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第65話 世界で一番のプロポーズ
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魔王が倒れ、和平条約が結ばれてから、数年の歳月が流れた。
世界は、劇的な変化の時を迎えていた。人間と魔族、その間にかつて存在した憎しみの壁は、完全には消え去ってはいない。しかし、緩衝地帯に作られた新しい交流都市は活気に満ち、互いの文化を理解しようとする歩みは、確かに始まっていた。
そして今日、ルクス王国は、歴史的な一日を迎えていた。
老齢を理由に、賢王として名高かった国王アルベールが退位を宣言。その後継者として、長きにわたる戦いを終わらせた英雄、勇者アルフレッドが、新たな国王として即位したのだ。
王都ルクシオンは、再び祝祭の熱気に包まれた。
民衆は、若くカリスマ性に溢れる新国王の誕生を、心から祝福した。彼の戴冠は、新しい時代の本格的な幕開けを、誰の目にも明らかにするものだったからだ。
戴冠式を終えたアルフレッドが、玉座の間で初めて行う、最初の謁見。
集まった大臣や貴族たちは、期待に満ちた眼差しで、若き王の第一声に注目していた。彼が、どのような所信表明をされるのか。どのような政策を打ち出すのか。
玉座に座るアルフレッドは、かつてのやんちゃな王子の面影はなく、王としての威厳と風格をその身に纏っていた。彼は、集まった者たちをゆっくりと見渡すと、静かに、しかしホール全体に響き渡る声で、最初の勅命を口にした。
「我が最初の勅命である」
その声に、誰もが息を呑む。
「私は、リディアを、王妃として迎える」
その言葉は、静かだったが、玉座の間に爆弾が投下されたかのような、凄まじい衝撃をもたらした。
一瞬の静寂の後、広間は蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれた。
「なっ……!?」
「王妃、だと……!?」
「あの……『煉獄の魔女』を、ですか!?」
反対の狼煙を上げたのは、宰相を筆頭とする、保守派の貴族たちだった。
「お待ちください、陛下! それだけは、なりませぬ!」
宰相が、血相を変えて進み出た。「あの女は、元・魔王軍四天王! この国に、どれほどの災いをもたらしたか、お忘れではありますまい! そのような女を、この国の国母として迎えるなど、断じて認められません!」
「左様です! 民が、納得いたしません!」
「魔族の血を引く者が、王妃となるなど、前代未聞!」
次々と巻き起こる反対の声。それは、アルフレッドも予期していたことだった。
数年間、リディアは彼の側で、平和のために尽力してきた。彼女の聡明さと優しさは、彼女と直接関わった者たちには、既に十分に伝わっている。しかし、大半の民衆にとって、彼女は未だに恐怖の象徴のままなのだ。
アルフレッドは、その非難の嵐を、ただ黙って聞いていた。
そして、全ての声が一度途切れたのを見計らって、彼は静かに、しかし絶対的な威圧感を込めて、言った。
「他に、異論のある者は?」
その声には、一切の揺らぎも、妥協もなかった。
それは、議論を求めているのではない。決定事項を、通告しているのだ。
若き王の瞳に宿る、鋼のような意志の光に、あれほど騒がしかった貴族たちが、思わず口をつぐんだ。
「ならば、聞け」
アルフレッドは、玉座からゆっくりと立ち上がった。
「彼女が、かつて何者であったか。それは、些細な問題だ。重要なのは、彼女が今、何者であるか、だ」
彼の声が、玉座の間に響き渡る。「彼女は、魔王の呪縛から自らの魂を解き放ち、我々と共に平和のために戦った、誇り高き戦士だ。彼女がいなければ、今、我々が享受しているこの平和はなかった。彼女こそ、人間と魔族の共存を象徴する、生ける証そのものなのだ」
彼は、宰相の目を、真っ直ぐに見据えた。
「そして、何よりも」
彼の声が、僅かに和らぐ。王としてではなく、一人の男としての、偽らざる声。「彼女は、私が、この生涯をかけて愛すると誓った、ただ一人の女性だ。その私の誓いを、誰にも邪魔させるつもりはない」
その言葉は、絶対的な宣言だった。
この決定を覆そうとする者は、たとえ誰であろうと、この国の王に、そして聖剣に選ばれた勇者に、弓を引くことと同義なのだと。
玉座の間が、再び静寂に包まれた。
誰も、何も言えない。
その時、沈黙を破って、一人の女性が進み出た。
聖女イリーナだった。彼女は、アルフレッドの前に進むと、深く、そして優雅に礼をした。
「陛下のご決断を、心より支持いたします」
その声は、凛として、美しかった。「リディア様こそ、陛下の隣に立つに、最も相応しい方であると、私も、そして勇者パーティーの仲間たちも、確信しております」
彼女の言葉が、空気を変えた。
騎士団長ダリウスが、エルザが、そしてアルフレッドと共に戦った者たちが、次々と支持を表明していく。彼らの言葉は、貴族たちの反対の声を、少しずつ、しかし確実に、打ち消していった。
その日の夜。
喧騒が嘘のように静まり返った王城で、アルフレッドは、リディアを連れて、星空がよく見える、秘密の庭園に来ていた。
「……本当に、よかったの?」
リディアが、不安そうな顔で尋ねた。「私のせいで、あなたの治世に、影を落とすことになるわ。民も、貴族たちも、簡単には納得しないでしょう」
自分の過去が、彼の足枷になる。
それだけは、彼女にとって耐え難いことだった。
アルフレッドは、そんな彼女の不安を見透かしたように、優しく微笑んだ。
そして、彼女の両肩に、そっと手を置いた。
「僕が、国王として最初に為すべきことは、何だと思う?」
彼は、静かに問いかけた。「新しい法を定めることでも、軍を再編することでもない。この国の、そして僕自身の、未来の象徴を、人々に示すことだ。そして、僕の未来の象徴は、君以外にありえないんだよ」
彼は、ゆっくりと、彼女の前に跪いた。
それは、かつて戦場で、初めて会った日と同じ光景。
しかし、その意味は、全く違っていた。
「戦場で、僕は君に求婚した。あの時は、君を救いたい一心で、少し強引だったかもしれない」
彼は、少しだけ照れくさそうに笑った。「だから、改めて、もう一度だけ、言わせてほしい」
彼は、懐から小さなベルベットの箱を取り出した。
その中には、夜空の星々を集めて作ったかのような、美しく輝く指輪が納められている。
「リディア・ノワール」
彼は、彼女の名を、世界で最も大切な宝物を呼ぶかのように、優しく、そして真摯に呼んだ。
「初めて会った日から、ずっと君を愛していた。君の強さも、弱さも、君の過去も、未来も、その全てを、僕は愛している。だから、どうか、僕のお妃になってほしい。僕の隣で、これからの人生を、共に歩んでくれないだろうか」
それは、戦場での唐突な求婚ではない。
国王として、そして一人の男として、彼女の全てを受け入れ、その未来を共に生きることを誓う、世界で一番、心のこもったプロポーズだった。
リディアの赤い瞳から、大粒の涙が、止めどなくこぼれ落ちた。
しかし、その唇は、紛れもない、最高の笑顔を形作っていた。
彼女は、言葉にならない声で、何度も、何度も、頷いた。
「……はい……喜んで……」
アルフレッドは、安堵の息を漏らすと、彼女の指に、誓いの指輪をそっと嵌めた。
そして、立ち上がると、涙に濡れる彼女を、優しく、そして力強く、その腕の中に抱きしめた。
満天の星々が、そんな二人を、静かに、そして温かく、祝福しているかのようだった。
人間と魔族。勇者と魔女。
その間にある、全ての壁が、今、完全に溶け落ちた。
二人の決意は、もはや誰にも揺るがすことはできない。
彼らがこれから歩む道は、決して平坦ではないだろう。
しかし、この愛がある限り、二人は、どんな困難も乗り越えていける。
新しい時代の鐘が鳴るまで、あと、もう少し。
物語は、祝福に満ちた、最終章へと向かおうとしていた。
世界は、劇的な変化の時を迎えていた。人間と魔族、その間にかつて存在した憎しみの壁は、完全には消え去ってはいない。しかし、緩衝地帯に作られた新しい交流都市は活気に満ち、互いの文化を理解しようとする歩みは、確かに始まっていた。
そして今日、ルクス王国は、歴史的な一日を迎えていた。
老齢を理由に、賢王として名高かった国王アルベールが退位を宣言。その後継者として、長きにわたる戦いを終わらせた英雄、勇者アルフレッドが、新たな国王として即位したのだ。
王都ルクシオンは、再び祝祭の熱気に包まれた。
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戴冠式を終えたアルフレッドが、玉座の間で初めて行う、最初の謁見。
集まった大臣や貴族たちは、期待に満ちた眼差しで、若き王の第一声に注目していた。彼が、どのような所信表明をされるのか。どのような政策を打ち出すのか。
玉座に座るアルフレッドは、かつてのやんちゃな王子の面影はなく、王としての威厳と風格をその身に纏っていた。彼は、集まった者たちをゆっくりと見渡すと、静かに、しかしホール全体に響き渡る声で、最初の勅命を口にした。
「我が最初の勅命である」
その声に、誰もが息を呑む。
「私は、リディアを、王妃として迎える」
その言葉は、静かだったが、玉座の間に爆弾が投下されたかのような、凄まじい衝撃をもたらした。
一瞬の静寂の後、広間は蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれた。
「なっ……!?」
「王妃、だと……!?」
「あの……『煉獄の魔女』を、ですか!?」
反対の狼煙を上げたのは、宰相を筆頭とする、保守派の貴族たちだった。
「お待ちください、陛下! それだけは、なりませぬ!」
宰相が、血相を変えて進み出た。「あの女は、元・魔王軍四天王! この国に、どれほどの災いをもたらしたか、お忘れではありますまい! そのような女を、この国の国母として迎えるなど、断じて認められません!」
「左様です! 民が、納得いたしません!」
「魔族の血を引く者が、王妃となるなど、前代未聞!」
次々と巻き起こる反対の声。それは、アルフレッドも予期していたことだった。
数年間、リディアは彼の側で、平和のために尽力してきた。彼女の聡明さと優しさは、彼女と直接関わった者たちには、既に十分に伝わっている。しかし、大半の民衆にとって、彼女は未だに恐怖の象徴のままなのだ。
アルフレッドは、その非難の嵐を、ただ黙って聞いていた。
そして、全ての声が一度途切れたのを見計らって、彼は静かに、しかし絶対的な威圧感を込めて、言った。
「他に、異論のある者は?」
その声には、一切の揺らぎも、妥協もなかった。
それは、議論を求めているのではない。決定事項を、通告しているのだ。
若き王の瞳に宿る、鋼のような意志の光に、あれほど騒がしかった貴族たちが、思わず口をつぐんだ。
「ならば、聞け」
アルフレッドは、玉座からゆっくりと立ち上がった。
「彼女が、かつて何者であったか。それは、些細な問題だ。重要なのは、彼女が今、何者であるか、だ」
彼の声が、玉座の間に響き渡る。「彼女は、魔王の呪縛から自らの魂を解き放ち、我々と共に平和のために戦った、誇り高き戦士だ。彼女がいなければ、今、我々が享受しているこの平和はなかった。彼女こそ、人間と魔族の共存を象徴する、生ける証そのものなのだ」
彼は、宰相の目を、真っ直ぐに見据えた。
「そして、何よりも」
彼の声が、僅かに和らぐ。王としてではなく、一人の男としての、偽らざる声。「彼女は、私が、この生涯をかけて愛すると誓った、ただ一人の女性だ。その私の誓いを、誰にも邪魔させるつもりはない」
その言葉は、絶対的な宣言だった。
この決定を覆そうとする者は、たとえ誰であろうと、この国の王に、そして聖剣に選ばれた勇者に、弓を引くことと同義なのだと。
玉座の間が、再び静寂に包まれた。
誰も、何も言えない。
その時、沈黙を破って、一人の女性が進み出た。
聖女イリーナだった。彼女は、アルフレッドの前に進むと、深く、そして優雅に礼をした。
「陛下のご決断を、心より支持いたします」
その声は、凛として、美しかった。「リディア様こそ、陛下の隣に立つに、最も相応しい方であると、私も、そして勇者パーティーの仲間たちも、確信しております」
彼女の言葉が、空気を変えた。
騎士団長ダリウスが、エルザが、そしてアルフレッドと共に戦った者たちが、次々と支持を表明していく。彼らの言葉は、貴族たちの反対の声を、少しずつ、しかし確実に、打ち消していった。
その日の夜。
喧騒が嘘のように静まり返った王城で、アルフレッドは、リディアを連れて、星空がよく見える、秘密の庭園に来ていた。
「……本当に、よかったの?」
リディアが、不安そうな顔で尋ねた。「私のせいで、あなたの治世に、影を落とすことになるわ。民も、貴族たちも、簡単には納得しないでしょう」
自分の過去が、彼の足枷になる。
それだけは、彼女にとって耐え難いことだった。
アルフレッドは、そんな彼女の不安を見透かしたように、優しく微笑んだ。
そして、彼女の両肩に、そっと手を置いた。
「僕が、国王として最初に為すべきことは、何だと思う?」
彼は、静かに問いかけた。「新しい法を定めることでも、軍を再編することでもない。この国の、そして僕自身の、未来の象徴を、人々に示すことだ。そして、僕の未来の象徴は、君以外にありえないんだよ」
彼は、ゆっくりと、彼女の前に跪いた。
それは、かつて戦場で、初めて会った日と同じ光景。
しかし、その意味は、全く違っていた。
「戦場で、僕は君に求婚した。あの時は、君を救いたい一心で、少し強引だったかもしれない」
彼は、少しだけ照れくさそうに笑った。「だから、改めて、もう一度だけ、言わせてほしい」
彼は、懐から小さなベルベットの箱を取り出した。
その中には、夜空の星々を集めて作ったかのような、美しく輝く指輪が納められている。
「リディア・ノワール」
彼は、彼女の名を、世界で最も大切な宝物を呼ぶかのように、優しく、そして真摯に呼んだ。
「初めて会った日から、ずっと君を愛していた。君の強さも、弱さも、君の過去も、未来も、その全てを、僕は愛している。だから、どうか、僕のお妃になってほしい。僕の隣で、これからの人生を、共に歩んでくれないだろうか」
それは、戦場での唐突な求婚ではない。
国王として、そして一人の男として、彼女の全てを受け入れ、その未来を共に生きることを誓う、世界で一番、心のこもったプロポーズだった。
リディアの赤い瞳から、大粒の涙が、止めどなくこぼれ落ちた。
しかし、その唇は、紛れもない、最高の笑顔を形作っていた。
彼女は、言葉にならない声で、何度も、何度も、頷いた。
「……はい……喜んで……」
アルフレッドは、安堵の息を漏らすと、彼女の指に、誓いの指輪をそっと嵌めた。
そして、立ち上がると、涙に濡れる彼女を、優しく、そして力強く、その腕の中に抱きしめた。
満天の星々が、そんな二人を、静かに、そして温かく、祝福しているかのようだった。
人間と魔族。勇者と魔女。
その間にある、全ての壁が、今、完全に溶け落ちた。
二人の決意は、もはや誰にも揺るがすことはできない。
彼らがこれから歩む道は、決して平坦ではないだろう。
しかし、この愛がある限り、二人は、どんな困難も乗り越えていける。
新しい時代の鐘が鳴るまで、あと、もう少し。
物語は、祝福に満ちた、最終章へと向かおうとしていた。
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