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第六十章 点と線、そして反撃の狼煙
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王都へ帰還した私たちを待っていたのは、表向きは穏やかで、しかし水面下では激しく揺れ動く新たな情勢だった。
王宮で起きた火事は西の塔の一部を焼失させたものの、幸いにも大事には至らず鎮火されていた。しかし、その原因は「偶発的な事故」として処理され、私たちの潜入の痕跡は完全に闇に葬り去られていた。巧妙な情報操作。黒幕が王宮の中枢にまで深く影響力を持っていることの何よりの証拠だった。
アルフォンス王子とリゼットは、まるで何事もなかったかのように夜会や茶会に顔を出し、その影響力を誇示し続けている。ベイル男爵の自害も、単なる汚職事件としてすでに人々の噂の端にも上らなくなっていた。
敵は静かだ。
しかし、その静寂は嵐の前の不気味な静けさそのものだった。
「奴らは我々の次の出方を待っている」
作戦司令室で巨大な相関図を前に、ゼノン公爵が言った。その声には狩りを目前にした獣のような静かな興奮が宿っている。
「我々が公爵領で何を見つけたのか。それを探っているのだ」
王都に戻って数日間、私たちは一切の目立った動きを見せなかった。ただ、ギルバート配下の密偵たちが水面下で静かに、そして着実に情報を集め続けている。
バルトレット子爵家の金の流れ。
アルフォンス王子の周辺で囁かれる不穏な噂。
そして、王弟殿下の完璧すぎるほどの清廉な評判。
集められた無数の情報が、私の手によって整理され、分析されていく。
一つ一つは些細な点に過ぎない。
しかし、私の耳が公爵領で得た「呪いの真相」という名のコンパスを得た今、それらの点は明確な意味を持って繋がり始めていた。
「…見つけました」
ある日の午後、執務室で報告書の山に埋もれていた私は思わず声を上げた。
隣の机で書類に目を通していたゼノン公爵がすぐに顔を上げる。
私は一枚の報告書を手に、彼の元へと駆け寄った。
「これは、ギルバートが集めたここ数年の貴族間の婚姻に関する記録です」
私は報告書の一点を指で示した。
「一年半前。アルフォンス王子がリゼットと懇意になり始めた時期とほぼ同時期に。王弟殿下の嫡男が、バルトレット子爵家の令嬢と婚約しています」
その事実は他の多くの情報に紛れ、これまで誰も重要視していなかった。
しかし、私には分かった。
バルトレット子爵家。アルフォンス王子の不正な金の流れの中継地点と目される家。
その家と、黒幕の最有力候補である王弟殿下が、婚姻という最も強い絆で結ばれている。
「これは、偶然ではありません」
私の声は興奮に震えていた。
ゼノン公爵は、その報告書を食い入るように見つめ、やがて厳しい表情で頷いた。
「…アルフォンス王子はただの飾りだ。本当に金の流れを管理し、陰謀を主導しているのは王弟殿下と、その派閥に連なる貴族たち。バルトレット子爵家は、そのための駒の一つに過ぎん」
全ての点が線で繋がった。
私を偽りの聖女として断罪し、エルヴァイン家から引き離そうとしたリゼットとアルフォンス王子の計画。
私が彼の庇護下に入った後、私を誘拐、あるいは殺害しようとした市場での襲撃。
エルヴァイン家にかけられた呪いを解く鍵が「愛」であることを知る彼らは、私とゼノン公爵の絆が深まることを何よりも恐れていた。
そして、その絆を断ち切るためにあらゆる手段を講じてきたのだ。
全ては、エルヴァイン家の持つ封印された大いなる力を自分たちの支配下に置くために。
そして、その力を利用してこの国そのものを手に入れるために。
「…これで敵の輪郭がはっきりと見えた」
ゼノン公爵は静かに立ち上がった。その金色の瞳には、決戦を前にした将軍の揺るぎない光が宿っている。
「これより、我々は反撃に転じる」
彼の宣言に、私の背筋がぴんと伸びた。
「ギルバート、レオンハルトを呼べ」
すぐに二人の腹心が執務室に現れた。彼らの顔にも、これから始まるであろう戦いを前にした厳しい覚悟の色が浮かんでいる。
ゼノン公爵は彼らの前に、私たちが禁書庫から持ち帰ったノックス一族の家系図の写しを広げた。
そして、私たちが公爵領で突き止めた呪いの真相と、王弟殿下を中心とした陰謀の全てを、初めて彼らに打ち明けた。
最初は信じられないといった表情で聞いていたギルバートとレオンハルト。しかし、ゼノン公爵の言葉とそこに示された証拠の数々を前に、その表情は徐々に驚愕、そして静かな怒りへと変わっていった。
「…そのような大逆無道の企みが、水面下で進んでいたとは…」
ギルバートがわなわなと震える声で呟いた。
「王弟殿下が黒幕…。にわかには信じがたいことです」
レオンハルトもまた呆然と呟く。
彼らにとって王弟殿下は、常に国王を支える賢明で温厚な人物という認識だったのだ。
「だが、これが真実だ」
ゼノン公爵はきっぱりと言った。
「そして、この真実を暴き奴らの野望を打ち砕く。それが我々の戦いだ」
彼は私の方へと向き直った。
「アリーシャ。お前の耳が我々の最大の武器になる。これより、お前にはさらに危険な役目を担ってもらうことになるが、覚悟はいいか」
その問いに私は迷わなかった。
「はい。覚悟はできています」
私は力強く頷いた。
その返事を聞いた彼は満足げに頷き返すと、再び腹心たちに向き直る。
「これより、作戦会議を始める」
その声は反撃の狼煙だった。
この静寂の城で孤独な戦いを続けてきた主が、初めて信頼できる仲間たちと共に巨大な敵へと立ち向かう。
その歴史的な瞬間に、私は彼の隣で確かに立ち会っていた。
私たちの戦いは、もう始まっている。
そして、その結末がどうなるのか。
それはまだ誰にも分からない。
ただ、私たちの胸の中には揺るぎない正義の炎と、互いへの絶対的な信頼だけが熱く、そして静かに燃えていた。
王宮で起きた火事は西の塔の一部を焼失させたものの、幸いにも大事には至らず鎮火されていた。しかし、その原因は「偶発的な事故」として処理され、私たちの潜入の痕跡は完全に闇に葬り去られていた。巧妙な情報操作。黒幕が王宮の中枢にまで深く影響力を持っていることの何よりの証拠だった。
アルフォンス王子とリゼットは、まるで何事もなかったかのように夜会や茶会に顔を出し、その影響力を誇示し続けている。ベイル男爵の自害も、単なる汚職事件としてすでに人々の噂の端にも上らなくなっていた。
敵は静かだ。
しかし、その静寂は嵐の前の不気味な静けさそのものだった。
「奴らは我々の次の出方を待っている」
作戦司令室で巨大な相関図を前に、ゼノン公爵が言った。その声には狩りを目前にした獣のような静かな興奮が宿っている。
「我々が公爵領で何を見つけたのか。それを探っているのだ」
王都に戻って数日間、私たちは一切の目立った動きを見せなかった。ただ、ギルバート配下の密偵たちが水面下で静かに、そして着実に情報を集め続けている。
バルトレット子爵家の金の流れ。
アルフォンス王子の周辺で囁かれる不穏な噂。
そして、王弟殿下の完璧すぎるほどの清廉な評判。
集められた無数の情報が、私の手によって整理され、分析されていく。
一つ一つは些細な点に過ぎない。
しかし、私の耳が公爵領で得た「呪いの真相」という名のコンパスを得た今、それらの点は明確な意味を持って繋がり始めていた。
「…見つけました」
ある日の午後、執務室で報告書の山に埋もれていた私は思わず声を上げた。
隣の机で書類に目を通していたゼノン公爵がすぐに顔を上げる。
私は一枚の報告書を手に、彼の元へと駆け寄った。
「これは、ギルバートが集めたここ数年の貴族間の婚姻に関する記録です」
私は報告書の一点を指で示した。
「一年半前。アルフォンス王子がリゼットと懇意になり始めた時期とほぼ同時期に。王弟殿下の嫡男が、バルトレット子爵家の令嬢と婚約しています」
その事実は他の多くの情報に紛れ、これまで誰も重要視していなかった。
しかし、私には分かった。
バルトレット子爵家。アルフォンス王子の不正な金の流れの中継地点と目される家。
その家と、黒幕の最有力候補である王弟殿下が、婚姻という最も強い絆で結ばれている。
「これは、偶然ではありません」
私の声は興奮に震えていた。
ゼノン公爵は、その報告書を食い入るように見つめ、やがて厳しい表情で頷いた。
「…アルフォンス王子はただの飾りだ。本当に金の流れを管理し、陰謀を主導しているのは王弟殿下と、その派閥に連なる貴族たち。バルトレット子爵家は、そのための駒の一つに過ぎん」
全ての点が線で繋がった。
私を偽りの聖女として断罪し、エルヴァイン家から引き離そうとしたリゼットとアルフォンス王子の計画。
私が彼の庇護下に入った後、私を誘拐、あるいは殺害しようとした市場での襲撃。
エルヴァイン家にかけられた呪いを解く鍵が「愛」であることを知る彼らは、私とゼノン公爵の絆が深まることを何よりも恐れていた。
そして、その絆を断ち切るためにあらゆる手段を講じてきたのだ。
全ては、エルヴァイン家の持つ封印された大いなる力を自分たちの支配下に置くために。
そして、その力を利用してこの国そのものを手に入れるために。
「…これで敵の輪郭がはっきりと見えた」
ゼノン公爵は静かに立ち上がった。その金色の瞳には、決戦を前にした将軍の揺るぎない光が宿っている。
「これより、我々は反撃に転じる」
彼の宣言に、私の背筋がぴんと伸びた。
「ギルバート、レオンハルトを呼べ」
すぐに二人の腹心が執務室に現れた。彼らの顔にも、これから始まるであろう戦いを前にした厳しい覚悟の色が浮かんでいる。
ゼノン公爵は彼らの前に、私たちが禁書庫から持ち帰ったノックス一族の家系図の写しを広げた。
そして、私たちが公爵領で突き止めた呪いの真相と、王弟殿下を中心とした陰謀の全てを、初めて彼らに打ち明けた。
最初は信じられないといった表情で聞いていたギルバートとレオンハルト。しかし、ゼノン公爵の言葉とそこに示された証拠の数々を前に、その表情は徐々に驚愕、そして静かな怒りへと変わっていった。
「…そのような大逆無道の企みが、水面下で進んでいたとは…」
ギルバートがわなわなと震える声で呟いた。
「王弟殿下が黒幕…。にわかには信じがたいことです」
レオンハルトもまた呆然と呟く。
彼らにとって王弟殿下は、常に国王を支える賢明で温厚な人物という認識だったのだ。
「だが、これが真実だ」
ゼノン公爵はきっぱりと言った。
「そして、この真実を暴き奴らの野望を打ち砕く。それが我々の戦いだ」
彼は私の方へと向き直った。
「アリーシャ。お前の耳が我々の最大の武器になる。これより、お前にはさらに危険な役目を担ってもらうことになるが、覚悟はいいか」
その問いに私は迷わなかった。
「はい。覚悟はできています」
私は力強く頷いた。
その返事を聞いた彼は満足げに頷き返すと、再び腹心たちに向き直る。
「これより、作戦会議を始める」
その声は反撃の狼煙だった。
この静寂の城で孤独な戦いを続けてきた主が、初めて信頼できる仲間たちと共に巨大な敵へと立ち向かう。
その歴史的な瞬間に、私は彼の隣で確かに立ち会っていた。
私たちの戦いは、もう始まっている。
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