私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第12話 初めての「デート」

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私の腕を掴むその手は、戦場で聖剣を握る時と同じ、力強く、そして少しも震えのない手だった。しかし、今はその力強さの中に、壊れ物を扱うかのような優しさが込められている。

「怪我はないかな、お嬢さん」

アルフレッドの声が、鼓膜を直接揺さぶる。
彼の空色の瞳が、心配そうに私を覗き込んでいた。その距離はあまりにも近く、彼の吐息がかかるのさえ感じられるほど。

まずい。
バレる。

私の全身を、警鐘がけたたましく鳴り響いた。魔力は完全に消しているはず。外見も、ただの旅人の娘だ。しかし、この男には聖剣の力がある。魂の本質を見抜くと、彼は言っていた。

私は咄嗟に深く俯き、着ていた旅人用のフードを目深に被った。

「だ、大丈夫です。ありがとうございます」

できるだけ声色を変え、か細く答える。心臓は今にも胸から飛び出しそうだ。早くこの場を離れなければ。彼の腕を振りほどき、人混みの中に消えなければ。

そう思うのに、体が動かない。彼に掴まれた腕が、熱くて痺れている。

「そうかい? ならよかった。しかし、この人混みは大変だろう。一人旅かい?」

彼は私の腕を離すと、今度は親しげに話しかけてきた。その声には、微塵の疑いも含まれていない。どうやら、彼は私の正体に全く気づいていないらしい。

その事実に安堵すると同時に、なぜか胸の奥がチクリと痛んだ。

「ええ……まあ……」

曖昧に頷く私を見て、彼は合点がいったようにポンと手を打った。

「なるほど。この祭りに来たはいいけれど、人の多さに戸惑っているんだね。どこか、特に行きたい場所はあるのかい?」

「いえ、別に……」

墓穴を掘る前に立ち去ろうと、私は当たり障りのない返事だけをして背を向けた。

「では!」

私の決意は、彼の太陽のような笑顔によって、いとも容易く打ち砕かれた。

「僕がこの街を案内しよう!」

「……は?」

私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
何を言っているんだ、この男は。案内? あなたが、私を?

「いえ、結構です! お構いなく!」

私は慌てて断った。冗談じゃない。敵の勇者に、街を案内される魔王軍四天王など、前代未聞だ。

しかし、彼は私の拒絶を全く意に介さない。それどころか、「遠慮しなくていいのに」とでも言うように、人懐っこい笑みを深めた。

「せっかくの祭りなんだ。楽しまないと損だよ。僕はこの街の地理には詳しいからね。任せてくれ」

その押しは、戦場で私に求婚してきた時と同じ、有無を言わせぬ強さがあった。断っても無駄だ。この男は、自分が正しいと信じたことを、決して曲げない。

どうする。ここで無理に逃げ出せば、かえって怪しまれるかもしれない。衛兵でも呼ばれたら、潜入任務そのものが失敗に終わる。

私の葛藤を見透かしたかのように、彼は悪戯っぽく片目をつぶった。

「大丈夫。怪しい者じゃないよ。見ての通り、ただの親切な好青年さ」

どの口が言うのか。
あなたの正体は、人類の希望、勇者アルフレッドでしょうが。

私が言葉に詰まっていると、彼はそれを肯定と受け取ったらしい。

「よし、決まりだね!」

彼は嬉しそうに言うと、ごく自然な動作で、私の手を取った。

「ひっ……!?」

「こうしていないと、また人混みではぐれてしまうからね」

彼はそう言って、悪びれもなく私の指に自分の指を絡ませる。温かくて、大きな手。敵であるはずの男の体温が、私の肌を通して直接伝わってくる。

顔から火が出そうだった。
全身の血が、繋がれた手へと集中していく。

「さあ、行こう!」

彼は私の返事を待つことなく、歩き出した。私はなすすべもなく、その手に引かれていく。

こうして、魔王軍四天王「煉獄の魔女」と、人類の希望「勇者」による、世界で最も奇妙で、最もあってはならない「デート」が始まってしまった。

「まずは、あそこを見てごらん。大聖堂のステンドグラスだよ。この時間帯は西陽が差して、一年で一番美しく見えるんだ」
「あっちの屋台のリンゴ飴は絶品なんだ。子供の頃、よく妹と食べたものさ」

彼は本当にただの親切な案内役として、街の見どころを次々と紹介してくれた。その声は弾んでいて、彼自身がこの祭りを心から楽しんでいるのが伝わってくる。

私は彼の隣を歩きながら、生返事を返すだけで精一杯だった。思考は完全に麻痺している。繋がれた手の感触が、彼の楽しそうな横顔が、私の冷静さを少しずつ、しかし確実に溶かしていく。

道行く人々が、私たちを見て微笑んでいるのに気づいた。
「お似合いの二人ね」「若いっていいわねえ」
そんな囁き声が聞こえてきて、私はその度に俯いて顔を赤らめるしかなかった。

違う。私たちは、そんな関係ではない。敵同士だ。
そう心の中で何度も叫ぶのに、その声は誰にも届かない。

「ん? どうかしたのかい?」

私の様子がおかしいのに気づいたのか、アルフレッドが不思議そうに顔を覗き込んできた。

「君の瞳、どこかで見たことがあるような気がするんだ。とても綺麗で、吸い込まれそうな……」

心臓が、大きく跳ねた。
まずい。思い出される。

「き、気のせいです!」

私は慌てて彼の視線を逸らした。
しかし、彼は納得していないようだった。じっと私の顔を見つめ、何かを思い出そうとしている。

「いや、そんなことはない。確か、どこかの戦場で……いや、まさかね。あんな物騒な場所に、君のような可憐な女性がいるはずがないか」

彼はそう言って、あっさりと自己完結して笑った。

私は、心臓が止まるかと思った。
この男は、本当にただの善人なのか、それともとんでもない天然なのか。

どちらにせよ、私の心臓には悪すぎる。

しばらく歩くと、甘い香りが漂う一角に出た。色とりどりの果物や菓子を売る屋台が軒を連ねている。

「少し、休憩しようか」

アルフレッドはそう言うと、ある一つの屋台の前で足を止めた。
そこでは、薄く焼いた生地に、クリームや果物を包んだお菓子が売られていた。

「ここのクレープは、王都で一番なんだ。何か、好きなものを頼むといい」

彼はにこやかに言って、私にメニューを指し示した。
私はその見慣れない食べ物を前にして、ただ戸惑うばかりだった。

私の人生に、「甘いお菓子を食べる」という選択肢は、今まで一度も存在しなかったのだから。
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