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第4話:失われた全て
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重厚な樫の扉が、私の背後でゆっくりと閉まっていく。最後に聞こえたのは、遠ざかるワルツの調べと人々の喧騒。そして扉が完全に閉ざされた瞬間、世界から音が消えた。
パーティー会場の華やかな光景が、まるで前世の出来事のように感じられる。廊下は静まり返り、磨かれた床に私の足音だけが虚しく響いた。先導する二人の近衛兵は、一言も発しない。彼らの無表情な横顔は、私がもはや王太子の婚約者ではなく、ただの罪人であることを示していた。
長い廊下を抜け、一つの部屋の前で兵士が立ち止まる。
「こちらでお待ちください」
感情のこもらない声でそう告げると、彼らは扉を開けて私を中に促した。
部屋の中は、簡素な調度品が置かれているだけだった。窓の外はすでに夜の闇に沈んでいる。その部屋の中央に、一人の男性が背を向けて立っていた。見慣れた、厳格な背中。
「お父様…!」
私の声は震えていた。一縷の望みが、胸の内でか細い炎のように揺らめく。お父様なら、私の無実を信じてくれるかもしれない。アルクライド侯爵家の当主である彼なら、王子の決定に異を唱えることができるかもしれない。
私は駆け寄り、その腕に縋ろうとした。しかし、父は振り向きざま、私の手を冷たく振り払った。
「触るな。汚らわしい」
突き放すような、地の底から響くような低い声。その一言で、私の胸にあったか細い希望の炎は、あっけなく吹き消された。
父の顔には、何の感情も浮かんでいなかった。ただ、深く刻まれた眉間の皺だけが、彼の不快感を物語っている。その瞳は、まるで道端の石でも見るかのように、私を冷ややかに見下ろしていた。
「全て、聞き及んだ。我がアルクライ-ド家の歴史に、これほどの汚点を残してくれたな」
「違います、お父様!私は何も…!」
「黙れ!」
父の怒声が、部屋の空気を震わせた。
「言い訳など聞きたくもない!王子殿下が、衆人環視の場で嘘を述べられるとでも言うのか!エリアーナ嬢にしたという貴様の所業、聞いているだけで吐き気がする!」
父は私の言い分など、初めから聞く気がなかった。彼が信じるのは、王家の言葉と、家の名誉。娘一人の真実など、彼にとっては些末なことなのだ。
「嫉妬に狂い、人を害するなど、獣の所業だ。お前に施した教育は、全て無駄だったということか。我がアルクライド家から、お前のような恥知らずが出るとは…!」
父の言葉一つ一つが、鋭い氷の礫となって私の心を抉っていく。痛い。苦しい。でも、涙は出なかった。あまりの衝撃に、感情さえも麻痺してしまったようだった。
「リリアンナ・フォン・アルクライド」
父は、まるで赤の他人を呼ぶかのように、私の名を口にした。
「本日をもって、お前を勘当する。もはやお前は、アルクライド家の人間ではない」
勘当。その言葉が、私の存在を根本から否定した。
「我が家の恥め。金輪際、私のことを父と呼ぶな。お前のような娘を持った覚えはない」
父は私にそう言い放つと、きびすを返し、部屋の出口へと向かった。その背中は、一度もこちらを振り返ることはなかった。私という存在を、完全に彼の世界から切り捨てたのだ。
扉が閉まる音で、私は我に返った。ああ、これで本当に全てが終わったのだ。婚約者も、地位も、友人たちも、そして最後の砦だった家族さえも、私は失った。
入れ替わるように、無表情な侍女たちが部屋に入ってきた。彼女たちは、まるで物にでも触るかのように、私の体からパーティードレスを剥ぎ取っていく。きらびやかな宝石も、優雅な髪飾りも、全てが取り上げられた。
代わりに渡されたのは、ごわごわした肌触りの、粗末な麻のワンピース。着飾ることを許されない罪人が着るような、みすぼらしい服だった。
鏡に映った自分の姿は、ひどく惨めだった。数時間前まで、未来の王太子妃として華やかな光の中にいたのが嘘のようだ。
侍女の一人が、手にした小さな布袋を私の前に差し出す。中には、数枚の銅貨と、黒く硬くなったパンが一切れだけ入っていた。これが、国外へ追放される私に与えられた、最後の情けらしかった。
全てを失った。私にはもう、何も残っていない。
空っぽになった心で、私はただ、窓の外の暗い夜空を見つめていた。
パーティー会場の華やかな光景が、まるで前世の出来事のように感じられる。廊下は静まり返り、磨かれた床に私の足音だけが虚しく響いた。先導する二人の近衛兵は、一言も発しない。彼らの無表情な横顔は、私がもはや王太子の婚約者ではなく、ただの罪人であることを示していた。
長い廊下を抜け、一つの部屋の前で兵士が立ち止まる。
「こちらでお待ちください」
感情のこもらない声でそう告げると、彼らは扉を開けて私を中に促した。
部屋の中は、簡素な調度品が置かれているだけだった。窓の外はすでに夜の闇に沈んでいる。その部屋の中央に、一人の男性が背を向けて立っていた。見慣れた、厳格な背中。
「お父様…!」
私の声は震えていた。一縷の望みが、胸の内でか細い炎のように揺らめく。お父様なら、私の無実を信じてくれるかもしれない。アルクライド侯爵家の当主である彼なら、王子の決定に異を唱えることができるかもしれない。
私は駆け寄り、その腕に縋ろうとした。しかし、父は振り向きざま、私の手を冷たく振り払った。
「触るな。汚らわしい」
突き放すような、地の底から響くような低い声。その一言で、私の胸にあったか細い希望の炎は、あっけなく吹き消された。
父の顔には、何の感情も浮かんでいなかった。ただ、深く刻まれた眉間の皺だけが、彼の不快感を物語っている。その瞳は、まるで道端の石でも見るかのように、私を冷ややかに見下ろしていた。
「全て、聞き及んだ。我がアルクライ-ド家の歴史に、これほどの汚点を残してくれたな」
「違います、お父様!私は何も…!」
「黙れ!」
父の怒声が、部屋の空気を震わせた。
「言い訳など聞きたくもない!王子殿下が、衆人環視の場で嘘を述べられるとでも言うのか!エリアーナ嬢にしたという貴様の所業、聞いているだけで吐き気がする!」
父は私の言い分など、初めから聞く気がなかった。彼が信じるのは、王家の言葉と、家の名誉。娘一人の真実など、彼にとっては些末なことなのだ。
「嫉妬に狂い、人を害するなど、獣の所業だ。お前に施した教育は、全て無駄だったということか。我がアルクライド家から、お前のような恥知らずが出るとは…!」
父の言葉一つ一つが、鋭い氷の礫となって私の心を抉っていく。痛い。苦しい。でも、涙は出なかった。あまりの衝撃に、感情さえも麻痺してしまったようだった。
「リリアンナ・フォン・アルクライド」
父は、まるで赤の他人を呼ぶかのように、私の名を口にした。
「本日をもって、お前を勘当する。もはやお前は、アルクライド家の人間ではない」
勘当。その言葉が、私の存在を根本から否定した。
「我が家の恥め。金輪際、私のことを父と呼ぶな。お前のような娘を持った覚えはない」
父は私にそう言い放つと、きびすを返し、部屋の出口へと向かった。その背中は、一度もこちらを振り返ることはなかった。私という存在を、完全に彼の世界から切り捨てたのだ。
扉が閉まる音で、私は我に返った。ああ、これで本当に全てが終わったのだ。婚約者も、地位も、友人たちも、そして最後の砦だった家族さえも、私は失った。
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全てを失った。私にはもう、何も残っていない。
空っぽになった心で、私はただ、窓の外の暗い夜空を見つめていた。
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