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第51話 中層・豪雷の間
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魔王城・下層の静寂は、長くは続かなかった。
アンデッドの軍勢を退けた四人が、次の階層へと続く巨大な石扉の前に立った時、その向こう側から、ビリビリと空気を震わせるほどの、圧倒的な「闘気」が漏れ伝わってきていた。
それは、下層に満ちていた死者の「邪気」とは全く質の違う、生きている強者の、燃え盛るような気配だった。
「……来るぞ」
ダリウスが、剣を構え直して低く呟いた。
アルフレッドもまた、聖剣の柄を握りしめ、静かに頷く。扉の向こうに待ち構える相手が、今までの敵とは比較にならないほどの強者であることを、肌で感じていた。
「覚悟はいいな」
アルフレッドの短い問いに、三人は力強く頷き返した。
四人は、アイコンタクトだけで互いの意思を確認し合うと、重い石扉をゆっくりと押し開けた。
その先に広がっていたのは、下層の陰鬱な地下墓地とは全く異なる、武骨で熱気に満ちた空間だった。
そこは、巨大な円形の闘技場だった。
壁際には無数の武具が並べられ、一角には巨大な鍛冶場まで備えられている。床には無数の斬り傷や焦げ跡が刻まれ、ここが長年にわたり、激しい戦闘訓練の場として使われてきたことを物語っていた。
そして、その闘技場の中央。
山のように巨大な影が、一つだけ佇んでいた。
岩石を削り出したかのような、鋼の肉体。肩に担がれた戦斧は、常人なら持ち上げることさえできないだろう。剥き出しにされた腕からは、絶え間なく紫色の電光がほとばしっている。
その男が、ゆっくりとこちらを振り返った。
その顔には、獰猛な獣のような、荒々しい闘志が浮かんでいる。
「四天王、『豪雷』のガレス……!」
エルザが、緊張に満ちた声でその名を呼んだ。
「ようやく来たか、害虫どもめが」
ガレスの低い声が、闘技場全体に響き渡る。その瞳は、パーティーの他のメンバーには目もくれず、ただ一人、アルフレッドだけを憎悪に満ちた眼差しで射抜いていた。
「特に貴様だ、勇者アルフレッド。リディアを誑かし、弄んだその罪……この場で、その身に刻みつけてやる!」
その言葉と共に、ガレスの全身から凄まじい闘気が爆発した。それは、純粋な怒りと憎しみが凝縮された、暴力の嵐だった。
「話を聞いてほしい」
アルフレッドは、聖剣を構えながらも、冷静に語りかけた。「彼女は、魔王に嵌められたんだ。君が守ろうとしていた彼女は、裏切り者などでは……」
「黙れッ!」
ガレスの咆哮が、アルフレッドの言葉を遮った。「貴様の戯言に、聞く耳など持たん! 俺が信じるのは、ただ一つ! 俺のこの拳で、貴様がリディアを任せるに足る男か、それともただの害虫か、確かめるだけだ!」
彼の言葉は、矛盾していた。
リディアを信じたい。しかし、その心を乱した勇者が許せない。その葛藤が、彼の心を怒りの炎で焼き尽くしているのだ。
「ここは、僕に任せてくれ」
アルフレッドは、仲間たちに静かに告げた。「これは、僕と彼の問題だ」
イリーナたちが頷くのを確認すると、アルフレッドは一人、ガレスに向かって歩みを進めた。
「いいだろう。君の怒りも、悲しみも、全てこの剣で受け止めよう。その上で、君に真実を理解させてみせる」
「ほざけ!」
ガレスは地を蹴り、巨大な戦斧を雷鳴と共に振り下ろした。その一撃は、大地を割り、闘技場の床に深い亀裂を走らせるほどの破壊力を持つ。
しかし、アルフレッドはその攻撃を、紙一重でひらりとかわした。
聖剣が、流れるような軌跡を描き、戦斧の側面を打ち据える。キィン、という甲高い金属音と共に、ガレスの巨体が僅かにぐらついた。
「なっ……!?」
ガレスは、その信じられないほどの技量に目を見開いた。自分の渾身の一撃が、赤子の手をひねるように、軽くいなされたのだ。
「リディアを想う君の気持ちは、本物だ。その拳からは、彼女を守りたいという強い意志が伝わってくる」
アルフレッドは、攻撃の手を緩めないガレスの猛攻を捌きながら、静かに語りかけた。「だからこそ、知ってほしい。君が本当に戦うべき相手は、僕ではない」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
ガレスは、アルフレッドの言葉を振り払うかのように、さらに攻撃の速度を上げる。戦斧が嵐のように振るわれ、紫電が闘技場を縦横無尽に駆け巡る。
だが、その全ての攻撃が、アルフレッドには届かない。
彼は、まるで激流の中を舞う木の葉のように、その暴力の嵐の中を、優雅に、そして的確に立ち回っていた。
(こいつ……強い……!)
ガレスは、戦いながら戦慄していた。自分とは全く質の違う、洗練され尽くした強さ。そして何より、彼の剣からは、自分に対する殺意が全く感じられない。ただ、自分の怒りを、悲しみを、全て受け止めようとする、巨大な器のようなものを感じていた。
(これが……リディアが心を奪われた男……)
「これで、終わりだ!」
ガレスは、自らの敗北を予感し、最後の賭けに出た。彼は大きく後方へ跳躍すると、その身にありったけの魔力を集中させる。戦斧に、天から落ちた雷そのものが宿ったかのような、凄まじい電力が収束していく。
「喰らえ! 我が最強の奥義! ギガ・サンダーブレイク!」
紫電の竜と化した雷の奔流が、闘技場そのものを消し飛ばさんばかりの勢いで、アルフレッドに殺到した。
しかし、アルフレッドは、その絶対的な破壊を前にしても、冷静だった。
彼は、聖剣を静かに正眼に構えた。
「その純粋な想い、確かに受け取った」
彼の体から、聖なる光が溢れ出す。
それは、ボーン・ドラゴンを浄化した時のような、激しい光ではない。どこまでも穏やかで、全てを包み込むような、慈愛に満ちた光。
「光よ、彼の魂を癒せ」
聖剣から放たれた光の波が、雷の竜と激突した。
轟音も、衝撃もない。
光は、ただ静かに、雷の暴威を飲み込み、そして浄化していった。ガレスの怒りと憎しみが、まるで雪が溶けるように、その光の中へと吸収されていく。
雷が完全に消え去った時、アルフレッドは、既にガレスの目の前に立っていた。
そして、その喉元に、聖剣の切っ先が、寸止めで突きつけられていた。
勝敗は、決した。
「……殺せ」
ガレスは、膝から崩れ落ち、屈辱に顔を歪ませながら言った。
しかし、アルフレッドは静かに聖剣を鞘に納めた。
「君を殺す理由が、僕にはない。君は、リディアにとって、大切な兄なのだろうから」
その言葉に、ガレスはハッとして顔を上げた。
目の前の勇者は、憎しみの対象などではなかった。ただ、自分と同じように、リディアのことを、心から大切に想っている、一人の男だったのだ。
「……ここから先へは、行かせん」
ガレスは、最後の意地で、そう言った。しかし、その声には、もう力がなかった。
「……と言いたいところだがな」
彼は、自嘲するように笑うと、ゆっくりと立ち上がった。そして、アルフレッドたちのために、道を開ける。
「行け。俺の負けだ」
その顔には、吹っ切れたような、晴れやかな表情が浮かんでいた。
「だが、これだけは忘れるな、勇者。もし、貴様がリディアを少しでも悲しませるようなことがあれば……この俺が、地の果てまで追いかけて、その心臓をえぐり出してやる」
それは、脅しであり、そして、彼なりの最大の信頼の言葉だった。
アルフレッドは、その言葉を、真っ直ぐに受け止めた。
「ああ、約束する」
ガレスは、満足そうに頷くと、最後に、か細い声で呟いた。
それは、彼の魂からの、切実な願いだった。
「リディアを……頼む」
アルフレッドたち四人は、彼の想いを背中に受け、闘技場の奥にある、次なる階層への扉へと向かった。
扉の向こう側からは、ガレスの熱気とは全く違う、どこまでも冷たく、そして知的な魔力の気配が漂ってきていた。
次なる相手は、知将レヴィ。
魔族からの、もう一人の協力者。
彼の真意は、一体どこにあるのか。
アルフレッドは、新たな決意を胸に、重い扉へと、その手をかけた。
アンデッドの軍勢を退けた四人が、次の階層へと続く巨大な石扉の前に立った時、その向こう側から、ビリビリと空気を震わせるほどの、圧倒的な「闘気」が漏れ伝わってきていた。
それは、下層に満ちていた死者の「邪気」とは全く質の違う、生きている強者の、燃え盛るような気配だった。
「……来るぞ」
ダリウスが、剣を構え直して低く呟いた。
アルフレッドもまた、聖剣の柄を握りしめ、静かに頷く。扉の向こうに待ち構える相手が、今までの敵とは比較にならないほどの強者であることを、肌で感じていた。
「覚悟はいいな」
アルフレッドの短い問いに、三人は力強く頷き返した。
四人は、アイコンタクトだけで互いの意思を確認し合うと、重い石扉をゆっくりと押し開けた。
その先に広がっていたのは、下層の陰鬱な地下墓地とは全く異なる、武骨で熱気に満ちた空間だった。
そこは、巨大な円形の闘技場だった。
壁際には無数の武具が並べられ、一角には巨大な鍛冶場まで備えられている。床には無数の斬り傷や焦げ跡が刻まれ、ここが長年にわたり、激しい戦闘訓練の場として使われてきたことを物語っていた。
そして、その闘技場の中央。
山のように巨大な影が、一つだけ佇んでいた。
岩石を削り出したかのような、鋼の肉体。肩に担がれた戦斧は、常人なら持ち上げることさえできないだろう。剥き出しにされた腕からは、絶え間なく紫色の電光がほとばしっている。
その男が、ゆっくりとこちらを振り返った。
その顔には、獰猛な獣のような、荒々しい闘志が浮かんでいる。
「四天王、『豪雷』のガレス……!」
エルザが、緊張に満ちた声でその名を呼んだ。
「ようやく来たか、害虫どもめが」
ガレスの低い声が、闘技場全体に響き渡る。その瞳は、パーティーの他のメンバーには目もくれず、ただ一人、アルフレッドだけを憎悪に満ちた眼差しで射抜いていた。
「特に貴様だ、勇者アルフレッド。リディアを誑かし、弄んだその罪……この場で、その身に刻みつけてやる!」
その言葉と共に、ガレスの全身から凄まじい闘気が爆発した。それは、純粋な怒りと憎しみが凝縮された、暴力の嵐だった。
「話を聞いてほしい」
アルフレッドは、聖剣を構えながらも、冷静に語りかけた。「彼女は、魔王に嵌められたんだ。君が守ろうとしていた彼女は、裏切り者などでは……」
「黙れッ!」
ガレスの咆哮が、アルフレッドの言葉を遮った。「貴様の戯言に、聞く耳など持たん! 俺が信じるのは、ただ一つ! 俺のこの拳で、貴様がリディアを任せるに足る男か、それともただの害虫か、確かめるだけだ!」
彼の言葉は、矛盾していた。
リディアを信じたい。しかし、その心を乱した勇者が許せない。その葛藤が、彼の心を怒りの炎で焼き尽くしているのだ。
「ここは、僕に任せてくれ」
アルフレッドは、仲間たちに静かに告げた。「これは、僕と彼の問題だ」
イリーナたちが頷くのを確認すると、アルフレッドは一人、ガレスに向かって歩みを進めた。
「いいだろう。君の怒りも、悲しみも、全てこの剣で受け止めよう。その上で、君に真実を理解させてみせる」
「ほざけ!」
ガレスは地を蹴り、巨大な戦斧を雷鳴と共に振り下ろした。その一撃は、大地を割り、闘技場の床に深い亀裂を走らせるほどの破壊力を持つ。
しかし、アルフレッドはその攻撃を、紙一重でひらりとかわした。
聖剣が、流れるような軌跡を描き、戦斧の側面を打ち据える。キィン、という甲高い金属音と共に、ガレスの巨体が僅かにぐらついた。
「なっ……!?」
ガレスは、その信じられないほどの技量に目を見開いた。自分の渾身の一撃が、赤子の手をひねるように、軽くいなされたのだ。
「リディアを想う君の気持ちは、本物だ。その拳からは、彼女を守りたいという強い意志が伝わってくる」
アルフレッドは、攻撃の手を緩めないガレスの猛攻を捌きながら、静かに語りかけた。「だからこそ、知ってほしい。君が本当に戦うべき相手は、僕ではない」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
ガレスは、アルフレッドの言葉を振り払うかのように、さらに攻撃の速度を上げる。戦斧が嵐のように振るわれ、紫電が闘技場を縦横無尽に駆け巡る。
だが、その全ての攻撃が、アルフレッドには届かない。
彼は、まるで激流の中を舞う木の葉のように、その暴力の嵐の中を、優雅に、そして的確に立ち回っていた。
(こいつ……強い……!)
ガレスは、戦いながら戦慄していた。自分とは全く質の違う、洗練され尽くした強さ。そして何より、彼の剣からは、自分に対する殺意が全く感じられない。ただ、自分の怒りを、悲しみを、全て受け止めようとする、巨大な器のようなものを感じていた。
(これが……リディアが心を奪われた男……)
「これで、終わりだ!」
ガレスは、自らの敗北を予感し、最後の賭けに出た。彼は大きく後方へ跳躍すると、その身にありったけの魔力を集中させる。戦斧に、天から落ちた雷そのものが宿ったかのような、凄まじい電力が収束していく。
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それは、ボーン・ドラゴンを浄化した時のような、激しい光ではない。どこまでも穏やかで、全てを包み込むような、慈愛に満ちた光。
「光よ、彼の魂を癒せ」
聖剣から放たれた光の波が、雷の竜と激突した。
轟音も、衝撃もない。
光は、ただ静かに、雷の暴威を飲み込み、そして浄化していった。ガレスの怒りと憎しみが、まるで雪が溶けるように、その光の中へと吸収されていく。
雷が完全に消え去った時、アルフレッドは、既にガレスの目の前に立っていた。
そして、その喉元に、聖剣の切っ先が、寸止めで突きつけられていた。
勝敗は、決した。
「……殺せ」
ガレスは、膝から崩れ落ち、屈辱に顔を歪ませながら言った。
しかし、アルフレッドは静かに聖剣を鞘に納めた。
「君を殺す理由が、僕にはない。君は、リディアにとって、大切な兄なのだろうから」
その言葉に、ガレスはハッとして顔を上げた。
目の前の勇者は、憎しみの対象などではなかった。ただ、自分と同じように、リディアのことを、心から大切に想っている、一人の男だったのだ。
「……ここから先へは、行かせん」
ガレスは、最後の意地で、そう言った。しかし、その声には、もう力がなかった。
「……と言いたいところだがな」
彼は、自嘲するように笑うと、ゆっくりと立ち上がった。そして、アルフレッドたちのために、道を開ける。
「行け。俺の負けだ」
その顔には、吹っ切れたような、晴れやかな表情が浮かんでいた。
「だが、これだけは忘れるな、勇者。もし、貴様がリディアを少しでも悲しませるようなことがあれば……この俺が、地の果てまで追いかけて、その心臓をえぐり出してやる」
それは、脅しであり、そして、彼なりの最大の信頼の言葉だった。
アルフレッドは、その言葉を、真っ直ぐに受け止めた。
「ああ、約束する」
ガレスは、満足そうに頷くと、最後に、か細い声で呟いた。
それは、彼の魂からの、切実な願いだった。
「リディアを……頼む」
アルフレッドたち四人は、彼の想いを背中に受け、闘技場の奥にある、次なる階層への扉へと向かった。
扉の向こう側からは、ガレスの熱気とは全く違う、どこまでも冷たく、そして知的な魔力の気配が漂ってきていた。
次なる相手は、知将レヴィ。
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