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第28話 偽りの炎
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ミルバーン村は、月明かりの下で静かに眠っていた。
質素な家々が寄り添うように建ち並び、その周りには収穫を終えた畑が広がっている。時折聞こえる家畜の寝息と、夜風が草木を揺らす音だけが、この村の平和を物語っていた。
私は村を見下ろす丘の上に降り立ち、その光景を静かに見つめていた。
この穏やかな眠りを、私が地獄に変えなければならない。
魔王様の命令は絶対だ。この村を、焼き払えと。
私の胸が、罪悪感に軋む。
家々の中で眠る人々。彼らには、どんな夢を見ているのだろうか。家族のこと、恋人のこと、明日の収穫のこと。ささやかな、しかし、かけがえのない幸せ。
それを、私が奪うのか。
アルフレッドの顔が、脳裏をよぎる。
彼が守ろうとしているのは、こういう光景なのだ。彼が愛する人々が営む、ありふれた日常。もし私がこれを破壊すれば、彼は私を憎むだろうか。軽蔑するだろうか。
『君は、本当は優しい人なんだろう?』
彼の声が、耳の奥で響く。
私は唇を強く噛み締めた。迷いを、振り払うように。
もう、決めたはずだ。
私は、私のやり方で、全てを守る。
魔王様への忠誠も、そして、彼から教わったこの新しい心も。
私は両手を、ゆっくりと天にかざした。
魔力を練り上げる。しかし、それは破壊のための煉獄の炎ではない。私の得意とするもう一つの魔法。幻術のための、精緻で複雑な術式を組み上げていく。
「見せてあげるわ。本物よりも、本物らしい偽りを」
私の呟きと共に、村全体を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が、夜空に浮かび上がった。それは破壊の赤ではなく、幻惑の紫に妖しく輝いている。
魔法陣から降り注いだのは、炎ではなかった。
目に見えない、魔力の粒子。それは音もなく村全体に降り注ぎ、家々の壁に、畑の土に、そして眠る人々の意識の浅い部分に、静かに浸透していく。
そして、私は第二の術式を起動させた。
今度は、本物の炎だ。しかし、その規模は村を焼き尽くすほどではない。家一軒を燃やす程度の、小さな火球を一つだけ生成する。
その火球を、私は村の外れにある、誰も住んでいない古い納屋に向かって放った。
納屋は、あっという間に炎に包まれ、激しく燃え上がる。乾いた木材が爆ぜる音が、夜の静寂を破った。
「火事だーっ!」
誰かの叫び声が響く。
それを皮切りに、村人たちが次々と家から飛び出してきた。眠たげな目をこすりながら、燃え盛る納屋を見て、誰もが恐怖に顔を歪める。
しかし、彼らが見ているものは、ただの火事ではなかった。
私の幻術が、発動していた。
彼らの目には、燃えているのが納屋一軒だけだとは映っていない。村全体が、天を焦がすほどの紅蓮の炎に包まれているように見えているのだ。家々が燃え落ち、畑が黒く焦げ付いていく。阿鼻叫喚の地獄絵図が、彼らの網膜に焼き付けられていた。
「魔族の仕業だ!」「『煉獄の魔女』の炎だ!」「逃げろおおお!」
村人たちはパニックに陥り、我先にと村から逃げ出していく。その恐怖と絶望は、本物だ。彼らは、自分たちの故郷が目の前で灰燼に帰していく様を、幻だと気づくことなく、ただ嘆き、悲鳴を上げていた。
私は、丘の上からその光景を、冷たい表情で見下ろしていた。
私の心は、痛んでいた。彼らを騙し、故郷を捨てさせている。その罪悪感がないわけではない。
しかし、これは必要なことなのだ。
彼らの命を守るために。そして、私自身が、魔王様の命令に背いたという事実を隠蔽するために。
村人たちが全員、村から逃げ去ったのを確認すると、私は最後の仕上げに取り掛かった。
幻術の魔法陣を、さらに大規模なものへと書き換える。
今度の対象は、村そのものではない。この一帯の空間全てだ。
「――偽りの焦土(フェイク・スコーチドアース)」
私の魔力が、この地域の空間情報を書き換えていく。
実際に村を焼いたわけではない。だが、ここを訪れる者は誰であろうと、この地が焼き払われた後の無残な光景を目にすることになる。黒く焦げた大地。崩れ落ちた家々の残骸。そして、微かに漂う焦げ臭い匂い。その全てが、私の幻術によって完璧に再現されるのだ。
この大掛かりな幻術は、私の魔力を著しく消耗させた。
額から汗が流れ落ち、膝が僅かに震える。
しかし、これでいい。
これで、村人たちは命を長らえた。
そして、魔王様への報告も、問題なく行える。
『ミルバー-ン村、命令通り、完全に殲滅いたしました』と。
私は、燃え尽きた納屋の火が消えるのを見届けると、静かにその場を後にした。
魔王城への帰路、私の心は晴れやかではなかった。
一つの危機は乗り越えた。しかし、それは、より大きな嘘の始まりに過ぎない。
私は、これからいくつ嘘を重ねていけばいいのだろう。
この綱渡りのような偽装工作が、いつまで通用するのだろうか。
魔王様は、本当にこの偽りを見抜けないだろうか。
いや、あのお方なら、あるいは……。
そこまで考えて、私は思考を振り払った。
今は、前を向くしかない。
私が選んだこの道を、進むしかないのだ。
忠誠と、愛。
その二律背反を両立させるために、私は嘘つきの魔女になった。
その嘘の先に、どんな未来が待っているのか。
それを知る者は、まだ誰もいなかった。
質素な家々が寄り添うように建ち並び、その周りには収穫を終えた畑が広がっている。時折聞こえる家畜の寝息と、夜風が草木を揺らす音だけが、この村の平和を物語っていた。
私は村を見下ろす丘の上に降り立ち、その光景を静かに見つめていた。
この穏やかな眠りを、私が地獄に変えなければならない。
魔王様の命令は絶対だ。この村を、焼き払えと。
私の胸が、罪悪感に軋む。
家々の中で眠る人々。彼らには、どんな夢を見ているのだろうか。家族のこと、恋人のこと、明日の収穫のこと。ささやかな、しかし、かけがえのない幸せ。
それを、私が奪うのか。
アルフレッドの顔が、脳裏をよぎる。
彼が守ろうとしているのは、こういう光景なのだ。彼が愛する人々が営む、ありふれた日常。もし私がこれを破壊すれば、彼は私を憎むだろうか。軽蔑するだろうか。
『君は、本当は優しい人なんだろう?』
彼の声が、耳の奥で響く。
私は唇を強く噛み締めた。迷いを、振り払うように。
もう、決めたはずだ。
私は、私のやり方で、全てを守る。
魔王様への忠誠も、そして、彼から教わったこの新しい心も。
私は両手を、ゆっくりと天にかざした。
魔力を練り上げる。しかし、それは破壊のための煉獄の炎ではない。私の得意とするもう一つの魔法。幻術のための、精緻で複雑な術式を組み上げていく。
「見せてあげるわ。本物よりも、本物らしい偽りを」
私の呟きと共に、村全体を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が、夜空に浮かび上がった。それは破壊の赤ではなく、幻惑の紫に妖しく輝いている。
魔法陣から降り注いだのは、炎ではなかった。
目に見えない、魔力の粒子。それは音もなく村全体に降り注ぎ、家々の壁に、畑の土に、そして眠る人々の意識の浅い部分に、静かに浸透していく。
そして、私は第二の術式を起動させた。
今度は、本物の炎だ。しかし、その規模は村を焼き尽くすほどではない。家一軒を燃やす程度の、小さな火球を一つだけ生成する。
その火球を、私は村の外れにある、誰も住んでいない古い納屋に向かって放った。
納屋は、あっという間に炎に包まれ、激しく燃え上がる。乾いた木材が爆ぜる音が、夜の静寂を破った。
「火事だーっ!」
誰かの叫び声が響く。
それを皮切りに、村人たちが次々と家から飛び出してきた。眠たげな目をこすりながら、燃え盛る納屋を見て、誰もが恐怖に顔を歪める。
しかし、彼らが見ているものは、ただの火事ではなかった。
私の幻術が、発動していた。
彼らの目には、燃えているのが納屋一軒だけだとは映っていない。村全体が、天を焦がすほどの紅蓮の炎に包まれているように見えているのだ。家々が燃え落ち、畑が黒く焦げ付いていく。阿鼻叫喚の地獄絵図が、彼らの網膜に焼き付けられていた。
「魔族の仕業だ!」「『煉獄の魔女』の炎だ!」「逃げろおおお!」
村人たちはパニックに陥り、我先にと村から逃げ出していく。その恐怖と絶望は、本物だ。彼らは、自分たちの故郷が目の前で灰燼に帰していく様を、幻だと気づくことなく、ただ嘆き、悲鳴を上げていた。
私は、丘の上からその光景を、冷たい表情で見下ろしていた。
私の心は、痛んでいた。彼らを騙し、故郷を捨てさせている。その罪悪感がないわけではない。
しかし、これは必要なことなのだ。
彼らの命を守るために。そして、私自身が、魔王様の命令に背いたという事実を隠蔽するために。
村人たちが全員、村から逃げ去ったのを確認すると、私は最後の仕上げに取り掛かった。
幻術の魔法陣を、さらに大規模なものへと書き換える。
今度の対象は、村そのものではない。この一帯の空間全てだ。
「――偽りの焦土(フェイク・スコーチドアース)」
私の魔力が、この地域の空間情報を書き換えていく。
実際に村を焼いたわけではない。だが、ここを訪れる者は誰であろうと、この地が焼き払われた後の無残な光景を目にすることになる。黒く焦げた大地。崩れ落ちた家々の残骸。そして、微かに漂う焦げ臭い匂い。その全てが、私の幻術によって完璧に再現されるのだ。
この大掛かりな幻術は、私の魔力を著しく消耗させた。
額から汗が流れ落ち、膝が僅かに震える。
しかし、これでいい。
これで、村人たちは命を長らえた。
そして、魔王様への報告も、問題なく行える。
『ミルバー-ン村、命令通り、完全に殲滅いたしました』と。
私は、燃え尽きた納屋の火が消えるのを見届けると、静かにその場を後にした。
魔王城への帰路、私の心は晴れやかではなかった。
一つの危機は乗り越えた。しかし、それは、より大きな嘘の始まりに過ぎない。
私は、これからいくつ嘘を重ねていけばいいのだろう。
この綱渡りのような偽装工作が、いつまで通用するのだろうか。
魔王様は、本当にこの偽りを見抜けないだろうか。
いや、あのお方なら、あるいは……。
そこまで考えて、私は思考を振り払った。
今は、前を向くしかない。
私が選んだこの道を、進むしかないのだ。
忠誠と、愛。
その二律背反を両立させるために、私は嘘つきの魔女になった。
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それを知る者は、まだ誰もいなかった。
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