霧散しなかった。
それは仲間を守りたいという、ただ一つの純粋な想いによって守られていたからだ。
俺の魂の矢は、光速で亜空間を駆け抜け、アストルの魂の糸を正確に断ち切った。
「な……!?」
アストルの顔に初めて焦りの色が浮かんだ。
彼とこの亜空間との繋がりが一瞬だけ断たれた。
それによって、この空間を支配していた絶対的な法則がほんの一瞬だけ揺らいだ。
その隙を、俺たちが見逃すはずがなかった。
「リリアナ!」
「はい!」
リリアナの杖から緑色の光が溢れ出す。
自然の理が存在しないはずのこの空間に、彼女は世界樹の杖を触媒として強引に生命の理を、大地の理を、創造したのだ。
俺たちの足元に緑の蔓で編まれた、確かな足場が生まれた。
「うおおおおおっ!」
足場を得たガロウが獣のように咆哮した。
彼は亜空間の法則を無視し、その圧倒的な脚力で星々を蹴り、アストルへと肉薄する。
「馬鹿な……! ありえない! ここは、私の世界……!」
アストルの顔から余裕が完全に消え失せていた。
彼は慌てて隕石を召喚し、ガロウを迎え撃とうとする。
だが、その隕石はガロウの神砕のウォーハンマーによって、いとも容易く粉々に砕け散った。
そして俺は、アストルの背後に回り込んでいた。
闘気は先ほどの一撃でほとんど使い果たしている。
だが、それで十分だった。
「お前の言う通り、美しいな」
俺は静かに呟いた。
「絶望に染まる、お前の顔は」
俺の拳がアストルの無防備な背中に、深く、静かに突き刺さった。
魔法使いのあまりにも脆い肉体。
「が……はっ……」
アストルは信じられないといった顔で、自らの胸を貫く俺の腕を見下ろした。
そして、その瞳からゆっくりと光が消えていく。
「……ああ……。これが……私の、絶望……。なんと、美しい……」
それが彼の最後の言葉だった。
星詠みのアストルは、自らが最も美しいと感じた絶望の中で満足げな笑みを浮かべたまま、光の粒子となって消滅した。
主を失った亜空間『星海の写本』はガラスのように砕け散り、俺たちは元の塔の最上階へと戻っていた。
三つ目の拠点も制圧した。
だが、俺たちに勝利の余韻に浸っている暇はなかった。
俺たちは塔の窓から森の中心部を見下ろした。
そこでは今もなお、激しい戦いが繰り広げられている。
「……行くぞ」
俺たちは最後の決戦の地、世界樹へとその歩みを進めた。
仲間たちが待っている。
そして故郷が、燃えている。
リリアナの瞳には静かで、しかし決して消えることのない怒りの炎が燃えていた。
教団との本当の決戦が、今、始まろうとしていた。
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